211.公爵邸の攻防①
公爵邸までの距離は、ルーフス子爵家領よりも、北の砦からの方が少し近い。
積荷を負い、道に不慣れな他国の軍より、早く着ける可能性は充分にあった。
舌を噛まないよう、皆一言も発せず馬を駆る。
※ ※ ※
暗闇を裂いて走り続け、馬の足も限界を迎える頃。
天球は星の瞬きを残しつつも、空が淡く白み始める。
リリーは風の速さで走りながら、開戦から丸1日が経ったのだなぁと思った。
何日も経ったような、そんな気がするのに。
ハッ ハッ …
靄の向こうに、公爵邸が見えてきた。
白い息を切らせて、丘の上から様子を確認する。
門の周りに、うぞうぞと黒い集団が蠢いているのが見える。
置いてきた、なけなしの騎士は突破されたのだろう、門は開け放たれ、侵入者の乱入を許すままにしている。
ただ、敵兵軍も到着して間がないのか、外にいる兵士達に統率された様子はなく、無秩序に動いているように見えた。
その様子を確認したロカ隊長が号令を出す。
「まずは正面門の主導権を奪還しろ。中に入ったら西門、東門の制圧に向かう。
我らが受けた屈辱、今こそ晴らす時!
全軍迷わず進めーーッ!!」
鐙を蹴り、馬は蹄の音を激しく立てて丘を駆け下りる。
平時なら何隊かに分かれて攻め入るが、今回は30人ちょいと人が少ないし、今回連れてきた兵士は所属隊もバラバラで腕やレベルが分からないから隊長も指示が出しにくいのだ。
まとめて全力で正面突破が隊の使い道として妥当だ。
「「「うわぁぁぁぁぁぁ」」」
予想していなかったのか想像より早かったのか、敵兵はリリー達の到着にかなり驚いたようだった。
門の周囲の異様な人だかりは、砦の兵団がなだれ込んだことでちりぢりとなり、大混乱となった。
剣を交える金属音と兵士達の声は空を割るほどの大音で公爵邸の方からは何も聞こえないし、門から公爵邸までは黒い兵士が大量にいて邸の様子を伺い知ることはできない。
皆は今どうしているのか。
リリーも急いで馬から降りて剣を携え、門扉に向かおうとした。
「リリー!!」
と、王子に呼び止められる。
(声をかけられるまで、存在を忘れていた)
「僕とオリバーが先に進むから、リリーはその後ろについてきて。
殿はジェイバーに任せた!!」
言うが早いか、王子は目の前に現れた黒い巨体に、怯むことなく切り込んでいった。
剣身をしならせ、鳩尾を殴るように埋め込む。
ドッッ
「ウグ…ッ」
さすがに斬れはしないが息ができないらしく、腹を押さえ、涎を垂らしてパクパクしている。
身体を丸めた所、その後ろ首に剣峰を思い切り振り下ろした。
バスッッ!!
「グアッ」
目が飛び出るんじゃと思うほど目を見開き、黒兵は地面に顎から昏倒した。




