第106話 国王と菫
前話翌朝
菫は王城に来た最初の夜はテレーゼ・コルネリア王城侍女取締の部屋に泊まり、翌日、国王陛下と王妃殿下のお召しを受けた。
庶民でしかも未成人とあっては謁見室や執務室には立ち入ることが出来ない。
謁見はテレーゼの部屋に近く、壁に窓が並んだ明るい小部屋で行われた。
菫はテレーゼに連れられ、部屋に一歩入ったところで両膝を突き、手を胸の前で組んで深々と頭を下げた。
銀糸のような髪が、一面に開け放たれた窓から入る午前中の柔らかい光に煌めきながら流れ落ちる。
王妃の侍女の手を借りて念入りに梳かされたその髪は、窓からの微風に揺れ動き、しゃらしゃらという音が聞こえそうなほど繊細だ。
「テレーゼ、この者がそうか?」
齢を取った男の重々しい声に続いて、テレーゼが菫を紹介する静かな声が聞こえる。
「はい、陛下。これなるは妓楼『花園楼』の禿にて、妓女葵の忘れ形見、菫にございます。齢13、一昨日ユークリウス殿下より将来の妃にとのお望みを受けられております。お召しにより本日参上いたしてございます」
「菫とやら、立って良い。面を上げよ」
国王らしき男の命じる声がした。
菫がじっと動かずそのままの姿勢でいると、テレーゼが促した。
「菫さん、これは公式の謁見ではありません。気を楽にして、陛下のお言葉通り、立ってお顔を上げて構いません」
「あい」
菫は返事をすると組んだ手を解いてゆっくりと立ち上がり、目を開いて頭を上げた。
前にはそれぞれ大きな椅子に掛け、ゆったりとした上品な服を着て背を伸ばして座っている年配の男女の姿が見えた。
王冠を被ってはいないが、この方々が国王陛下、王妃殿下なのだろう。
その姿は以前に見た姿絵よりも、さらに気高く美しい。
国王陛下は、どことなくユークリウス殿下に似ている。
二人とも微笑んでいるようにも、奇妙なものを見て驚いているようにも見える。
国王が再び命じた。
「近う寄れ」
菫は静かに一歩だけ、前に出る。
「もっとだ。遠慮せずとも良い、こっちへ来て、顔を見せてくれ」
菫は少し躊躇ったが、静々と歩を進め、二人の間近に立ち顔を上げた。
国王は菫の紫色の瞳を覗き込むように見ると、口を開いた。
「うーむ、可憐だな。ユークリウスの気持ちがわかる。いやいや、これほどとは思わんかった。ユークリウスめ、これは良くぞでかしおったな。褒めてやらんと」
「陛下、まだお声も掛けられぬうちに、何をおっしゃいますか」
「おお、すまんすまん」
王妃に嗜められて国王は苦笑いをすると、菫に向かって話しかけた。
「菫とやら、昨夜はよく眠れたか?」
菫がテレーゼの方に向こうとすると、続けて国王の声がした。
「ああ、構わん。直答を許す」
それでも菫がテレーゼを見ると、彼女は優しく言った。
「構いません。直接お答えしなさい」
それを聞いて、菫は国王の方に俯きがちに向いて答えた。
「あい。お蔭様を持ちまして」
だが、目の下の薄い隈が、実際には眠れぬ夜を過ごしたことを告げている。
「菫、固くなるでない。儂たちはそなたを取って食おうと言うのではない。本当のことを話してくれんかな?」
「あい。実を申しますと、この二日間の驚きと喜び、今日への不安で、少しく眠りが浅うございました」
「この二日間の驚きと喜びというと、ユークリウスに、妃にと望まれた事だな?」
「あい。以前からお文でお気持ちを伺ってはおりましたが、いきなりお妃様にとは思いませんでしたので」
「あやつはいたって真面目で一途だからな。暫く離れて過ごすとなると、居ても立ってもおられんかったのであろう」
「……」
静かに待つ菫に、国王は声を少し重くして問い掛けた。
「菫、そなたの気持ちは昨日既にテレーゼから聞いておる。その真はもはや疑わん」
「あい」
「だが、一つ聞かせてくれ。王族の妃になるのは、聞こえは良くても内実は大難事だ。その若さのそなたにそれを決断させたユークリウスの、何がそれほど好きなのだ? なぜ、どのように好きなのか、教えてはくれまいか?」
「それは……」
菫が視線を少し下げ言い淀み、居心地の悪い雰囲気が漂いそうになる。
顔を上げて国王を見るが、菫は黙ったままでいる。
「言えぬのか? ひょっとしてその程度の気持ちなのではあるまいな?」
国王の声が、少しばかり硬くなる。
重ねての問いに、菫はまた顔を臥せ、ようやく口を開いた。
「いえ、気持ちは心一杯に溢れてございます」
「ではなぜ言えぬ?」
「上手く申し上げられませぬが、心一杯溢れた気持ちも言葉にして汲みだすと、涸れて戻らぬ気がいたします」
「どういうことだ?」
問い続ける国王に、菫は少し震える声で答える。
「殿下は、心優しいお方。ですが、『お優しいから好き』と言えば、心中の何かが『好きなのは優しさか、優しいのは殿下一人ではあるまいに』と呆れます。『正義に篤きから好き』と言えば、心が『正しきは人の務め、王子ともあれば当然よ』と嗤います。何かを言えば言うほどに、『好き』という、大切なものが萎む思いがいたします。この胸の殿下への思いは、私にとってただ一つ、掛け替え無きものでありますれば、口にすることを躊躇わせます。殿下の優しく正しく強いお人柄をお慕い申しているは真でございますが、そう答えたくはなく、またそれだけでもござりませねば、お答えを躊躇いましてございます。お許し下さいませ」
「さようか。わかるような、わからぬような」
「妾はわかりますよ、菫」
王妃は菫に強く頷いて見せたが、国王の方はまだ納得いかなげにしている。
菫は再び顔を上げ、思い切って国王を正面から見詰めた。
今度の声には力が籠り、しかし依然として震えてもいる。
「畏れながら、陛下にお尋ねしてもよろしゅうございましょうか」
「何だ。言ってみよ」
「陛下と妃殿下は国の父母であられると共に、長く連れ添われた夫婦の鑑と存じます」
「うむ、いかにも左様だが?」
「陛下が久しく愛される妃殿下の、どこがなぜどのようにお好きなのかを、お教えいただきとうございます。さすれば私も、殿下へのこの思いが何なのか、答えを知ることが出来るかも知れぬと思いますれば、何卒、何卒」
「ほほう?」
菫は畏れながらも、自分に投げられた問いをそのまま国王に返し、頭を下げた。
テレーゼが顔を蒼くして慌てて嗜める。
「こ、これ! お問いを返すのは無礼です、今すぐお謝りなさい!」
「テレーゼ、よい。菫、儂に問い返すからには、それなりの覚悟があってだな?」
「あい」
「ふむ、儂がこいつのどこがなぜどのように好きか、か」
国王はテレーゼを制し、おやおやと微笑む妃にちらと目を流すと腕を組んで考えて答えた。
「うーん。どこが、か。こいつは今も昔も変わらず誰にも負けず美しいからな」
それを聞いて菫が震える声で問いを重ねる。
「お美しいから愛されるのですか?」
「それはこの美貌だからな」
そう言い放った後に、国王は片眉を上げた。
「いや、待て。……美しいから愛する。違うな。違うぞ。それゆえでも、それだけでもない……仮にこいつが美貌を失おうとも、儂はこいつを愛し続ける。それは間違いない……」
小声で言うと、やにわに思いに沈み込み、ぶつぶつと言葉を並べ始めた。
「こいつは民に優しいが媚びる訳ではなく、阿る貴族には厳しい。威厳と慈愛の両方に満ちている。少女の可憐さ、乙女の恥じらい、大人のつややかさを併せ持つ。百合のように淑やかで、牡丹のようにあでやかで、芍薬のように華やかだ。だが、それゆえに愛するのか、と問われると……違うな。仮にそれらが全て無かったとしても、儂はこいつを愛している」
最初は小声だった独り言は、途中からは自分に、周りに言い聞かせるように大きな声になっている。
そして顔を上げて菫を見ると、優しい声で言った。
「菫、そなたの言う事がわかったぞ。妃はただ妃ゆえ、いや妃の身分も名前すらも要らぬ、儂はただこいつゆえに愛するのだ。そなたもユークリウスを、ただあいつゆえ、あいつの全てを慕っておる、そう言いたいのだな?」
「あい、さようにございます。陛下の御問いをお返しするなどと無作法を致し、申し訳ございません。御罰は如何様にでもお受けいたします」
「いや、構わん。若い頃の事を思い起こせば、恋心とは確かにそういうものだった。うむ。なるほど、そなたの気持ちだけでなく、ユークリウスがなぜそなたをこれほどまでに望んだかもわかったように思う。……おい、いかがした?」
気が付くと国王の隣で、王妃が真っ赤に染まった顔を扇で隠し、目だけを覗かせてもじもじしている。
「陛下ったら、いやですわ。今でも妾の事をそのように想って下さっているとは……菫、そなたのお蔭です。久方ぶりに陛下のお優しいお言葉を聞かせていただけました。礼を言いますよ」
「久方ぶりとは何だ。儂は常にお前の事を想っておるぞ。……そりゃ、なかなか言葉にできんで済まんがな」
「陛下、妾もあなたをいつでもお慕い申しております……テレーゼ、今、『ケッ』とか言いませんでしたか?」
「いいえ、喉の障りを払っただけでございます。この部屋、熱くございませんか? 窓、開いてますよね?」
テレーゼが窓に顔を向けつつ半ば投げ遣りに言う言葉を聞き流し、国王は若干顔を赤らめながら菫への言葉を続けた。
「オホン、あー、先程の儂の問いは意味薄く、心無いものであった。これからは臣下に問い掛ける前に、同じ問いを自分に投げてみるとしよう。菫、気付かせてくれて礼を言うぞ。よくぞ罰を恐れず問い返してくれた」
「陛下、もったいのうございます」
菫は慎み深く頭を下げた後に、相変わらず震える声で付け加えた。
「加えて申し上げてよろしいでしょうか」
「何かな? 何なりと申して見よ」
「はい。ユークリウス殿下は、いただいたお文の中でいつも、『国民の幸せのために』『人々の暮らしをよく知って』と、庶民を御心に掛けていらっしゃいました。今回御領主を受けられたのも、『領民が安心して暮らせるように』とのことでした。殿下は常に国のため、民人のために尽くそうとしておられます」
「うむ。あいつは本当に真面目だ」
「あい。その殿下が、私に、御自身の支えになって欲しいとおっしゃって下さいました。私はただの禿に過ぎません。それでも殿下がこの身を必要として下さったことがただただ嬉しうございました。殿下が国に身を捧げられるならば、私は精一杯お支えして、共にこの身も捧げたい。どこまでも殿下と共にありたいとそう思った次第です」
そう言ってまた頭を下げる菫に、国王と王妃は顔を見合わせた。
国王は苦笑を浮かべた。
「菫、お前もまた、ユーキと同じく真面目よのう。いやしかし、テレーゼ、やっぱりこの部屋、熱いやも知れん。窓、本当に全部開いているか?」
「陛下、お静かに」
王妃は目を細めて菫を眺めながら国王を嗜めてから、テレーゼに叱言を下した。
「テレーゼ、昨日の貴女の報告には洩れがありましたわね」
「何か落ち度がございましたか?」
「ええ。貴女の言った、聡明、勇敢、上品、優美。それに加えて、我が身を惜しまず陛下を諫める忠義と国への献身のこの覚悟。王子の妃となるに相応しいと妾は思います。陛下、いかがですか?」
「うむ。申し分ない。菫、昨日ユークリウスが、そなたを許嫁として認めよと談判に参った。その答えをユークリウスに伝えよ」
畏まる菫に、国王は威儀を正して言った。
「許す。直ちに菫と婚約すること。但し菫は未成人ゆえ内々のものとし、菫が成人の儀を済ませてから公に披露して、その後に正妃として娶ることを命じる。以上だ」
そして、思いきり破顔した。
「菫、ユーキは真面目で良い男だが、やや堅すぎる。そなたは柔らかく寄り添って、あやつが折れる事のないように支えてやってくれ」
「あい。承りましてございます」
「菫、良かったわね。おめでとう」
「うむ。ユーキにはこちらに来るよう、使いを出してある。暫くしたら来るだろう。そなたの口から伝えてやると良い」
「あい。ありがとうございます」
喜びにようやく堅さがほぐれて笑顔になる菫を見て、国王は満足そうに頷くと、テレーゼに向かって命じた。
「さて、これからのことだが、テレーゼ、説明してやってくれ」
「承知しました、陛下。菫さん、貴女はこれまで禿としての教育を受けて来ました。そのため基本の礼儀作法はきちんとしています。ですが、王族貴族のそれはまた独特のもの。それを身に着けなければなりません」
「あい」
「幸い、あるやんごとなきお方が、貴女を侍女見習としてお傍に置いて下さることになりました。そこで厳しい修行を積むことになります。よろしいですね」
「あい。覚悟はできております」
「そうね。貴女なら大丈夫でしょう。ですが、やんごとなきお方の侍女となるには、庶民ではならず貴族籍が必要です。陛下?」
確認を取るテレーゼに、国王は悪戯を企んでいる子供の様に、期待に顔を輝かせながら応える。
「うむ。進めよ」
「はい。菫さん、そこで貴女にはまず、ある貴族家、リュークス伯爵家という家の養女となっていただきます。御存じですか?」
「リュークス伯爵閣下……いえ、お名前を伺ったことはございません」
「そうですか。リュークス伯爵とは、陛下が国王の御身分をお隠しになって他出される時に使われるお名前です」
「陛下の?」
「ええ、そうです。陛下は貴女を養女にして下さるのです。そして、貴女を侍女見習いとして下さるのは、王妃殿下なのです」
菫の口が開いた。
驚きのあまり、すぐには何も言えない。
「いかがですか? 国王陛下、妃殿下はこれほどまでに貴女に良くして下さるのです。御志を無にするようなことがあってはなりませんよ」
「あい! 決して!」
「陛下、妃殿下にお礼を申し上げなさい」
「あい」
菫は二人に向き直った。
「国王陛下、王妃殿下、私のような卑しき者に、そのようにお目を掛けて下さいますこと、偏にお礼申し上げます。この上は一所懸命、この身の全てを掛けて励み続け、養女として、侍女として、そしてユークリウス殿下に相応しい者として、誰もがお認め下さる者となってみせます。誠にありがとうございます」
そう言うと、深々と頭を下げた。
「うむ。リュークス家の娘なので王女ではない。だがこれで、伯爵令嬢だ。面と向かってお前を侮る者は出ぬだろう。ただし、粗を捜して陰口をたたく者はどうしようもない。そうさせぬよう、菫、精一杯に励むのだぞ」
「そうですよ。手加減は致しません。十分に覚悟をしておくように」
「あい。国王陛下、王妃殿下の御恩に報いるべく」
頭を下げる菫を見て国王は満足そうに二度、三度と頷く。
そして口調を優しく変えて、再び声を掛けた。
「あー、それはそれとして、養女とした以上は、お前はもう我々の娘だ。公式の場はともかく、このような場所では、陛下だの妃殿下だのと、畏まった呼び方をせんでも良いぞ」
「では、どのようにお呼びすれば?」
「あるだろう、その、ほれ、ごく普通に」
「……それは、よろしいのでしょうか?」
「菫、この人は、今日はそれを楽しみにして、わくわくそわそわしていたのですよ。構いません」
王妃の促しに菫が横をちらっと見ると、テレーゼも微笑んで頷いている。
「……では、少し恥ずかしうございますが……お父さま、お母さま、不束な娘でございますが、お可愛がり下さいますよう、何卒、よろしくお願いいたします」
「! うむ! 我が可愛い娘よ、よろしくな」
『お父さま』と呼ばれ、国王は顔全体を緩ませてにやけている。
王妃も同様に笑顔で一杯だ。
「あらあら。あなた、娘とは良いものですわね」
「全くそうだな。菫、我が娘としての名を与える。今日からは、ヴィオラ・リュークスと名乗るが良い。お前は父の名を知らぬ事を気にしていたらしいが、儂がお前の父だ。お前はもう、父知らずではないぞ」
国王の優しい言葉を聞いて菫、改めヴィオラの顔に朱が差す。
だがこの喜びの日に涙が差さぬよう、ぐっと堪えて感謝の言葉を返す。
「ありがとうございます、お父さま」
「ヴィオラ、遠慮せず、妾にも甘えて下さいね」
「あい。ありがとうございます、お母さま。私は実の父を知らぬだけでなく、母も幼い頃に亡くなり、もう記憶もあまりありません。初めて『お父さま、お母さま』とお呼びすることが出来て、嬉しく、恥ずかしく思います」
国王はヴィオラの言葉を聞いて満足げを通り越し、鼻の穴をやや広げて得意げだ。
大きく頷きながらヴィオラに応える。
「……そうか、初めてか。うむうむ。だが、これからは何度呼んでも構わんからな。ああ、但し、公式の場とかでは気を付けてくれよ」
「あい」
「これからは、その『あい』も直さねばなりませんね」
「うむ、だが、ユーキと二人きりの時は、その言葉で甘えてやれ。きっと顔を真っ赤にして喜ぶからな。名前も菫で構わん」
ヴィオラは顔を赤くして恥ずかしがる。
「ですが、そのような、手練手管のようなことは、殿下に失礼ではと思います」
「いや、ヴィオラ、それは手練手管ではない。二人だけの愛の言葉と思えば良いのだ」
ヴィオラはさらに赤くなる。
「あい……はい、お父さま」
「何か、儂にもそのままで良いような気がしてきた」
「ヴィオラ、母にもその言い方を教えてたもれ」
「オホン! 陛下、妃殿下もお戯れはほどほどに。ヴィオラ嬢が困っております。間もなくユークリウス殿下が参られます。からかっていると見られると、謀反を起こされますよ。殿下は『誰に何と言われようとヴィオラ嬢を護る』と陛下に宣せられたのでしょうに」
「済まん、済まん。からかっているつもりは無かったのだ、あまりに可愛くてな」
「それは私にもわかりますが、お気を付けください」
「わかった、わかった。ヴィオラ、一つ聞いておきたいことがある」
「はい、なんでございましょうか」
「聞きにくいことだが……実の父をどう思っておる? お前とお前の実の母を捨てた男だが」
「それは……」
「ああ、言いたくなければ、無理に言わんでも良いぞ。恨む気持ちもあろうからな」
「いえ。私には当時の事情が分かりませんので。それに運命の女神のお蔭で、今、お父さま、お母さまの御前にある幸せを思えば、過去の全てに感謝こそすれ、恨む気持ちはありません。とと様がかか様を愛してくれたればこそ、今の私がございますれば」
「そうか。それを聞いて安心した。だが、もしもどうしても実の父の事を知りたくなったら、ユーキと一緒に儂の所へ来い」
「はい、お父さま。ありがとうございます」
ヴィオラの力強い答えに、国王は満足げに頷いた。
そこに王妃が、微笑みながら促した。
「あなた、ヴィオラへの御用はもう一つあるのでしょう?」
「おお、そうだ、大事を忘れていた。ヴィオラ、ユーキが来たら、ユーキの母のマレーネの所へ二人で一緒に婚約の挨拶に行くのだ。頑張れよ。ユーキが来るまで、口上の練習をすると良い。儂らが教えてやろう」
「はい、ありがとうございます」
「それで、マレーネに宛てて、言付けがある。これは非常に大切なこと故、必ずマレーネに直接伝えるのだ。いいか、これは王命だ。決して忘れるでないぞ」
「はい」
何事かと緊張するヴィオラに、国王はにやりと笑いながら言った。
「良いか、こう言うのだ……」
あと三話で、第一部完結です。




