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228.冬肺病③

公爵家に帰ってから、リリーはロータスに頼んで、明日ジャスプ子爵家に伺うための先触れを出してもらった。



今はようやく落ち着いて晩餐を食べている。

一日歩き回って寒かったから、ポトフが、とても美味しく感じられた。

先日森で捕まえた鹿で作ったサルシッチャの塩気と、ホロッと崩れるじゃがいの相性が最高だ。



「ジャスプ子爵って誰?」


お腹が膨れて温まると、ペトラーが聞いてきた。



「ハルディン子爵家の隣の領主様です。酒造が盛んで、自身もお酒好きな方です。芋や麦… 色んな原料からお酒を作られておられるそうです」


「へ〜! ぜひ僕も頂きたいなぁ。でも、リリーはまだお酒は飲めないだろう?」


「ええ、そうです。ジャスプ子爵は、ハルディン夫妻と薬草事業を共同運営していて、薬効の抽出用に、飲用ではない高濃度のアルコールも醸造しているのです。今回私はそちらに用事があります」


「高濃度のアルコール…?? よく分からないけど、度数がすごく高いってことだよね?」


「ハイ。きっと、役に立つと思います」



ペトラーはよく分からないようだったが、リリーも疲れていたので、そこで話を切り上げた。


部屋に戻ると、ジニアが手紙を持ってきた。

「ピンゼル様からだわ!!」


久しぶりの名前に弾む胸を押さえて、急いで封を切った。







※  ※  ※



翌朝は、ジニアも一緒に北の街に降りた。

安価な香水瓶を探していくつか購入する。


「あんまし可愛いデザインじゃないな、それで良いのか? 俺が買ってあげようか?」


ひょこっとペトラーが顔を出す。


「いいえ。香水を入れるのではありませんから」



店主にお金を払って店を後にし、ジャスプ子爵に会いに行く。ハルディン夫妻と同じくリリー達を歓迎してくれ、やはり無償でアルコールを分けてくれた。


ここでも手厚く御礼を言って離れる。


ベンチのある広場に買ってきた瓶を並べ、貰ったアルコールを注ぎこんだ。


ひたすら不思議そうにしているペトラーを無視してシュッと霧吹けば、アルコール特有のツーンとした臭いがした。


「今晩父様が帰宅されてから、細かい報告と説明を致します。それまでお待ち下さい」


手間は少なく効率的に。

リリーは香水瓶をバッグに納めた。






その後、約束通り昨日の4軒に様子を見に行った。

全員まだ熱は高く、咳が続いている。

やはりそう簡単に治るものではないようだ。


リリーは看病をしている家族に香水瓶を渡し、

「これは悪い気を運ばないようにするものです。体調の悪い方に触ったり、部屋に入った後は、必ず手に噴霧して下さい。

皆様の家族さまも、他のご家族に病気が移ることを望んでいませんから、悪い気を運ばないように気をつけましょう」

と言った。



瓶の中身については詳しく伝えないことにした。アルコールだと言って万一にも飲まれたら困るし、こういう言い方の方が、街の人には受け入れが良いと思ったのだ。

言われた家族達は、意味が分からないものの領主の娘でしかも天使みたいなリリーからそう言われれば、命に代えても守りますといった様子で力強く返事をした。



その様子も、ペトラーは興味深げに見つめていた。






※  ※  ※



同日の早朝。

カルトン共和国の外海に、大きな船が浮かんでいた。


「なんだ!? どこの船だ!?」


見張り担当のミヌレ曹長が望遠鏡を覗けば、どうやら共和国こちらに向かっているようだ。見たことのない軍用船だった。

それに気づいた見張りの兵士が、慌てて上官へ報告に走る。

しかし、報告伝令が届くよりも早く、その船は静かに素早く接岸していた。




「ここがカルトン共和国…

 カルトン共和国の皆様、はじめまして」


さすがに船から陸の様子は見えないが、礼儀として一応の挨拶を口にする。

もちろん返答は聞こえないが、構わず予定通りの指示を船員に出した。



「子管準備」


「ハッ!!」


「母管に装填」


「ハッ!!」


「… 10時の方向、準備は良いかしら?」


「ハイ!!」



「では… カウントダウンを開始します。



 5、4、3、2、1…  着火☆」



可愛らしい声で、少女は号令をかけた。



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