終幕:私の物語
宙を舞う人間には、移動の自由はない。
羽や膜を持たない人間は空気を掴めず、ただ落ちるに任せるだけである。
それが、一般の人間の常識だ。
だが実際には、移動の自由がない、というのはごく短時間の落下の時に限られている。
そうではない場合、たとえば長距離の落下の際。熟達したものならば三里の落下に際し、最適な姿勢を取ることで一里程度の横方向の移動が可能となる。
「く……っ!!」
熟達こそしていないものの、プリシラもその移動が可能な一人だ。
両手足を広げ、空中で姿勢を制御しある程度の移動を可能にする。もっと短い落下距離で、そして着地地点に選ぶのは水や藁など、安全が確保される緩衝材を相手には幾度となく経験があった。
しかし、落下先は推定五里の遙か下の地面。この距離はもちろんプリシラも未体験で、地面に叩きつけられた結果の被害は考えたくもなかった。
「レイトン、きみも……!」
プリシラの腰部に抱きついたままのレイトンに向け、死ぬぞ、と言いかけてプリシラは止める。
その問答は先ほど行ったばかり。そしてその答えも、先ほど聞いたばかりだ。
せめて、緩衝材がある場所へ。
プリシラはちらりと背後を見て、場所を確認する。
このままでは落下先は岩山の横、開けた場所。ネルグの根の絡まる地面。固くもないが、落下の衝撃を和らげるほどではない。しかしそこから少しだけ離れれば、ネルグの森に多くある広葉樹が大きな枝を広げている。
横の木々へ。そう思い、プリシラは手足を広げようとする。
だが。
(…………いや、この程度レイトンも知らないわけがない。レイトン自身可能なこと、なら対策を取っているはず……)
事実、レイトンは二人が崖から離れながら落ちるように体重移動を行っている。万が一にもプリシラに、崖に掴まり回避されぬよう。
そこまでわかり、プリシラはわずかに躊躇する。落下地点にも何かがある。きっと何かが……。
レイトンが顔を上げ、プリシラに向けて笑みを作る。
自身と同じく傷だらけの顔。そして、損傷だらけの身体。もう身体を押さえる腕の力も残っていないようで、腰に巻き付く腕にも力はなかった。
プリシラは、そこに違和感を覚えた。何かがおかしい。何かが。
一瞬だけの思考。だが、思考を始めれば結論などすぐに出る。レイトンに劣らず聡明なプリシラの頭脳が答えを弾き出す。
「《山徹し》は、カラス君のじゃない……!?」
「今頃気付くなんて、お前にしては遅い」
ケラケラと笑い、レイトンは腕を離す。
空気の抵抗により、本来は離れていくはずの二人。けれども、今は腕に繋がれた紐が彼ら二人を離さなかった。
バタバタと破けた服を靡かせて、レイトンは落下を止めない重しのようにプリシラの手を下に向けて引く。
「おかしいだろう? カラス君の《山徹し》は単なる魔法に過ぎない。闘気で防げたなら、ぼくたちは無傷でもおかしくないんだ」
「〈山徹し〉デンア……か……」
プリシラはどこか納得するように小さく呟く。
この怪我はデンアの《山徹し》によるもの。けれど、ならば一つ、もう一つ考えなければならないことがある。
〈狐砕き〉または〈静寂〉カラスの『《山徹し》でいい』というのは。
「お前こそ、《散焦》の修行がおろそかになっているよ。その耳飾りに頼りすぎたね」
プリシラの手により落下速度が上がりづらくなっているとはいえ、落ちている距離は既に崖から落下地点の半分近い。
二人の速度はどんどんと上がり続けている。既に自由落下の終端速度と変わらない。
故に近づいてきた地上。落下する予定の地点。
ひひ、と笑いつつ、諦めたかのように長い瞬きをするレイトンの言葉に、プリシラは改めて周囲の声を聞こうとした。
そしてようやく気付く。
自分たちが落ちる予定の落下地点。その周辺にまで含め。地面に大きな穴が開いている。
ネルグの強い根たちが表面だけを覆い、見た目は何の変哲もない地面なのに。その下には、今のプリシラには底すらもわからない大きな穴が。
「諦めなよ。既にこの下は、いくら逃げても落とし穴に入る。馬鹿でかい落とし穴だろ? カラス君に頼んだ甲斐があった」
直径一里を超える大きな穴。常識的には考えられない大きな穴故に、プリシラすら思いも寄らなかった。
おそらく一度どこかにごく小さな浅い穴を作り、その底から更に横に下に穴を広げたのだろう。そうプリシラは推測するが、既に遅い。
「……そして私たちが地面に激突するのに合わせて、レイトンが底を切り開く……」
ふう、と溜息をついてプリシラが腕の力を抜いて落ちるに任せる。
全て分かってしまった。もう足掻いても無駄なのだ。
聡明な頭脳がこの先全てを読む。その全てで、自分の死が見える。ならばもう足掻く必要すら感じられない。
地面への激突すら決め手ではない。決め手は、レイトンが行った初手、調和水の噴出から。
「ああ、……負けちゃったな」
プリシラは空を仰いで呟くが、何故だか後悔はなかった。
手を尽くしたわけではない。きっと採れる手段は山ほどあったし、そもそもにレイトンに会うためここを訪れなければよかったことだ。
弟に対する善意。優しさ。それが敗因となり、死因となった。そう考えてしまえば『そう』しなければよかった、とも思うが、それも今更だ。
何せ、自分はそういう人間なのだから。
青空。きっと、最期に見る。
地面が迫る。墜落すればプリシラとて無事には済まない速度で。しかし、プリシラたちがそこに激突することはない。
背中に感じるべき衝撃はない。レイトンの保存してあった斬撃により切り開かれた地面が、暗い穴を見せる。
日の光も届かず、音が返ってもこず、底すらもわからない深い深い地下への大穴。
どれだけ落ちるのだろうか。
周囲には何もない。手が届くところには壁もなく、ただネルグの青臭い臭いが鼻の奥を塞いでいる。遠くにある、根が絡まり穴だらけで吸音材のような壁は音を吸い、静寂がプリシラを包んだ。
日の光が消えていく。見上げた先の青空が、小さくなっていく。手を伸ばそうとも、もうそこには届かない。
「レイトン、生きてる?」
ほとんど暗闇の中。落ちていく耳に触る風の音がうるさい、と思った。
プリシラは、その手の先に結わえられた紐の先にいるはずの弟に呼びかける。重傷だった。胸には刺し傷が二カ所。下腹部と上胸部。殊に胸部の傷は肺を貫き貫通している。更に腹には深い切り傷も一カ所。右手首から先も切り落とされて、出血を止めることも出来なかった。
《山徹し》を防ぐため、闘気を賦活し大量に使ってしまった。
ならばもう死んでいてもおかしくはない。身体の弱い弟のことだ、もし自分が耐えられる傷であろうとも、彼ならば。
返答は期待していなかった。プリシラとしても、何の気なしに呼びかけただけだ。
ただ、一人では嫌だな、と思っただけで。
また一人になるのか、とプリシラは思った。考えるのは自分の人生。もう五十年以上も前になる昔の話。
高められた能力というものは、人を孤独にする。
そう気付いたのは、四禁忌の修行を一通り行った一年目のこと。
街で、同年代の少女と話すことがあった。実家の農業の傍ら、川で拾った石に紐を通して装身具として作り直して小遣い稼ぎをする少女だった。
まだ幼い日。十才にも満たないときのことだ。まだプリシラも、綺麗な石を喜び、花を美しく思う年頃の頃。
彼女から、耳飾りを買おうと思った。宝石でもない、単なる見た目が良い石を削っただけの耳飾り。農家の玄関先に作られた売り場に並べられたそれが、プリシラには本当に綺麗で、本当に宝物のように見えた。
「これ、ください」
宝石でもない単なる石だ。子供でも買えるもので、事実子供向けの鉄貨数枚で売られているような粗末な装身具。プリシラの小遣いでも、買える程度の。
握りしめた小銭を少女に見せて、目当ての商品を手に取ろうとする。
だが少女は、それを邪魔するように装身具を手で覆い隠した。
「駄目」
「え?」
意味が分からず、プリシラは聞き返した。
商売だ。店先に並んでいる商品を売らない、という選択肢はないだろうし、こちらがそのために対価を支払う意図がない、というわけでもない。
けれども、少女は譲る気がないらしい。
何故、と聞き返したくても、何故だか声が出なかった。
「なら、こっちを見てよ、気持ち悪い」
…………。
思えば、きっとそれだけではなかったのだろう、と大人になったプリシラは思う。
おそらく少女は、親にドルグワントのことを聞いていたのだろう。子供に直接伝えないまでも、その嫌悪を隠すことはしなかったのだろう。だから彼女にも、潜在的にドルグワント家への嫌悪が染みついていた。
だが、彼女の嫌悪もまた本物だった。
プリシラは当時、まだ四禁忌の修行をほんの一通り終えただけだ。まだ目や鼻や耳を一つ塞いで生活するだけのこと。それを、一定の期間一度だけやり終えただけのこと。
それだけでも、プリシラの取る仕草は、『人間』の仕草からは僅かに乖離してしまった。
話している相手の顔を見ない。相手に聞き耳を立てたりしない。
おそらくはっきりとした違いではなかったのだろう、と重ねてプリシラは自己弁護しながら、それでも、と思う。
葉雨流の修行は、人を騙す技術を向上させる。
けれどもそれは本質ではない。そのような小手先の技術などは。
その人から『人間らしさ』を引き剥がす。目を合わせなくともよいように、聞き耳を立てることなどしなくてもよいように。暗闇でものが見えるように。遠くからでも音が聞こえるように。そうやって人間らしさを引き剥がした上で、人間に紛れ込むために『人間らしさ』の生皮を被せる作業。
それこそが葉雨流の本質なのだ。
それからも、父に言われるがまま、プリシラは修行を重ねた。
それだけで日々自分が『人間』から離れていくのだ、と如実に感じた。
更に自分には『仲間』がいない、とも。
剣を教えられた最初の日。まだ遊び半分でも構わない、という程度の初学者だった頃の話。
師範である父の前で。既に数年修行した兄が稽古台になった。教えられた通りに木剣を構えて、同じく構える兄を見据えたときのこと。
どうにも、兄が隙だらけに思えた。
脇を下から斜め上に。右胴を刺し貫くように。狙うべきところがはっきりとわかった。
葉雨流の技術は人を騙すことに特化している。ならばそのために、それを『装って』いるのかとも思った。
どうもそうではないらしい、と気付いたのは、その場ですぐ。兄から一本取ったときだった。
剣を取れば、自由に身体が動く。父や兄から基礎的なことを教われば、すぐにそれが身についてしまう。父や兄の動きが鈍く、拙く見える。
天から与えられた剣の才能。
プリシラには、それがまるで呪いのようにも感じた。
頼れるはずの兄が頼れない。剣技の相談をしようにも、兄の段階など自分は既に通り過ぎてしまっている。
尊敬できるはずの父が尊敬できない。本気を出せば勝ててしまう、そんな弱い父を、本心から師として仰ぐことが出来なかった。
修行を続ける毎に『視界』が深く広がっていく。人の仕草や表情から、人の内面までもが透けて見えるようになっていく。
そのせいで、より深く人の心が理解できてしまう。
自分は、自分たちは人から拒絶されているのだ、と。
プリシラは可愛いものが好きだ。
それは、多くの人もそうだろう。人は可愛いものを愛し、可愛くないものを嫌悪する。
愛される者は輝いて、人を集めてより一層愛される。『可愛い』者は孤独とは縁のない者だ。
剣が上達する度に、視界が広がる度に、プリシラは実感する。
誰からも嫌悪され、誰も頼れない。
癒やせぬ孤独。
可愛ければ人は孤独にはならない。
なら自分は、『可愛くない』のだろう。
そんなプリシラの孤独を癒やしてくれたのが、幼い日のレイトンだ。
初代の息子以来、ドルグワント家に生まれた初めての生まれつきの共感覚者。
剣の才能はプリシラに僅かに劣る。けれども四禁忌の熟達まで含めた葉雨流の才能は、自分以上のものだった。
『可愛い』ままでいるために、父や兄の剣をどうにかして真似しようと苦労していた頃。そんな自分を真似しようと、自分の後をついて回る小さな生き物。
自分の仕草や口調を真似て、どうにかして追いつこうと思ってくれる健気な姿に。
どうにかしたいと思った。自分などどうなってもいい、とまで思った。
こんな可愛い生物を、孤独にしてはいけない、と思った。
社会から拒絶され、人と交われない孤独な生物にしてはいけない、と思った。
「……結局失敗しちゃったなぁ」
ぼんやりとプリシラは思う。
葉雨流を滅ぼそうとも、もはや手遅れだった。やはり彼は彼、ドルグワント家の人間だ。
やはり自分と同じく、殺す側の人間なのだ。必要とあれば人を殺せる人間、社会から疎外されるべき人間。
たとえば疎外された人間を拾い上げる店、石ころ屋。そこで彼が一言でも望んでくれれば。
「遊びすぎちゃったのかもね」
そして葉雨流の滅亡に際し、解放されたのは、レイトンだけではない。
プリシラもその一人だ。
心の底から嫌だった。
暗殺者である以上、どんな好ましい人間でも依頼があれば殺さなければならない。ドルグワント家の家訓では、どんな嫌悪する人間でも依頼がなければ殺してはいけない。
心のままに振る舞えない窮屈な鳥籠。
そこから飛び出して、浮かれていたというのも嘘ではない。
占い師となって、各地を回った。
道端で人の悩みを聞いて、諭す。手を繋いで、相手のことを深く知る。
楽しかった。数日は、置いてきたレイトンのことなど忘れてしまうほどに。
頼られるのが嬉しかった。たとえ、一時のことといえども。
人と手を繋げるのが嬉しかった。誰とも手など繋げない孤独な人生の内、ほんの一瞬でも。
人は皆、自分の物語を生きている。
そんな彼らが、自身の物語を持たない自分を頼り、繋がり、一瞬でもその登場人物としてくれるのが嬉しかった。
それは、他人の物語を終わらせるだけの暗殺者の身分では出来なかったこと。
そのうちに、レイトンは自分を追い始めた。殺すために。
それも仕方のないことだとも思った。父と兄、それに使用人たちを殺したのは自分だ。復讐のために追われることなど意外でもない。
けれども、残念だった。そのために、彼が『普通』に暮らすことを考えなくなってしまったのは。
もう少し聡い子だと思っていたのだけれども。
「…………わかっていたさ。父さんは、お前を殺せなんて言ってない」
「……生きてたんだね」
手首の先、暗闇の中からぽつりと声がする。
もはや声も明瞭ではなく、おそらく発音も正確には出来ていないだろう、とプリシラは予測する。それでも、自分たちの間では会話が出来てしまうのだが。
「でも、だから、ぼくは父さんの頼みを聞くんだ」
「へえ? 殺せって?」
痛み乾く唇を、プリシラは綻ばせる。最期の会話、最期の愉しみに。
レイトンは首を横に振った、ようにプリシラには見えた。実際にはもはや下からの風に吹かれるがままに脱力していたが。
「……ドルグワントなら、そうだろう。ぼくたちは死ぬまで暗殺者だ。そう生まれて、そう育てられた。もう変わることなんか出来ないし、それを許されてもいない」
ドルグワント家に生まれ、多くの人を殺した。
レイトンの手による者だけでも三千人を超える彼らは、決してレイトンを許さないだろう。レイトンも彼らに謝る気はない。ドルグワント家の人間として。生きている間は。
「それ以外を望まれるわけはないし、望まれる気もない。……それが、ぼくなりの復讐ってところかな」
ひひひ、とレイトンは忍び笑いを漏らす。幼い日から真似をしたそのままの口調で。
そして復讐相手は、プリシラではなく。
それに気が付いたプリシラも失笑した。
「お父様もかわいそうに」
「あっちで謝るさ。お前と一緒にね」
落ち始めて数分。けれどもまだまだ底にはつかない。
《山徹し》を打ち込んだのだろうが、いったいどこまで深く掘ったのだろう、とレイトンは僅かにカラスに向けて呆れるほどだった。
「父さんの頼みを聞くんだ。少しくらい許してくれるだろう?」
「私を殺せば怒るんじゃないかな?」
プリシラは思い出す。最期の父の姿を。
こちらへと敵意を向けて、可愛らしく拙く隠した殺気を向けて、それでもどこか優しさと誇らしさを感じていた父。
彼はきっと、復讐なんて望んでいないだろうに。
「もうぼくの復讐は終わってるよ。少し気が早いけど、ぼくらはもう死ぬんだ。ドルグワント家からも解放されてるんだと思うよ」
だから。
プリシラが肌で感じたレイトンの仕草がそう告げる。
周囲の景色などもう見えない。暗闇の中、風以外の音もなく、匂いも慣れた草の匂いで塗りつぶされてしまった。
先ほどの《山徹し》を受けたときと変わらない。
周囲にはなにもない。孤独。プリシラはそう思った。
けれどその手を引く力がある。
手首に巻かれた紐が引かれ、その先にいた弟の身体の存在を改めて感じた。
「お前を殺してから、最期に父さんの頼みを聞くんだ」
「……そっか」
『父さんの頼み』。
何をと聞かずに何をとも言わない。
けれども二人は、暗闇の中で目を合わせる。光も音も匂いも感触も、根拠も何もなくとも、合っている気がする。
「……もうすぐ底につくよ。準備はいい?」
「早いね」
「うん」
プリシラよりも幾分かいいレイトンの目が、底の音を捉える。
熱により固形化した地面。流れ込んだ調和水が吸われずに、すり鉢状の湖となって残る大穴の底。
超高速で水面に叩きつけられるだけでも甚大な被害だ。更にその後潜るのは、解毒薬もない猛毒の水。命など残るはずもない。
「魂の炎は天上にあるって言うし、そこまでいくのは相当長い旅になると思うんだ。……だからその間、ゆっくり話でもしながらいこうよ」
レイトンが、残った左腕でプリシラの手を取る。
してあげたいことはしてほしいこと。
やったことは、やってほしかったこと。
プリシラは目を閉じる。
暗殺者として暮らしている内には、誰とも手が繋げないと思っていた。占い師として仕事をしても、手を繋げるのは一瞬のことだった。
今、その手の先の温かさは、占い師としての一時の交わりではなく、家族としての長い交わりで。
「これからはずっと一緒だよ、姉さん」
レイトンの言葉に、プリシラは弟が『そこ』にいるのだと思う。
互いに目を閉じても目の前に笑顔が浮かぶ。大好きな。
光も届かぬ暗闇の中、とろりとした水面に、大きな水柱が上がる。
紐で括られ一塊になっていた二人は、離れることもなく水底に向けて落ちていく。
力なく目を閉じたレイトンと、瞑ったプリシラ。
水面に飛び込んだ衝撃と、冷たさと、息苦しさと脱力感。二人ともが感じているはずのそれら全てを一切感じずに。
壊すべきではなかった。求めているものは最初からそこにあった。
もう少しだけ、信じればよかったのだ。
私の物語はそこにあると。
もう、一人ではない。
最期にプリシラの胸にあったのは、少しの後悔と、生涯で初めて感じた温かな何かだった。




