107.晩餐会⑤
えっ…
会場が静まり返る。
お付きの人々が慌てて駆け寄って回収を試みるが、ピンゼル様は座り込み、断固として動かない。
「これは僕たちの"かんげいかい"なんだろ!? でも僕は全っ然楽しくない!!」
拳を握りしめてブンブンと首を振っている。
ど…
どうしよう…
想定外の事態に、会場がざわつき始める。
王様も困った顔をしているが、代案は浮かばないらしく腕を組んだままだ。
エルム王子は心配そうにこちらを見ている。
… 父様は、射殺しそうな目でピンゼル様を見ていた。
可哀相なほど狼狽した付き人達がピンゼル様の説得にかかるが、全く譲る気はないらしくオーケストラの前から動かない。
リリーはその様子を見て少し考え、突然走り出した。
「リリー!!」
王子の声を背中に感じながら、振り返らずに会場外へ飛び出す。
「お可哀相に… 」
「せっかくの晴れ舞台でしたでしょうに…」
「病弱でいらっしゃる身体をおして出られていたのに、耐えられなかったのだわ…」
走り去ったリリーは、一世一代の主役を追われて涙に暮れる令嬢となり、同情の声が挙がる。
「ピンゼル公子よ、皆、この舞台のために練習し、研鑽を積んだ者達だ。
それでも演奏を聴くのは難しいかい?」
優しく王様が声をかけるが、口を一文字に結んだ公子は、徹底抗戦の構えだ。
「す… すみません… 本当に、申し訳ありません…」
付き人達は土下座ばりにひれ伏し、王様の前に陳列した。
そうなってからようやく、ため息をついて立ち上がったのは、トゥシュカ様だった。
コツ… コツ… ピンゼル様に近付く。
さすがに実の兄は恐ろしいのか、ピンゼル様の顔が少し引き攣った。
トゥシュカ様が口を開きかけたその時。
「ピンゼル様、私もそのボール遊びに加えて下さいな」
ホール入口から、リリーの声が響く。
皆がまずビックリしたのは、リリーが着ていたのが先程まで着ていたドレスでなく、見たことの無い服だったからだ。
それは勿論、今日貰ったばかりの可愛い洋服だ。
リリーが皆に見せびらかすようにくるりと回ると、チョーカー代わりに首に巻いているリボンが円を描き、スカンツの裾がふわりと広がる。
リリーはホール入口から助走をつけると、連続前方倒立回転をしながら、オーケストラの前まで進んだ。
ストッ
最後は捻りを入れてピンゼル様の目の前に着地する。
やっぱりこの服、とても動きやすい!
リリーはにこにこ笑っていた。
ピンゼル様は目の前の、信じられない出来事に、開いた口が塞がらない。
目が??になっている。
「ピンゼル様、そのボール、私にも貸して下さいますか?」
リリーの声でハッと我に返るが、言われるがままに黙ってボールを渡す。
口があんぐりなのは、ピンゼル様だけではない。
会場中の人が、声もなく驚いていた。
(父様は眼球が飛び出しそうな様子だった)
リリーはボールの重さと跳ね具合を確かめながら思った。
だって、私は王様と約束しましたもの。
"持てる限りを尽くして、来賓の皆様に楽しんで頂けるよう頑張る"と。




