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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
悪徳の街クラリセン

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死体の運搬

 


「これはまた、大きいですね……」

 案内された場所に転がっていたのは、ごつごつした大きな蛇だった。

 蛇といってもその外皮はどちらかというと鰐のようなものに近く、大きな凹凸が並んでいる。

 ただその側面と首にいくつも傷が付いており、あまり強い皮という印象は受けなかった。


 そして目測で長さは二十メートルほどであり、通常であればとても一人で運べる大きさでは無い。

「これを、運んでいけと……?」

 無茶なことを言う。これだけの大きさならば、重さもあるし、何より嵩張るのだ。僕が持っている布ですら、耐えられるものは無い。

 まさか、魔法を使って運べとでも言うのだろうか。

 魔法について、気付かれていてもおかしくは無いと思うが……。


「うん。丈夫な亜竜だからね。引きずっていっていいよ」

「それならまあ、いけますけど」

 大きな顎を持ち上げて、僕はトレンチワームを引っ張り始める。

 必然的に顔が近付いて、血に塗れた大きな牙が並んでいるのが見えた。

 この牙で獲物を地中に引きずり込んで、噛み砕くのだ。目は退化しているようだから、きっと匂いで獲物を探るのだろう。


 ところで。

「何でレイトンさんが運ばないんですか?」

「大変だからね」

「……そうですか」

 さらりと言ったその顔に少し苛ついたが、これくらいいいだろう。一応先輩だ。




 ずるずると引きずられていく蛇の腹で、森の地面が削られていく。

 僕が歩いた地面を形作る木の根がズタズタになり、新鮮な森の匂いが辺りに立ちこめた。


「で、これでギルドまで運ぶんですか? 街中に運び込んだら騒ぎになりそうですが」

「門の所まででいいよ。騒ぎになるだろうけど、構わない。人に見せつけないと意味が無いからね」

「で、そこから僕がギルド内に人を呼びに行くと」

 まるで使い走り……。

「そこまで必要かどうかはわからないけど、念のためにね」

「それが何故か、聞いてもいいですかね?」

 出来れば使い走らされる理由ぐらい聞いておきたい。

 いや、僕は断じて使い走りでは無い。


 そう尋ねると、レイトンは片目を瞑り、口の端を歪めて言った。

「ギルド側に、この討伐をもみ消されないようにさ」

「僕が行けば、もみ消されないと?」

「いや、多分ぼくだけで行っても問題は無いよ。けれどやはり、色つき(上位探索者)が複数名関わっていることをギルド員にも直接示した方が確実だ」


 つまり、またこの町長達が「魔物はまだ討伐されていない」ということにするため、またギルドを買収して脱税を始めるのを防ぐための処置、ということか。

「『レイトン・ドルグワントが、カラスと共に討伐した』。……色つきの探索者はギルドにとって重要な人材だ。二人も関わった痕跡を消すには、相当な金額が必要だからね。少なくともこのトレンチワームの死亡はギルドの書面上も確定する」

「まあ、そういうことなら」

 一応、僕の苦労は無駄にはならないわけだ。

 身軽に歩くレイトンの後ろ姿を見ながら、僕は一応納得した。一応。




「止まれ。後ろの物は何だ?」

「討伐依頼を受けて、討伐してきた魔物だよ。登録証と依頼箋は必要かな?」

「念のため見せて貰おう」


 やはり、街に入る門の所で衛兵に止められた。レイトンが衛兵に登録証と依頼箋を見せると、衛兵は死体を見ながら言った。

「これは……、ここ何年も森に住み着いていたっていうトレンチワームか?」

「そうだよ。何年も何年も、この街の住民を困らせてきた大蛇さ」

 そして、ぺたぺたと死体を触りながら、衛兵は呟く。

「こいつのせいで、大勢の人間が森に入れなくなってたっていうからなぁ……」

 しみじみという衛兵は、脱税のことなど本当に何も知らないように見えた。

 ただ困っている住民の身を案じていた。そういう人なのだろう。


「よかったね、これで森での仕事は再開出来る」

 その言葉を聞いて、衛兵は頬を綻ばせた。

「ああ、猟師達は仕事が無くなって、酒場で飲んだくれているばかりだったからな。少しはあの酒癖の悪い奴らもおとなしくなるだろう」

「ひひ。で、もういいかな?」

「すまなかったな。通って良いぞ」

 衛兵は鷹揚に頷くと、すんなりと許可を出した。


「それなんだけど、街中まで運ぶと道が傷んじゃうから、ここに置かせて貰っていいかな? ギルドの方から職員に来て貰うからさ」

「それは構わないが……」

「あ、ぼくがここで見ているから場所だけ貸してくれれば衛兵さん達は気にしないで良いよ。カラス君、頼めるかな?」

「はーい、行ってきます」


 レイトンの呼びかけに応じ、僕は返事をして街の中へと入っていく。

 それとすれ違うように、何人も街の住民が死体を囲むように歩いてきていた。


 少し歩いてから振り返ると、もう人集りが出来ている。

 これで、もうトレンチワームが死んだのは周知の事実になった。

 あとは、書類上でもこれを確定させるだけだ。




 この街の探索者ギルドは初めて行くが、朝にチラリと見た気がする。

 そこを目指そう。




「すいません」

 夕方前、ガランとしたギルド内には探索者らしき人は殆どいなかった。

 当然列など無く、空いているカウンターに直行し、僕は声をかける。

「はい、どういったご用件でしょうか」

 僕がカウンターに近付いている最中に、蜥蜴のバッジは確認しているらしい。今日は最初からにこやかな対応だ。

「すいません。依頼を受けたのは私ではありませんが、依頼された魔物を討伐したのでその確認をお願いします」

「承りました。してその討伐した魔物の討伐証明部位はお持ちでしょうか?」

「いえ、死体丸ごと街の門のところに置いてあります」

「確認いたします。それで、この依頼を受けた探索者のお名前をいただきたいのですが」

「依頼を受けたのはレイトン・ドルグワントで、トレンチワームの討伐です」

 そう言うと、職員はパラパラと依頼箋を確認する。しかし問題の依頼が無いようで、一瞬首を傾げてからまたこちらを向いた。


「申し訳ありません。こちらに、その依頼の情報が無いようですが……」

「一昨日、イラインのギルドでテトラ・ヘドロンから依頼が出されているはずです」


 これは……依頼が受理されていなかった? いや、これは多分、イラインの方から伝わっていないか握りつぶされている。


「失礼ですが、貴方のお名前は?」

「カラス、と登録されているはずです。姓はありませんが」

 ふむ、ともう一度職員は呟き、そして僕のバッジを見てから、申し訳なさそうに続けた。

「かしこまりました。依頼については早急にイラインへ確認いたしますので、保留とさせてください。討伐された魔物の確認だけ先行して(おこな)ってもよろしいですか?」

「はい。結構です」

「では、担当の者が随行いたしますので少々お待ちください」

 そしてぺこりと頭を下げて、職員は下がっていった。


 これでいいだろう。

 恐らく様子を見るに、バッジが更新されていない探索者の訴えだったら簡単に退けられていた。

 レイトンの憂慮は当たっていた。「そんな依頼は受けていない」と誤魔化されてしまうところだったのだ。



 少し待つと、カウンターの横の扉が開き、年若い男性が現れた。

「お待たせいたしました。では、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 その男性を伴い、僕は門へ向かい歩き出した。





 僕らが門に辿り着いたときには、人集りも少しは少なくなっているように見えた。

 しかしまだ人は多く、外からはちょこんと大蛇の一部が見えるだけだった。


「こちらのトレンチワームです。お願いします」

 その人集りの奥を指差しながら、僕は職員に話しかける。

 そうすると、まるで海を割るように人集りが分かれ、トレンチワームまでの道が出来る。

 その道を職員は汗を拭きながら小走りに通っていった。


 レイトンは、薄く笑いながら、職員を迎えた。

「ああ、ご苦労様。よろしく頼むね。これが依頼箋だよ」

 そして職員に、先程の衛兵に見せた物と同じ依頼箋とバッジを見せて、またトレンチワームの方へ視線を促した。

 バッジを見せられた途端に職員の顔が引き締まる。やはり、効果はあるようだ。


「はい。たしかにトレンチワーム、それも依頼にあったものですね。素材として死体を売却等は……」

「してもいいけど、別にこちらに利益を渡す必要は無いよ。寄付って形でいいかな」

「かしこまりました。では一応、状態を確認させていただきますね」


 そう言って、職員は死体を検分し始める。

 依頼に関わる物かの判断と言うよりも、死体の価値を調べる検分に移っていた。


「大きさは六丈(約二十メートル)、成体ですね。ただ、外皮に傷がいくつも入っていますので、こちらは素材には……」

「別に気にしていなかったからね。ごめんごめん」

「いえ、構いません」

 そう言いつつも、職員は少し残念そうに眉を顰めた。これで多少ギルドの得が無くなるわけだからまあ仕方が無い。


「牙は傷など無く……おや、中になにか……」

 口を広げ、牙を見ていた職員が、何かに気付いたかのようにその手を止める。

 僕も気になり覗き込むと、喉の方に鞣した皮と木片が見えた。


 職員は分厚い手袋をはめ、口の中に手を突っ込む。そして、その固まりを掴むと、ぐいっとひっぱった。

「出てこない……。これは……大きな……」

 怪訝そうな顔で、職員は力を込める。しかしそれでも出てこないようで、職員はこちらを向いた。

「申し訳ありませんが、この辺り、切り開いてもよろしいでしょうか」

 喉の辺りを示しながら、僕とレイトンを見て尋ねる。

 レイトンの方を見ると、レイトンは楽しそうに、ただ「どうぞ」とだけ答えた。


「では」

 職員は小刀を取り出し、その刃に闘気を篭める。

 スムーズなその動作と篭められた闘気の静謐さから、職員の実力が垣間見えた気がした。


 その小刀を一息に突き入れ、ピッと言う軽い音と共に振り下ろす。

 出来た傷口を開くと、先程の革の一部が見えた。


 その固まりは茶色い革で出来ており、そして紐のようなものも見える。

 職員は硬い表情で、そこを掴んだ。

「これは……靴……? ……まさか……!?」

 呟きながら、大きな傷口からその靴と、そこに繋がった足首を握る。そして、力を込めて勢いよく引きずり出した。




 門の前に悲鳴が響く。

 人払いをすべきだった。いや、この魔物を衆人に見せつけるべきでは無かったかもしれない。


 引きずり出されたその塊は深緑のパンツを履いて、茶色いシャツを着ていた。

 その肌は消化液で爛れており、所々ピンク色の筋肉まで露出している。

 酸っぱいような匂いが、辺りに立ちこめた。



「わああああ!?」

 目を背ける者もいる。気持ちが悪そうに口を押さえる者もいた。興奮した様子で、見つめる者もいる。

 塊は地面に落ちて、ドチッと音が響く。

 職員も尻餅をつく。



 中から出てきたのは、成人男性の死体だった。





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