109.ピンゼル公子の攻略法①
「リーリ〜〜 まぁだぁ〜〜??」
あの晩餐会から2日後、私は王城の厨房で、何故か鍋と睨めっこしていた。
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晩餐会では、あの演技の後はスタンディングオベーションの嵐で、意外にもたくさんのお褒めの言葉を頂いた。
高いジャンプや指先の所作、ボールコントロールに関する賞賛だったと思うが、あまり覚えていない。
とりあえず、奇抜な動きをするトリッキーな令嬢と認識はされず、バレエの亜型を作り出した踊りの名手という位置づけになったようだ。
なるほど、確かにこの世界にもバレエがあるらしいことは、どこかで耳にした気がする。
その仲間だと思ってくれたようだ。
なぜあの後の記憶が曖昧かというと、あの演技の後、ピンゼル様が自分もやってみたいと、ボール遊びが始まったのだ。
「リリーと言ったな!? 僕と勝負だ!!」
挨拶は無視されていたのに、一応聞いていたみたいで名前は覚えていたらしい。
だが勿論、リリーに叶うはずもない。
リリーはリフティングなら膝でも頭でも、オットセイのように無限にできるし、
ドリブルなどのボールキープ力も半端ない。
ピンゼル様は一度リリーにボールを奪われたら取り戻せず、結局その鮮やかな身体さばきに見惚れてしまうため、全く歯がたたなかった。
王様からも、見事であったと褒められ、父は感動して号泣し、王子からは全然知らなかったよと驚かれ、友人令嬢からはもみくちゃにされて、なんだか良く分からない間に、晩餐会は終わったのだ。
怒涛の夜が明けたら、休む間もなく王城からお呼びがかかった。
ピンゼル様が呼んでいるらしい。
さすがに疲れていたので、昼過ぎに登城すると、ラピス公国の騎士服に身を包んだピンゼル様が、剣を携えて待っていた。
いつかトゥシュカ様が着ていた制服だ。
「リリー! 勝負だ! 今日こそ僕が、勝つ!」
何用か分からないからドレスで来た公爵令嬢に、いきなり剣で勝負なんて、本当にこの国はどうなっているんだと思ったが、仕方なく受けて立ち、
勿論圧勝だった。
怪我をしない勝負にするため、いつもの"剣をはじき飛ばした方が勝ち"ルールで戦ったが、それはもう、けちょんけちょんだった。
「完敗だ… リリーはすごい女だ… 認めるよ… 」
手を地につき、四つ這い姿勢で敗北宣言をしたピンゼル様は、そこから180度の方針変更をして、リリー最推し強火担の仲間入りを果たしたのだ。
―――――その様子を、木陰のベンチからトゥシュカ様が興味深げに眺めていたことには気づかなかった。
更に翌日。
今日こそはゆっくりしようと思っていたのに、またしても王城から遣いが来た。
「リリー様、実はピンゼル様は、こちらに来てからほとんど何も召し上がっていないのです… 」
弱りきった顔でリリーに話す。
「シェフも色々工夫をしたり趣向を凝らしてみてはいますが、ほとんど手を付けられていなくて。
これで、王国ではまともな食事がとれなかったと公国に伝わると、我が国の面子は丸潰れでして、困り果てております。
どうかお知恵をお貸し下さいませんか…」
涙を流さんばかりの様子で頼まれれば、仕方なく頷くしかなかった。
そんなわけで、リリーは今、王城の厨房で、外国のワガママ公子が好みそうなメニューを考えているのだ。




