ほんの少しの観光気分
さて、それまで何していようか。
もう昼ご飯は食べたし、敵もいない。
「さあて、待つ間何してます? 街の観光でも……って、テトラさんは見慣れた風景でしたね」
我ながら、脱税事件に対する工作をしに来ている割には暢気だと思うが、それくらいいいだろう。
「とりあえず、ヘレナの所に行きたいわ。時間も経ってるし、私だけなら入れてくれるはず」
「何か用事でも……」
「用事って程じゃ無いけど、気になるのよ。あいつが、「慰めてあげろ」とか言うから……」
確かにレイトンはそう言っていた。
レイトンが直接彼女に何かをすることは無いと思うが、それでも彼女に影響がある何かをするのだ。
……それは何だろうか?
使役されているトレンチワームが死ぬ。それは確実だが、彼女は魔物を嫌っているらしい。
ならば、今のトレンチワームに愛着は沸いていないと思う。触ることすら嫌がるというのはテトラの談だ。
トレンチワームが死んでもそう悲しむことは無いはずだ。必要ならばまた何処からか連れてくるだろう。きっとその程度の存在だ。
それ以外に、何か彼女に影響がある事といえば……?
とりあえず今は何も浮かばない。ならば、レイトンが言った前後の情報から推理すべきか。
「そういえば結局、ヘレナさんが自発的に協力しているというのは何だったんでしょうね?」
「それも問題なのよね……」
テトラは目を瞑り口をへの字に曲げる。
「ヘレナはそんな子じゃ無い。正直に言うと、ヘレナがそんな協力を申し出るなんて光景が浮かばないのよね。しかも犯罪なんて」
「まあたしかに、今朝の様子なら誰かと話すことすら出来なさそうですね」
僕の姿を見た途端に、扉を閉めて外部との交流を完全に断った。
あの様子から見ると、買い物すら出来る気がしない。それとも、テトラのような慣れ親しんだ商店でもあるのだろうか。
そうだ。商店。
彼女の食料の供給先は不明なままだった。
そして食料をどこかで手に入れる以上、対価が必要になる。
「そうか。これが彼女の仕事だと考えればどうでしょう」
「ヘレナの仕事? 魔物を使うのがってこと?」
「そう、これがヘレナさんの食料を得る手段なんですよ」
考えてみれば、簡単なことだった。
彼女には今収入が無い。……とは思うが、一応確認してみようか。
「念のためお聞きしますが、ヘレナさんは何か仕事をしたり、狩りや採集などして自活したりしていましたか?」
「……そういえば、無いわ」
ならば、決まりだ。
「ヘレナさんはきっと、その魔物使いで生計を立てていたんですよ。町長から金銭を受け取るか、もしくは食料を直接受け取るか。それまではわかりませんが」
「あ、そうか。だから「自分から協力している」なのね」
「ええ。そう考えれば、彼女が協力しているというのは間違いではありません。脅迫などでも無い」
レイトンが特に何をするまでも無く、協力は止む。
「ただ……」
「ただ?」
「何故悲しむか、までは説明出来ません」
それではテトラが慰めなければいけないことなどない。
先程考えたとおり、魔物が死んでもきっとヘレナは悲しまない。では、仕事を奪ってごめんなさい、とでも言うのだろうか。
「それがわかんなきゃ意味が無いのよね」
テトラは頭をガシガシと掻きながら、叫んだ。
「だあああ! もう! あいつ、何なのよ!? 思わせぶりなことばっか言って!?」
「そこはまあ、擁護出来ませんね」
全部説明する気がレイトンには無い。多分、全て自分の中で完結しているのだろう。相談や報告などしない。人へ情報を出すときは、必要なときだけなのだ。
こちらに出来ることは、問いただすか推定するか、それとも何も考えずに無視するかのどれかだ。
「ああ、やっぱり心配だから見に行くわ!」
不満を吐き出すように、息を吐いてテトラはスクっと立ち上がる。
「そうですね。引き留めてすいません。行ってあげてください」
テトラは無視することを選んだ。というよりも、行動することを選んだという方が正しいか。
「……あー、でも、行きながら街を案内するぐらいなら出来るわよ?」
「いえ、大丈夫です。考えてみれば、テトラさんにそんな余裕は無かったですからね」
暢気で済むのは僕だけで、配慮が足りなかった。反省しないと。
「カラス……さんは……」
「僕が行っても入れてくれませんし、そもそも誰かいるとテトラさんも入れないでしょう? 僕はどこかで暇を潰していますので、お一人でどうぞ」
「ほら、私の護衛とか……」
もうテトラを狙えるだけの戦力が街には無い。あとは権力を使い、衛兵たちを動かすくらいだろうが衛兵の質などイラインでわかっている。ろくなものはいない。
実質テトラはもう、自由にこの街をうろつけるのだ。
「その辺ももう大丈夫ですよ」
「……そ、そう? じゃあ、行くからね?」
「ええ。行ってらっしゃい」
快く送り出すと、屋根を飛び降りてからテトラは振り返り振り返り歩いて行った。
僕はそれを見送ってから、周囲に目を向ける。
イラインとは少し違う、エキゾチックな雰囲気の漂う街。
ふと見た店では、豪華な柄が入ったキラキラした生地が売っていた。食料品を売っている店では、店先に干した肉が積まれていたが、恐らく食べたことの無い肉だと思う。
イラインでの風景を見慣れているわけでは無い。だが、そこに並んでいる果物一つとっても、多分イラインには無いものなのだ。
折角の自由時間なのだ。この異国情緒溢れる街を、少しくらい観光してもいいだろう。
まずは何を食べようかな。
「美味しいけど……これは、歯に悪そうな……」
僕が囓っているのは、シロップに浸されたケーキのようなものだ。中にはココナッツのような食感のものが混ぜられており、それがまたしんなりした生地の中でいいアクセントになっている。
ただ、甘い。柑橘系の匂いのするシロップに浸されているため、美味しいが、ただ虫歯が怖い。この世界に来てからついぞ虫歯などに縁が無かったが、その恐怖に襲われ素直に楽しめないのだ。
美味しいけど。
他には胡麻のペーストが挟まったパンや、干した椰子の実などを食べていく。
どれも美味しく、やはりイラインとは違いそうだ。
少なくとも、石ころ屋では見たことが無い。
どれだけ食べても、見たこと無いものは尽きない。
テイクアウト出来る店を渡り歩いてもまだまだ飽きない。
「次はどれに……」
そう悩む僕に、背後から声がかかった。
「残念だけど、次のおやつは少し待ってくれないかな」
にこやかな声。それが誰のものか、振り返らなくてもわかる。
「終わったんですか? レイトンさん」
「うん。殆どね」
クスクスと笑いながら、レイトンは僕の手元を見ていた。
「しかし、よく食べるね。もう夕ご飯は要らなそうだ」
「成長期ですから。それに、食べられるときに食べておかないと、いつ食べられなくなるかわかりませんからね」
それは生まれてすぐに、学んだことだ。
「クク、違いない」
堪えきれないように、レイトンは噴出した。
「それで、まだ終わってないけど僕に声をかけたってことは、何か用事があるんでしょう? 何です?」
「ああ、たいしたことじゃ無いんだよ。トレンチワームの死体を運んで欲しいんだよね」
「それくらい自分で」
出来るだろう、と言いかけた僕の言葉を遮るように、レイトンは続けた。
「それと、ギルドへ確認を呼びに行って欲しいんだ。これは意地悪で命令してるとかじゃなくて、必要な頼みだよ」
「……わかりました」
レイトンが必要というのならば、きっと必要なのだろう。理由も一緒に話して欲しいが。
「じゃあ、付いてきてよ。街外れに死体は置いてあるから」
「ふぁい」
僕は手に持った肉詰めの蜂蜜を付けたクレープを口に押し込み、レイトンに続いて歩き始めた。




