第50話 恋文(五)
前話に続いてユーキの側のお話です。
挿絵は夢子様(@yumeyana_g)作。掲載許諾を得ております。禁転載、禁AI教育使用。
王国歴223年4月初旬(ユーキ18歳、菫13歳)
椿様気付
菫様
もう春もすっかり本物になり、暖かくなりましたね。
今朝早くに起きて外に出てみると、東雲が美しく色づいていました。
野山では貴女の花も咲き始めたでしょうか。
我が家の庭にも、いつの間にか可愛い菫が何十株も植えられており、いくつかの蕾がほころび始めています。
嬉しくて、庭師のゲルトに礼を言おうかと思ったのですが、『なぜ礼を?』と問い返されても困るので、心の中だけで感謝することにしました。
この際、王城の庭園にも植えて欲しいものです。
でも、頼んでやはり『なぜ?』と聞かれると困るので我慢しています。
私は元気にしています。菫さんもお元気の事と思います。
昨日、メリエンネ王女殿下を訪問しました。
御存じかも知れませんが、殿下はお体の加減で外に出られません。
そこで定期的にお見舞いしてお慰めしているのです。
ただのお見舞いなのですが、変な噂を立てる貴族もいるので、菫さんの耳に入る前に自分で伝えたくてここに書くことにしました。
噂になるような仲ではなく、政を学ぶ仲間、あるいは年上の友人といった関係ですので、どうか心配しないで下さい。
お話ししているのは、閣議での国王陛下の御下問の事が多いです。
殿下は政に参与できないことを気に病んでおられるので、せめて閣議での議論の内容をお話しすることで、少しでもお気が済めば、と考えてのことです。
例えば、私が陛下から受けた御下問について、どう答えたか、そして陛下や諸侯からどう批評されたかをお話しし、どう答えるべきだったかについて議論する、というようなことをしています。
私には、ある政策を取った時に、庶民からどう見えるか、貴族からはどう見えるか、というように視点を変えてことを推し量ることがなかなか難しく、どうしても一つの見方で、「これが正しい」と思い込んでしまうようです。
そのため、陛下に『物事の見方が浅く狭い』と叱られがちです。
先日もある件で、庶民の立場、貴族の立場を理解していない、と厳しく叱責されました。
メリエンネ様にこの事をお話したら、様々な観点からどう考えられるかをすらすらと話されました。
御自分ではお出かけになれないので書物を読んで勉強されているのですが、さすがだなと思います。
私も参考にしたいと思って発想の方法をお伺いしてみました。
そうすると、庶民がどのように暮らしているかは、頭の中に庶民の御自分を作って書物で得た知識をどんどん当てはめてから、動かしてみるとどうなるか考えられるのだそうです。
そしてそれらを王族である実際の御自分と比較されると、何となく違いがわかるとおっしゃられました。
とにかく想像力を豊かにすることが大切だそうです。なるほどと思いました。
それに比べると、私はまだまだだです。
まず、貴族や庶民、特に庶民の暮らしについての知識が足りなすぎるのだと思います。
でも、めげずに頑張ります。
街に出る機会があるごとに、人々の暮らしをよく見て学ぼうと思います。
心が凹みそうになった時には、菫さんのお顔を思い浮かべるようにしています。
そうすると、何度でも頑張れるので。
菫さんも修行を頑張って下さい。
菫さんが頑張っていると思うと、私も頑張れます。
菫さんもそうであってくれると良いなと思います。
他人の気持ちを推し量ると言えば、椿さんも、人の心を読み取るのが本当にお上手ですね。
お逢いした時に、初対面なのに私の身分や考えていることを手に取るように見破られ、まるで手玉に取られているようでした。
やはり普段から、客人を良く見ていて慣れておられるのでしょうか。
あるいは、何かのコツがあるのでしょうか。
もしコツがあるのなら、教えてもらって貴族諸侯の相手をするときの参考にしたいです。
椿さんはとても優しいですし。
あの日も柏さんと二人で私たちの味方になって下さって、有難かったです。
椿さんたちのお蔭で我々はこうして手紙のやりとりをできている、と言っても過言ではないですよね。
そう言えば椿さんにきちんとお礼を言っていない様に思います。
申し訳ありませんが、私が感謝していることを菫さんからお伝えいただけませんでしょうか。
そう、私はつい、菫さんと私のことだけを考えがちになるのですが、こうやって手紙をやりとり出来る様になったのは、椿さんを初め、薄さん、柏さん、菖蒲さん、それにクルティスたち、皆のお蔭なんですよね。
本当に感謝しないとなりません。
折角の好意を無駄にしないよう、菫さんの事を大切にして手紙を書き続けたいと思います。
それでは、暖かくなったと言っても風邪などひかない様にお体に気を付けて、修行を頑張ってください。
優しい皆と春の日差しに感謝しながら。
シュトルム
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シュトルム様参る
ここ数日の日々のような、心温まるお文をありがとうございます。
いろいろとご活躍のご様子と拝察いたします。
お元気そうで心より嬉しく思います。
お庭の菫の件、私も嬉しいです。
ただ、私はお目文字出来ないのに、お庭の菫はシュトルム様のお目に掛かれると思うと、羨ましいです。
でも、お花に嫉妬するなんて愚かですよね。
私の身代わりに会ってくれているのだから、お礼を言わないといけませんよね。
お文の中で、畏れ多くも国王陛下からお叱りを受けられたとのこと、お気の毒に思います。
ですが、シュトルム様が堂々とご意見を述べておられるからこそ、陛下もお育みになろうとされて、御言葉を下さるのだと思います。
私などが要らぬ心配かも知れませんが、どうか、お気をお取り直し下さい。
かく言う私も、椿姐様や薄婆様から、しょっちゅうお小言をいただいております。
琴瑟にせよ、詩歌にせよ、細かなところに気が行き届かぬと、叱られます。
そんな時、至らぬ自分が悲しくなりますが、それでめげているようではシュトルム様のお心に適わぬと思い直し、御姿を思い浮かべて気を取り直しております。
私が修行に励めるのは、シュトルム様のお蔭です。
どうかあの時のように、胸を張り、力強く頼もしいシュトルム様でおられ続けて下さいまし。
さておき、メリエンネ王女様の件、お教えいただきありがとうございます。
やんごとなき王族のお方同士、ご交流を持たれるのは普通の事でしょうし、お優しいシュトルム様のこと、王女様をご心配になってお見舞いされるのに何の不思議がありましょうか。
私は妙な心配はいたしておりません。
折角のお見舞いを浅ましく変な噂にされる貴族方がおられるとは、悲しいことです。
シュトルム様はそのようなお方ではございませんと、女だてらにはしたなくも、あらん限りの声で叫びたい気持ちで一杯です。
また、メリエンネ王女様のお見舞いに限らず、御用で貴族の令嬢様方とお話やダンスをなさる事もあるかと思います。
どうか私にご遠慮なく、お務めを果たして下さいませ。
でも、でも、ほんの少しだけ嫉いてもよろしうございますか?
シュトルム様がお美しい令嬢様方とお話しされている姿を想像するのは、ほんの少し悔しく、お目文字したい気持ちが募りますので。
申し訳ありません、詰まらない繰り言を書きました。
お礼の件、椿姐様にお伝えいたしました。
姐様は、『したいようにしただけなので、お気遣いは御無用とお伝えするように』とおっしゃいましたが、後で照れておられたと、菖蒲が教えてくれました。
シュトルム様のおっしゃるように、本当に椿姐様はお優しうございます。
踊りや歌謡のお稽古の時に姐様は、それが恋の曲ならば、『シュトルム様の事を思いきり胸の中に思い描きなさい』と言って下さいます。
実際にそうすると、『艶が出て良くなった』と褒めて下さいました。
またそうして芸の肥やしにしていれば、薄婆様もわかってくれますからと、励まして下さいます。
私は姐様のお心に胸一杯になるのですが、そこで涙を浮かべては、『妓楼に涙は不吉です、良い妓女は嘘泣きのような安い手管は使いません』と叱られますので、頑張って堪えています。
これからも姐様のお気持ちにお応えできるように、一所懸命励みます。
お稽古の間、シュトルム様の事を思いきり想う事ができますので。
でもシュトルム様は、お学び、ご修練の間は私の事はご放念くださいね?
お約束ですから。
それではまだまだ夜は冷えますので、ご油断をなさらないようにお気を付けください。
かしこ
菫女
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椿は菫の手紙を確認し終えて、今日もぼやいている。
「これ、私が読んでいることを承知で書いているのよね? わざと? それとも読まれてることを忘れて二人の世界に入っちゃってるわけ? 感謝されてるのは嬉しいけど……。二人とも手紙でも名前で呼び合って励まし合えるようになっちゃって。うふふ。ああもう、二人とも、可愛いのよね。菫は一所懸命だし、シュトルム様は素直で真面目だし。頑張って幸せになって欲しいのよ、私としては。何でもしてあげたくなっちゃう。あれ? ひょっとして私、二人の術中に嵌められてるの? いいけど」
「いいんだ」
「な、何、菖蒲、いつからそこにいたの?」
「『これ、私が』から」
「あ、そう。最初から全部ね。菫には内緒よ」
「えへへ」
「『えへへ』じゃなくて、『あい』でしょ。本当にわかってんの?」
「あい。えへへ」
「本当にもうこの子は……」
次話はケンの側の話に戻ります。




