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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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64/112

第61話 楼の応接室にて

短い話です。

前話翌日



椿様気付

菫様

前略

国王陛下の御用でしばらく王都を離れることになりました。二、三週間程度だと思いますが、その間は手紙も書けないと思います。申し訳ありませんが、御用に集中したいので、お許しください。戻ってきたら、その間の分も含めて恋しい想いをたくさん書きたいと思いますので、待っていてください。

出発準備に忙しく、取り急ぎ、用件まで。

                                   草々

                                シュトルム




菫は椿から渡されたユーキからの手紙を持ち、いそいそと禿たちに割り当てられている大部屋に戻ってそっと開いて読み出したが、読み終わるなり部屋を飛び出して廊下を小走りに急いだ。




クルティスはユーキの手紙を届けた後、応接室で菖蒲を相手に、出された茶をまだ飲んでいた。


「菖蒲ちゃんが出してくれるお茶は、他の人より濃い気がするな。たまらん苦みが口に広がる」

「茶葉をドバドバ使っているので。安物だけど。あ、今日のユー様情報とか教えてくれると、茶葉も茶菓子も高級品を出す。婆様が隠してる場所知ってるし」

「いや、特に何もないな。うん」

「次はお湯、いえ水を出すことにする。苦瓜の汁を混ぜることも考慮する」

「ひどいな。苦行じゃないか、それ」

「でも体には良い」

「心には悪い」


二人が下らないことを言い合っていると、トトトトと廊下を急ぐ音がして、扉を叩くのもそこそこに、菫が息を切らして入って来た。


「クルティス様はまだおられますか?」

「はい。今、美味しいお茶を飲み終わって、帰ろうと思った所です。どうされましたか?」

「あの、お文を書いていては間に合わないと思いまして。殿下にお伝えいただけませんでしょうか。どうか御用の間は、私の事は忘れてご専念ください。どちらへ行かれるかは存じませんが、普段の倍、ご健康とご活躍を彼方へと祈りながらお待ちしていますと」

「菫様、承知しました。菖蒲ちゃん、お日様が一番高くなる方角って、ここからどっち向きだ?」

「南はあっち」

「そうか。ありがとな」

「……クルティス様、ありがとうございます。クルティス様もお伴されるのですよね? 御準備にお忙しい中をお文をお届け頂くことになり、申し訳ございませんでした。何卒、お体にお気をつけになって、いってらっしゃいまし。あの、私などがこのような事を申して良いのかわかりませんが、殿下の事をよろしくお頼み申します」

「お任せ下さい」


クルティスが体を二つ折りにせんばかりに大袈裟に頭を下げて見せると、菫はクスッと笑った。

だが菖蒲は、いつものこの子には無い、真剣な声でクルティスに尋ねた。


「ユー様とクー様、南に行くの?」

「まあな」

「だったら、『森の美姫衆』に見つからないように気を付けてね?」

「『森のビキシュウ』? なんだそりゃ?」

「怖い姫様達がいるの」

「え?」


要領を得ない菖蒲を見て、菫が代わりに答えた。


「クルティス様、妓女の舞踊歌に、南部の『黒く深き魔の森』を謡ったものがあるのです。その一節に『森に美姫衆ござられば、敬い畏み奉れ。さすれば永遠に彷徨わで、無事に此の世に帰り来ん』とありまして、妖魔様は敬い逆らわぬようにと。もし黒く深き魔の森に近寄られることがありましたら、左様に、また森を汚したり木を傷つけたりせず、お慎み下さいませ」

「ふーん。そんなのがあるんですか」

「あい。元は南の方の民謡だったものが伝わったようです。元歌はその後すたれたらしいのですが。その歌では、良い男衆は森に潜む者たちの虜にされてしまい、そうでも無い者たちは……」

「どうなるのですか?」

「森を汚すと……」

「汚すと……?」

「お察しの通りです」

「汚さなければ?」

「相手にされずにほったらかしです。身も蓋も無い内容なので殿方にはあまり人気がなく、踊る妓女も少ないのですが」


なるほどと納得顔のクルティスに、元の調子に戻った菖蒲が言った。


「ユー様だけでなく、クー様も男っぷりは無駄に良いので心配。二人とも捕まらずに無事に帰ってきて欲しい」

「ありがとよ。一言余計だけどな」

「どうかお気を付けください」

「はい。ユーキ殿下にお伝えします。現地のならわしや言い伝えは尊重するようにとマレーネ殿下や御前様がいつも言っておられますので、殿下は大丈夫だと思います」

「それでしたら、安心です」

「森の美姫より、むしろ、人間の美女の方が恐ろしいかも知れません。ああ、そうだ。もし行った先で殿下が女性に気を取られるようなことがあれば、菫様に報告しましょうか」

「そのような御冗談を。……でも、もしそのような事があっても、それは御心のままにさせてあげて下さい。私は、何事も殿下がよろしければそれでいいので……」


菫が遠慮がちに言う言葉を聞いて、クルティスは顔から笑みを消した。

菫に真っ直ぐ向き直って、普段と異なる真面目な声を出した。


「菫ちゃん、それはちょっと違うと思う。殿下は、御自分が好きなようにしたいんじゃなく、菫ちゃんと二人で頑張りたいと思っている。だから、もし殿下に不満や文句があったら、言った方が良い。自分だけを見て欲しいならそう言っていいし、殿下に直した方が良いと思う所があったらそれも。殿下は怒ったりせずきちんと聞いて、自分で考えられる人だ。菫ちゃんが不満をため込むようなことがあったら、その方が殿下は悲しく思う。殿下も菫ちゃんには何でも手紙できちんと伝えてる、そうだろ?」

「あい。クルティス様、ありがとうございます。私の考えがいたりませんでした」

「まあ、殿下は菫ちゃんには不満なんて何一つ無いと思うけどな」

「……クルティス様。おからかいを」


菫が紅くなった頬に手を当てる。

それを見ていた菖蒲が小さくぱちぱちと拍手しながら、笑顔に戻ったクルティスに言った。


「クー様、優しくてカッコイイ。これでもっと小っちゃくて可愛かったら、ユー様から乗り換えを考えたかも」

「大きくて生憎だったな。俺もチビ助は対象外だから安心してくれ」

「うん、クー様は年上好き。知ってる。椿姐様や他の姐様がいたらチラチラ見てる。姐様たちのサイズ情報、聞きたい?」

「余計なお世話だ……でも、聞いてやらんでもない」

「椿姐様は8.5インチ。薊姐様は9インチ」

「……足じゃねえか」

「えへへ」

お読みいただき有難うございます。

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