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「この測定結果をご覧ください」
ロザリアンヌの担任であるマッシュは上司にもあたる同じ教職員でもあるユーリに測定結果を見せ、密かに相談でもするかのように声を潜めて話しかけた。
結果を見せられたユーリは「なんだコレは」と呟くとそのまま驚愕に似た表情を見せ固まってしまった。
「話には聞いておりましたが、私もまだ信じられません。これをどうすべきかご判断を頂きたく・・・」
マッシュは自分の判断だけではどうしようもない事態だと理解し、信用のおけるユーリにまずは相談したのだった。
それもその筈で、本来の入学時の生徒のステータスの測定結果は大抵がレベル1で似たり寄ったりの筈だった。
平民の中には幼い内からダンジョンに通うものも居るので、多少レベルが高い者もいるがせいぜいが3で驚かれる。
そして魔法学校の授業でダンジョンに通い始めたとしても、自主的に通う者は少ないので卒業時でもレベル10に達している者はほとんど居ない。
だからレベル39ともなると下手をしなくても教職員達よりもレベルが高いと言わざるを得ない。
ロザリアンヌは自分がゲーム中に攻略方法としてあみ出したダンジョン通いを普通に実行し、その測定結果である自分のレベルに不満を持っていた。
しかしそもそもこの現実の世界では通用しない常識だと言う事を失念していたのだ。
そう言う点ではロザリアンヌの目論見通り、スタートダッシュどころか強くてニューゲームは成功していたというのに。
これから魔力の扱い方を習い魔法を覚えて行こうという段階を通り越して、既に空間魔法に回復魔法、そしてあろう事か4属性魔法に加え光魔法迄を扱えるとなると驚かれるのも当然だった。
4属性を扱え賢者候補と騒がれ歴代一位の成績で卒業し、今は魔法学校の教師として勤めるユーリさえも超えた結果をマッシュはいまだに何処か信じる事ができずにいた。
「この結果は他の者には絶対に内密にするように、校長には私から知らせておく。くれぐれも生徒に悟られない様に気を付けてくれ」
ユーリは他の教師や生徒には絶対に知られる訳にはいかないと危機感を抱いていた。
生徒に関する資料は不正が無いように学校が厳重に管理するのが基本だったが、入学時の測定結果などは秘匿する程の事も無いので担任の管理となっていた。
なので今の段階でユーリやマッシュがその気になれば、いくらでも改ざんする事も可能だった。
しかしユーリもマッシュもそんな事は思いつきもしない様だった。
ロザリアンヌに関しては巷で噂のマジックポーチを唯一作れる錬金術師だと、ユーリは事前に魔法学校在学当時の仲間だったジュリオから話には聞いていた。
魔法学校の特待生として推薦したが、本人の意向で辞退されたとも聞いている。
しかしユーリは錬金術店の戦略で名前を使っているのだろうくらいに考えていた。
だから入学後に実力が見合わない事を責められるのを避け、特待生の話も辞退したのだろうと思っていた。
しかし測定の結果を目の当たりにしてみれば、ユーリの考えがまったく違っていた事は明白だった。
最近ジュリオがやたらと平民の子を取り立てて、特待生にしたがるのも何となく頷けた。
「もしかして平民にはこんな子供がゴロゴロいるのか?」
「それは無いでしょう。私達貴族の様に才能を持つ者が多く居るとはとても思えません」
ユーリはマッシュの差別意識を特別指摘する事も無かった。
この国の貴族達は得てして多かれ少なかれ皆同じような考えだったからだ。
それにつけても問題なのはこの光魔法だ。
今年の特待生の一人にやはり光魔法を使える生徒がいた。
聖女候補の再来だと既に騒がれているのにこれはどうした事か?
確かユーリの知識では、光の精霊を宿す事で光魔法を使える様になるというとても貴重な魔法だった筈だ。
それを二人までが使えるなどあり得るのか?
「この子はどうして光魔法を使えるのだ?」
その答えを聞けるとは思えなかったが、ユーリは思わずマッシュに問い質す。
「魔導書店で魔法を手に入れたと言っておりました」
「魔導書店だと?」
魔導書の研究は確かに学術大学でも研究されている。
その仕組みなどの基本は魔法学校でも教えているが、魔導書店で光魔法や空間魔法などという貴重な魔法が売り出されたなどユーリは聞いた事がなかった。
と言うか、今まで自分以外の誰かに関心を持った事も無く、そんな情報を必要とした事も無かった。
そもそも自分が使えない魔法の魔導書を作れるものなのか?
ユーリは魔法学校の教職員でありながら、既に時代に取り残されたかのような気分にさせられ焦りを感じていた。
この学校で生徒達に魔法を教えるのが自分の使命と考えていたが、自分が扱えるのはたかだか4属性だけだった。
とは言えここの教職員でも4属性を扱える者など自分しかいない。
何故か自分のプライドだけでなく、価値観までも根底から覆された様な気さえしていた。
「それでジョブはどうしたのだ?」
「私や担当官では判断できませんよ。本人に決めさせました。錬金術師見習いだそうです」
ユーリはその答えに納得するしかなかった、既に4属性扱える時点で自分同様賢者候補だ。
しかし光属性も扱えるとなると聖女見習いと言う選択肢もある。
しかし聖女候補がそんなに何人も居るなどあり得る訳が無く前代未聞で、放って置いたらどちらが本物だという論争が起こりかねないだろう。
どちらにしても平民に安易にそんな大それたジョブを与えれば、騒ぎに巻き込まれるのは避けられないだろう。
それにこの結果を他の教職員にも知らせ話し合いで決めるとなったら、答えを出す事など到底無理だろう。
いやその前に、結果を疑い大袈裟に騒ぎ立てる者も出るだろう。
いくらジュリオが黙らせようと動いても、政治的な動きまで関係しはじめたら話はややこしくなるに決まっている。
「分かった、この測定結果は絶対に他言の無いように」
学校の生徒の将来と身の安全を守るのも教職員であるユーリの務めである。
この結果は今はまだ誰にも知られる訳にはいかない。
せめて生徒が誰に利用される事無く自分の才能を開花できる手助けをしようと、ユーリは教師としての心を新たにするのだった。




