終幕:依頼
深夜に続いて更新。
少々血がいっぱい出る話です。
ドルグワント家、その家人が夜過ごす部屋は暗い。
行灯などの照明も設置されてはいるが、それらは専ら使用人のためのもの。
それは当主バルトの過ごす書斎も例外ではなく、長辺が二十歩以上にもなる長方形の広間も、夜には蝋燭一本の明かりで済ますことも精々だ。
葉雨流剣士の視界は暗闇にほとんど左右されない。暗く、光を受け取るはずの目が役に立たずとも、自然と耳や鼻や肌がその代わりをする。
極論を言えば、目を閉じても彼らの視界は変わらない。目以外の器官により視界を確保できる彼らには。
そんな暗闇の中、いつものように書き仕事を行う影があった。
鎖骨も肋も浮き、痩せ細った身なりはまさしく老人そのもの。若い時分には茶色かった髪も今では白く細くなった。長い髪はそのまま背中に垂らされ、胸まである長い髭は顎の下で括られて落ちる。
姿形は凡庸でしかない。蒼色の着流し姿は瀟洒でもなく、仮に道端を歩いていたとしても誰も注目はしない地味で小さな枯れ木のような老人。
震えるような筆先に、どのような達人も、彼の武威を読み取ることは出来ない。
それは彼が葉雨流を極めているため。
葉雨流当主、また当代の葉雨流剣士の最強を冠する者。バルト・ドルグワントの、いつもの書き仕事の姿だった。
暗闇の中で、バルトは静かに立ち上がる。
気配がした。書斎の表、廊下の奥から、何者かが歩き近寄ってくる足音。
「…………」
何者だ、と問う代わりに、バルトは廊下の外の光景をじっと聴く。
夜更けだ。仕事の邪魔をせぬよう、使用人はこの部屋に近寄らない。子供たちもこの時間は遠慮する。
だがこれほどの精密さで足音を隠せるのは、使用人ではない。子供たち、バルト自身が葉雨流の隠密歩法を仕込んだ三人くらいのものだ。
その一人、レイトンは今『仕事』に出て不在だ。ならばあと二人、息子レオナールか娘プリシラの二人のみ。
しかし。
それにしてはおかしな気配だ。
誰かが近づいてきている。それは男でもあり、女でもあるようだ。しかし気配は一つ。
動く気配が一つ分なのに、二人分の気配がある。それ自体は珍しいことではない。一人が抱えて一人が歩く。そういった際にも見える気配ではある。
だがそれにしてはおかしなことがもう一つある。
この音は、血の臭い。
「失礼いたします、お父様」
木戸を静かに開けて、入ってきた何者か。
それを見て、バルトは僅かに安堵し、それと同じ程度警戒を強めた。
「プリシラか」
「夜分遅くに申し訳ありません」
静かに会釈する愛娘の顔は、いつもと変わらない柔和な笑顔。
そしてその笑みがいつもと変わらぬ柔和なものだったからこそ、バルトは警戒し剣を手に隠した。
笑みとそぐわぬ気配。
彼女が木戸を開けたと共に入ってきた濃密な風。バルトの目に見えたその風に乗っていたのは、大量の血の臭い。
一人二人のものではない。複数の。
「……何をした」
「お別れを申し上げに参りました。それと、お別れをしていただこうかと」
何故今ここに来た。何をしにここに来た。
そんな問いを全て省いて、バルトはプリシラに問いかける。だがプリシラはその問いには答えず、どこ吹く風で言葉を続けた。
頬についた血を拭うこともなく。
そして今まで何も握られていなかったようにも見えた手の先、プリシラの掲げた手の先を見て、バルトは戦慄した。
「お兄様も、きっとそのほうが嬉しいでしょうから」
その手の先にあるものは、人の頭部大の何か。
濃厚な血の臭いを撒き散らし、見ればそれがいっそう強くなる。
プリシラの手に絡まるように掴まれている癖のある長髪の色は、若き日のバルトと同じ茶色で。
口を力なく半開きにし、目だけは軽く閉じられている。
口からも鼻からも目からも、新鮮な血の滴が滴り落ちる。
それは紛れもなく、バルトの愛する息子、レオナールの頭部。
「……気を違えたか、プリシラ」
そして目の前の愛娘、プリシラの兄、だったはずの。
「とんでもない。私はずっと正気ですよ、お父様」
お父様、と口にする表情も、声も、仕草までもいつもと何も変わらない。そのことにバルトはまた戦慄した。
人を殺すまでもなく、ただ害するだけでも、多くの人間は何らかの反応を示すものだ。興奮する、または逆に消沈する。勿論それを隠すのも暗殺の業の一つであり、それをプリシラに教え込んだのは彼だ。
そしてこの娘はあまりにも、変わらなすぎた。
いつもと同じ表情で、いつもと同じ仕草で、肉親までも手にかける。その事実に。
「では何故だ? レオナールとお前は、ずっと仲の良い兄妹だったはず」
「そう。お兄様のことは今でも家族として愛しているよ」
プリシラとしては本当のことだ。たまに喧嘩をして気まずくなったこともある。時には何日も口を利かなかった日もある。けれど、嫌いになったことなどない。
「でも、駄目なんだよね。この家は温かすぎる。私たちが強くなれる条件が揃いすぎている。だから、そろそろ、なんだ」
「だから、何がと聞いている」
「姉としては、弟にはいつまでも可愛いままでいてほしいところだよね?」
ふ、と殺気の線が闇の中を白々と飛んでくるのをバルトは見た。
プリシラの動作は見えず、そして得物も見えなかった。けれどもその殺気の線を隠し持った剣で弾けば、弾ききれなかった剣の軌道がバルトの肘の裏の動脈を切り裂いた。
「……!!」
バルトは驚愕に顔色を変える。
見えなかった太刀筋。愛娘のその剣の鋭さを、バルトは初めて見た。道場で見たことなど一度もなく、またその素振りすら見せていなかったはずなのに。
その上で、優れた剣は、雄弁にその剣士の内情を語る。
通り過ぎてからも寒気がするようなその太刀筋に、バルトはプリシラの内心の多くを悟った。
「……私は用済みか」
「そうだね。私にはもうお父様は必要ない」
いつからだろうか、とバルトは思う。未熟ではないが、まだまだだと思っていたのに。
自分よりもむしろ多くを接していたレオナールも気付いていなかったのではないか。隠されていたプリシラの剣の腕。それは、レオナールすらもとうに超えていたということに。
いつからだろう。……もしかしたら、最初から。
「責任を取らなければな」
もはや言葉は要らない。
そう判断したバルトが文机を越え、一歩プリシラに歩み寄る。
プリシラに怪物たる力を授けてしまったのは師である自分だ。剣を教え、心構えを教え、剣士として仕上げてしまった。
プリシラの中の怪物に気付かなかったのは父である自分だ。いつからだろうか、娘が、私欲のために己の剣を振るう殺人鬼と化していたことに気付かなかった。
責任を取らなければならないのだ。
師として、父として。
幸いにも、次代の葉雨流の剣士はまだ残っている。
今日レオナールは死んだ。そして今日プリシラも死ぬ。ならば残るはレイトンのみだが、むしろそれすらも好都合かもしれない。
……それを好都合と考えてしまったバルトの胸がちくと痛んだ。
「最後に、何故こんなことをしたのか、口にする気はないか?」
「それはどうしても聞きたいことかな?」
「……いや」
バルトは察しがついている。それは葉雨流の剣士に限らず、暗殺者がほぼ必ずかかる麻疹のようなもの。
殺害対象へ抱いた感情と、自分の行為の撞着。市井に紛れ込むがための、抗いがたい孤独感。市井の日の当たる場所で生きる者たちへの憧憬と怨嗟。
暗殺者の心を蝕む種など、この世には数え切れないほど満ちている。そのどれか、もしくは全てが彼女の心を蝕み、そして今日花を咲かせたのだろう。
娘は獣性に飲まれてしまったのだ。誇り高き暗殺者から、低俗な殺人鬼へと堕落してしまった。
きっと、それだけのことなのだろう。
そう月並みな予想をし、剣を構えた。
「最後に可愛い姿を見せてよ、お父様」
「…………覚悟」
呟き、一瞬目を閉じ、実の子らが成長してきた様を懐かしむ。
その悲しみを胸に沈め、バルトは不可視の剣を走らせた。
レイトンが出張に出た五日後の朝。
『仕事』を終えたレイトンが帰宅したときに、玄関をくぐる前にまず感じたのは言いしれぬ嫌な空気だった。
ドルグワント邸を囲む竹藪すらも包むような濃厚な死の気配。
いつもは出迎えてくれる使用人の老婆が今日は出てこないということすらも、取るに足らない些細なことに思えた。
玉砂利の敷かれた玄関先。踏んだ際の鳴らさない音がいつもと違う。
玄関の引き戸を開けるため、触れた扉のくぼみから粘つくような声がした気がする。
そして、それにしてはいつもと何も変わらない。
使用人の老婆の影はいつもと同じように自分に挨拶をしてくれるし、掃除をする使用人の幻は玄関のどこを見回しても残っている。
誰も彼も同じように、日常を生きている。そんな雰囲気すら残っているのに。
だがそんな雰囲気を覆い隠すような臭気も同時にレイトンの鼻に届く。
濃厚な血の臭い。いつも通り、色すらも見えるほどの。
玄関の引き戸を開ける前から動揺を隠せず、レイトンは躊躇し一度手を離した。中から声がする。いつものように、和やかな声。もちろんそれは聴覚を通したものではなく、残留した家人や使用人の痕跡に過ぎなかったが。
しかし躊躇ってばかりでもいられない。
意を決して重たく感じる扉を開き、中を覗き込み、そしてレイトンは半ば予想をしていた中の光景に絶句した。
「…………」
息をするのも忘れるほど。
忘れることを忘れてしまった自分の記憶力を、レイトンはその日心底恨むことになった。
「……何が、あったんですか?」
思わず呟き、レイトンは玄関から足を踏み入れる。
木の床に吸われて乾いてしまった血が、いつもと違う嫌な音を鳴らす。
廊下に転がるのは、いつも自分たちを世話してくれていた使用人たちの死体。どれも皆解体されて、胴と手足が繋がっている死体がなかった。
死体の腐敗はまだ始まったばかりの頃。涼しい気候で腐るのが遅れたのだろう、レイトンが読み取れる死亡の時期からすると、大分遅れた様子だった。
そしてその死体を検分するように顔を近づければ、いつもと同じように死体が語りかけてきた。
「……明日の朝餉の仕込みは終わったから……?」
だがその情報も、いつもと何も変わらない。この料理を担当する使用人は、仕込みを終えて掃除の最中だったらしい。後で寝る前にもう一度、鮭を包む懐紙を変えておかないと、などと考えていた。
「プリシラ様は今日もお綺麗で……そんなことわかってるよ」
転がっている他の使用人から聞いた声も、いつもと何も変わらない。皆同じように今日の仕事を終えて、そして片付けをしている最中のままで。
まるで時間が止まったように、彼らは何処かの夜にいる。
そうレイトンは思った。
今まさに誰かに襲われた風でもなく、何かが起こった気配すらも感じていない。
そしてそれよりも何よりも、レイトンにとって不可思議だったのは。
(この傷口……《陰斬り》の……)
使用人たちの身体の傷口。ぴんと立つようで、潰れなどもなく無駄な血も流さないこの傷跡は、葉雨流特有のものだ。
へたり込むようにして壁にもたれ掛かる。
倒れるまでしなかったのは、ただ彼が血というものに慣れているからだ。
それを自分でも分かっているレイトンは、嫌な性分だ、と自嘲しつつ壁に縋り付いて立ち上がった。
「姉さん……兄さんは……?」
それから、回っていなかった頭が回り出した気が自分でもした。
使用人が殺されている。何者かに。葉雨流を使える誰かに。
ならばこの惨状の中、姉や兄、父が同様の死体に変わっていてもおかしくはないのだ。
聡明なレイトンすらも、この時はまだ思い至らなかった。
葉雨流の剣術を使える人間は、ごく限られているということに。
勝手知ったる自宅の中を、そこかしこに散らばる死体に吐き気を催しつつレイトンは走る。
既に乾き固まった血の海の惨状。その中でレイトンはようやく、道場に転がり散らばる兄レオナールの死体を見つけた。
ただしその死体は四十八に等分され、更に頭部が見当たらない。
肉親の死体。それを見る自分が何処か冷静だということを、更に遠く離れた自身で見つめている感覚。ただそれすらも、レイトンに気づける冷静さは残っていなかった。
レオナールの死体は、レイトンに何も告げなかった。
ただ一つ、聞こえるのは『恐怖』の色。
かき集めるようにその肉を手ですくい取る。両手一杯に乗せたいくつかの肉片は、青みを帯びて変色を始めている。だがやはり、そこにあるのはただの肉で、どこからか這ってきた得体の知れない黒い虫がそこに集っているだけだった。
そして更に、姉の部屋を回るがそこにプリシラの死体は見つからず。
最後に、父の書斎で、ようやく見つけることが出来た。
未だ勝てる気がしない尊敬すべき父の、首の落ちた死体。もしくは兄レオナールの首から上を。
「父さん、兄さん……」
信じられない、と思いつつも、レイトンの足は勝手に動いていた。
兄の頭部をじっと見つめて、事情を聞こうと試みる。けれどもその首も、黙して何も語らない。
ただじっと黙って、眠るように目を閉じたままで。何かを恥じるように。何か申し訳なく思っているように。
「父さん、どうしたんだよ、ねえ」
文机に向かい、座っている父の死体。そこに向かい、揺するようにしても父は目を覚まさない。覚ます目がないのだ、当然だろうとレイトンは思い直し、首を拾い上げるがやはり何も語らない。
どうしたものだろう。
何があったのだろう。誰がやったのだろう。
そして、もう一人、愛する家族はもう一人いるはずで……。
戸惑いの中、レイトンはようやく見つけた。
父バルトの向かっていた文机。そこに置かれた一枚の手紙を。
『
気脈も断たれ、闘気による治癒も間に合わず、精妙なる絶技により死に至ること解す。
故にこの手紙を、葉雨流最後の一人、我が愛する息子レイトンへと遺す。
この度の凶行、私やレオナール、使用人たちの死は、プリシラの手によるものである。
プリシラの冴え渡る剣技に、私もレオナールも、一矢報いることすら出来なかった。
無念なれども、父としては誇らしくあるのも剣士の性だろうか。
内臓痛み出血酷く。最後の時迫る。
故に簡潔に、当主として最後の指示を下す。
修練を続け、力を蓄えよ。
プリシラを追ってはならぬ。才あるお前も、今のプリシラには歯が立たぬ。
葉雨流の最後はお前に任せる。
継ぐもよし、閉じるもよし、その決断を当主の名において全て許す。
父として。
父と兄を奪ったプリシラを憎んではならぬ。
恨み憎しみで心と剣を曇らせてはならぬ。
父は願う。
どうかプリシラを
』
薄い一枚の粗末な紙。
最後に至るにつれて、痛みと脱力により歪んでいく文字。墨を筆につけることすらも億劫で、かすれていった文字。
その手紙を手に取ったレイトンは、初めて肉親の声がそこから聞こえてきたことに気が付いた。
父の最後の声。姿が文机の前に浮かぶ。
口から血を吐きつつも、動かす度に少しずつ切断が進む腕を動かし、懸命に自分に何かを伝えようとする姿。
もはや歩くことすらも困難だったのだろう。歩けば首も含めた四肢が切断されて、命を奪われるという刹那。その僅かな時間に、自分に何かを伝えようとしてくれた。
それがわかりつつも、レイトンは信じられずに目を見開いた。
「……姉さんが……?」
プリシラが、と父は手紙に記していた。
手紙の筆跡に間違いはなく、確かにこれは父が書いたものだ。ならば、殺されゆく父が相手を間違えるはずがない。
けれども、何故?
何故あの優しい姉が、このような凶行を?
「姉さんがこんなことをやった? 本当に?」
笑顔を絶やさず、悪戯はしても意地悪はしなかった姉。
悩んでいるときにはそれとなく話を聞いてくれて、そっと助け船を出してくれた姉。
今までの人生で、そのような兆候を彼女が見せたことがない。
「どういうことだよ、父さん、ねえ……」
バルトの死体に尋ねても、理由については何も語ってはくれない。
ただ、手紙を書き終えた父の幻影は、ふと顔を上げてこちらを見て笑顔を見せてくれた。愉悦や歓喜などとは無縁の、期待の温かな笑みを。
それ以上は何も言ってくれない。
書きかけの手紙の続きすらも。
『プリシラを』。プリシラをどうしろというのだろうか。
父としての指示とは、どのようなものだったのだろうか。レイトンには見当がつかず、父の幻はそれ以上何も口にはしなかった。
「兄さんも、さあ、黙ってないで……」
手の先でくしゃりと手紙が掻き寄せられて皺が寄る。
部屋の隅に転がる兄の頭は何も言わない。ただ眠っているかのように、何も。
「……どうしろっていうんだよ、ぼくに……」
机にかじりつくように縋り付いたレイトンは、ガンガンと響く頭痛に襲われた。
理解が追いつかなかった。ドルグワント家の家人と使用人の死。それに、その犯人が愛する姉だということ。
目を閉じている間に全てなかったことにならないだろうか。
そもそもに荒唐無稽に過ぎる。こんなこと、夢で終わるべきはずのことではないだろうか。
だが、レイトンの鼻に届く薄い腐臭が、これは夢ではないと鼻の奥を叩く。
腐臭が耳に届き、死んだ使用人たちの言葉に変わる。いつもの夜、いつもの生活のあるとき、ふと命を奪われた彼らの日常の声が聞こえてくる。
蝋燭を吹き消した後に残った煙が消えるように、彼らの日常も消えてしまった。それと同時に、自分のものも。
道が断たれた、とレイトンは感じた。どのような場所に繋がっているかはわからないが、確かに歩んできた人生の道。その道が突然崩れ、ぽっかりと穴を開けてしまった。
どうすればいいのだろう。
まずは死んだ皆を弔って、それから、それから……。
『どうかプリシラを』。その言葉がまた頭に響く。
あまり見せない父の優しい声で。含み聞かせるような声で。
そしてその言葉の先に思い至り、レイトンは耳を塞ぎたい気分になった。もっとも、耳を塞いでも目が音を聞くし、そもそもその声はレイトンの中から響いていたのだが。
そうだ。
いつだってそうだ。ドルグワント家の仕事を始めて、いつも聞いていたもの。
いつもそうだ。自分たちに何かを求められたその時は、つまりそういうことだ。
相手がどれだけ好ましくても、どれだけ善良でも、自分たちはそれを成さなければならない。
それが枷だったのではないだろうか。そうしていたから、自分たちは自分たちでいられたのではないだろうか。
生まれてから今まで、固く、固く、父は自分に言い聞かせてきた。兄も、姉も、そう口にしてきたのではないだろうか。
相手がどれだけ愛おしくても。
「……なるほど。依頼なんだね、父さん」
ドルグワント家の宿命。
人を殺す。
それがドルグワントが出来る唯一のこと。
口に出せば道が開けた気がする。
これからどうすればいいかわからない。そんな行き詰まりが、どうにかなった気がする。
そうだ。
自分は暗殺者の一族、ドルグワント。ならば出来ることなど一つしかないではないか。
「依頼、か」
小さくレイトンは口にして立ち上がる。
それからのろのろと緩慢な動きで、葬儀を依頼するため、逃げるように家を後にした。




