219.公爵邸の攻防⑨
ロカ隊長に言われ、ペトラー中佐はルマロン少尉から受け取った紙を広げて見せた。
「これは結婚誓約書だ。この国の神官のサインが入った公的なもの。これに書かれたことは2人が愛を神に誓ったこととして、王や権力者でも覆すことはできない」
それは大神殿の紋章が透かし刷りされた結婚誓約書で、ペトラーとリリーのサインがしっかり書き込まれていた。
「確かに結婚は未成年の場合、親の同意が必要だが、それもあと少しだ。成人すれば結婚は自由にできるんだからな。
誓約破棄は、双方の合意なしには成立しない。愛しあう2人を他者が分かつことのないよう、この国で定められた誓約なんだろう?
数年後には晴れて俺達は夫婦になるのさ」
ペトラーは誓約書を高らかと掲げてサインにキスをし、またルマロン少尉に手渡す。
ルマロン少尉はそれを恭しく受け取り、箱に納めた。
「おめでとう御座います!!中佐!!」
「これで皆が助かる!!」
「綺麗なお嫁さん、我が国へようこそ!!」
黒兵士は祝福の歓声をあげた。
逆に、砦の兵士と王子一派は茫然自失の様相だった。
その時、けたたましい蹄の音を纏わせて、国王軍が到着した。外がにわかに騒がしくなり、一番最初に邸内に飛び込んで来たのは、
「リリー!!!」
「公爵様!!」
「公爵様だ!!」
公爵は息をきらせてリリーを探し、見上げた先の光景に絶句する。
そこには、肩を抱かれ、敵将に寄り添うリリーと、成す術なく頭を垂れる、囚われの使用人達がいた。
「貴様…!!」
一瞬にして事態を理解した父は、全軍に敵兵の排斥命令を出そうと口を開いた。
しかし、
「お父様…!! どうか彼等に危害を加えないで下さい!! 私はどうしても、誰も傷つく所を見たくありません。
皆大切な家族なのです!!」
2階の黒兵士は、リリーが大切にしている使用人達に変わらず剣を向けていた。
攻撃命令を出せば、すぐに刃を振るうとの意思表示だった。
リリー自身にも、横の兵士から剣が向けられている。
「リ、リリー… 」
公爵は、色を失った表情で娘の顔を見る。
「ディアマン公爵殿、いや、お義父さまと言うべきかな! 初めてお目にかかる。
僕は、カルトン共和国のペトラー・ラモンターニュと言う者だ。たった今、お嬢さんと婚姻の誓いを交わしたばかりだ。そちらが攻撃をしてこない限り、僕らが皆様に危害を加えることはない。安全を約束してくれるなら、使用人達の拘束を解いて自由にもしよう」
人質をとってリリーを意のままにしている敵将にお義父様などと呼ばれた公爵は、目から血が吹き出すんじゃないかという程、凝視し歯を鳴らしていたが、
リリーと使用人の安全を確保するため、全軍に武装解除の指示を出した。




