183.アノフェレス熱病の薬④
薄暗い船内を歩いていたから、暗がりにだいぶ目が慣れていて、貨物室にある物の形は、結構ちゃんと分かった。
パレット王国から持ち込まれた植物は、細い葉がたくさんあり、ひとつの枝に複数の蕾と花がついたものだった。
色までは分からないが、思ったよりかなり大きい花だ。
ここからは時間との勝負だ。
蚊は、人が出す匂いや二酸化炭素に寄ってくると言う。
なるべく短時間に作業を済ませ、部屋から出る必要があった。
ジェイバーが真っ先に部屋の最奥に進む。
そして発火石で松ぼっくりに火をつけ、缶の中に放り込んだ。
そしてだいたい5m間隔で次の缶を置き、同様にする。
リリーも、また反対側の端に向かい、作業を進める。
すると、
プン
一瞬嫌な羽音が耳元でして、全身が総毛立った。
大丈夫、厚いこの布越しに刺されることはない、燻しているから大丈夫、大丈夫…
自分に言い聞かせるが、手が震えて火がなかなか点けられない。
息も荒くなり、今度ははっきりと羽音が聞こえた。
プーン プーン
「!!」
はぁっ はぁっ
なんで火がつかないの?!早くしなきゃ…!
焦れば焦るほどうまく石をぶつけられなくて火花が立たない。
すると、横から火のついた松ぼっくりが差し出され、コロリと穴の中に入れられる。
涙目で見上げれば、ジェイバーが作業を終えてリリーの様子を見に来てくれたようだ。
手早く次の缶にも火種を入れて床に置いた頃には、だいぶ部屋に煙が充満していた。
あとは部屋から出るだけだが、リリーの動きが何故か鈍く、煙で部屋の中が余計に見えにくくなってきたため、ジェイバーがリリーを抱き上げて早足で扉に向かう。
リリーはそこで、自分が手だけでなく足も震えていることに気づいた。
本当は、未知の病気が怖かったのだ。
皆の役に立ちたいし、アシュトンの父様を助けたいけど、この推測が正しいかは、まだ分からない。
治る保証も、リリーがかからない確証もないのだ。
リリーは耳に響く鼓動をこれ以上聞かないよう、ジェイバーの首にギュッと抱きついた。
※ ※ ※
リリー達が船の中に入って、たった数分なのに、ピンゼルには永遠のように感じられた。
手の中はじっとり汗を握り、心臓がドキドキ跳ねている。
その時、船の入口から、リリーを抱っこしたジェイバーが出てきた。
「リリー!!」
皆が駆け寄る。
「リリーどうしたの? 大丈夫!?」
「ええ、こんな情けないことになったけど、大丈夫よ」
ジェイバーにそっと降ろされる。
何とか立つことはできたリリーは、防護服を脱ぎ始めた。
後は勝手に火が消えるまで待ち、丸一日放っておけば良い。
手足をじっと見つめるが、とりあえずは痒いところや発疹もなく、刺されてはいないようだ。
ジェイバーとお互いに確認し、ようやくほっと肩を下ろすことができた。




