大人との口論
明らかな描写不足だったので、加筆しました(3/31)
「はー、本当に緑色ですね」
出てきたのは、香草のみじん切りを使い、焼いた肉を煮込んだ料理だった。
皿の底には米が敷いてあり、匙を使って一緒に食べるようだ。
「緑の煮込み、の緑はまんま見た目のことなのよ」
「この街の料理にしては、あんまり辛くはなさそうですが……」
「はよ食べな! 冷めちゃうよ!」
興味深いその見た目と匂いに手が止まっている僕を見かねて、ハシランさんが声を上げる。
怒っているというより、純粋に温かく美味しいうちに食べて欲しいと思っているようだ。
ならば、従うのが道理だろう。
「いただきます」
そう一言呟いてから、僕はカレーライスを掬うように料理を口に運んだ。
食べる前に香ってきていた爽やかな匂いは殆どせず、口の中からはただ香ばしさが感じられた。
……辛くはない。だが、不思議な味だ。
見た目から、ほうれん草のカレーのような物を想像していた僕は面食らう。
まず感じた味が、酸味なのだ。
「これは、……枸櫞ですか?」
柑橘類、それもレモンのように酸っぱい果実だ。それを、乾燥させてから煮込んでいる。
そのあとに、牛か羊かわからないが、そんなような肉の旨味が広がる。
言ってしまえば、カレーの辛味を抜いて、そこに酸味と香ばしさを付け足した料理だった。
何故か懐かしい感じがする。
「変わった味ですけど……美味しいですね」
「そ。よかったわ」
僕の顔を見て、安心したようにテトラも煮込みを口に運ぶ。そして一口食べたところでほんの少し頷いて、美味しそうに咀嚼しはじめた。
食事は進む。
もうあと何口かで食べ終わる。皿を見つめてご飯を掻き集める僕の耳に、扉が開く音が聞こえた。
「いらっしゃい」
にこやかなハシランさんの声が響く。相手は二人組の客だった。
「おばちゃん、いつもの」
「俺も」
「はいはい、待ってなよ」
いつもの、で通じる客。常連客なのだろう。その男性達は、荒々しく椅子に腰掛けた。
「あー、嫌んなるよな、腕がなまっちまってるぜ」
「俺もだよ。獲物が見つかんねえのなんの」
それから愚痴の言い合いが始まる。話の内容から、二人はおそらく猟師らしい。
チラリと見ると、傷一つ無い上着に、まだ新しい革靴を履いていた。
「いや、こりゃあ違うな。魔物がみんな食っちまったんで、獲物がいねえんだよ」
「なるほどな。だから見つからねえのか」
「ああ。いねえもんは探せねえよ。仕方ねえさ」
どうも、午前中は獲物が捕れずに終わったらしい。それで終わったのを気にしているのかしていないのかわからないが、それでも残念なことは残念なのだろう。けして、楽しそうではなかった。
料理をテーブルに並べるハシランさんは、男達を見て尋ねた。
「おや、あんた達、今日は仕事行ってきたん?」
「久しぶりに行ってきたよ。魔物がいなくなったんで、俺らの補填金も出なくなっちまうからな。働かなきゃなんねえ」
「でもその様子じゃ、坊主だろ? じゃあ酒は出さない方がいいね」
ハシランさんはそう言うと、陶製のコップに入った濁り酒のような酒をテーブルからお盆に戻した。
「関係ねえだろ、酒ぐらい良いじゃねえか」
「午後からも仕事なんだろう? 酔って森に入るもんじゃなあよ」
男はその仕草を手で制し、酒を受け取ろうとする。しかし、ハシランは渡さなかった。
「仕事はまた、明日森に入りゃ良いんだよ。いいから寄越せって」
「駄目だね。昨日までみたいに飲ませてたら、あんた達の女房に叱られちまうよ」
そう言葉を残し、ハシランさんは厨房に酒を持って入っていった。
その後ろ姿を見ながら、男達は口々に文句を言い始めた。
「もう面倒くせえなぁ、また明日っから仕事仕事だよ」
「昨日までトレンチワーム様々だったからな。誰が殺したんだよいったい」
「イラインから来た探索者らしいぜ。昨日門の前で何人も見てる」
トレンチワームの話題が出た途端に、テトラが眉を顰めた。
もう一口で終わるのに、中々匙が進まない。
「迷惑な話だよなぁ。トレンチワームのおかげで、俺らも助かってたってのに」
「誰も迷惑被ってねえんだから、そっとしておいて欲しかったぜ」
ああ、駄目だ。これ以上聞いては駄目だ。
「テトラさんは、このあとどうしますか? ヘレナさんのところ」
気持ち大きな声で、空気を変えようとする。テトラにこの話を聞かせてはならない。
だがやはり駄目だった。男達はこちらを気にしようともせずに、話を続ける。
「街の住民のことなんざ何も気にしねえんだろうな、そいつ。馬鹿なんじゃねえの」
「誰が見たって、魔物がいた方がいいのにな。クソ迷惑な奴だよ」
「……あんたたちねえ!」
テトラがテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。その拍子に、匙が床に落ちた。
「黙って聞いてりゃ、何なの!? そんなに魔物がいた方が良かったの? 森に入れなくて、仕事出来ない方が良かったの?」
「何だよ嬢ちゃん、いきなり」
面食らう男達は、理解出来ないという風で僕とテトラを見ていた。
「答えなさいよ。魔物がいないと、貴方たちは迷惑を被るわけ!?」
そうもう一度テトラが尋ねると、溜め息を吐きながら男の片割れは答えた。
「仕事が出来ないほうがいいなんて、そんなこと俺らは言ってねえだろ」
「でも魔物が出る、ってそういうことじゃないの」
「だからそれは」
反論する男達を、僕は冷えた頭で見ていた。
そう、彼らは魔物を歓迎している。
僕は、テトラを止めようと口を開く。
「違いますよ、テトラさん、この人達は、そんなこと考えていません」
「でも」
「考えているのは、邪魔されているから仕事をしなくても仕方が無い、という怠惰な自分への誤魔化しです」
「あぁ?」
凄む男達を無視して、僕はテトラに話し続ける。
「要は、この人達は仕事をしない言い訳が欲しかっただけで、その結果はどうでもいいんです。さっきの会話からも、毎日金だけ貰って酒飲んで暮らしていたかったんでしょうね」
仕事が出来ない方がいい、では少し足りない。正しくは、仕事をしなくてもいい理由と金が欲しい、だ。
だがそれ自体は実はどうでもいい。
そんなことよりも、気になることを言っていた。
「誰も迷惑も被っていない」。つまり魔物が管理されていた安全な物だと、気がついている節がある。
魔物がこの街のために配置されていたということに気がついていたのに、声を上げなかったのだ。
不正に感づきながらも、それに声を上げず利益を享受していた。
猟師という仕事を全うせず、人が犯した罪に目をつむり、あまつさえ利用して安穏と暮らしていた。
僕はそういう人が嫌いだ。
客観的に見ても、周囲の森に魔物が出没しているという、当然対処すべき事態だった。
そこで声を上げて、助けを求め自らも奮闘したテトラを迷惑な奴だと言った。
僕が喧嘩を売るのには、充分な理由だ。
「このガキ、馬鹿にしやが」
「残念でしたね。トレンチワームは死にました。これで、猟に出なくちゃいけなくなりました」
「それがどう」
「貴方たちが、獲物を捕れるほど腕がある猟師なら良いんですが。もちろん、僕よりも上手にとって来れますよね」
言葉を止めるように、男達の方を向いて言う。
男達は言い返すよりも実力行使に出ようとしたらしく中腰になる。
「ああ、もう何ね何ね! 喧嘩ならよそでやってくんな!」
しかし始まりそうだった喧嘩は、この店の店主に止められた。
「でもよぉ、俺らは」
「まだ続けるんなら、外でやっとくれ。ここは楽しく美味しくご飯を食べる場所だよ」
バツが悪そうに食べかけの料理を残して去って行く男達は、とてもだらしなく見えた。
キーチを笑った大人達と同じ、見習いたくない人間だ。
そして勇ましいハシランさんの、その啖呵を切る姿がとてもかっこよく、皿の最後の一口が美味しく感じたのだった。
ハシランさんは振り返り、申し訳なさそうに僕らに頭を下げる。
「ごめんねえ。あいつらもずっと働いてなかったからさ。ちょっと機嫌が悪かったんだよ」
「いえ。喧嘩を売ったのは、僕とテトラさんです」
「トレンチワームがいた方がいい……なんて言うから、つい……」
シュンとしたテトラに合わせて、僕も頭を下げる。
「ご迷惑かけてすいません」
「お客さんが気にすんない。そうだ、口直しにもう一品出してやろうね」
「そんなことは」
固辞しようとした僕の言葉を無視して、ハシランさんは厨房に引っ込んでいく。
僕はその背中を見て、溜め息と共に笑みを零した。
「今日は本当に、ありがとうございました」
料理を堪能し、僕らは店を出る。料理は美味しかった。だがハシランさんが、テトラから僕の話を聞きたがるのには辟易した。
まさか、命を狙われて街を逃げ出していたなどと言えるはずもなく、最近知り合った友達と言うことにして誤魔化しておいた。
テトラの方はというと、ハシランさんにちゃんと話したかったのか、僕がそう適当に話を切り上げると残念そうな顔をしていたが。
料理は美味しかったが、ハシランさんがちょっと無理かな。
「何というか、強烈な人でしたね」
「人の噂話が大好きで、口が羽根のように軽いの。そこだけが残念な人だと思うわ」
「ま、そこは料理人としては関係ないですし」
ああいう、人情味溢れる店というのを求める人もいるのだろう。多分。




