137.スコーグの森③
「エルム王子、リリー嬢。お時間はいかがですか。」
シエル様が声をかける。
お腹も膨れて目的も達したので、そろそろ帰ろうということになった。
近衛騎士隊は、行きもそうであったように、隊長とシエル様の隊に分かれて先行し、周囲を伺っている。
リリー達はバスケットや敷物を片付けてから立ち上がり、シエル様の後ろに続いて歩き始めた。
今日は、ピクニック(?)から戻ったら晩御飯は王城で頂くことになっている。
何か王様から話があるらしいが、おおよそこの前の襲撃事件についてじゃないかとリリーは思っていた。
だから、あまり遅くならずに戻る必要があるのだ。
行きはアカネカズラを探しながら歩いたのであまり景色を楽しむ余裕がなかったが、帰りは周りの木々や生き物を観察しながらゆっくり帰ることにした。
苔の生えた岩肌を触ったり、植物博士のピンゼル先生からキノコの見分け方を習ったりしながら山を下る。
「この木はハマクサギといって、ホラ」
ピンゼル様が木から千切った葉をリリーの鼻に近づける。
「ん! くさっ!!」
独特の臭いが鼻を突き抜け、思わずリリーは顔を顰めた。
「"浜臭木"っていうほど、臭いことで有名な木さ」
いたずら成功!と言わんばかりのニヤつき顔でリリーを見る。
公子といっても、去年まで幼稚園生だった年なのだ。
まだまだイタズラや悪さはしたいお年頃。
公国では公子として大人しくしていなくてはならないなら、ここにいる間だけでも子どもらしく過ごせれば良いと思い、リリーは苦笑いで頬をつついた。
てくてく歩いて戻る道すがら、時々珍しい蝶が飛んでいたり、可愛い鳥が鳴いていたりして、ゆっくり流れる時間の中で、最近の疲れがだいぶ癒やされたような気がした。
近衛騎士はまだまだ警戒を怠らず、先行して道を確認したり、横道に人影がないかをくまなく確認している。
もう大丈夫なんじゃないかなーと、リリーが思ったその時。
「うっ!? あぁあ!!」
「どうした!? 大丈夫か!? ぐぁっ」
横道に入っていた騎士数人の悲鳴と、バサバサと剣を振り回す音が聞こえる。
何事か確認するべく、リリーが急いで道から森に入ろうとすると、
「近寄ってはなりません!!」
シエル様が制止する。
「皆様は必ず、動かれないよう、その場でお待ち下さい!」
とたんに騎士隊に囲まれ、厳戒体制になる。
シエル様のお兄様が森に分け入り、先程声がしたあたりに剣を構えて走っていく。
「うわぁ!」
また別の声がし、続いてドサドサと人が倒れる音がした。
一体何が起きているのか。
リリーの背中が冷たくなり、心臓が早鐘を打つ。
ピンゼル様も不安そうに物音のした方を見つめ、まばたきも忘れている。
リリーはピンゼル様の肩を抱いて、そっと抱き寄せた。
すると、
「蛇です!! 蛇に噛まれたようです!! まだこの辺りにいます!!」
倒れて蹲った騎士を確認した別の騎士が、危険を告げる。
蛇の姿は周囲を一見しては分からず、手当たり次第に剣を叩きつける。
しかし蛇は出てこない。
賊の類ではないと分かり、リリー達の周りを囲っていた近衛騎士達は少し離れ、周囲の地面を注意深く見回す。
シエル様のお兄様が騎士を背負って戻ってきた。
他の騎士も、動けない騎士を背負い、リリー達のいる道に戻り、その身体を横たえた。
騎士達は足を噛まれており、隊服に血が滲んでいる。
「どんな蛇だった!? 色は? 大きさは!?」
シエル様に聞かれて、騎士は荒い息を吐きながら、
「土色で、黒い斑模様、長さは2フィート(60cm)くらいで太い…」
特徴を伝えるが、途中から顔面蒼白となり、息が切れて話すことができなくなってきた。
他の者も同様で、最初は仲間の声かけに応えていた者も、次第に反応がなくなりつつあった。
「おい! しっかりしろ!!」
隊長が焦りをにじませて肩を揺すって声をかけるが、応答は無い。
ハッと見れば、先程まで滲む程度だったのに、今はおびただしい量の血が、足から流れ出していた。




