第86話 事情聴取
本話は少し長くなっております。
申し訳ありませんが、お付き合いください。
承前
ケンに案内されてユーキたちはネルント開拓村の村長の屋敷に着いた。
屋敷で一番広い部屋は食堂だったため、そこの食卓を挟んでユーキたちと村長が向き合って座った。
訴人であるケンは村長の隣に、村の他の主だった者は村長の後ろにありったけの椅子を出して並べて座っている。
同様に、衛兵長はユーキ達の後ろに座った。
全員が落ち着いたのを確かめて、村長が立ち上がり、ユーキ達に対して頭を下げて挨拶した。
「監察使様、遠路はるばる、このような鄙の村までおいで下さり、有難うございます。私がこの村の村長、ライアン・ジートラーと申します」
「私たちは監察使の随行で、正使のスタイリス・ヴィンティア殿下の御指示でここへ来ました。こちらが国王陛下の大甥に当たられます、ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア殿下であらせられます。またそちらはディートリッヒ伯爵閣下の御令嬢のベアトリクス・ディートリッヒ様です」
ユーキは自分達を紹介したクルティスに軽く頷くと、村長に話し掛けた。
「村長、あらかじめお伝えしておきますが、我々は随行に過ぎません。私達がすることは、事情を調査し、正使殿下に報告することだけです。どうか包み隠さず、ありのままをお話しください」
「はい、承知しました、殿下」
「訴状では訴人はケンとなっています。ですが、村の代表者は村長と考えてよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです。ケンは私の息子です。ケンは迷い悩む我々の先頭に立って国王陛下に訴え出てくれました。ですが、村の責任者は私です。責は私が負います。御不明の事は何でも私にお尋ねください」
「義父さん! 殿下、訴人は俺です。処分は……」
全ての責を取ろうとする村長の言葉を聞いて、脇に座っていたケンが慌てて大声を出した。
ユーキは静かにそれを宥める。
「あー、ケン。大丈夫、落ち着いて。さっき確かに聞いたよ。さっきも言ったけど、私が裁断するわけじゃない。私は正使殿下に伝えるのが役目だし、正使殿下は私以外の者の分も全部まとめて陛下に報告するのがお役目。最終的には陛下が全て御判断される。今は誰が責めを被るかよりも、正確に事情を伝えてくれるのが、君達にとって最善の道だ」
「はい、申し訳ありません」
「でも、君達が互いに思いやり合っていることは良くわかった。そのことは心に留めておきます」
「有難うございます」
ユーキは、自分の言葉が村長やケンたちの腑に落ちるのを見定めてから切り出した。
「では、始めましょうか。ディートリッヒ嬢、アデリーヌに記録を頼んでもいいかな?」
「はい。アデリーヌ、お願い。記録には全て殿下と私が署名いたします。その後に村長さんと訴人のケンさんに内容の確認と署名、もしあれば村の印をお願いして下さい」
「はい、お嬢様。承知しました」
アデリーヌが紙束と筆記具を机の上に出し、準備を済ませるのを確認してからユーキが調査の口火を切った。
「では、村長、お願いします。訴えられた件の前にまずお聞きしたいのは、捕虜にした衛兵達、そして亡くなった代官と伍長のことです。彼らはいま、どうなっていますか?」
「衛兵達は村の各家に分散して保護しています。ただ、この後に彼らの扱いをどうすれば良いかわからなくて少々困っています」
「わかりました。私に任せていただけますか?」
「はい」
村長の返事を確認して、ユーキは衛兵長を振り返った。
「衛兵長、やって欲しいことがある」
「何でしょうか、殿下」
「彼らの主だった者から聞き取りを行い、戦闘報告書を作成して欲しい。明日の午前中までにできる範囲でお願いする」
「はい」
「その後は彼らの身柄を君に預ける。君に返すのではない。捕虜の身分のまま、君に預ける」
「承知しました」
それを聞いて、村人の一人が恐る恐るアデリーヌに尋ねた。
ユーキやベアトリクスに直接尋ねるのは、やはり畏れ多いのだろう。
「あの、もし、お伴のお嬢様、返すのではなく、預けるとは……」
「もし今回の件で領主側が貴方達をもう一度攻撃しようとしたとしても、彼らは参加できない、ということですわね。それを衛兵長が保証してくださいます」
「衛兵長様がですか」
聞き返す村人に、ユーキが答えた。
「そうです。彼に預けたい、私はそう思ったのです。信頼に応えてくれると思います」
「有難うございます、殿下。御信頼に必ずお応えします」
「私どもも、承知しました。彼らの装備についても、一緒にお渡しいたします」
衛兵長が胸を張り、それに続いて村長も応じた。
ユーキはさらにケンにも指示をした。
「次に、ケン、村の側でも戦闘報告書を作成してください。リーダーの君が適任だと思います」
「報告書ですか。何を書けばいいのかわからないのですが」
「難しく考えなくて構わない。最低限、何を準備して、いつ、どのように戦ったかの経過を書いてくれればそれでいい。明日の午前中までにできる範囲でね。戦闘の前後、あるいは戦闘中に相手方とやりとりがあったなら、その部分は正確に詳しく。頑張って思い出して下さい」
「はい、頑張ります」
「両方が出来たら突き合わせを行い、矛盾があれば聞き取りを行いますので。では、捕虜と戦闘については、現時点ではそういうことで。で、次ですが」
ユーキはちょっと言い淀んでから、村長に死者について尋ねた。
「代官と伍長の遺体は、今どうなっていますか?」
「この気候ですので、昨日埋葬しました。私が司祭代として簡易に葬儀を行いました。村ではまだ死人が出たことがなく、墓地に最初に葬られるのが村の敵というのは受け入れ難かったので、墓地を予定している場所のすぐ外に埋葬しました」
「そうですか。それは仕方ないと思います。衛兵長、二人の身寄りの者は?」
「わかりません。二人とも、王都から独り身でやって来て、生い立ち等は話しませんでしたので」
「そうですか。村長、もし将来、身寄りの者が墓参りに現れたら、受け入れてあげて下さい」
「はい」
「二人の遺品はどうしましたか?」
「こちらにまとめてあります」
村長は別室から二つの大きな袋を持ってきた。
「こちらが代官のものです」
村長は片方の袋から、中身を一つ一つ取り出した。
「剣。ナイフ。財布とその中身。ネックレス、金製のようです。それから鍵束。六本を銀の鎖でまとめています。鍵は、三本は部屋の鍵のように見えます。残りの三本は机か何かのものでしょうか。一つは新しそうです」
「鍵ですか? ちょっと見せて下さい。……これは私が預かります。アデリーヌ、その事も記録に頼みます。あと、財布の中身も確認して記録。いいかな?」
「はい、殿下。1リーグ50ダランですね。代官にしては相当に少額、というか、これで大丈夫か心配になるぐらいですね」
「それは……」
衛兵長が躊躇った後に説明した。
「奴は、どこへ行っても自分で支払うことはありませんでしたから。子爵家にツケを回すか、集るか、踏み倒すか。守銭奴でした。死者を悪く言いたくはありませんが」
「そうですか。鍵以外は君に預ける。身寄りの者が現れるかもしれないので、しばらくは保管してください」
「はい。鍵はどうされるのですか?」
「子爵側の調査で必要になると思います。調査が全て済んだら渡しますので、そうしたら他の遺品と一緒に扱って下さい」
「はい」
衛兵長がニードの遺品を袋に戻し終わると、村長はもう一つの袋の中身を慎重に取り出した。
「次はボーゼ、伍長の女の方です。こちらも、剣、それからナイフが三本。お気をつけて! その一番小さなものは刃に毒が塗られているようです」
「刃に毒? 衛兵長」
『毒』と聞いて、ユーキが衛兵長に向けた顔と声が厳しくなる。
「申し訳ありません」
衛兵長は情けなさそうな顔で頭を下げた。
刃に毒を塗るのは暗殺者のやり口、衛兵としては明らかに服務規定違反である。
「その女は代官が王都で集めて来た者で、雇うのに私は口を出せなかったのです」
「そのような者は他にも?」
「衛兵では、他に四人います。全員、今回の件に参加しています。その他に、徴税役や邸の従僕などにも何名かおります。噂では、王都の子爵邸にも何人かいるようです」
「聞き取りの際には注意して行うように。他にも違反があれば、処分が必要だろうね。……これは今回の監察の範囲外だけれども、君に私個人の意見を言わせてもらいたい」
「はい、殿下。承ります」
ユーキに真正面から眼を見詰められた衛兵長は、思わず背筋を伸ばした。
姿勢を正して、ユーキの言葉を待つ。
「疫病の麦を焼いて棒打ちの刑を受けた者。麓の村のエヴァンと言う名のお爺さん。彼らは代官の命令とは言っても衛兵の手に掛かっている。これを君は領主に報告しただろうか?」
「……いいえ」
ユーキは自分の言葉が一つ一つ衛兵長の中に染み渡るのを待つかのように、ゆっくりと語り掛けた。
衛兵長は顔を上げ続けようとするが、ユーキの視線に射すくめられて顔も声も下がってしまう。
「君にしても、難しい事やどうしようも無かった事はあると思う。だが、ただの村人でも懸命に陛下に訴え出ることまでしている。君は衛兵長として本当にできるだけの事をしたか、もう一度考えてみて欲しい」
「……」
「私は昨日から、君の近くで過ごした。さっきも言ったが、君は信頼するに足る、私はそう思った。この件が全て片付いた時に、私の目に間違いはなかった、そう言えるものと私は信じている」
「はい、殿下。申し訳ありませんでした。他にもおります。今更ではありますが、真の罪無くして刑の名目で衛兵の暴力を受けた者を調べ直し、全てを領主に報告したいと思います」
「そうだね。領主がどう判断するかは別として、そこまでは君の責任だと思う」
「……はい。お叱り、胸に刻みます」
衛兵長は力を振り絞るようにして何とかもう一度ユーキの顔を見て、精一杯の気持ちを込めて答えると、また俯いた。
村長やケン、村人達はその様子を自分達も姿勢を正して見ていたが、衛兵長が俯くとまた同じく俯いた。
まるで自分達も一緒に叱言を受けているかのように。
ユーキはそれ以上は何も言わずに衛兵長の様子を見ていたが、やおらベアトリクスを振り返った。
ベアトリクスは、ユーキと衛兵長が話し合っている間にアデリーヌと共に他の遺品を確認している。
「ディートリッヒ嬢、待たせて申し訳ない。他の物はどうかな?」
「後は銀のタグのペンダント、小さな革袋、財布、鍵が二本です。こっちの鍵は革紐が通されていますわね」
ユーキはタグを手に取って見た。
「タグに何か刻まれているね。エリザベート。誰の名前だろう」
「身寄りでしょうかしら」
「そうかも知れないね。母親か、姉妹か、友人か。本人の本名か」
「子供の可能性もありますわね。村長、遺体はお調べに?」
「調べませんでした」
「そう。いずれにせよ、本件と直接には関係無さそうですわね、殿下」
「そうだね。彼女にとって大切な人がいた、ということかも知れないね。まあ、今は置いておくことにしよう」
「革袋の中身は……金貨ですわね。2ヴィンドあります」
「それは、財布とは別に持っていたものです。恐らく、いざという時のために身に付けていたものでしょう」
村長が補足し、ベアトリクスは頷いた。
「そういう事でしょうね……財布の方は7リーグ75ダランです」
「代官より多いね」
ユーキが苦笑しながら鍵を手に取った。
「これは、やはり部屋と机とかの鍵かな」
ニードの鍵とボーゼの鍵を比較して、首を捻る。
「違う鍵だね。二人が同じ部屋を使っている、ということではないようだね。これも一応私が預かる。アデリーヌ、記録はいいかな?」
「はい、殿下」
「では、後の物は衛兵長、君に任せる」
「はい、殿下。お預かりします」
「うん、じゃあ、預ける物は後で受け取ってもらうとして、君は衛兵への聞き取りに取り掛かってくれて構わない。村長、どなたか案内してあげてもらえますか?」
「承知しました。ホルツ、頼む」
「おう」
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ホルツは村長の屋敷を出ると、衛兵長に尋ねた。
「衛兵長様、俺も一人預かってるから、まず俺の家からでいいか?」
「うむ、頼む」
「よし、こっちだ」
「……」
歩きながら、ホルツは気安い調子で衛兵長に話し掛けた。
「衛兵長様よお。王子様ってのは、ああいうものなんかね。飾りっ気の無い服で、村長やケンに気さくに話をしてきびきび働いて。あの若さで小難しいことをさらっとこなしてるしなあ。顔や声は優しくても言う事は言うし。俺はびっくりしちまったぜ」
「……」
「俺は、王子様とか貴族様とかは、綺麗な宮殿でヒラヒラな服を着て、何にもせずにふんぞり返って、美味いもんばっか食ってるんだと思ってたんだが」
「おい、口の利き方に気を付けろ。王侯貴族に不敬を働いたら、死罪になっても文句は言えん。お耳に入ったらどうなるかわからんぞ」
「お、おお、済まん。あのお方はまるでそんな風に見えんかったんで、つい。勘弁してくれ」
「俺にもそうは見えなかったが、周りの方々もおられるぞ」
「おう、気を付ける。若いのに偉いお方だ、そう言いたかっただけなんだ」
嚇されて肝を冷やしたホルツはそれ切り黙り込み、衛兵長はその後を歩きながら考えていた。
「(俺も貴族など、先代様と当代様しか良く知らん。先代様はただただお優しく、当代様は甘やかされた坊ちゃんだ。叱られるなど思いもよらない。……それが、さっき殿下に叱られた時は、親父の前に立たされているような気がした。まだ二十歳にもなっていないだろうに、これが王族というものか……)」
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ホルツと衛兵長が部屋から出て行った後、ユーキは村長に向いて聴き取りを続けた。
「さて、それでは本題である訴え出られた増税について、先代子爵との契約書、そして代官から渡されたという契約書を見せていただけますか?」
「はい。これが先代様とのもの、こちらが代官のものです」
「ディートリッヒ嬢、調べをお願いできますか?」
「はい、承知いたしました。殿下も御一緒に御確認をお願いいたします。まず、先代とのものは、先代がここに自筆で記名しています。内容は……開村当時の既に期限切れの条項を除いて……1エーカー当たり40リーグ、有効期間は開村10年後から20年間、確かにまだ期間内ですわね。次に今回の代官とのものは、……契約書というより、通告書に近いものですのね。領主名として、これは代官が代理記名しております。税額は2ヴィンド……それ以外にも、物納条件、賦役条件がついておりますけれど……ただこの内容はちょっといかがかしら。アデリーヌ、正確に書写をお願いします。はい。訴状との矛盾はございません」
そう言った後に、ベアトリクスは二枚の契約書を一枚づつ順番に持ち、窓の側によって光を当てたり透かしたり、あるいは眼を細めて斜めから見たりとじっくりと確認した。
「不自然な加筆、消去や、訂正、抹消箇所もありません。改竄等の無い真正な契約書と認められます。殿下、それでよろしいですね?」
「はい」
ベアトリクスは手慣れた様子でてきぱきと調査を進める。
「次に両契約書に領主側が印を捺していますので、印影を調べます。両契約書、領主側は同じ印章を用いているように見えますわね。いかがですか? 殿下」
「うん、私にもそう見えます」
「殿下、それが何か? 当たり前のことでは」
「クルティス、それについてはいずれ」
不思議そうにするクルティスを置いて、ベアトリクスは先へ先へと進める。
「村長、他に領主からの書類等で、印の捺されたものはございませんか? 参考にしたいのですが」
「ございます。時期はそれぞれかなり異なりますが。これらでいかがでしょうか」
「結構です。……すべて同じに見えますわね」
「私にも同じに見える」
「アデリーヌ、記録を。両契約書には同じ印章が用いられたと認められた。参考にした村宛の他の書類の印も時期を問わず同じであった。……村側は、印はありません。最初の契約書の村長の署名だけです。アデリーヌ?」
「記録しております」
「では、契約書についてはこれでよろしいでしょう。お仕舞いいただいて構いません」
ベアトリクスはあっという間に書類の調査を終えた。
その手際の良さに、村長たち村の人間は、呆気に取られている。
村長がおずおずと尋ねる。
「もう仕舞って構わないのですか? 領都、王都に持って行くと言い出されるかと思ったのですが」
「そうしてもよろしいのですか?」
「いえ、それは……」
「義父さん、いや、村長、俺はそうしても良いと思う。殿下にお任せすべきだ」
ケンは村長に向かって声に力を込める。
だが、ユーキがそれを止めた。
「いいや、ケン、それはしない方が良い」
「殿下?」
「私を信頼してくれるのは嬉しい。だけど、私がそれを預かった後、国王陛下の手に届くまでの間に何人の手を経ると思う?」
「それは……わかりません」
「それ以上は言わないよ。私も自分の身が可愛いからね?」
ユーキはケンに向かって片眼をつぶって見せた。
ベアトリクスたちは横で呆れている。
「もしどうしても必要がある場合は、君が王都に持参して、国王陛下の目の届く所で取り出すようにした方が良いと思うね。そうならないで済む事を祈るけど。この件はこれまでにしようか。いいかな、ディートリッヒ嬢?」
「はい。良いと思います」
ユーキは村長に向き直った。
「では、次は事情をお聞かせいただきましょう」
村長は最初にニードが現れた時の事から、経緯を順々に話した。
一方的に契約変更を言い渡されたこと、ぞんざいな態度、村長の話を全く聞かなかったこと。
二度目には侮蔑的な付帯条件である物納や賦役をさも情け深そうに持ち出されたこと。
抗議しようとして鞭打たれたこと。
人納と称して幼気なハンナを連れ去ろうとしたこと、止めようとしたマーシーをボーゼと二人がかりで六尺棒で滅多打ちにして、捨て台詞のように三か月の猶予を与えられたこと。
話が村長が鞭で打たれた事におよぶと、監察使の一行はびくりと反応し、ユーキの顔には影が差した。
その影は話が進むとさらに深くなり、ハンナとマーシーの件に及ぶとユーキは両手を机の上で力を入れて組み、耳が赤く染まった。
それでも村長の話に水は差さず、ひたすらに耳を傾け続けた。
部屋には村長の声と、アデリーヌが記録を取る音だけが響く。
その後村長は、契約遵守を求めて戦うことを村の総意で決めたことまで話すと、「後はケンの方が詳しいですから」とケンに話を譲った。
ケンもまた、戦いに至るまでの経緯、訓練や武器の作成、戦術の検討、辺境伯への訴え、領都への偵察員の派遣、峠での準備をかいつまんで淡々と語った。
ケンの話が終わった後も、ユーキはしばらく何も言わず、組んだ手をゆっくりと動かしていた。
まるで自分の感情を掌の中で揉み潰そうとするかのように。
そして静かに口を開いた。
「村長、とてもお気の毒に思います。鞭で打たれた場所は、大丈夫ですか?」
「はい。お蔭様で、骨折にはいたりませんでしたので。傷跡は残りましたが」
「そうですか。ハンナさん達とマーシーさんは?」
「マーシーは、松葉杖で歩けるようにはなりましたが、まだ完治していません。もう傭兵には戻れないので農民として暮らすと、本人は言っております。ハンナと母親は、怪我とかはしなかったのですが……」
「何か、他に?」
言い淀む村長を促すと、村長は暗い表情と声で答えた。
「ハンナが見知らぬ者をひどく怖がるようになってしまいました。捕虜の衛兵達には会わせないよう、気を付けています」
「そうですか。できればお二人にお会いしたいのですが」
「マーシーは問題ないと思いますが、ハンナはどうなるか」
「まず会って様子を見る、ということでいかがでしょうか?」
「わかりました。人をやってこちらに呼びましょう」
「いえ、ここに呼ぶより、こちらが出向いた方が緊張しないでしょうから。ケン、君はそろそろ戦闘報告書に取り掛かった方が良い。明日の昼までは、あっという間だよ」
「わかりました。では俺は失礼します」
ケンは席を立ち扉に向かった。恐らく自分の部屋で報告書と取り組むのだろう。
ユーキも立ち上がって村長を促した。
「それでは、村長、お願いします」
「はい。ここからなら、ハンナの家の方が近いです」
前話に御感想を頂きました。その件に関して、活動報告を御覧ください。




