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誤字報告ありがとうございます。
「ロザリーにお願いがあるの」
夜になってからアンナは美味しいクッキーを手土産に、珍しくロザリアンヌを訪ねてきた。
「私にできる事なら協力するわ」
ロザリアンヌはいつもお世話になっているアンナのお願いと聞いて、以前の様に泉へ水を汲みに行くのかと思い簡単に返事をしていた。
ロザリアンヌがあまりにもあっさりと返事をするので、逆にアンナは何かを戸惑った様になかなか話し始めずにいた。
お願いとは泉に水を汲みに行く話ではなかったのかと思いながらも、ロザリアンヌは変わらずに自分にできる事なら協力するつもりだった。
なのでお茶を淹れ、クッキーをつまみながら、アンナが話し始めるのを待った。
「魔導書を作る協力をしてくれないかしら」
「魔導書ですか?私にできるのなら良いですよ」
ロザリアンヌが変わらずに気軽に簡単に返事をするので、アンナはさらに言いにくそうに顔を顰めていた。
ロザリアンヌはアンナの珍しいそんな表情を見て、何か良くない事なのだろうかと少しだけ警戒して見せた。
「魔導書の作成はしたことある?」
「無いですけど、知識としては結構仕入れています」
アンナはロザリアンヌの返事に驚いた様だった。
「ロザリーはまだ魔法学校初等科よね?魔導書の作成に関しては本科に入ってから少し触れる程度よ。興味のある学生でもなければそうそう学ぶ事も無い筈よ」
アンナは自分から聞いておいて納得がいかないとばかりに話すので、ロザリアンヌは何だか可笑しくなってしまいつい笑っていた。
「アンナってば可笑しいわよ。初等科の私が興味を持っちゃいけないとでも言いたげね」
「そんなつもりじゃなくて・・・」
アンナはロザリアンヌが初等科としては珍しい程知識を漁っている事を知らなかった。
他の生徒に絡まれるのを避ける為でもあるのだが、事実自分の知らない事を知るのは楽しかった。
それに最近ではマッシュに出される課題もかなり広範囲なので、知らず知らずのうちに知識だけで言えば本科の生徒にも勝るとも劣らない程かなり蓄えられている。
もっとも当のロザリアンヌにはその自覚はまったく無かった。
「それじゃぁ肝心の話を始めましょうよ」
なかなか話が進む様子が無いので、ロザリアンヌは自分から問う事にした。
「実はね、光の魔法の魔導書を手に入れて欲しいと依頼があったの。私も初級の魔導書なら作れる様になったのだけれど、相手はそれ以上の魔導書が欲しいと譲らないのよ」
光魔法の魔導書の依頼だから他を頼る事もできずロザリアンヌを頼ったのだと理解した。
そしてまだ魔法学校初等科と考えて、無理を強いるのを承知で言い出しづらかったのだろう。
「でも、魔導書を使って覚えたとしても使えないかも知れないよね」
「その説明は何度もしたのよ。でも相手はそれでもと譲らないの。それにその相手と言うのがまた色々あってね」
その相手と言うのがこの国でも有数の大商会らしく、権力をチラつかせお金を積まれてアンナも断るに断れなくなったらしい。
それに以前に作りおいていた光魔法の魔導書を売っていた事もあり、聖女候補として魔法学校に入学した手前それ以上の魔法を覚えない事には面目が立たないと泣きつかれた事から、アンナとしては多少の責任も感じてしまったのだろう。
光魔法は他の属性魔法とは違い特別で、魔導書で覚えた魔法は使えたとしても光の精霊を宿さない事にはいくら研鑽を積んでもそれ以上を覚える事ができないからだ。
しかしロザリアンヌは聖女候補と聞いてすぐに思いつく顔があった。
何も自分から聖女候補などと言う厄介事に首を突っ込まなくてもと思う反面、彼女がクラヴィスの力になりたいと力説していた事を考えれば当然の結果かとも思えた。
それにしても折角覚えても使えなかったらどうするんだろう。
ロザリアンヌの心配はそれだけだった。
その事でまた面倒事に巻き込まれる様な気がしてならないロザリアンヌは、簡単に返事をしてしまったと少しだけ後悔した。
しかしロザリアンヌはぶっちゃけそこまで責任を持つ必要もないし、その結果を心配する必要も無いと割り切る事にした。
そうしてロザリアンヌはアンナに魔導書の作成を指南して貰い、聖女候補がまだ覚えていないと言う魔導書の幾つかを作成した。
アンナは中級の魔導書と言っていたが、初級レベルの魔法でもまだ覚えていない物が幾つもあったので、取り敢えずはそれを優先して作った。
中級魔法より初級魔法の方が使える可能性が大きいだろうと思ったのだ。
アンナは自分さえも知らなかった魔法がある事に驚いていた。
聞いてみればアンナは自分の使い勝手の良い魔法ばかり研鑽していたので、その派生の魔法だけしか覚えていなかったらしい。
要するにウィルの成長もアンナのレベルも、すべての魔法を覚えるには全然足りていなかったのだろう。
魔法学校退学を選んだとはいえ、やはり勿体ない事をしたものだとロザリアンヌは思っていた。
そして自分は奇跡とも言われる特級魔法を必ず手に入れてみせると考えていた。
そうして作り上げた魔導書の代金はしっかりと頂く事になった。
ダンジョン攻略の時間や錬金術の時間を何日も削ったのだから当然と言えば当然だった。
最初はロザリアンヌとしては魔導書の作り方をきっちり指南して貰ったお礼もあったので、代金に関しては辞退した。
しかし自分も知らなかった魔法を覚える事ができたとアンナも何処か吹っ切れた様子だったので、ロザリアンヌが折れた形になった。
「これからも新しい魔法を覚えたら是非魔導書を譲ってね」
「譲るのは構いませんが使えなくても知りませんよ。それにこれからはアンナのライバルになるかも知れないのに良いんですか?」
魔導書の作成方法をしっかり覚えたロザリアンヌは、自分でも魔導書店を開こうと思えばできるのだと気が付いた。
「あらっ、ロザリアンヌは魔導書店を開くつもりなの?」
「いえ、私は錬金術師ですから」
口では言ってみたが、今度の人生では錬金術師を極めるのだとロザリアンヌの気持ちは揺るがなかった。




