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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第42話 ニードの無法

今回、暴力シーンがあります。御注意下さい。


王国歴223年2月(ケン19歳)


前回のいきなりの訪問から一週間後、代官ニードがまたネルント開拓村にやってきた。

今回は衛兵長と衛兵数人も連れて来ている。

前の時にもいた、ボーゼという女もいる。

馬の足音に気付いて家々から村人たちが出て来て、大勢が村長の家の前の道に集まって来る。

村長たちも家の前に出て来た。


時おり疾風が道を吹き抜ける中、ニードは馬から降りると、集まった村人たちを見て不愉快そうな顔で口を開いた。


「何だ、物々しい。それが御領主様の遣わした代官様に対する態度か。頭を下げよ!」


村長が周りの者たちに目くばせをし、頭を下げる。

それを見て村人たちも不承不承ながら頭を下げる。


「よかろう。丁度良い、全員、良く聞け! 子爵閣下に代わって申し渡す。今後、地租を、他の村と同様に1エーカー当たり2ヴィンドとする。小麦による物納を認める。その際の換算率は、領都での取引価格の五割を基準とし、他領での価格を参考にして代官が決定する。物納も困難な場合は、1エーカー当たり40日の賦役をもってこれに代える。以上だ。村長、これに署名をするように」


ニードは木筒から契約書を取り出し、村長に渡そうとする。

後ろで村人たちが騒ぎ始めた。


「1エーカー2ヴィンドなんて、到底無理だ。俺たちの使える金がほとんど残らねえじゃないか」

「小麦の物納だって、相場の半分で、実際にはあいつが決める、ということだ」

「無茶苦茶だ。小麦は自分たちで食う分ぐらいしか作っていない。そもそも、ここは寒すぎて、小麦には向いていない。実入りが悪すぎる。話にならん」

「小麦も無理なら、労働40日だぞ?」

「ひどいな。年にひと月以上も取られたら、開拓どころか、今の畑も維持できない」

「どうすんだ、春播きから小麦を増やすのか? 種はどうする?」


ざわめきの中、村長が異を唱えた。


「畏れながら代官様。現在の税率は、先代の子爵様との契約で定められております」


だが、村長の言葉をニードは取り合おうとしない。


「それがどうした。前に契約があろうと、あらたに定め直せば済むことだ」

「ですが、契約は契約です」

「先代とのな。先代は先代だ。現在の領主は当代の子爵様である。当代様は税率の契約を結び直すことを求めておられる。それだけのことだ」

「おっしゃられた税率では、村民の暮らしが立ち行きません」

「それは、お前らの働きが悪いからだ。この地を拓いてから何年が経つ。その間にお前らがきちんと土を肥やしておけば済んだことだ」

「われらは懸命に働いてきました。少しずつ木を伐り、切り株や石を取り除き、畑を作るのに何年もかかっております。まだ地味を肥やすに至っていない畑も多くございます」

「それがどうした。当然のことをあげつらって、何を手柄顔をしているんだ。それで暮らしが立たんなら、本当には働いていない証だろうが。いつまでも領主様に甘えていられると思うな。お前たちは……」

「甘えてはおりません」

「甘えている! 俺が話している間は黙って聞け! お前たちは先代様の御心に甘えて、自ら冥加金も差し出さず、怠惰を貪ったのだ。本来は罰を与えても良い所だが、それを勘弁して増税だけで済ませてやっているのだ。いいか、増税と言っても他の村と同じ税率にするだけだぞ。お前らだけを甘やかしていると、他の村からも苦情が来ている。税率を揃えるのは当然の措置だ。だがそれだけでは哀れだと思って、俺様が特別に子爵にお願いして物納か賦役かの代納を許してもらえるように何とかしてやったのだぞ。せいぜい俺様に感謝することだ。これ以上は受け付けん。ほれ」


ニードは契約書を村長の足元に落とした。

風に吹き攫われそうになるその紙を、村長が慌てて拾い上げた。


村長も村人もニードを睨みつける。

衛兵長や衛兵の方を見る者もいる。

見られた彼らの何人かは居心地が悪そうな顔で目を逸らしている。


「何だ、その目は」


ニードが薄ら笑いを洩らしながら周りを見回す。

すると後ろの方にいた女の子が目に入った。

今年六歳になったハンナだ。

一人娘を一人で置いておけないので母親が連れて来たのだろう。


ニードはさらに嫌な笑いをすると言い放った。


「ああ、人納でもいいぞ」

「人納、とは?」


ニードはハンナを指差した。


「そこの娘を差し出すのであれば、今年度の税は、村民全員、半分にしてやる。それならば、納められるだろう」

「そんな!」

「なに、その娘も、都で綺麗な服を着て美味い物を食えるのだ。偉い方のお相手をちょっとするだけのことだ。こんな辺鄙な村で貧しい暮らしをするより、よっぽど良いかもしれんぞ?」


ニードはにやにやとしながら言う。

ハンナの母は思わずハンナを抱きしめた。


「とにかく、税をきちんと納めれば良いのだ。義務を果たさずに、安穏に暮らせると思うなよ?」

「あんまりではありませんか!」

「うるさい! 領主が決めたことに逆らうか?」

「いえ、そのような」

「まあ、いいだろう、作柄を見て考えることもあるだろうしな。三か月後にまた来る。その時にはしかと返事をしてもらおう」


そう言って立ち去ろうとするニードに、村長が取り縋ろうとする。


「お待ちください!」

「寄るな!」


鞭が一閃し、村長の肩でビシッと鳴った。


「うぅっ」

「まだわからんか?」


膝を落としそうになる村長に、ニードは再度鞭を振り上げて脅す。


「父さん!」


レオンが甲高い叫び声を上げながら村人の中から走り出て、村長を庇おうとした。

ニードはにやっと笑って、それに向かってさらに高く鞭を振りかざしたが、そこに駆け寄った衛兵長が何とかニードの腕をつかんで止めた。


「その若いのには何の落ち度もない! 何を考えているんだ!」


ニードは衛兵長を睨んだが、ふんっと鼻を鳴らして振り返った。


「三か月後だ。今度は容赦はせん。剣に物を言わせてでも、返事をしてもらうぞ!」


そう言い捨て、立ち去りそうな様子を見せたが、引き返してきた。


「ああ、こいつは前納としていただいていこう」

「やだ! かあちゃん!」

「ハンナ!!」


ニードがいきなりハンナの手を掴んで引っ張った。

母親がハンナを抱いた腕に力を込めて守ろうとするが、ニードは構わず引っ張る。

ハンナは火がついたように泣き叫ぶ。


「止めて!」


叫ぶ母親をニードは蹴りつけ、無理やりハンナを引きはがし、ハンナと母親の泣き声が一層大きく響く。


「この野郎!!」


その時、怒鳴り声が響き渡り、マーシーがニードに飛び掛かった。

ニードはハンナの手を放し、マーシーに向き直る。

二人がぶつかって転げる隙に、ケンはハンナを救い出し、母親の胸に押し付け、二人をこの場から逃げさせた。


マーシーとニードは転がりながら組み合っていたが、武術の腕は傭兵として鳴らしたマーシーの方が明らかに優っている。

自分が上になったところで巧く相手の腕を抑え込み、右拳を振り上げる。

頬に一発喰らわせてやろう、という時に下からニードが叫んだ。


「いいのか! 俺を殴るのは、子爵を殴るのと同じだぞ!」


マーシーが手を止めると、さらに叫ぶ。


「お前だけじゃない、全員縛り首にしてやる、全員だ!!」


うっ、と怯んだマーシーを、横から出て来た衛兵伍長のボーゼが蹴りつけた。

ニードはマーシーが転がる隙に立ち上がると、その腹を思いきり蹴る。

たまらず悶絶する間に、ニードは衛兵の一人が持っていた六尺棒を取り上げると、ボーゼと二人がかりで、マーシーの体中を思いきり打ち据えた。

周囲の者は手も出せず呆然と立ち尽くしていたが、ぼきっと骨の折れる音が響くと皆たまらなくなった。


「止めてくれ!」「いい加減にしろ!」


村人も衛兵も、誰彼なく叫びながらニードとボーゼに抱きついて止めようとする。

その者たちにもニードは棒を揮おうとするが、見かねた衛兵長がニードを後ろから羽交い絞めにして止めた。


「もういいだろう!」


無理やりに引き離したところで、さらに耳元で声を掛ける。


「落ち着け!」


ニードはしばらく息を荒くしていたが、「行くぞ!」とボーゼに声をかけ、立ち去った。

衛兵長は気まずそうな様子でマーシーを見ていたが、何も言えずに黙って残りの衛兵を引き連れてニードの後を追った。



彼らが馬に乗って駆け去る音がする中、村長たちがマーシーを抱き起して口々に声をかける。


「マーシー、大丈夫か!」


服をそっと脱がせると、背中に何条も赤黒い腫れが走っている。


「足の骨が折れている!」

「殴られたところを早く冷やすんだ、水と布を持って来い! 包帯もだ! それから戸板だ、早くしろ!」

「頭も一か所殴られている! 気を付けろ、急に動かすな! そっと運ぶんだ!」


みんなはマーシーを担架代わりの戸板にそっと乗せるとマーシーの家に運び、寝台へと移した。

マリアは寝台に縋りついて、目を真っ赤にし声も出せずに泣き続けている。

フレースの妻がその背中を撫でて慰めているが、自分も涙を流している。


「無茶をしたな」


村長が呟くように言うと、苦しい息をつきながら、マーシーが答える。


「すまん、村長、我慢できなかった」

「いや、お前がやらなければ、他の誰かがやっただろう。そうでなければ、ハンナが連れ去られていた。マーシー、有難う。不甲斐ない村長で、申し訳ない」


そこに、蒼ざめた顔をした母親に連れられて、ハンナがやってきた。


「マーシーおじちゃん、ありがとう」

「ああ、ハンナ、無事でよかった」

「……いたい?」

「ああ、痛いなあ。でも大丈夫だ。おじちゃん強いから」

「でも、いたいんだよね」

「大丈夫だから、家に帰ってな」

「……うん、ごめんね」


ハンナが母親と共に去ると、誰からともなく言い出した。


「これからどうする?」

お読みいただき、有難うございます。

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