84
ロザリアンヌはユーリの手助けをしてダンジョン攻略を進めるのは止めると決意していた。
冷静になって考えてみたら、あと半年で魔法学校を卒業できるのだ。何も焦る必要も無い。
Sランクダンジョン踏破を手伝い卒業を確約して貰ったとしても、自由にできる時間が何ヶ月か早まるだけなのに何を喜んでいたのか自分でも分からない。
そもそも5年通わなくてはならない魔法学校を、2年で卒業できるのにそれ以上焦ってどうしようというのだと気付いた。
それにもう既に魔法学校で教える事が無いというのなら、卒業に拘るのは師匠の卒業して欲しいという思いに応えたいという理由からだけで、魔法学校に行って基礎から勉強をするという事だけならもう十分果たされていると思われる。
ならば師匠の了承さえ得られれば、卒業を待たずに学校を辞める事になってもきっと許されるだろう。
この世界で学歴に拘った職業に就くつもりも無いのに、魔法学校卒業に何の意味があるのだろう?
ロザリアンヌの本心では今となっては卒業なんて別にもうどうでも良いと思っていた。
寧ろ既に始まっていた【プリンセス・ロザリアンロード】パート2から一日も早く解放されたいとさえ考えていた。
「ダンジョン攻略の手伝いは止めます。今後は先生達だけで攻略を進めてください」
ロザリアンヌはユーリにきっぱりと申し出た。
「急にどうした?」
「急ではありません。ずっと疑問は抱いてました」
「一日も早いダンジョン踏破はどうなる?」
「それはもう探検家達が果たしています。ダンジョンの分割化が進んだ今となっては、Sランクのダンジョンを踏破しても世間からはそう注目される事も無いですよ。先生は学生達に踏破させたいと言っていますが、実力が伴っていない攻略に本当に意味があるんですか?それが本当に生徒達の為になるんですか?」
実際にダンジョンが階層別に分割化され攻略し易くなった事で、Sランクダンジョンへ挑む探検者も増えている。
なので今さらSランクダンジョンを踏破しても珍しくも無く世間に驚かれる事も無いだろう。
ロザリアンヌがソロで攻略したら目立ち過ぎると心配していた件も、良く考えてみれば探検者達は応援してくれているので世間が騒ぐ事が無ければたいした問題にもならないだろう。
それにオスカーやユリアにオリヴィエが、何のためにダンジョンに挑んでいるのかロザリアンヌは聞いた事が無い。
たまたま成績が良くてユーリに言われてやらされているのだとしたら、そこで得られるものが本当にオスカー達の為になるとは思えなかった。
レベルが存在するこの世界でレベルを上げれば能力が上がるのは良いが、その力を何の為に使うのか間違える訳に行かないと考え始めたロザリアンヌはユーリにも考えて欲しかった。
何を目指し何を手に入れようとしているのか、もう一度じっくりと焦らずに。
「・・・」
ユーリは何かを言おうと口を開いたが、それを言葉にする事は無く口を閉じ俯いた。
「失礼しました」
ロザリアンヌはユーリにお辞儀をするとユーリの部屋を急いで退出した。
そしてその足で家へと帰ると錬金の続きをする。
昨日教会からの帰り道、何だか色々と気が抜けてのんびりと歩いていたロザリアンヌは、蝶々が飛んでいるのを何となく目で追っていた。
教会で得た色んな情報を整理しきれないでいたが、何だか疲れて考えるのも面倒な気分になっていたのだ。
(結局なる様にしかならないんだよね)
そんな事を思いながらふわりふわりと優雅に飛ぶ蝶々の姿から突然ピンッと閃くものがあった。
背中にあの蝶々の羽を取り着けられたらあんな風に飛べるんじゃない?
今なら浮遊の魔法も使えるし魔法の箒を改良するより飛びやすいかも!?
そう思いつくと居ても立っても居られず、ロザリアンヌは家へと向かい駆け出していた。
ずっと魔法の箒やアンナにあげた傘を改良したいと考えていた。もっと自在に飛ぶことはできないかと。
今度こそ上手く行くかも知れないと思うと、逸る気持ちを抑えられずにいた。
「ロザリー、急にどうしたの?」
キラルの声が後ろからしていたが、返事をする余裕も無く既にあれこれ考え始めていた。
羽は何でどうやって作ろうか?
大きさはどの位にしたら良いだろう?
それよりどうやって背中に着けようか?
やっぱりコスプレ仕様なら蝶々の羽より天使の羽みたいにした方が良いか?
ロザリアンヌは久しぶりの錬金術の発想にドキドキが止まらずワクワクしていた。
魔物のドロップ品の羽根を大量に使い天使の羽を錬成してみたが、意外に嵩張り重量も思ったより重くなってしまった。
「コレを背負ったら疲れるだけな気がする」
「でもすごく目立てそうだよ」
相変わらずレヴィアスは単独行動で何処かへ出かけてしまったが、キラルはロザリアンヌの錬金の様子を楽しそうに見ていた。
「目立つのを目的としてないからね。私はキラルみたいに飛びたいの」
キラルやレヴィアスは浮遊で浮いているというより、漂っているというか優雅に飛んでいる様でロザリアンヌは何気にずっと羨ましかったのだ。
それにキラルみたいに緩急をつけた飛び方ができれば、ダンジョンでの攻撃の幅ももっと広がる気がしていた。
その後も軽くて丈夫そうな素材で蝶々の羽の形を模してあれこれ練成してみるが、風の抵抗のせいで羽を上手く動かせなかったり、バランスを取るのが難しかったりで失敗が続いた。
何かうまい方法はないかと考えていて、そう言えば日本では天女様は羽衣で飛んでいたのだと思い出す。
「衣で良いじゃん」
ゴスロリ防具を作った時同様に糸に魔力を流し丈夫な魔力糸を作り、レース編みの要領で羽の形を錬成して行く。
レースの模様に浮遊の魔法陣と風の魔法と結界の魔法陣を編み込む事で、軽さと丈夫さを両立させた上にデザイン的にも綺麗で何気に豪華な印象も与えた。
形は蝶々の羽というより妖精の羽の様になってしまったが、それが返ってスマートな印象で良い感じ。
リュックを背負う様に装着する事で、取り外しも簡単にできるようにしてみた。
早速装着すると殆ど重さも感じず不自由さも無くかなり良い感じ。
「これで思った様に飛べれば問題無く大成功だね」
「おまえはそれを着けて街中を飛ぶ気じゃないだろうな」
いつの間に戻って来ていたのかレヴィアスに突然突っ込まれた。
「便利じゃない?」
ロザリアンヌは折角作ったこの自信作が大成功の結果になれば、当然師匠やアンナに自慢して見せる気だった。
そしてできればアンナにも使って欲しいし、必要とする人がいれば当然提供しても良いと考えていた。
「その羽はともかく、おまえの浮遊技術を欲しがる奴が間違いなく現れるな。私には今はそう言う形で世に出して良いものだとは思えんぞ」
ロザリアンヌはレヴィアスの鋭い指摘に大きく溜息を吐いた。
そして以前浮遊魔法を迂闊に錬金術に使えないと考えていた事を思い出していた。
マジックポーチ同様ただ便利だろうという理由で作ってみたが、あの時もかなりあれこれ問題になりその後色んな事件を引き起こしていた。
練成して良い物か世に出して良い物かを考える前に、またまた思い付きで行動してしまった事をロザリアンヌは反省した。
「ごめん、思い付いたらつい止められなくて、楽しくて・・・」
「ダンジョン内で自分だけで使う分には問題ないだろう。それに浮遊魔法を国に高く売りつけるというのも手だぞ。魔道具部門も陸を走る魔道具に海を渡る魔道具ときたら当然次は空を飛べる魔道具も欲しいと考えている筈だ。まあ何にしても交渉の仕方次第だな」
レヴィアスは真っ黒な瞳を怪しく輝かせながら言った。
「私にそんな交渉ができる訳ないじゃない、自分だけでこっそり使うよ」
ロザリアンヌはまたまたみんなに喜んで貰う錬金術師から離れてしまったように感じ、心からがっかりするのだった。




