173.北の街の異変④
「花、ですか…?」
リリーは、貿易船の乗組員で、最近身体がだるいと体調不良を訴えたリトスさんの家にお邪魔している。
熱はないし、だるいと言っても普通に動けているくらいだ。
「そうです。花といっても、切り花でなく、生花で、土ごと植木鉢に積んできました。
王国にはない綺麗な花なので、移植して根付かせたら人気が出そうだからと、南の街の商人から要望があり、今回はたくさん運びました」
「そうだったのですか…」
リリーは、てっきり積み荷は食べ物で、それを食べた人の食中毒的な事件だと思っていたが、全然的外れだったようだ。
しかも、船の行き先はパレット王国だったそうだ。
「では、船で食べたもので、変わったものは無いのですね」
一応聞いてみると、
「はい。いつもの保存食くらいでした」
という返答だった。
リトスさんは少し思案して、
「でも、今回花を譲ってもらうために行った国は、本当に暑くて、王国とは全然気候が違います。そんな土地の植物がうちでちゃんと根付くのか、少し心配ですね」
と首をかしげ、
「とにかく、じっとしてても汗がじわりと出て貼りつく感じでした」
と嫌そうな顔をして首を振った。
「そんなに気候が違うんですか」
リリーが、比較的露出度の高い服を着ていたアン王女を思い出しながらが尋ねると、
「はい。隣の国ではありますが、気候だけでなく、花や植物も見たことがないものばかりでしたし、あと、そういえば嫌な虫もいました」
暑い国には虫がつきもの。
リリーも虫と聞いて嫌なイメージをしながら聞く。
「黒くてテカテカした奴ですか?」
「いいえ、すごく小さくてフラフラ飛ぶ黒い虫なんですが、肌に留まるとそこが膨れて痒いんですよ。
だいぶ収まりましたけど、ちょっと前まではそのできものが痒くて困りました」
リトスさんは腕をさすってため息をつく。
そこにはもう、そんな膨らみは見当たらなかった。
「花を掘るのに林に入った時、そいつらがたくさんいたらしいです。
僕は船の操縦が主だったから採取には加わらなかったけど、採取の時に何箇所もできものが出来た仲間もいて、夜も眠れない程痒かったとか聞きましたね」
「お話を聞く限りでは、その虫はきっと"蚊"という虫ね。
温かい国にはつきものだそうよ」
それは日本でも夏におなじみですしね。
そういえば、クルール王国は大陸の北側なので基本涼しい気候だから、蚊を見たことがなかったわ。
初めて蚊に刺されたなら、痒みに驚いたことでしょうね…
ん…?
蚊に刺されるのが、初めて…?
船員達はかなり刺されていた…
そういえば、蚊が媒介する熱病が、あった気がする…
何だったか…
リリーは喉まで出かかったその病名を思い出せないまま、リトスさんに急いで御礼を言って、北の砦に戻った。
砦で父様に会い、『体調を崩す前に、痒みのあるできものができなかったか、または最近、見たことない黒い虫が肌に乗らなかったか』を、話ができて症状がある全員に確認して貰うようにお願いした。
突然のお願いに、父様は困惑しながらも、基本リリーに激甘なので、部下に依頼して、リリーの言うことを聞いてやることした。
夕方には、意識のある患者総員のヒアリングが終わった。
結果、なんと全員が、どうやら蚊に刺されていたという結果になった。
「やっぱり…
蚊は何かに関係しているわ…」
そして、リリーが半日考えて思い出した病名は、
マラリアと、日本脳炎だった。




