177.薬草探し②
ほぼ、リリーが朝飛ばしてきた道を帰る形で馬車を飛ばし、フルフィールの丘に到着した。
ハルディン夫人は、今日も工房で働いていた。
「あら、リリー様! いらっしゃいまし。
この間頂いたアカネカズラで、綺麗な紅色の布ができていますよ」
ニコニコしながら工房へ招き入れてくれる。
「こんにちは、ハルディン夫人。
この前、この染料を教えてくれた、ピンゼルさんです」
前回、ことのあらましを説明する際、採取を先導してくれたのが公国の公子だったことは伏せているので、敬称略で紹介する。
「まぁ! 猫ちゃんのようなお目々で、可愛らしい子だこと!
こんな小さな坊ちゃんが、よく染料になる植物の根を知っていたものね。偉いわね〜」
ハルディン夫人はピンゼル様に優しい笑顔を向ける。
ピンゼル様は褒められたのと、一般的な子供扱いをされるの経験があまりないのか、くすぐったそうにしている。
今日はあまりゆっくり話をする時間はないので、単刀直入にハルディン夫人に聞いてみた。
「ハルディン夫人、今日は探している草があってこちらにお邪魔しました。
あの… クソニンジンという、変わった名前の草なのですが、どこかに自生している場所などご存知ありませんか?」
「… すごい名前の草ね…
そんな変わった名前の草なら、聞いたことがあれば忘れないけど、全く覚えがないわ。
どんな草なの?」
ハルディン夫人も名前に驚きながら答える。
リリーはクソニンジンの特徴を知らないので、ピンゼル様を振り返る。
「クソニンジンは、その名の通り、かなり悪臭のする草です。
ヨモギの仲間、菊科の植物なので菊と似た葉を持ちますが、ちぎるとかなり臭いです。
背丈は案外高くて、育つと1〜2mになります」
ピンゼル様が手を高く上げて、これくらい、と示す。
リリーが思っているより、クソニンジンは背の高い草のようだ。
「あら、それなら、もしかして。
その臭い草、黄色い花が咲くのかしら」
ハルディン夫人が手を頬に当てて言った。
「! はい! クソニンジンは、小さな黄色い花がたくさん咲きます!」
ピンゼル様が食いつく。
「うちのとなりの領地のジャスプ子爵が、いつか、狩りのために領地の林に入った時、えらく臭い草が生えていたと言っていたわ。
背が高くて群生してるから、切り払うのも大変だけど、焼き払ったら山火事になるし困っていると。
確かその時、花は黄色くて可愛いのになと笑っていらしたわ」
ピンゼル様とリリーは顔を見合わせた。
きっとそれだ!!
「ハルディン夫人、ありがとうございます!!
ジャスプ子爵を、訪ねてみます!」
「あら、もう行ってしまうのね。ジャスプ子爵はお酒が大好きだから、手土産はお酒がオススメよ」
ウインクして教えてくれた。
「何から何まで、すみません…
あ、そういえば、ハルディン子爵は今日はいらっしゃらないのですか?」
立ち上がって見回すが、子爵の姿が無い。
「ああ。旦那はまた昨日腰を痛めてね。膝も痛いらしくて、ダメね、年には勝てないわ。
それに… 最近は布の染色も、個人でするより一度に大量に染める方法が広まったみたいで、そちらが安価だからと、あまり染色した布が売れなくなってきたの。
この丘にある草花達も、一生懸命お世話をしてきたのに、役目を果たさないまま枯れるかと思うと寂しくて、最近塞ぎがちなのよ…」
ハルディン夫人が奥の扉を見つめながらため息を漏らす。
製本も、製布も、前回の公国交流でかなり工業化、効率化が進んだはずだ。
そのあおりを、ここのような個人営業の染色工房は、受けてしまったようだ。
リリーとピンゼル様は何とも言えない気持ちを抱えたまま、しかしどうすることもできず、今はハルディン夫人に御礼を言って、ジャスプ子爵家に向かうことにした。
(途中、公爵本邸に寄り、父様秘蔵の古酒をゲットしてきた。たまにしか本邸に帰らないのだから、1本くらい無くなっても大丈夫なはず)
アカネカズラもクソニンジンも実際に存在し、薬効も一応準じています(*^^*)




