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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
年老いた国と若者たち

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遠くへ行きたい

その、一話を割ったので、前回の予告が、その……




 僕とアリエル様が受諾した以上、もはや和平に向けて壁はない。

 そのことを示すように、文のやりとりを交わすまでもなく、僕とアリエル様は次の日の朝すぐにイラインを出立することになった。


「急ね」

「イラインに出来るだけ置いておきたくないんでしょうね」


 少しだけ遅くに宿で目を覚ました朝。宿の主が起こしに来たと思えば、まるで拉致するかのように宿の前に騎獣車が止まっていた。クロードの手配というよりも、その報告を受けたダルウッド公爵の手配らしいが。

 直接リコたちと連絡を取る間もなかった。昨日は騎獣の手配やソラリックの勉強会に追われ出来なかった分、今日こそ慰労会の日取りを調整しておきたかったのに。


 それよりも。


「……でもさすがに手厚すぎでは」

 時刻はまだ昼。イラインを出て僕らは一路南に向かっている。高い日に照らされて、二人の聖騎士が僕たちを先導しまた付き従う。それに、他の騎獣車には彼らと僕たちの世話をするような小間使いまで数人。

 相乗りしている聖騎士の一人、見慣れた顔のテレーズは肩をすくめて首を横に振った。


「タレーラン閣下はお体のためにご同行頂くとしても、いささか過剰では」

「仕方あるまい。カラス殿は今私やクロードよりも重要な人物になった。その身柄をきちんと保護するためには、私たち以上の適任がいないからな」

「大丈夫よ、うちの息子なら」

「多分アリエル様もお守りされる立場ですけど」


 まあ、だから余計にいらないのではないだろうかと思うのだが。

 テレーズが僕たちについてきているのは、武力によるお守りではない。どちらかといえば、アリエル様抜きでの僕に足りない方面へのお守り。『騎士階級』という、エッセン王国における権力のお守りだ。


 権力などに関係の無いアリエル様には不要だと思う。

 そして対象にアリエル様も含めているという僕の言葉に、彼女は理解できなかったようで首を傾げる。

「何で?」

「僕たちがいると和平が進んでしまいますから」

「余計わかんないわ」

「まだ戦が終わったわけではないのです、アリエル様」

 悲しげにテレーズは言う。細めた目はあたかも涙を湛えるようで、口元だけで笑っていた。

「実はお二人がいない間、既に二件ほど聖騎士の中でも反乱未遂が起きていましてな。徹底抗戦を主張する一派がダルウッド公爵猊下から指揮権を奪い取ろうとし、追随する騎士を含めて三十名ほど処罰されています」

「何でまた」

「仇がまだ討てていない、それが多くの原因だそうです」


 テレーズの言葉を聞きつつ、僕は窓の外の流れる景色を見て溜め息をつく。

 和平、停戦は歓迎する者たちばかりではない。

 友や家族を殺され、その敵を取ろうとする者もいるだろう。まだ戦い足りない者たちもいるだろう。功績を挙げていない、と粘ろうとする者もいるだろう。

 ともかく何かのために、まだ戦争状態であれと望む者たちもいる。戦争が終わることを喜ぶ者たちに、憎しみの目を向ける者すら。


 おそらくクロードが大袈裟に僕の到着を喜んだのも、その矛先を自身に向けるためだろう。

 たとえば僕たちが何かしらの事態で不在になったとして、それをムジカルが納得しなければ和平はまた進まなくなる。もしくは僕たちが心変わりしたとすれば。

 それも戦争を止めない方法の一つだ。出来る出来ないは関係なく。

 だからクロードはわざと喜んでいる姿を周囲に見せつけるように行動している。そんな事件が起きないように。僕たちへ向けた矛先を、和平を一番に推進する自分に向けるように。


「……ああ、だからあんたリコちゃんたちを」

「そうですね」


 騎獣車に乗って拉致される前、テレーズたちの準備を待つ間だが、僕は聖騎士へクロードへの伝言を頼んでいる。

 たとえば僕に有効なのは人質だ。僕に近しい人間に危害を加えられるともなれば、僕は従って和平を蹴ってしまうかもしれない。

 僕にとって、心配なのはまずルル。しかし彼女にはオトフシがついているし、イラインには入っていないしまだまだ遠くにいるため問題はないだろう。それでも一応ギルドを通じて警戒を促す文を送ることは頼んだが。

 その上で、あとはリコやモスク。数少ない僕の友人たち。彼らの身にも危害が及ばないよう、保護を頼んである。

 といっても聖騎士の人員には限りがあるし、この有事に他のことに回す余裕は無いと思うので、おそらく保護するとしても信頼できる騎士辺りが警護するのだろう。


 テレーズの言葉ではないが、一応今の僕は国家の要人だ。それも軽くは扱えない類いの他国の。それくらいの融通は利かせておいてほしい。


「今回は先手を打っているでしょう?」

「何かその顔腹立つから褒めないわよ」


 いつもは後手で、以前リコが矢で貫かれたときも危機感のなさがあったと思う。

 だが今回は先に手配できた。……これも多分、今は気を張っているから思いついただけだと思うが。


「でも、リコちゃんとモスクくんだけ? 他にもいない?」

「いませんね」


 あとは考えられるとしたらスティーブンだろうか。

 しかし彼ならば何かあっても自力で切り抜けられるだろうし、荒事ならば下手な護衛よりも本人が強い。アリエル様と同じく。

「ソラリック様の警護にはレシッドさんがいます。スヴェンさんには不要。ルルには勿論オトフシさんがついてますし」

 ニクスキーさんにももちろんいらないだろう。エウリューケにもいらないし、彼女は今王都にいるから考えなくてもいいと思う。情報が伝わる速度を考えると、脅迫として有効なのはこのイライン近辺にいる人物だ。


「……ならいいけど」


 そして、アリエル様が暗に仄めかしているのが誰かはわかっているつもりだ。

 けれども彼に関しては、きっと知らないフリが一番良い。僕にとっても、彼にとっても。



「……ルル……、そうか、ルル・ザブロックを呼び捨てか。そういえば、カラス殿は結婚したんだってな。昨日ソラリック殿から聞いたよ」

 向かい合う座席の、足がぶつかりそうなほど近い斜向かいで、テレーズが感心したように息を吐く。窓枠に頬杖をついているのは、彼女の気も抜けているのだろう。

「結婚ではなく婚約の段階ですね」

「変わらんさ。とにかくおめでとう」

「ありがとうございます」


 僕がなんとなく気恥ずかしさに要らぬ訂正を入れるが、テレーズは真っ直ぐに僕を見て温かくニコリと笑う。

「実はクロードと賭けをしていたんだが、どちらから求婚したんだ? ちなみに私はカラス殿からだ」

「……勝手に人を賭けの対象にしないでほしいんですが……」

「硬いことを言うなよ。私も付き合わされたんだ」

「私はこいつからさせるつもりだったんだけどね」

「へえ」

 抗議の視線を送るが、テレーズは気にしない様子でアリエル様に向けて相づちを打つ。

「結局、ルルちゃんから助け船をもらってようやく言えたのよ、こいつ」

「そうですか。ルル嬢からも……これは、どっちが勝ちなんだろうな?」


 そして、ははあ、と感心するようなテレーズの言葉には、談笑の中にもどこか真剣さが見える。

 ……待った。


「その賭けはいつの話ですか?」

「いつのって……この前カラス殿たちがイラインを発った頃にクロードから持ちかけられんだよ」

「ちなみに『しない』という選択肢は?」

「……?」


 わけがわからない、とテレーズが一瞬首を傾げる。

 そして思い至ったようで苦笑した。


「こんなに早くとも思わなかったが、私たちの間ではなかったな」

「……そうですか」


 僕は窓にはめられた木戸の隙間を眺めるように顔を逸らす。

 赤くなっている感覚がある。つまり、僕はその時くらいから『しそう』だと思われていたということか。

 


「……やはり、アリエル様も求婚というのは男からするものとお考えですか?」

「そういうわけじゃないと思うけど、こいつの場合はあたしがイライラしたからよ」

「苛ついた?」

「うん。どう見ても大好きなのに変な理屈を捏ねてうじうじしてるから」

 ケラケラとアリエル様は笑う。

 僕は何も言えずに窓の外を見ていたが、それでも二人は構いなく話し続けた。

「あたしは別にどっちでも良いと思うわ。フィアンナなんかは『自分からはとても言えません』なんて()()()たけど。……で、誰なの?」

「何の話ですか」

「貴方の話よ。誰が好きなの? 言ってご覧なさいよ」

 そして、矛先がテレーズに向いたところで、僕は声なくホッと一息吐く。


 テレーズを見れば、僕と同じように目を逸らし壁を眺めるように目を細める。

「え、誰? この大妖精様に話してみなさい、ね?」

「その……一般論としての話ですからな」

「本当にぃ?」


 上目遣いにテレーズを覗き込み、アリエル様がからかうように質問を重ねる。

 とりあえず僕から話が離れたようで何よりだ。

「誰でしょうかね。タレーラン閣下の交友関係を私は詳しく存じませんが、思い浮かぶ人物というとやはり……」

「カラス殿も口が過ぎないか」

 そしてまあ楽しい。仕返しくらいはいいだろう。

 隙を見せたテレーズに向けて僕が冗談のように言いかけると、テレーズは少しだけ頬を染めるように顔色を変えながら、唇を尖らせ抗議を口にした。





 僕たちが目的とする場所は、『傷の端』なのだという。

 場所的には王領から離れ、ライプニッツ領となるネルグの南端。ネルグ南側をちょうど半分に割るよう、南北に走った原因不明の谷、幅も深さも数里の傷。そのすぐ側にあった小さな街の外れが、講和のための会議場となる。

 整備された街道を使う小さな旅。旅程は急ぎでなくともそう時間は掛からなかった。ライプニッツ領での小さな宿を経由した旅は三日で終わりを告げ、その街に辿り着いた。


 街は小さく、おそらく生活のための拠点というよりは、元はネルグ内での果実や草木の採取のための拠点だったのだろう。少し古く感じる石造りの砦は街外れの北側にあり、この街の防衛を担っていたのだと思う。その少しだけ南側には、ここに物資を一時集積するような倉庫と、ここで働く人間たちの使う店がある。


「……壮観だな」


 そして、隙間から雑草の生えた粗末な石畳が並ぶ街には、エッセン領では見かけない者たちがいる。

 街の外れに作られた、四阿のような建物。緊急で作られただろうに太い木材が四隅を支える神殿のような作りは頑強に見える。

 防衛のためだろう馬防柵のような木組みが幾重にも作られ、急造の地面の起伏は誰の足をも取るようにそこを囲む。


 その防衛施設を点検し、また作り直しや設置の指示を飛ばしているのは猿、そして直立歩行している犬。

 テレーズがその姿を見て感嘆の声を発するが、それが聞こえていただろう彼らは、ただ鼻を鳴らして一瞥した。


「ミーティア人ですね」

 僕が応える。


 会議場を作っているのは多くの人間だが……混じっているのは、見慣れぬ獣形の人間たちだった。

 多分その中心はミーティアの……磨猿(みがきざる)だっけ? の氏族。まさしく見た目は猿だ。白っぽい体毛に赤い顔。器用に柵の番線を編んでいく姿もまた。

 腰蓑を着けていなければ、僕は普通の猿と彼らの見分けがつかないのではないだろうか。


 加えて、警備兵としての役割があるのだろう、共にいるのは銅犬の氏族。彼らは長い布を撫で肩の上を通して引っかけるようにしてから腰に巻き、失礼だが『服』を着ているように見える。

 銅犬はそれほど犬とは間違えないだろう。筋骨隆々とした肌は毛皮に覆われているが、それでもあまり犬は直立歩行しないし。


「なあに、わざわざこんな仰々しい用意して。あっちの建物でいいじゃない」

 新築の四阿を見て、アリエル様が呆れたように吠える。

 まあ僕も同意見だ。講和、和平、停戦、など様々な名前がつくが、結局行うのはただの戦闘停止の合意。どうせいくつかの書類に代表者が署名し調印するだけの話。ならばあるものを使えばいいのに。

「私もそう思いますが」

 テレーズが困ったように笑う。

「どうもムジカルからの要請らしいのです。建造をミーティアに依頼し、職人も派遣してもらったとかで」


 なあ、と横にいた聖騎士に同意を求めたテレーズは、返答を待たずにまた違う方向を見る。

「明日夜にはエッセン代表としてイラインからの特使が、更に次の日には、リドニックからの使者が到着する予定です。四国……アリエル様方も含めて五国が揃う調印は二日後、それまではこの街で待機ということですな」

「えー……ここまで来てまた足止めぇ?」

「アリエル様には申し訳なく」

「皆さん時間掛かりますから」


 遅れている人間たちを擁護する気はないが、テレーズを庇うように僕は言う。

 何せ、距離があるのだ。大使館などを他国に置けるような前世とは違い、各国は自国の人間を自国から派遣する必要がある。

 ほとんど街道などを無視してもいいいつもの僕たちとは違い、イラインの人間は街道を進んでくる以上今回の僕たちとほとんど同じ。リドニックに至ってはネルグを挟んで向かい側だ。

 加えて通信の遅れもある。僕たちが立った日にはエッセンとムジカルの合意があったとしても、それからリドニックに青鳥が届くのは、国境線までとしても半日以上はかかる。

 明後日到着というのもおそらく大分無理をしているのだ。責めるわけにもいくまい。


「のんびりしましょうよ」

 それに待つのは苦ではない。すぐ近くに森がある。山海の珍味……とは海がないのでいかないし、さすがにこんな浅いところまで美味しい魔物は来ないだろうけれど。

 アリエル様たちがいるとはいえ最後の一人旅に近い。少しくらい楽しんでもいいと思う。

 僕はネルグの幹に目を向け、頭の中で食べたいものをまとめていく。竜は時間が掛かるし調理の腕がないので除くとしても、眠り蜥蜴の脂の乗った尻尾や泥牛の首のこぶなどもいい。


 笑いかけた僕に、アリエル様が渋々と納得するように頷く。

「仕方ないわね。太陽ぶん殴って早く沈めてこようかしら」

「流石に冗談だと思いますが、やっても人は早くは来ないと思います」

「そうね」


 宿へ向かおう。そうすれば、一応テレーズたちの任務も一時解かれる。

 彼女らにも負担を掛けたししばらくは休んでほしい。

 アリエル様を促せば、僕の横をしずしずとついてきた。


「……あんたちょっと、そろそろマリッジブルー入ってない?」

 宿への道中そう言われ、僕は戸惑う。

「その自覚はないですね」


 そう答えたのは、きっと本心だ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 数少ないちゃんと祝ってくれる人たち。 早くおじいちゃんにも伝えてあげないとね。 [気になる点] イラインからの特使かぁ...嫌な予感がする。気の所為だといいけど。 [一言] 戦場における士…
[気になる点] マリッジブルーて。 カラスにそんな感情は湧かないと思う。 むしろウキウキ中まである。笑 [一言] リドニックから誰が来るかな? イラインからも特使来るって誰なんだろう。 て…
[良い点] かーちゃんならラナルータ位使えそうなんだよなぁ、こう早く朝になんなさいよ! 的な感じで。
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