113.SIDE ピンゼル公子②
初めての外遊は、思ったよりものすごく大変だった。
まず、移動が辛かった。
丸一日以上馬車を乗り継ぐ。
馬に無理はさせられないので、行く先ざきで馬車と馬を乗り換えるのだが、穏やかな馬もいれば、荒い馬、御者がいた。
座りやすい座席の馬車と、硬くて座っていられない馬車もあった。
あまり通ることない道程だから舗装も充分でない道が多く、身体と頭をゆさぶられる振動で酔って気持ち悪くなり、何度も吐くことになった。
背中をさすろうとする兄さんの手を拒否して、ほとんど意地で乗り切り、翌々日の早朝に王国に到着した。
出迎えへの愛想など出せるわけもなく、案内された部屋のベッドで蹲った。
気がついたら眠っていたらしい。
付き人のエトッフに、兄さんは騎士団の視察に出ていると聞いた。
着いてすぐダウンしている僕と、朝から公務を行っている兄さんの差をまざまざと感じさせられ、更に劣等感に苛まれた。
(まだ7才なのだから当たり前です…)
ようやく夕方頃に身体が動くようになってきた。
ずっと馬車で座っていたから、お尻が痛くて、ベッドの端に座ることも無理だった。
なのに、晩餐会だって!?
大人しく椅子に座れなんて、どんな冗談だ。
でも、そんなことを言って弱っちい奴と思われるくらいなら、ワガママな公子の方がマシだったから、走り回ったりボール遊びをして、過ごした。
そうしていたら、王国の奴らが挨拶をしに来た。
最初はご機嫌をとろうとする魂胆が見え見えだった奴らは、僕が取るに足らない存在だとみるや、すぐに寄ってこなくなった。
別に構わない。
放っておいてくれ。
兄さんは、列をなして来る奴らに挨拶を返しながら、時々僕を見る。
怒るわけでもなく、何を考えているか分からないその瞳が、僕は恐ろしかった。
最後に挨拶に来たのは、えらく綺麗な女の子とその父だった。
今まで通り、完全無視を貫いた。
この国の第一王子の婚約者なんだそうだ。
ああ確かに、その見た目なら王族の飾りに相応しいかもな。
走り去った背中を一瞥して、ボール遊びの続きに勤しんだ。
そろそろ晩餐会も終わりかと思ったのに、今から音楽の演奏をすると言う。
エトッフに、頼むから座って大人しく聴いてくれと泣きつかれ、仕方なく椅子に座ってみるが、どうしてもお尻が痛い。
早く終われ 早く終われ 早く終われ
何度も祈ったが、何曲も演奏は続き、最後に歌まであると言う。
僕は我慢の限界だった。
気づいたら、オーケストラの前に飛び出して、大声で文句を喚き散らしていた。
「これは僕たちの"かんげいかい"なんだろ!? でも僕は全っ然楽しくない!!」
皆は驚き、エトッフは蒼白、歌う予定だったらしい先程の女の子は会場から出ていった。
でももう無理だった。
王様の言葉も耳に入らない。
後ろで、兄さんのため息と、立ち上がる音が聞こえた。
今まで何も言わなかった兄さんが何をするつもりなのかが怖い。
足音が近づいて来るが振り返れずにいると、さっき出ていった女の子が、なぜか着替えて戻ってきた。




