184.アノフェレス熱病の薬⑤
積み荷の殺虫作業が終わったので、また本邸に戻るため片付けを始めた。
さて馬車に乗り込もう、とした時にアシュトンが、
「何だかよく分からないけど、親父と船のために… ありがとうな」
済まなそうに御礼を言った。
「いいえ、まだ御礼を言うのは早いわ。
この病気がこれ以上広がらず、皆が治ってこそ喜べるのよ。
お薬ができたらすぐに持って行くから、邸宅で待っててね。大丈夫、お父様はきっと良くなるわ」
背伸びをしないと届かないアシュトンの肩を頑張ってポンポンと叩き、本邸に向けて出発した。
「リリー、大丈夫?」
皆が見えなくなってから、ピンゼル様が声をかける。
あの場では、刺されたら感染している可能性があると口にできず、聞けなかったのだ。
「えぇ、多分。今のところ、かゆい所はないわ。
ピンゼル様の燻薬のお陰ね。ありがとう」
手足を再びじっと見つめるが、肌はいつも通りだ。
ジェイバーは御者をしているため話しかけられないが、何となく大丈夫そうな気がするので、良しとしよう。
馬車の中で思い出し、ベイジル手製のお弁当を頂いた。
鶏ハムとマスタードのサンドイッチや、定番の卵サンドも、食べごたえがあってとても美味しかった。
ジェイバーにも、いくつかのサンドイッチを渡していた。
※ ※ ※
本邸に着くと、すぐにキッチンに向かう。
盥を開けてみると、見事に2層に別れていた。
下側に黄緑色の液体が沈み、上澄みが透き通った薄い茶褐色の液体になっている。
「うわ〜 不思議ね〜」
リリーが感嘆すると、ピンゼル様が、
「植物の汁とアルコールは比重が違うから、こんなふうに2層に分かれるんだ。
ウォッカとかの無色透明なお酒だけで抽出できたら、結構綺麗なんだけど、今回はブランデーとかも混じってたから色がちょっと汚いね」
と笑った。
「さて、本当は分離して下に沈んだクソニンジンエキスだけ取り出せたら良いんだけど、その器具を作る時間が無いので、今日はアルコールを飛ばしてエキスを抽出しよう」
ピンゼル様がそういって、盥の中身を鍋に移し、煮立てていく。
カランカラン
そして中に盥の液体以外に何やら白っぽい石を入れた。
「これは何ですか?」
リリーか聞くと、
「これは沸騰石といって石英の仲間だ。
割とどこにでもある石だよ。
アルコールは水と違って温度がゆっくり上がらずに一気に沸騰まで行くから吹き上がって危ないんだ。
それを予防するために、この石を入れるんだよ」
なーる。
本当、ピンゼル様はすごいな…
リリーがまたまた感心していると、鍋の中から細かい泡が出てきて、沸騰が始まった。
火を少し弱め、小さな沸騰を持続させる。
調理場は、クソニンジンと揮発したアルコールが混じった計り知れない劇臭に満ちていく。
やがてアルコールがとんでアルコール臭がしなくなってから、ピンゼル様が火を止めた。
「これを冷やせば完成だよ」
あら熱をとったクソニンジンエキスを、小瓶に詰めていく。
見るからにマズそうで臭い薬だ。
飲むのにはかなり勇気がいるだろう。
これを何度か繰り返し、とうとうクソニンジンエキスの小瓶が、たくさん出来上がった。




