156.後日談①
しばらく別邸で一緒に暮らそうと泣きつく父様をなだめすかし、リリーはやっと公爵家(本邸)に帰れることになった。
もっとも、あと1ヶ月もしないうちに、王子の誕生日パーティのために王都に戻らないといけないのだから、そんなに長く離れるわけではない。
今回のことで、王都が結構遠いことは良く分かったので、父様と兄様が別邸で暮らしていることはかなり合点がいった。
幼かったリリーを、心から放ったらかしにしていたわけではないのだろう。
ただ、毎日通勤であの距離を通うことは物理的に不可能なのだ。
未練がましい見送りを苦笑しながら振り切り、長らくお世話になった本邸の侍女さんやシェフ、庭師さん、執事さんにお礼を言って、リリーは別邸を後にした。
馬車に揺られることしばし。
リリーはまた、フルフィールの丘に降り立っていた。
「ハルディン夫人〜!!」
ちょうど、ローズマリーを摘んでいたハルディン夫人に声をかける。
「まぁ、リリー様、お久しぶりでございます」
夫人は、かがんだ身体を起こしながらアイタタ…と言って、腰をトントン叩きつつリリーに笑顔を向けた。
「お久しぶりです、ハルディン夫人。
急に来てしまってすみません」
リリーはぺこっと頭を下げる。
今日はスコーグの森で採ってきたアカネカズラを手土産に持ってきたのだ。
もうしっかり乾燥させている。
あと、貰った珍しい布もいくつか持参した。
ピンゼル様から聞いた染め方を説明しながら布を浸けると、本当に鮮やかな真紅に染まった。
「まぁぁぁ、こんなにはっきりとした綺麗な赤、見たこと無いわぁ」
「本当だ。燃えるような赤じゃないか。」
「下品な赤でなく、情熱的な紅色だな」
夫人だけでなく、子爵様と職人さんも集まってきた。
浸ける布を変えると、やはり布によって発色が違うことが分かって面白かった。
「この根は染色にも使えますが、先日は毒ヘビの解毒にも使うことになったんです。」
リリーは、公子達が一緒だったことは伏せ、友人と染色に使えるアカネカズラを採りに森に入ったが、護衛騎士が毒ヘビに噛まれて大変だったこと、しかしそれを森の植物と水で対処して皆無事だったことを話した。
「なるほど…。 でも、本当に、私は前々から植物には不思議な力があるのではないかって思っていたのよ」
ハルディン夫人は深く頷く。
「ローズマリーやセージは染色のために育てているけど、料理のスパイスとしても使うわ。
何となく眠れない夜は、ローズマリーをハーブティーにして淹れると、意外とぐっすり眠れるの。
気のせいかもしれないけど、そういう力がある植物って、多いのではないかしら」
「ハイ! 本当にその通りだと思います。
これから、この学問がもっと広がって、皆の生活が楽になったり、病気が治ると良いなと思います」
「本当にね。
私もだいぶ年をとったから、そんな研究はとても助かるわ。
うちの植物で役に立てることがあったら、遠慮なく言ってね」
「僕の膝が痛くなくなる草があったら、ぜひ頼むよ」
子爵が口を挟むと、
「それは病気じゃないわ。年には勝てないのよ」
ハルディン夫人は優しく笑った。
リリー達はアカネカズラの生育場所と特徴を伝えた。
可能であれば、挿し木で増やしてみたいそうだ。
お土産の染色に向きそうな布も喜ばれ、もし上手くいって製品化する際には、布の仕入れに関してラピス公国との取引になるのだろう。
しばらく植物談義を楽しみ、夫人オススメのハーブティーを頂いてから帰路につく。
「また遊びに来て下さいね〜」
夫妻に見送られて、今度こそ公爵家に向かって馬車を走らせた。




