106.晩餐会④
リリーが席に戻ると、無惨な姿になったバニラアイスがチョコレートケーキに添えられていた。
ソース扱いしてケーキに絡めて口に運ぶ。
今まで流れていた音楽が一旦終わり、会場が静かになった。
「さて、皆も腹がふくれ、歓談も盛り上がったようで大変良かった。
今日はこの宴の最後に華を添えるため、王立オーケストラによる演奏会を催すことにした。
皆の心が潤えば言うことはない。堅苦しい空気は無しにして、気楽に聴いて欲しい」
王様からの紹介で、指揮者とコンマスが前に進み出て挨拶をした。
さすがに2人とも笑顔はなく、顔色は若干白い。
リリーは心の中で熱いエールを送った。
曲目の発表と説明があり、早速一曲目の演奏が始まった。
序曲はティンパニの連打とバイオリンがリズム良く奏でる明るい調子の曲だ。
会場の雰囲気も明るく、和やかなものになる。
クラシックの緊張感を、良い意味で砕けさせた。
前奏曲はピアノが主旋律をとる幻想的な曲だ。
流れるように音がきらきら光る感じがして、水が反射するような、夜空に星が輝くような、綺麗なメロディだ。
クルール王国の伝統的な組曲は、木管の五重奏だった。
クラリネットやオーボエが、古典的ながら深みがあって温かい音を奏で、フルートが色を添える。
「やっぱりフルートは良いね」
隣でシエル様が、目を閉じて聴きながら小さな声で呟いた。
「フルートは主役にはならないけど、オーケストラにはなくてはならない重要なポジションの楽器だ。
管理も大変だし。だけどその分愛着が湧くし、脇役を一生懸命やってる所が気に入っているんだ」
そういえば、いつかのお茶会でシエル様が演奏されたのは、フルートだったなとリリーは思い出した。
次は、リリーとオーケストラの総員で曲の理解に取り組んだ、ラピス公国の伝統的な協奏曲、交響詩だ。
リリーは祈る気持ちで成功を願う。
しかし演奏が始まると、心配はいらないと言わんばかりに、協奏曲は各楽器のソロパートが美しく際立ち、全体はまとまったハーモニーを奏で、交響詩では森のざわめき、川のせせらぎ、羊の群れの足音が聴こえるような、生き生きとした旋律が駆け巡る。
「聴いたことのない曲ですが、なんて素敵な曲でしょう」
ローズ様が感嘆されていて、周りの人達も一様に良い反応を見せている。
ラピス公国の大使の方々も驚いた表情だったり頷いていたりで、多分喜ばれたような感じに見えた。
――――依然として、ピンゼル様はサッカー遊びに夢中で、あっちに蹴ったりこっちに蹴ったり転がしたりしている。
音楽には全然興味が無いらしい。
まぁ、よしよし… リリーはみんなの反応を確認して心底ほっとし、いよいよ次は自分の番だと、気合いを入れ直した。
曲の最後に虹がかかる描写のハープが余韻を残し、拍手喝采で演奏を終えた。
「皆、オーケストラの演奏には満足して貰えたようだな。大変良かったと思う。
さて、今日は、我が国1番の歌姫(!)である、ディアマン公爵令嬢の歌唱、彩然寶頌で最後を飾ろう」
王様から過分な紹介を受けたリリーが、ビックリしながらオーケストラの前に立つ。
深くお辞儀をした。
ゆっくり深呼吸をして、指揮者の指先に神経を集中させる。
タクトが振り上げられた、その瞬間。
「もうずっと音楽ばかり聴き飽きた!! いつまでやるんだ!? いらないよ、歌なんか!! 聴きたくない!」
ボールを小脇に抱えたピンゼル様が、オーケストラの前に憤怒の表情で飛び出してきた。




