266.騎士訓練生⑧
リリーはアルダー隊長と直接言葉を交わすのは初めてだ。ちょっと緊張する。
「見た所、君は関節が柔らかく、しならせて使う剣や鞭は多分武器として向いているが、槍や弓などの、剛性が必要な武器に苦戦するようだな。
体幹と腕の安定性を高めるトレーニングを行い、押し手を安定させると良い」
名前を覚えて貰っていることに嬉しい気持ちになった上、アルダー隊長が自らトレーニング方法を指南して下さった。
まず、地面に押し手(弓を握る手)になる方の手だけをつき、身体を横向きにする。
腰を浮かせれば、押し手と同じ方の足の側面だけ地面についた状態になり、体幹が曲がらないよう真っ直ぐ姿勢を保つのだ。
つまり、サイドプランクである。
反りすぎても曲がっても良くない。
腕、肩、下腹、股関節と、かなり負荷がかかることが分かる。
「息を止めずに、しっかり腹式呼吸をすること」
ふっ… ふっ… ぐっ…
知らずに息が浅くなる。
疲れてくると上体がグラグラ揺れてきて、手の上に身体が定まらなくなってきた。
バターッ!
たまらず身体が崩れ、天を仰ぐ。
「す… すみません」
隊長は苦笑いをしながら、
「訓練は1日にしてならず。諦めずに続けていれば、成果は必ずついてくるから」
と肩を叩き、他の訓練生の指導に向かっていった。
カッコイイ…!
ナイスミドルの爽やかな激励に、胸が温まる。
リリーは深々と礼をすると、
「よし! 頑張るぞ!」
と、サイドプランクの姿勢を整える。
もって1分。
それ以上となると肘がガクガクして倒れ込んでしまうのだ。
それでも諦めずに何度も何度も繰り返す。
すると、2分、3分と、保てる時間が増えてきた。
筋力がついたというより、"手の真上に体重をかける感じ"を掴んできたからだ。
リリーの少ない筋力を、身体を効率的に使う事でカバーができるようになったのだ。
手の上に身体が安定さえしたら、地面を押しておくための力を、あまり使わなくても姿勢が保つことができる。
なるほど、これが体幹と肩を繋ぐ安定性ってことか…
などと1人で得心しているリリーのサイドプランクが、5分を経過しつつある時、
「わわっ!?」
ズシャッ バン!
急に足が地面から浮いてバランスを崩し、後頭部と背中を地に打ち付けた。
「いっったぁ…!」
ギュッと瞑った目をゆっくり開けば、ニヤニヤ笑う、金髪巻き毛のド貴族が、そこにいた。




