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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
年老いた国と若者たち

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お疲れ様でした




「…………」

 倒れ込んだレシッドが、床に顔を伏せ目を瞑ったまま力なく四肢を投げ出したまま、何事かを呟いた。

「お疲れ様です。……何ですか?」

 僕が耳を寄せるように近づくが、レシッドに反応はない。

 よく見れば防刃の服はボロボロで、煤に似た焼け跡もある。左腕は即席の添え木と巻いた布でがちがちに固められ、そこに限らず体中汚れも怪我も数え切れないほどだ。

 激戦だったのだろう。この男が身だしなみを考えないほどというのは。


 同じようにして戦線を潜り抜けてきたはずのもう一人は、廊下から綺麗な顔でレシッドを見下ろしていたが。

 この構図に二人の格好。……倒れ込んだように見えたが、そうではなく、投げ込まれたようだ。


 僕は躙って近づいたレシッドよりも、まだ受け答え出来そうなスヴェンを見上げる。

「スヴェンさんも、お疲れ様です。とりあえず報告を聞きたいんですが」

「…………この戦争は、驚きばかりだな」

 呟いたスヴェンはレシッドから静かに視線を外し、漂わせてまた別の一点へと向かわせる。彼の習性を考えれば、当然とも言える一点へ。

 そして一度歯を剥いて笑い、楽しむように唇を震わせる。


「命令の通り、我が輩らはラルゴ・グリッサンド討伐に成功した。しかし帰還中、謎のネルグ崩壊に遭遇し、遠回りをせざるを得なかった」

「ネルグ崩壊?」

 初耳だが。

「ネルグの森をちょうど東西に割るように、ほぼ全域にわたって幅三里ほどの深さの見えぬ谷が作られた。原因は未だわからぬそうだ」

「はあ」

 クロードは知っているのだろうか。その報告はいつ届いたのだろう。昨日の夕方以前であれば僕も知っているはずだし、それ以降だろうが。

「そのため、我が輩らは谷の端、ネルグ深層を通ってここまで来た。故に少し遅れてしまったが構わんだろう? グリッサンドの首は既に聖騎士に届けてある。捕虜を使って首実検を行って真偽を確認するらしい」

「…………わかりました」


 なるほど、と僕は納得する。

 レシッドの消耗、というか衰弱具合の理由。多分、途中からスヴェンが引きずってきたなこれ。

 恐らくラルゴの首を届けるのも、全てスヴェンが。


「報告は以上だ。以上で構わないな?」


 スヴェンがつらつらと報告を述べた。勿論今はレシッドが喋れないからだろうが、何となく違和感がある。こういうことは、レシッドがするほうが彼らの力関係的には似合っているのに。

 そして彼がレシッドを叩き起こすでもなく、レシッドの気付けをさせるでもなく、自分の口から報告した理由はわかっているつもりだ。

 急いでいたのだろう。もしくは、その手間を省きたかったのだろう。その時間すら惜しいと。

 す、とスヴェンが視線の先を指さす。今の今まで僕の方すら見ることはなかった視線の先へ。その視線の先には、我が母、アリエル様。


「森の中で雷を見た。ネルグの森を覆うような巨大な雷を。この街へと到着し、騎士団の陣の中でも噂で持ちきりだった。戦場に〈大妖精〉アリエルが降臨したと。更にそのアリエルは、カラスと名乗る探索者を連れて歩いていたと」

 スヴェンの満面の笑み。顔が半分裂けるような、尖った牙のような全ての歯を見せつけるような。

「天を引き裂く雷に、伝え聞く容貌。疑う余地もなく貴様が〈大妖精〉アリエルだな?」

「そうよ。貴方は?」

 聞き返されて、噴き出すようにスヴェンが笑う。

「……申し遅れた。カラスから話を聞いているかもしれないが、我が輩がスヴェン・ベンディクス・ニールグラントだ。妖精の文化には疎い故わからんが、それ以上の自己紹介は必要か?」

「要らないわね」


 スヴェンから、じりじりと圧力を持った気配を感じる。

 物理的な作用もないようだが、スヴェンの周囲が陽炎のように揺らめく。

 爛々と輝く目。まるで玩具を見つけた幼児のような。


 アリエル様が立ち上がる。

 身長は半尺強。まさしく幼児向けの玩具の人形のような大きさの彼女が立ち上がっても、男性としても長身のスヴェンと競り合うような迫力は出ないはずだが。

 双方の視線が互角にぶつかり合う。どちらも気分を害しているわけでもなく、スヴェンは愉悦に、アリエル様は勝ち気にその目を染めて。


「あんたは……求道者っての? 千年前にも大勢いたわよ。大抵相手したのはダフネだけど」

「求道など面倒なことは考えたこともない。我が輩はただ強者に挑むのみ、挑み克服するのが我が喜び故に、……手合わせを了承してもらえたということで良いな?」

「OK.せめて口上くらいはほしかったけどね」

 スヴェンの説明が必要か、と思ったが、二人視線を交わしただけで通じ合ったらしい。

 何故か二人とも既に喧嘩の体勢だ。ソラリックが怯えて中腰に身体を引き始めたが、彼女にもレシッドにも二人は目もくれずに。


「あの、ここではやめてもらえませんか」


 そして僕は止めるが、二人は僕にも目もくれない。

 いや、困る。ここはスティーブンの屋敷で、今僕らは望んでここに置いてもらっている客分だ。

 そもそも何故アリエル様もやる気になっているのだろうか。一応母というのなら、一応保護者でもあるだろうに。一応止める側だろう。

 

「……ここでは? ならばどこでならいいのだ?」

「ここは世話になっている人の家なので、あまり壊してほしくありません。せめて街から出てネルグ側にでも行ってもらって。……周りを気にして全力を出せないのもお互いつまらないでしょうし……」


 僕の提案に、視線を向けずにスヴェンが「ふむ」と頷く。

 まあそもそもこの二人が全力を出したら、ネルグの中でも迷惑だと思うのだが。

 

 …………。

 いやいや、それ以前に。

 僕は思い直す。麻痺していたようにそもそも浮かんでいなかったが、二人が殺し合うのもそこそこ困る。

 実際どちらが勝つかは分からないが。アリエル様の魔法にスヴェンが耐えられるかはわからず、アリエル様が電撃すら避けつつ迫るスヴェンの攻撃を凌げるかも分からない。しかしどちらかが死体となって発見でもされたら、少々面倒なことになる気がする。


「それもそうね。じゃあ、ちょっと卑怯だけどこうしましょうか」

「…………?」


 僕の言葉に頷いたアリエル様が、スヴェンに歩み寄って手を差し伸べる。

「ご招待するわ。妖精の国へ。そこで存分にやりましょう」

「そうか」

 スヴェンが屈みつつ手を伸ばし、アリエル様の手を掴もうとする。それと同時に、彼ら二人の周囲に霧が煙り始めた。

 徐々に濃くなっていく霧と、逆に彼らの姿が薄くなっていく。透けて見えるというわけでもないのに、その空間だけ白く切り取られていったかのように。

 更に二人の足下から白い泥のようなものが巻き上がり、白く平坦なままに人の手や顔のようなものが形成される。……これは、リドニックで見た白い波と同じで……。


 だが、妖精の国?

 それは月のことだろうか。

 思わず僕は手を伸ばすようにしつつ、アリエル様を止めるために口を開く。


「……いやいや、それ、アリエル様が戦闘不能になったらスヴェンさん帰れなく……」

「大丈夫よ。そうはならないし。万が一の時にはエインセルに案内させるわ」

 

 二人が白い粘土のような泥のような不定型な白いスライムのような何かに飲み込まれる。

 白い泥はしゅるしゅると蠢くように丸く変わり、回転しながらどんどんと小さくなっていって、そして最後には消えた。「いってくるわねー」というのんきな声を残して。



 二人の姿が消えて、霧も元から存在していなかったかのように晴れる。

「……行ってしまわれました」

 二人がいたはずの空間に、ソラリックがぽつりと呟きかけた。

 僕は乾いた笑いを発するように何となく息を吐いた。



 

「あの、……カラスさん、お二人がどこに行ったのかはご存じなんですか?」

「アリエル様が普段住んでいるところです。妖精の国というと、多分」

 僕はまた溜息をついて頭を掻く。その手があったか、という納得半分と、止めるべき立場なのに何をしているのだ、という呆れ半分で。

「つまり、その……異世界という?」

「異世界と言ったら異世界ですけど、地続きではないだけで私たちも普段見ていますよ」

 異世界という表現で合っているのかは僕も知らない。

「見ている?」

「ええ。夜になると」

「……??」

 わけがわからない、とソラリックが首を傾げた。

 彼女には言ってもいいだろうか。まあいいだろう。僕も実際にはよく分かっていないことだし。

「空に昇る月に、普段彼女らは暮らしているそうです」

「月? 月ってあの?」

「どの月を仰っているかはわかりませんが、多分あの月です」

 月は一つしか昇らない……というのも僕らの常識というだけでアリエル様らからしたら違う気もするのだが。だがその月だろう。

「その月も実際には空にあるわけでもなく、私たちにはそう見えているだけ、というのが正しいとも聞きましたが。私にもよく分からないので、後でアリエル様にでも詳しく聞いてみるのが一番でしょうね」

「…………いよいよもって、よく……」

 更に首を深く傾げるソラリック。

 本当に、詳しいことはアリエル様にでも聞いてみればいい。この世界の成り立ちについて。僕はあまり興味もないし、理解出来る気もしないのだけれども。


「とにかく、アリエル様はスヴェンさんを連れて月に向かいました……しかしまあ、恐らくすぐに」



「たーだいまー」


 先ほど消えた場所、その空中に、突然アリエル様が出現する。音や光などの登場を示唆するものもなく、匂いなどの予兆もなく。

 そして出現と同時にドサリと板の間に落とされ、打ち付けられて……少し欠けるようにして破片が散ったのは、スヴェン、だろう。多分。半分頭部が黒く焦げて、両手足と胴体の区別すらつかないほど骨か何かになるまで焼かれて縮まった物体。煙を上げている。


「生きてますよね?」

「そもそも殺す気ないもの、あたし」

 パタパタと羽を鳴らして座布団に戻ろうとするアリエル様。衣服に乱れもなく、怪我もないらしい。あっても治したのだろうが。つまりそれほど余裕があったというべきだろうか。

「しかし、よくご無事で。彼はこれでも武闘派で有名な方なのに」

「そうね。中々強かったわよ。魔王本体とかなら難しくても、それ以外なら相手出来たんじゃない?」

 アリエル様は外に繋がる木戸を開け、胸一杯に空気を吸い込む。疲れとかそういうものではなく、気分を入れ替えるように。

「でも、満月の間の所有権はあたしにあるもの。あたしの世界であたしに勝てるわけがないじゃない」

「ああ、だから卑怯と」

 なるほど。先ほどスヴェンを連れて行くときの言葉はそういう意味か。

「卑怯とは言わせないわ」

「さっき自分で仰ってましたよね?」

「卑怯とは言わせないわ」

 僕の言葉には全く応えず、アリエル様は胸を張って鼻を鳴らして得意げに微笑む。

 まあ、勝ったのならばそれでいいのだけれども。

 

 一応スヴェンも生きているらしい。気絶しているのか、それともただ動けていないだけなのかは分からないが、意識が有るような反応はないが。

 大きな炭の塊のようになっていても、呼吸のような蠢きがある。


「……では、とりあえずレシッドさんの手当だけしてしまいましょうか」

「でも」

 ソラリックはそんなスヴェンを心配そうに見つめる。

 その心配は分かるつもりだ。焼け焦げた炭のような見た目は、もはや重傷を通り越している。本来ならば即座に手当をするべきだと思う。もしくは、もう手当の意味もないと諦めるかどちらかで。

 しかし、僕はそう心配することはないと知っている。

「スヴェンさんなら大丈夫です。心配なら、いくらか武器などでもお供えしておけば」

「お供えって……」

「身体の材料になるので」


 そもそもに、ソラリックの法術は効くのだろうか。

 人間とはかけ離れたスヴェンの身体。もはや構造からして人間のものではなく、素材もいわゆる『肉』ではない。生物ではないとは言わないが、人間からすると犬や猫よりもかけ離れた存在なのではないだろうか。

 更に、彼の肉体は彼自身の魔力の防護がある。そうでないよう操作をしない限り、魔力は他者の魔力を弾く。元気な闘気使いに対してと同じく、他の人間に使うよりも抵抗力があるはずだ。……気を失っているならばその限りではないか。


 ともかくとして。

「今重傷なのは、どちらかというとレシッドさんです。共に命の危険はなさそうですが、さすがに骨折などは痛々しくないですか?」

「痛々しいといったらこちらなんですけど……」

 僕が言っても、ソラリックの意識はスヴェンから離れないらしい。


「ではスヴェンさんの手当をお願いします。私はレシッドさんの腕だけやりますので」

 治癒の力はソラリックに対してはもはや隠し立てすることもない。

 それに、ソラリックに任せれば左腕の骨折は曲がったまま治ることになる。せめて整復くらいはやってからにしてあげたい。

 

 骨折以外もそれなりに傷だらけだ。レシッドの身体、四肢を軽く持ち上げて確かめれば、多くの擦過傷に打撲、筋断裂まである。本来ならば全部ソラリックかパタラに任せておきたいところなのだが。

「よいしょ」

 僕は腕の整復をするため、軽くレシッドの左腕を捻る。さすがに鍛えられているせいでそこそこ力が要る作業だが、折れ曲がったままくっついてしまうことは避けたい。もう闘気のせいで治癒が始まりかけているので痛いだろうけれども。

 そして予期していたとおり、レシッドは目を見開いた。

「痛でででででっ!!!!!!」

「あ、起きましたね」


 反射的にだろう、抵抗をしながらレシッドが起き上がろうとする。

 レシッドの腕を持つ僕の腕を右腕でとろうとしてきたので、僕はそれを躱すようにレシッドの身体を床の上で転がし仰向けから俯せにひっくり返した。


「離せっ! てめえカラスか!? 何やってんだ痛い痛いっやめろっ!!!!」

「あれ、まだ痛いですか?」

「痛えっつってんだろ止めろ馬鹿くそぉっ!!!」

 

 そして僕は手を離す。

 整復も終わり、骨は治癒させた。更にその周囲の筋断裂も修復はしているので、腫れはまだ残りつつも痛みはほとんどないはずなのだが。

「どういう動きで痛みが出ます?」

「ああん!? んなもん折れてんだから……」

 強気に怯えるように、レシッドがガバリと身体を起こす。だがそこで床をついた両手に違和感を覚えたようで、ふと自分の左腕を見た。

 

 肘を曲げ、手首を曲げ、指を開閉させ、ひらひらと手の甲と掌を交互に見る。

 動きに引っかかりなどはなさそうだ。痛みがあるとするならば、拳を握ったときに前腕背側部が痛んでそうなくらいだろうか。

  

「……折れてねえな」

「というわけで、では後でその他の擦過傷などの手当をお願いします」

 僕はソラリックに呼びかける。未だ彼女はスヴェンに対してどこから手をつけていいか悩んでいたようで、更にレシッドの叫び声で動きが止まっていたが。

 



「……ぅぐ……」

 そうこうしているうちに、スヴェンらしき物体からも声が上がった。

 声を上げると同時に、身体の修復が始まる。粘るような銀色の液体が身体から染み出してきて、床に広がってまたまとまっていく。四肢の大まかな形が形作られると、さらにその表面からは黒っぽい糸のような繊維がシュルシュルと伸びて、絡まるように布地の形を作っていった。

 慌ててソラリックが飛び退いてからその様を観察するが、異様な光景に戸惑うように僕の方を向いた。だから大丈夫だと言ったのに。


 未だ力なく横たわったまま、顔だけを横に向けてスヴェンは僕やソラリックの方を向いていた。レシッドはその様に、また驚いていたが。

 ほとんど口すら動かさずに、目は虚ろなまま、スヴェンは顔に僅かに微笑みをたたえて声を出す。

「……さすが、凄まじい力だったな。伝説の妖精とはこういうものか。我が輩も、次は雷の克服が必要だな」

「何してんだよあんた。え、つーか、え? 何でスヴェンの奴がこんなんなってんの?」


 くく、とスヴェンは笑った。

「負けたのだ、先ほどな。見事だったぞ。足場は失われ左右の感覚も分からず、雷が乱れ落ちる戦場。その中で悠然と佇むアリエルには久方ぶりの恐怖まで感じた」

「え? 誰に?」

 スヴェンはその名を口にしたが、レシッドはその名に覚えがなかったらしい。当然だろう、はばかりあまり子供につけられることはないが、『アリエル』という名前だけでは。

 

「貴方も立ち向かってくるのかしら?」

 パタパタと羽音を鳴らして、さらにケラケラと笑いを混ぜて、アリエル様がスヴェンの上越しにレシッドにそう呼びかける。

「……は? ……は!?」

 そしてレシッドは、現状を全く理解出来ないようでただ口をぽかんと開けていた。


 


「なるほどなぁ、ネルグの中からの記憶がねえからよくわかんねえけども」

「レシッドさんもお疲れ様でした」

 上半身を晒してソラリックの法術を受けつつ、僕の現在の説明を聞いてレシッドが溜息をつく。

 レシッドの方は、予想通りスヴェンに強引にネルグの深層突破に付き合わされたらしい。森全てが敵対したのではないかと思えるほどの巨体の魔物に襲われる恐怖や、藪の闇の奥から聞こえる悍ましい声や可憐で魅惑的な声に神経を削られ、消耗した末に気絶と無我夢中の逃走を繰り返したらしい。その度にスヴェンに奥襟を掴まれ戦闘に引きずり込まれたのだとさめざめと泣きながら訴えていた。

「もう戦わなくていいんだよな?」

「そうですね。少なくとも、こちらから打って出ることはないと思います」


 現状の整理はついた。

 少なくとも、ネルグ南側に現れた五英将は三人とも討伐に成功した。

 それに伴い、ムジカル軍の戦力も大幅に削ることが出来ている。聖騎士の活躍や、僕の手により。

 間違いなくムジカルの攻勢は弱まる。

 そして駄目押しとばかりに起きたのが、ネルグの中央に明らかに自然の現象ではない谷が作られたこと。

 スヴェンの話では深さは分からず、更にその幅は三里(約1500m)を超えている。ならば、そこを渡れるのはごく少数の魔術師や魔法使いに限られる。規模にもよるが、大規模な行軍はほぼ不可能と言っていいだろう。


 そしてエッセン側も無傷ではない。

 もはや南側に残る聖騎士団は四つだけ。その内一つは団長を残し壊滅している。騎士団の数も正確には分からないまでも半分以上に減っているのではないだろうか。

 エッセン側から攻勢に出ることももはや難しい。

 

 戦力の大幅な減少に、行軍の制限。

 戦闘自体は行えても、戦争の続行は不可能といってもいい。双方玉砕覚悟でもない限り。

 もっとも、ムジカル側は時間をかければいくらでも兵が膨れあがる。それもエッセン側もある程度は可能であることを考えれば、少しだけ時間をおけば戦争はまだ可能だろうが。


 この戦争が始まる前にカンパネラに聞いたこと。

 この戦争におけるエッセン王の目的は、単なる王国の戦力の削減だという。ならばエッセン王からすればもはや目的は果たされているだろう。

 問題はムジカルが戦争を続ける気があるかどうか、だが。


「申し訳ありませんが、僕は私用が出来ました。一時この隊の指揮権はレシッドさんに譲りますので、ソラリック様と……いやもうスヴェンさんの行動は制限出来ませんのでソラリック様しかいないようなものですが、まあソラリック様の警護を兼ねてこのイラインで待機ということでお願いします」

「……ネウィン・パタラってやつは?」

「離脱しました。……そうだ、その辺りもお伝えしておかなければいけないんですけど」

「なんか嫌な話?」

 

 「終わりましたよ」というソラリックの言葉に「悪い」と応え、レシッドがまた肌着から服を着直す。

 被りの服に頭を通しつつ、じとっとした目を僕に向けた。

「僕は聖教会の手で、処刑されるかもしれません」

「まじか」

「詳しい話はソラリック様にでも聞いてもらえればいいんですが、僕はとある禁忌を犯しました。そのことを理由に、現在パタラ様はこの隊を脱し王都へ走っています。僕の告発のために」

「……すると、……言いづらいんだが俺の報酬は?」

「異端とされたのは僕だけですし、レシッドさんやスヴェンさんにはあまり累は及ばないでしょう。一応ミルラ王女に嘆願するつもりですし、無理なら僕の小遣いから出しますので安心して下さい」

「ならいいけどよ」

 レシッドが繋ぎの服を引き上げて、胴回りを紐で縛る。そういえば武器なんかも持っていないがどこかで落としたのだろうか。

 

「俺がとっ捕まえてくるか?」

「……?」

 繋ぎの服を整え直し、レシッドが胡座をかいて板の間に座り直す。後ろに手をついて、力を抜いた。

 そうしてから吐かれた言葉に、僕は一瞬意味が分からず困惑する。

 何を?

「ネウィン・パタラ。今どこほっつき歩いてんのかわかんねえけど、そう遠くじゃねえだろ。そんで、そいつを捕まえれば解決じゃねえの?」

「…………少なくとも王都に着いてはいないと思いますが、残念ながら既に噂があります。彼に何かあれば、もう証拠もなくともそれが証拠になるので、僕の断罪は揺るがないでしょうね」

「そうか」

「それに」

 僕は部屋の隅で寝転び、何が可笑しいのか楽しそうに僕たちの話を聞いていた小さな妖精を指さす。

「今回は無条件で頼れる母がいますし、その威光のおかげで処刑されるかも怪しいです。無実で終わらせられればそれで」

「ふーん」


 まあ仕方ない、とレシッドが納得するように頭を掻いて、その動きを止める。

 一瞬動きを止めて、更にそこから瞬きだけを繰り返した。

 

「ん?」

「何か?」

「今妙なこと言わなかったか? 母? ……母!?」


 未だ再生中で壁により掛かり身体を投げ出しているスヴェンがケラケラと笑う。

 そういえば言ってなかったな、と僕は何度目かになるかも分からない解説をレシッドに加える。

 ……これを毎回やるのも面倒だなぁ、と、僕は思った。





話進まないのであとでもう一話いきます自分いけます

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― 新着の感想 ―
[一言] カラス君自身の命がかかってるのに問題(蘇生した事)を先送りにしてるのが不自然に感じられる。
[気になる点] スヴェン、アリエルに挑んでみた! ・・・即オチ2コマみたいな結果に。笑
[一言] 巻き進行で省略しても王都に着いてからあと2回か3回くらいは"母"の説明しないといけなさそうだよね。
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