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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第54話 クリーゲブルグ辺境伯

承前


ケンはクリーゲブルグ辺境伯の娘と思しい女の部屋を出た後、急いで厨房へ戻った。

モリアという女に教えてもらった通りに進み、厨房の扉を開けると、中でアルフが待っていた。


「ケン、どこへ行ってたんだ、心配したぞ」

「ごめ……済みません、代官様。裏庭で顔を洗っていたら、お嬢様のお付きらしい方に荷物運びを頼まれて、お嬢様の部屋まで運んで、今戻ってきました」

「お嬢様の? お会いしたのか?」

「ええ、まあ」

「そうか。館の中をあまり歩き回らない様にしろ」

「済みません」


アルフは小声になって続けた。


「まあいい、閣下が今すぐお会い下さるそうだ。急ぐぞ。心構えはいいな?」

「はい」

「ついて来い」



先に立って早足で歩き出したアルフに続き、ケンは緊張して歩く。

さきほど通った廊下を進み、階段で今度は二階に上り、廊下をさらに進んで奥まった部屋の前まで進んだ。

アルフはもう一度、ケンに「いいな?」と確認した。

ケンは頬かむりを取り、深呼吸をし、頷く。

アルフは扉をノックした。


分厚い扉は音もなく重々しく開き、静かな声が「入れ」と命じた。

アルフに従って入ると、薄暗く細長い部屋の奥に、机に向かって辺境伯が座っていた。

部屋に入ってすぐにケンが立ち止まると、扉を開けていた従者らしき若い男が咳ばらいをして、奥に進むように促した。

従者はケンのむさくるしい作業着を見て眉を顰めたが、辺境伯が手を挙げて合図をすると何も言わずに扉を閉め、辺境伯の後ろに静かに移動した。


アルフが辺境伯に近づき何事か囁いてから脇に控える中、ケンは前に進んで机から少し離れて立ち、姿勢を正した。

辺境伯の背後の大きな窓の明かりで、その背筋の伸びた姿が際立つ。

壮年の身にあっても鍛錬を欠かせてはいないのだろう。

細身で無駄な肉の無いその体付きは、座っていてもケンに圧し掛かってくるように思える。

いよいよ始まる。心臓の鼓動を荒潮のように激しく感じる。


辺境伯はケンの姿を見ながら一頻り口髭を撫でた後、おもむろに口を開いた。

その細身に似合わぬ低い声が部屋に響く。


「ケン、であったな。エデューの葬儀以来か。息災であったか?」

「はい、お蔭様で」

「それは何よりだ。今日は私に頼みごとがあるとか、アルフから聞いた。何かな? 遠慮はいらん、申してみよ」

「はい。有難うございます、閣下。お願いしたいことは、私の住む、ネルント開拓村の事です。領主との間で非常に困ったことが起きまして、国王陛下に訴え出たいのです。それに閣下の力をお借りしたく、お願い申し上げます」

「村からの訴えを国王陛下に取り次げ、ということかな?」

「はい」

「ふむ。訴えの内容と、至る事情を話してみなさい。まず、聞くだけは聞こう」


ケンは深呼吸を一度してから話し始めた。


「有難うございます。まず、訴えの内容につきましては、税についての契約違反と代官の交代です」

「税と、代官か。詳しい事情を聞こうか」

「はい。私たちは、ネルント開拓村を開く際に、領主様、すなわち先代の子爵様と税について契約を致しました。開拓当初10年は無税とすること、道の整備や当初数年間の食糧の手当てについては補助をいただけること、10年後から20年間は地租として畑1エーカー当たり40リーグを納めることが契約書に書かれています。また、書かれてはおりませんが、開拓の方針、治安対策、作物の選定については領主様が相談に乗って下さるとの話し合いもあったとのことです」

「うむ。その辺の事情は、私も先代の子爵からいろいろと相談されて聞いている」

「はい。これは村長が言った話ですが、当初10年は順調に進み、自給分の食糧は作れるようになり、子供も生まれ、新しく村に加わる者もぼつぼつ出ました。ただ、作物の種類は今の所は領内の他の村と変わらず、高地で気温が低い分、作柄は見劣りします。道が険しく運搬に難渋することもあり、作物を領内外に売ることはほとんどできておりません。10年後からは地租を納めておりますが、実際には木材、木炭、木地物等を売って、税を納めたり必要品を買ったりする分の現金を稼いでいるのが実情です。それについて先代様とも相談させていただいていたのですが、5年ほど前からそれも滞るようになりました」


辺境伯はケンの言葉に、顎に手を当てて頷く。


「子爵の体調の事だな」

「さようです。お体の事ですから、村長たちとしても我々の村の事でそれ以上の御負担を掛けるわけにも行かず、また勝手に開拓の方針を変更するべくもなく、ただ御快復をお祈りしておりましたが……」

「残念ながら、そうはならなかった」

「はい、残念です。我々の事をお気に掛けて下さった、お優しい御領主様でしたと、年嵩の村人は口を揃えて申します。私も幼い頃、優しいお言葉を掛けていただいたことを憶えております」

「そうか。私にとっても良い友であった」

「お気の毒に思います」

「うむ。先を続けよ」


ケンが視線を落とし静かに哀悼の意を表すると、辺境伯は暫し感慨深げにしたが、すぐに落ち着いた口調に戻って先を促した。


「はい。子爵様が代替わりされてから暫くの間は、特に領都からの音沙汰は無かったのですが、ふた月ほど前、ニードと名乗られる新しい代官様が突然村に現れ、地租を上げると言い出されました。エーカー当たり、2ヴィンドです」

「人相の悪い、あの男か。40リーグから2ヴィンド。五倍とはな。しかし、契約期間はまだまだ長かろう?」

「はい、村長が先代様との契約の事を申し上げたのですが、『契約は変更すればそれで済む』とにべもなく。村長がお断りし、その日はそれだけで帰ったのですが、一週間後に再度現れ、新しい税率を書面にしたものを渡され、村長に署名するように無理強い致しました。さきほど申し上げた税率と、納められない場合に代官様が定める料率での小麦の物納、あるいは賦役…」

「待て、小麦での物納と申したか?」

「はい。領都価格の五割が基準で、実際には代官が決めると」

「村では、売れるほどの量の小麦を作付けしているのか?」

「いえ。村では小麦は実入りが良くありません。少量を試しに植えているだけで、収穫したものも自給に用いております。穀類としてはむしろライ麦や大麦、燕麦の方が多く作っておりますが、それも自給用の量のみです。それは先代様の方針でもあると村長から聞いております」

「ふむ」


辺境伯は天井を向いて少し考えた後に、再び先を促した。


「続けよ」

「はい。村長が再度先代様との契約を盾に断ると、代官様は村長を鞭で打ちました」

「……」

「さらに、村の幼い娘を見つけると、税の代わりに人で納めよと言い出し、母親から奪い去ろうとしました。代官様は抵抗する母親から娘を無理やりに……」

「待て。ケン、そなた、そのニードという男が憎いのであろう?」

「……はい。村に無理難題を押し付け、仲間を傷つけられました」

「では、無理に『様』を付けずとも良い。この場では許す。続けよ」

「有難うございます。ニードは娘を無理やり奪い取りました。見るに見かねた一人の、マーシーという名の男が娘を奪い返したのですが、六尺棒で袋叩きにされ大怪我を負いました」

「マーシー、聞いたことがあるな」

「閣下、傭兵です。以前はこの領にもかなり名前が聞こえておりました」


後ろから従者がそっと告げる。


「そうだったな。その男を打ち据えるとは、ニードは相当な使い手なのか?」

「いえ。マーシーは一度はニードを組み伏せたのですが、村民を残らず縛り首にすると言われ、怯んだところを衛兵の一人に不意打ちされたのです。一対一では負ける訳がありませんでした」

「そうか。卑怯な男だな」

「はい。我々も悔しい思いをしました。多くの者で止めに入ったのですが、その時にはもうマーシーは頭を殴られ、足を折られていました。その後、ニードは『三か月後にもう一度来る、その時には必ず署名させる』と言い捨てて去りました」

「それが約二か月前か」

「はい。その後、村全体で話し合いをしました。当初は意見が割れましたが、我々は何も悪いことはしていない、契約は契約だ、何とか守ってもらおうということにまとまりました。ですがニードは領主様の権威を背負っております。これを領主様に訴えても意味がないだろうと思われました」

「うむ。それに、当代の子爵は領地には殆どおらぬからな。訴えたくても訴えられんな」

「さようです。そうすると王都に訴え出るしかありませんが、王都の訴訟方は、子爵様が属する派閥の方が抑えているとのことで、握りつぶされるか、反訴される恐れが強いと思われ、うまくいかぬということになりました。そうしますと、もう、何かの伝手をたどり、貴族の方にお願いして直接陛下に訴えを届けるしかないということになりました。我々に貴族の方の伝手など殆どなく、唯一、私の父の葬儀の際にお声を掛けて下さった、閣下のお膝にお縋りすることを頼みとして、ここに参りました。閣下、どうか、どうか我々をお救い下さい!」


最後は一気に言い切ると、ケンは深々と頭を下げた。


「ケン、頭を上げよ。詰まることもなく、良く話した。態度も悪くない。その若さで大したものだ。普段から、このような話し方をしているのか?」

「いいえ、滅相もありません。慣れない言葉遣いで、もし失礼がありましたらお許しください」

「うむ、心配するな。相当準備したのであろう?」

「はい。村では、一人で塔……物見台の上で、皆に聞かれないように練習しました。また、昨日は兄にも聞いてもらいました」

「そうか。頑張ったな。事情はわかった。ニードに押し付けられた無理無法、気の毒に思う」

「有難うございます。では……」


「だが、それと願いを聞き届けるかは別の事だ」

ケンへの試練は続きます。

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