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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
年老いた国と若者たち

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ある日森の中




 アリエル様の介入で、戦闘は終了した。

クロードたち聖騎士や、彼らからすると身元の確かな騎士団の手で捕縛されたのは五十名ほどのムジカル兵。元々その三倍はいたらしいが、あとはアリエル様の雷で細い炭のような姿になっている。

 生き残った彼らとて無事ではなかったが、戦場を覆い尽くす雷と、真横で焼ける友軍の姿にすぐに戦意を喪失したらしい。もっともそれは、エッセン側も同様だったが。

 それでもエッセン側はアリエル様の配慮から雷の被害者がほぼなく、更に事情を知っているクロードの手により迅速に捕虜の拘束は進んでいった。


 まあそれはそれでいいだろう。

 僕は森の中でうじゃうじゃと動く彼らの姿をしばらく眺めてから、近くの顔見知りの聖騎士に声をかけてから列を離れた。

 ……テレーズたちを探しに行かないと。




「ここにいましたか」


 結局、探すのはそこそこ骨の折れる作業だった。

 カンパネラの襲撃地点から、騎獣が消えていった方向へ。そのまま騎獣の足跡を追っていったわけだが、途中でも曲がりくねって見えている足跡が追い辛くなっていたからだ。

 そしていくつかの灌木を掻きわけて、折られた枝を辿り、ようやく見つけたのは腹時計で十五分ほどの後のこと。

 アリエル様と連れだった僕の姿が彼女らの前に出たところで、何故だか落ち込むように木の幹に倒れかかっていたテレーズが慌ててこちらを向いた。

 僕の右横で轟音が響く。


「……っ! …………カラス殿か」

「警戒はお見事です」


 そしてこちらを向いたテレーズが、振り返ると同時に無言で投擲したのは持っていた拳の半分ほどの大きさの石。その石により、僕の顔の横にあった木の幹が大破した。

 狙いを外したわけでもなく、僕の顔を見て咄嗟に軌道を変えたのだろう。

 めきめきと折れて倒れる僕の胴と同じ程度の太さの木を視界の端で見つつ、僕は彼女らの待機していた木陰を見る。

 ……選んだのはどちらだろうか。

 水場からは少しだけ離れており、木々に囲まれたごく狭い平地。獣道は近くに通っておらず、空からの視界も木々の葉に守られ悪い。鳥や獣の糞も見当たらない。


 戦場からは離れた場所、で既に煮炊きではないが火を使う準備までも出来ている。乾いた枝が小さく組まれ、あとは火をつけるだけ、程度までに。

 火打ち石を打ち付けて、火花を細かな枯れ草に飛ばそうとしていたソラリックも手を止めてこちらを見た。


「……カラスさん、……ですよね?」

「そうですね」


 怪訝な目をして、更に警戒に目を細めて足に力を溜めたソラリック。後ろへ下がるための防御姿勢。何故だろう、と僕は一瞬考えてすぐに答えを出す。

 そういえば先ほどの戦場を見てしまえば、すぐに警戒は解けまい。

 むしろ彼女も僕の顔を見て警戒を解かないというのは褒められることだ。テレーズと一緒といえども、彼女なりに気を張っているのだろう。


「……櫔木の実の代表的な薬効と、その木と同じ植生を持ち眼病に効く赤い花の名は」

「老いによる痴呆、もしくは瘧。赤い花は植楮のことでしょうか」

 ソラリックが緊張の面持ちで口を開き、繰り出した質問。

 僕は答える。一応間違ってはいない自信があった。

 だがソラリックの答えあわせの方には自信がないようで、ん、と言葉に詰まってからまた口を開き質問を繰り返した。

「黄春針牛散の材料と調合法は」

「鉄丸と牛肝を主原料とし、補助剤として丹木の実や枸杞などと共に煮詰め、肝を乾燥させて砕きます」

「わかりました、カラスさんでしたね」


 ホッとした顔で、ソラリックが力を抜く。

 その顔に僕は何となく申し訳なくなる。その発想からしてなかったが、合い言葉でも決めておくべきだっただろうか。

 僕はソラリックに向けて、笑みを向けるよう努めて右手を広げてみせる。

「一応ご安心ください」

 そしてテレーズをちらりと見てから一度開閉させると、ソラリックもその意図を悟ったのだろう、まだ残っていた緊張を更に抜くようにフウと息を吐いた。




 テレーズが、ふむ、と納得するように頷いて周囲を見回す。もともと戦闘の音は届かない程度に離れた場所だったが、もはや戦闘の気配すら完全に消えている森を。

「カラス殿が私たちを探しに、ということは戦闘は終わったのか?」

「はい。現在第二位聖騎士団を中心に隊列の立て直しを図っています。先ほどの雷で大勢は決しました」

「雷……」


 ソラリックが呟き、テレーズはその言葉に応えるよう葉に阻まれ見えない空を見上げる。

「あれはやっぱりカラス殿が?」

「雷のことならば違いますね」

 なにがやっぱりなのだろうか。いやまあ、魔法使いが僕一人だということはあるだろうが。しかし、いくらかの魔術師も隊列の中にはいたと思う。そちらという可能性もあるのに。

 僕が否定すると、テレーズがぽかんと口を開けて顔を僕の方へと戻す。彼女も先ほどまでの緊張感はなくなったのだろうか、何となく力の抜けた顔で。

「では誰が? 明らかに自然のものではなかっただろう。よほど高名な魔術師か魔法使いでなければあんな芸当は出来まい」

「本当、どういうことでしょうか? あれはまさしく聖典の奇跡……あたかも先代勇者様とアリエル様の活躍を思い出されるようなものでしたが……」

「ああ、それが正解です」


 ソラリックの言葉を僕は肯定する。聖典におけるアリエル様の記述は薄く、僕もほとんど覚えていないが、やはり彼女らにはわかるのだろうか。

 実際に目に入った情報としては『雷』というものくらい。後はほとんどノーヒントだったはずだが、それで正解を導き出すとは。


「正解?」

 不思議そうにソラリックは首を傾げる。おそらく本人も当てようとして口にしたわけでもないのだろうが。

 僕は改めて頷いた。

「はい。あの雷はソラリック様の仰るとおり……」

「私がやったのよ。ソラリック? ちゃん?」


 今まで黙って僕の背中の辺りで姿を隠していたアリエル様が、僕の肩越しに二人に顔を覗かせる。

 それと同時に、森の中に声が響く。ソラリックから絶叫のようななんとなく声援のような、とにかく大音量の悲鳴が響き渡った。






「あり、ありありあああアリエル様におかえりおかれっ……!?」


「ちょっとこの子愉快なんだけど」

 ぷぷ、とアリエル様が噴き出しながら、五体投地に近くひれ伏すソラリックを見て口元を押さえる。

 テレーズも驚いているようで、やや逃げ腰になりながらもどうにかして膝をついていた。


 僕の前にふよふよと浮かんでいたアリエル様は、僕の顔をちらりと見て微笑む。

「本物? ってわざわざ言わないだけ、やっぱりね」

「なにがやっぱりなのかわかりませんが」

 僕はまだ何か唸るように挨拶を続けようとしているソラリックに向けてしゃがみ込む。

「とりあえず、立って話しましょうよ。そんなにかしこまることもありませんし」

「カラスさんそんな簡単に……っ!!」


 そして勢いよく顔を上げたソラリックは、アリエル様と目を合わせて慌ててまた平伏する。今度は譫言のように呻きつつ、わざわざ顔を隠すように。水色の髪を落とし、地面に擦りつけた顔が汚れるのも気にせず。

「そっちの子は?」

「…………! ああ、私か? じゃない、私ですか?」


 アリエル様が、テレーズに声をかける。

 しかしテレーズはソラリックを見ていて上の空だったようで、むしろかけられた声に驚いていた。

 不思議そうにアリエル様が首を傾げた。

「あなたは私見ても驚かないのね」

「あ、ああ、私も驚いておりますが……、何というか、アリエル様自身がこの場にいるというよりも、カラス殿の横にいることに対して自分自身驚いていないことに驚いていると言いますか……、どういったご関係で?」

 おずおず、とテレーズが逆にアリエル様に問いかける。

 テレーズも対応に困っている、という雰囲気が正しいだろうか。今もなお顔を伏せたままのソラリックを見て冷静になったのか、平伏すべきか迷っている。そもそもに、このアリエル様の正体がわからないというか。


 そして問われたアリエル様が、胸を張って目を細め、頬を膨らませるように笑う。

「息子がいつもお世話になってますぅ」

「むすっ!?」


 殊更に高くされたアリエル様の声音。その声で表現された端的な関係。

 聞いたテレーズが目を見開いて声を上げる。

 同時にソラリックが頭を跳ねさせて、「お母様!?」と叫んだ。


「とまあそういった関係なので、救援いただきました。アリエル様、こちらがエッセン国第七位聖騎士団団長、テレーズ・タレーラン閣下です。治療師の方は、コルネア・ソラリック様」

「ママでいいってのに。……で、この二人があんたの預かってる二人ってことでいいのね」

「そうなります」

 ほとんど同じ表情で、同じように口を大きく開けて固まっている二人を僕はアリエル様に紹介する。

 先ほどクロードに紹介したときもこのような感じだったが、……まさか、やはりこういうのがずっと続くのだろうか。





「おう、お前らも洗礼を受けたな」


 クロードたちのところへ戻ったときには、一応慣れたようで二人の女性の混乱は恐縮する程度に収まっていた。もっとも会話が出来ていたのはテレーズだけで、ソラリックはずっと固まったようにぎこちなく歩き、何度も木の根に足を取られていたが。

 茂みと街道は騒がしく人々が動き続け、もはや聖騎士の先導を待たずに捕虜たちの移送は進められている。

 それもまあ当然だろう。捕虜たちの移動は騎士団の馬車や荷車などを使うが、それを引く以上移動は聖騎士たちよりも遅い。そして今警戒すべきはこの戦場の匂いに集まってきた魔物たちの襲撃だ。

 聖騎士は先導を止めて、この集団の殿になった、ということだろう。


 開口一番にからかうような言葉をかけられたテレーズが不満げに鼻を鳴らす。

「クロード、お前は驚いてなさそうだな」

「そんなことはないぞ。口から心臓が飛び出そうなほど驚いたとも」

 クロードはそう言い切り、腕を組んで何度も頷く。僕もテレーズも見ずに、どこか遠くの景色を見つめながら。

「だがまあ、……どこか納得する自分がいたな」

「だよな」

 そしてその言葉にテレーズが深い頷きを返す。……なんか失礼なことを言われている気もするのだけれど。


 テレーズが、そうだ、とクロードを見て唇を尖らせる。

「一応謝っておくが、我が身可愛さに離脱して悪かった」

「気にするな、元々お前の逃走は決まっていたことだ。むしろ逃げてもらわなければ困る。それよりもソラリック殿、迷惑をおかけしましたな」

「ふぇ!? え、あ、ああ、大丈夫です大丈夫です大丈夫です」

「迷惑?」

 痙攣するように首を揺らして頷くソラリックが問題ないと返したが、僕はその言葉を聞き返した。

 クロードは僕の言葉に困ったように笑う。

「酒場を探して三千里、お前も覚えているだろう」

「……ああ」

「もともと野外での行動はお前が一番苦手だしな」

「うるさいな。人並みには出来るんだ」


 先ほどまで死地にいたとは思えない気軽な会話が二人の間で応酬される。

 その間も動いているのは周りの騎士団たち。既に多くの騎士団が、詰まることなく街道を疾走し始めていた。


「しかし、ソラリック殿が野外での行動も出来るとは驚きだったな。私の出番がなかったよ」

 明るくテレーズが笑う。それに応えてソラリックも笑おうとしていたが、直立したまま不気味に口角を上げるだけだった。ソラリックは笑えなかったのだろう。

「やはり休息場所の選定はソラリック様でしたか」

「ああ。戦場の気配がない、というのは私の判断だったが、それからすぐに私の指示なく休息場所を探してきてな。日が沈むまでに食事の準備をすることを決めたのも彼女だし、焚き火の準備から寝床の確保まで本当に私が指示する隙間もなかった。しかもどれも的確で、おそらくカラス殿たちが来ずとも夜は明かせただろうな」

「……カラスさんとレシッドさんからならいましたし、じゅんびもカラスさんのつくってくれたにもつにあったので……」

「やっぱりまだ喋り方固いんだけど」

 

 不満げにアリエル様が浮かびながら言うが、ソラリックはぼんやりとした目でそれを見つつ、また「夢、これは夢」と呟き続けている。

 そしてその仕草を見て、アリエル様は溜息をついた。多分、本気の。

「夢と思いたければ別にいいわよ」

「申し訳ありませんな、アリエル様。私どもからしたら、歴史書に載る最も偉大な先人ともいえる方との邂逅なのです。特に敬虔な聖教会の信者である彼女には刺激が強すぎましょう。ご勘弁を」

「クロードったっけ? あんたはお話しできそうよね」

「正直に申し上げると私も今足ががっくがっく震えておりますれば」

 笑みを浮かべたまま、クロードがそう言う。たしかに、敬礼するように上げた手には微かな震えが、その手足には緊張が見て取れた。

 その上で、クロードは敬礼したような手を下げつつそのまま背後を示す。優雅に、気取るように。

「しかしまあ、それ以上の失礼は出来ますまい。どうぞ、アリエル様。ご令息様とご一緒に輿に似たものを用意してございます」

「あら気が利くじゃない」

「荷車ですが、是非ご令息に引いていただければ」

「ただの人力車じゃないですか」


 それに僕は馬扱いか。

 抗議するとクロードは笑い、冗談だ、と一言付け加えた。

 




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― 新着の感想 ―
[一言] おお、なろう系してる 今章は 『嘘つきだと蔑まれていましたが、実は妖精の息子です。〜聖騎士団が半壊して困るから戻ってきてほしいと言われてももう遅い!可愛い彼女と悠々自適なスローライフ〜』 と…
[一言] 輿 「人力車じゃないですか!」 人力だけど車は付いてないんだなぁ これが 「ひとりお神輿ですか!?」 念力で輿を運ぶだけの簡単なオシゴトだな ワッショイ
[一言] 今後のカラスくんの立場がまたややこしくなりそうで楽しみですね
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