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245.SIDE. エルム王子&アングール王女

2ヶ月目の監査の後、エルム王子がアングール王女を訪ねた。

表向きはいつもの交易品の相談、取引だが、その実この度のお礼を伝えるためだった。



「どうでしたか?」


「まぁ、お分かりでしょうに」


アングール王女はエルム王子を嫌な目で見て言った。


「まさかリリーがあの国に手を貸すなど…」


「いや、それはさすがに僕も予想外でしたよ」


慌てて王子は王女に言った。

王子が気づいた時には、既にリリーは共和国の中心にいて人々のために尽力していたのだ。

それを知ってからペトラーがまた良からぬことを企てないか、監視の意味を兼ねて王子も作業に加わるうち、あれよあれよと王子も人手にカウントされてしまったのだ。



2ヶ月目の監査で共和国を訪れた王女が見たものは、なぜか王子とリリーがガッツリ関わって復興している共和国の姿だった。








リリーがペトラーの結婚誓約書にサインをしてしまってから、エルム王子はすぐ父王に相談した。

リリーは一貴族の娘ではあるが、王子じぶんの婚約者であり、王族に準じる立場の筈だ。

婚姻を無効にする方法があるのではと聞いてみた。

無いのならば、軍を動かして力ずくでも助けに行きたいと言い募った。



しかし、答えはNOだった。

リリーと王子は紙面で婚約を交わしていない。対外的に事実上の婚約者ではあるが、神殿の出した正式な結婚誓約書に基づく婚姻関係を覆すことはできないのだそうだ。

誓約書の破棄には両者の合意が必要で、それ以外の方法は無い。婚姻には権力の影響が及ばないよう、神殿は不可侵とされているからだ。



「お前がリリー嬢の気持ちをもっと早く自分のものにしていれば、そもそもこんな事にはならなかったのにな」


などと言われてしまう始末だ。

とにかく、王族の婚約者に手を出したという咎でペトラーや共和国を責めることはできないらしい。

何というか、"既婚者"に手を出して夫以外と通じる場合『不貞行為』『貞操義務違反』として法に抵触するが、"付き合ってるカップル"に他の人が通じても、『浮気者』として嫌われる程度で、法的な拘束力はないのと一緒なのだ。


しかも、この件を大袈裟に騒ぎ立てて他の貴族に伝われば、リリーの経歴に傷がつくと言うのだ。

リリーがペトラーと婚姻誓約書にサインをしたことを知っているのは、あの占領事変の時に一緒にいた砦の兵士と、飛び込んできたリリー父、知らせを受けた王族だけだ。

北の辺境での有事は、まだ王都の貴族には伝わっていない。少し話が漏れることはあっても、まだ正式に発表していなければどうとでも誤魔化せる。


しかし、リリーのために軍を動かすなど大掛かりな動きをするには理由を求められる。

理由が知られたら、リリーは一度婚姻を結んだ傷物として周知され、王子妃には相応しくないという声が上がりかねないのだ。




そんな事情により、国内で相談する相手がおらず困った王子は、死ぬほど頭の切れる旧友であるアングール王女に相談することにした。



王女は怒り狂い、今すぐ共和国を焼き尽くしてくれると息巻いていたが、まずは敵情視察、作戦会議が必要だとギリギリ思い留まってくれた。

良かった。



そして情報が出揃って考えたのが、"泣いた赤鬼"作戦だった。


今回のことは共和国の深刻な食糧飢饉から来ているのだから、根本的には食糧支援と改善のための手段が必要だ。

クルール王国には支援できる食糧も、分けられる家畜も十分にある。しかし、クルール王国と共和国は、10年前のことがあって仲が悪い。王子の誕生日パーティにも、共和国は招待国の中で唯一参加しなかった。

善意でもって支援を申し出ても、元帥に拒否される可能性が高いのだ。


かといって、これまで国交の無いパレット王国からカルトン共和国に支援を打診するのも、不自然だし警戒されることは間違いない。



そこで考えたのが、今回の作戦だ。

パレット王国が宝石鉱山欲しさに共和国へ戦争をけしかけ、停戦条件付きとして無理難題を吹っ掛ける。

困りきった共和国に、クルール王国が解決できる手段と援助物資の支援を申し出る。

感激した共和国に、『クルール王国って本当は良い国だったのねありがとう』的な気持ちになって貰うのだ。


どこかの国の絵本からとって、"泣いた赤鬼作戦"と名付けた。


そして、無事にパレット王国を退けて食糧問題も解決し、リリーの支援が必要なくなった共和国が『お礼にリリーさんをお返しします』と言ってくる算段だった。



クルール王国には金属の鉱山と鍛冶屋が少ない。

今回の支援のための家畜の譲与や専門家の派遣は、反対意見が多かったが、ペトラーから預かった質の良い武器を会議で並べ、今後の交易の有用性と先行投資を説明し、合議を得ることができた。



王子が予想外だったのは、アングール王女の過激性(山を爆破するなんて知らなかった)と、既に共和国にリリーが入っていて活動していたこと(いつからいたの??)だった。



結果として、当初の予定よりかなり手厚い感じで、根本から食糧問題が解決しつつある。

アングール王女も、今日の視察で驚いたそうだ。

そして、あの交渉の日に主導者を問うた時のベルヒ大将の歯切れの悪さにも合点がいった。



その手腕は結局、

「さすがリリーだよなぁ(ですよねぇ)… 」

と王子も王女も唸るしかなかった。



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