174.北の街の異変⑤
マラリアか、日本脳炎か、もしくはどちらでもないのか…
そういえば、デング熱も蚊系だったような…
蚊が媒介してそうなのは高確率だと確信しているが、病気の種類について、リリーは確信が持てない。
でも、とにかく自国の病気なら王族である王女が何らかの情報を持っている可能性があるし、最悪知らなくても、ピンゼル様に聞いたら何か薬草のヒントをくれるかもしれない。
リリーはそう思ってから、ハッとした。
王女は、あの剣術の練習を一緒にした日の2日後の昼過ぎに王国を発つと言っていた。
つまり、王女は、明日の昼過ぎには自国に帰り始めるのだ。
間に合わなかったら話すら聞けない!!
ヤバい!!
リリーは慌てて立ち上がり、父様に、今すぐ王都に帰城したいという旨を説明するが、すでに外は薄暗く、陽が落ちかけている。
王都への道には野犬や野盗が出る場所があるため、危ないから絶対に許可しないと憤怒されてしまった。
こればかりは、何度頼んでもリリーに甘い父様も聞き入れてくれず、リリーは逸る心を無理矢理抑え付け、しょぼくれて本邸に帰るしかなかった。
翌朝。
空がようやく白み始めた超早朝に、ジェイバーを連れ立って、リリーは公爵邸を出発した。
リリー達が王城に着いたのは、丁度朝食の時間だった。
王子が朝食を食べ終わるのを待って、謁見を申し出た。
王子が部屋から出るなり、リリーが飛びつく。
「エルム王子、アン王女とピンゼル様とお話が、したいのです!」
息を切らせて挨拶もせずに用件を伝える。
いつもなら王子に"様"がつくが、それすらも忘れている。
「リリー、どうしたんだ」
リリーのあまりの剣幕に王子が驚く。
「どうしてもご相談したいことがあります。
急ぎますので、説明は、その時に」
何があったか分からないが、普段温和で何事にも動じないリリーがこんなに焦ることならばと、王子は王女たちを集めることに同意し、伝令を行ってくれた。
1時間後、レセプションルームに、皆が集合した。
「出立前のお忙しい時間帯に、本当にすみません」
リリーが最初に謝ると、
「いいえ、私達もあの後、リリーさんやリリーさんのお父様のご無事を心配しておりました。それで、領地の皆様は大丈夫でしたか?」
アン王女は、そういえば父様が報告を受けた時に一緒にいたので、事のいきさつは知っているのだ。
ピンゼル様もコクコク頷いて、先を促している。
リリーは、領地で見聞きし、調べたことを4人に伝えた。
4人共難しい顔をして聞いている。
「ですから、この病は移り病ではないと考えています。
家族に移った例はありません。だから私達は元気で、大丈夫ですよ。
私が知っている本では、その虫は"蚊"というのですが、パレット王国ではそのような虫や、媒介する病が知られていますか?」
リリーが緊張して尋ねると、
「黒くて小さく、ふわふわ飛ぶ虫…
多分、王国でもかなり南西端の熱帯の湿地林にいる、アノフェレスのことではないかしら。
王都からは遠いから、私は行ったことがないけれど、気候が違うからか、珍しい草花があると聞くわ。
確か、その地域ではちょくちょく熱病が流行ると聞いたことがあるけど…
ねぇ、エル」
アン王女は、熱病について聞いたことはあるが、詳しくは知らないようだ。
エールトベール王女も、同じようなものらしく、口を結んで何か有益な情報がないか頭を働かせて思案している。
すると、
「熱は、波があるって言ってたね。
その黒い虫は色んな種類があるし、国によって呼び方も違うらしいけど、高熱が数日周期で出たり下がったりするのは、王女の言うアノフェレスが運ぶ病で間違いないと思うよ。
虫の本で読んだことがある」
ピンゼル様が断言する。
「でも… それならばまずいですわね」
アン王女が悲しい顔をして押し黙っているのを知ってか知らずか、エールトベール王女が口を開いた。
「アノフェレスによる熱病であれば、長引くと死者が出ることで知られています」




