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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第96話 国王の悩み

承前


三人の王子が国王の執務室から下がった後、内相が領主任命の係りの者を連れてやって来た。

任命に必要な手続きを指示し、宰相と共に彼らが退室して国王が一人になってほっとしたところで、侍従が来客を告げた。


「陛下、クリーゲブルグ辺境伯がお目に掛かりたいとのことですが、いかがいたしますか?」

「通せ」



侍従が扉を開くと、クリーゲブルグ辺境伯が高い背を小さくして入って来た。


「クリーゲブルグ、今回はお前も何かと大変だったなあ。儂も疲れたわ。まあ、座ってくれ」


国王が席を勧めたが、辺境伯は座ろうとはせず国王の前に進んで直立すると、深く頭を下げた。


「陛下、お礼とお詫びを申し上げに参りました。この度は御裁断、有難うございました。また、御面倒と御心労をおかけし、申し訳ございませんでした」

「気にするな。結局、面倒事はお前の所へ舞い戻ることになった訳だからな。ああ、領間の契約ごとについては、ユークリウスを臨時のピオニル領主にすることにしたから、あいつと良く話し合ってくれ。あれはまだ若い、というかむしろ幼い。手加減を頼む。但し甘やかさん程度にな」

「はい、承りました。ですがユークリウス殿下は、私共から見れば十分に大人です。長くお目に掛かっておりませんでしたが今や長じられて、むしろ、竜の風貌とお見受けします。お身内の皆さまには、初々しい所が目に付かれるのでしょうが」

「そうか?」


問い返す国王に、辺境伯は深く頷きを返した。


「はい。今回も子爵の罪を明らかにされる一方で、私や村人側の落ち度も見逃さず指摘されました。その上で、両方の罰を軽くするようにとの御進言。どちらも庇わず、どちらも救う。容易くできることではありません。さらにその後も、お怒りの陛下の御勘気に触れる恐れも構わずに、堂々と子爵を弁護して下さいました。そのお姿に私は感服し、涙零れる思いでした」

「……確かにそうだな。今回は見習いの難しい立場で試練であったろうが、今日だけではなく現地でもクレベールと共に相当活躍しおったようだな。試練というものは雨のように人を試す。水を得て若々しく大きく伸びる者もおれば、熱を奪われ萎れる者もおる。あやつらは、どうやら伸びる者のようだ。子爵も、ああ、もはや元子爵か、あいつもお前の下で精々励めばよかったものを」

「はい。彼は私の親友の子息です。ユークリウス殿下が見抜かれたように、今回、訴えるに当たっては大いに躊躇いました。しかしながら、亡き友が手塩にかけたあの領が子息と共に見る影も無く衰亡していくのを見るのは耐えがたく、また、かの村人から窮状を訴えられてはそれを突き放して傍観もできず、お願いに上がった次第です」

「難しい決断であったな」

「はい、ですが結果として悪は去り、彼は更生の機会を得て、かの村も救われることとなりました。陛下と殿下方、特にユークリウス殿下には感謝に堪えません。彼も今度は殿下を見習って、真っ当に励んで欲しいものです」


辺境伯の言葉に、国王はしみじみと言った。


「あれだな、貴族と言うものは寄り先を間違えると、将来がしぼんでしまう。ほれ、言うであろう?『エルフは自分の依る木を決めるには、鷹のように枝を揺らし啄木鳥のように幹を叩く。芯の腐りや(うろ)がないか、気の済むまで試すのだ』とな。奴も、寄り先を変える前に十分に相手を調べれば良かったのにな」

「陛下、それについては元々は私に責任がございます。彼の継爵の儀の際に私が上都して出席しておれば、シェルケン侯爵に手出しさせずに済んだでしょう」

「しかし、あの時はフルローズ国とのごたごたが起きておったであろう。運が悪かったのだ」

「それだけではなく。以前から、彼は私とは疎遠になっておりました」

「そうなのか?」

「はい。一つには、彼より姉の方が優れていたこと。先代の子爵も姉を可愛がりその教育に力を入れておりました。正直に申しますと、私も彼をつい軽く見ておりました」

「ああ、先代は、たまに上都するときも姉のみを連れて来ておったな」

「その分、奥方が弟を不憫がって甘やかしておりました。私から夫妻に注意すべきでした」

「そうかも知れんが、それを言えば切りがなかろう」


国王の取り成すような言葉に辺境伯は少し躊躇ったが、打ち明け話を始めた。


「実はもう一つございます。彼が私を疎ましく思う理由ですが」

「何だ?」

「私、というか、私の娘のアンヌです」

「……ひょっとして『やり過ぎアンヌ』、か?」

「はい。やり過ぎました」

「何をした?」

「かなり以前になりますが、腕試しで立ち合い、彼の剣を七度、宙に飛ばしました」

「……それは確かにやり過ぎだな」

「それ以来は彼が我が領を訪れることもなくなり、疎遠になった次第です。本当は彼に嫁がせるかと先代と談合していたのですが、立ち消えになりました」


辺境伯の徐々に小さくなる声での告白に、国王は「むぅ」とうなって尋ねた。


「それは無理もないな。それが『やり過ぎアンヌ』の二つ名の由来か?」

「いえ、その後にアンヌを連れて上都した時に、近衛兵団の子弟の練習試合に飛び入りし、五人ほどの腕や脚を叩き折りました」

「その話は、聞いたことがある。五人抜きならぬ五人折り、とか」

「他にも最近では、先程のお話の、フルローズ国から無断侵入してきた連中の手足をへし折り、叩き切り、薙刀から血の雨を夕立のごとく……」

「ああ、もうその辺で良い」

「実はそれで事がこじれてしまい、上都できなかったのです」

「それでか」


国王が片手でこめかみを抑え、『わかった』とばかりに逆の手を振るのを見て、辺境伯は恐縮して肩を竦めた。


「申し訳ございません。その件以降は警邏巡回からは外して館に留まらせておりますが、あまり薬にはなっていないようです。普段は慎ましいのですが、薙刀を持つと抑えが利かぬのです」

「美人の上に気立ても悪くないと聞いたが、玉に瑕なのか、(オーガ)に金棒なのか」

「最近では『へし折り女』とも言われており、親として頭が痛いです。そろそろ縁づかせたいと思っているのですが、こんな二つ名がつくようでは、難しく」

「想像がつくな」


国王は呆れ顔、辺境伯は諦め顔になる。


「私も貴族の端くれですから、関係の悪くない派閥の家に嫁がせて縁を結ぶとかも考えたのですが、あれでは夫殿の心をへし折って、関係を台無しにしたあげくに戻ってきそうです。それどころか、最近は我が家の寄子からも、話をしようとしただけでも『ちょっと難しい』と敬遠される始末で。もう、一兵士となった方が幸せかも知れぬとすら思います」

「……本人はどうなのだ?」

「『どのような方でも父上の仰せのままに、ただ自分より強いお方が望ましく』と申しております」


辺境伯が思わず吐いた「はぁ」と言う溜息に、国王は同情顔になった。


「低そうに見せかけて高い障壁だな」

「陛下におかれましても、良いお相手を御存じでしたら、何卒御紹介いただけたらと思います」

「心掛けておくが、当てにはしてくれるなよ」

「はい、よろしくお願いいたします」

「近衛の有名処は大概が既婚だし、なかなか難しいとは思うが。貴族は最近は緩んでおるからな。武をおろそかにする風潮で困っておる。お前の所はフルローズ国との最前線だ。油断の無いように頼む」

「心得ております」

「ピオニルもびしびし鍛えてやってくれ。それこそ、やり過ぎても構わん」

「承知しました。しかるべく」


-------------------------------



辺境伯が辞した後、国王は頭を垂れてしばらく沈思黙考していたが、やがて顔を上げると侍従に告げた。


「宰相を呼んでくれ」


国王はクリーゲブルグ辺境伯がユークリウスを評して言った『竜の風貌』という言葉を、頭の中で繰り返し吟味していた。

そして思い出していた。ユークリウスが、以前からの閣議の席で自分の問いに胸を張って答えていた姿とその言葉を。


いずれも十分とはいえず穴はあるが良く考えられたもので、またそれだけに、他に頼らず自分自身で考え出したことがわかった。

それを誇るではなくまた欠点を曝すを恐れるでもなく、儂や閣僚に厳しく批判されてもむしろそれで自分を正すのを喜びとしていた。

今回も調査の実務に労を惜しまず身を粉にしたようだし、また今日も儂の不興を怖れず堂々と振る舞った。

周りの貴族達もその姿に瞠目し敬意を払って謹聴していた。

もし儂がピオニルや村人に過罰を下そうとしたならば、躊躇わずにその身を投げて庇いもしただろう。


片やスタイリスはどうか。

いくらこちらが閣議で質問しても、それを所轄の大臣やクレベールに流すだけで、己の頭で考えようとはしていなかった。

今日もそうだ。

ピオニルを嘲笑うばかりで、実のある事は何も言っていない。

クレベールとユークリウスの報告を我が手柄としただけで、自分の意見を述べられないなど、正使としてあるまじきだ。

もしあやつを大役につけたら、国に大事が起きた時には、それも自分で判断せずに他人に押し付けかねない。

そのような者が、人々の上に立って良いわけがない。

またあいつが常々誇る『剣術無敗』も、周囲の遠慮で成立しているものと近衛の将軍や師範から聞いている。

一方でユークリウスは評判こそ何もないが、その手は剣胼胝で固くなり、時にはそれが割れて血をにじませている。


ただ、国民の人気は今の所はスタイリスが圧倒的だ。

その美麗な容貌で、国の華とも言える存在であることには間違いない。

ユークリウスは真面目なのは良いが、堅すぎる。

何事も、遊び緩みというものが無ければ長く使うと無理が来る。

社会にも芸術や遊戯など、文化が無ければ人々の心は疲れ荒む。

だが、色恋すらも縁遠そうなユークリウスに、はてさてそれが理解できるだろうか。


他にメリエンネとクレベールもいる。

メリエンネはかなり体調が良くなってきているらしく、車椅子で部屋から出ることもあると聞いている。

もちろん何かの役に就くにはまだまだだろうし、能力も未知数だ。

だがその血は王太子の嫡出で、誰にも文句のつけようが無い。

クレベールは能力十分だが、兄との頸木に自分を繋いでしまっている。

母の立場を慮っての事だろうが、母は母、自分は自分と思い切るまでは、離れることはできぬだろう。

母や兄から無理やり引き離すことはできるが、それがあいつのためになるかどうかはわからない。


メリエンネ、スタイリス、クレベール、ユークリウス。

誰を出し、誰を残すか。

出すならば、相応しい位が要る。残すならば、相争わせてはならん。

次代に上に立つ者を決めかねるうちに自分が斃れるようなことがあれば、国の大災となりかねない。


さらに国王が思考に深く沈むうちに、侍従が部屋に戻って来た。


「陛下、宰相閣下がいらっしゃいました」

「入れろ。お前達は外で待て。暫く誰も入れるな」

「承知いたしました」



宰相は急いで入って来るなり、尋ねた。


「陛下、何か急な御用でしょうか?」

「急ではないが、重要なことだ。座れ」


宰相がそそくさと向かい合って座ると、国王は切り出した。


「アンデーレ伯爵の長女はまだ再婚しておらんかったな?」

「はい。そのように聞いております。美人ですが派手好きで身持ちが悪く、一度もらった婿が逃げ出してからは、どこの家からも敬遠されておりますが……縁談ですか?」

「うむ。新たに婿を取らせ、そいつに伯爵位を継がせる」

「どなたですか」

「耳を貸せ」

「はい」

「…………」

「……陛下、それは!」

「時間が掛かっても構わん。密かに、慎重に事を進めよ。表沙汰にするのは当分先の事になるだろうから、本人たちにも洩らすな。伯爵は断るまい」

「断りますまい」

「名誉職とはいえ外務に務めている男だ、秘事は守るであろう。お前も、お前の存念はあっても国を誤ることはせんだろう。委細は任せる。なに、本人たちも元の鞘に納まるだけの話だ」

「はい。承りました」


お読みいただき、有難うございます。

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