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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
私の物語

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第三話

 



 後ろには倒れたテトラとオラヴ。

 そして目の前には、テトラの頭を踏みつけ今まさに砕こうと力を込めていた女性。それが転がり起き上がった膝立ちのまま、顔を押さえてこちらを見ている。

 戦場に似つかわしくない臙脂色のドレス。それ自体は統一された制服のようなものもなく、きちんとした『鎧』というようなものを身につけないこともあるムジカルとしては珍しくない。


 だが、と僕は身構える。

 実際に見たことはないが、伝え聞いていた特徴はある。四十歳前後の女性。露出の多い衣装。長く茶色い髪に、エッセンに多い白い肌。

 今この辺りにいる、とも聞いていた。僕が探している彼女。


 フラム・ビスクローマだろうか。やはり、目の前の女性は。


 女性が口元を手で隠しながら、目元を歪める。指の隙間からこぼれている鼻血も気にしていないようで、きっと唇も同じようにだが……嬉しそうに。

 もちろん、違う誰かかもしれない。ここを襲っているムジカル兵の一味の一人、かもしれない。

 けれどもそれでも、未だ誰だかはわからないが、警戒は必要だろう。


 なにせ、僕の殺す気の膝蹴りを顔に受けて、戦意すら失っていないのだから。



 僕は一歩踏み出す。

 そして違う誰かかもしれない。ここを襲っているムジカル兵の一味の一人、かもしれない。

 けれどもそれでも、未だ誰だかはわからないが、末路は決まっているだろう。

 僕はここに救援に来た。敵ならば、その末路は変わらない。


「貴方は……!」


 一歩踏み出すが、それに合わせるように女性の周囲の景色がザザと動く。実際には景色が動いたわけではない。ただ、地面や空に浮かんでいた羽虫や蛇たちが、一斉に彼女を守るよう集い、更に僕らを取り囲みに掛かっただけで。


 僕は一つ魔法を使う。女性の周囲の羽虫たちがぱたぱたと落ちていく。

 それでも変わらない女性は、相当な実力者だろう。既にこの空間、僕と彼女の周囲には、酸素が存在しないのだから。


「〈貴婦人〉様とお見受けしますが」

「そうよ」

 顔に添えていた手を女性が離す。既に血も止まっているのか、一度鼻の下を拭い払った手から飛んだ血の滴が、彼女の顔から流れた最後の血になった。

「貴方は、その顔、その髪、……〈赭顔〉のカラスね!?」

「その異名を名乗った覚えはありませんが、そうですね」

「そう、貴方から、貴方の方から……!」


 確定した。今目の前にいるのが、五英将〈貴婦人〉のフラム・ビスクローマ。

 ケラケラと笑いながらフラムが立ち上がる。ゆらゆらと彼女の周囲の空気が歪んで見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


「フフ、フフフフ……」


 やや俯いたフラムから漏れる愉快そうな笑い声。それに応えたように、周囲の殺気が色濃くなる。毒蛇は尻尾を揺らして威嚇をはじめ、大きな蜘蛛は腹を軽く掻き毟りはじめる。


「ッ! アハハハハハハハッ!」


 そしてただ一人、仰ぐように大きな口を開けて、フラムは笑い声を強めた。

「そう! わざわざ来てくれたの!!? 私に殺されるためにわざわざ!!」

「いいえ」

「すごく良い子ねご褒美を上げる! 貴方は抱き枕にしてあげましょう! 擦り切れるまで使ってあげるわ!!」

「はあ」


 抱き枕。それが僕を拉致しようとした理由だろうか。今決めたようなので、別の使い道があったのかとも思うが。

 しかし、それならそれで拉致を考える前に直接それを言えばいいのに。高貴な女性の抱き枕になる、とそれだけ聞けば、引き受けたいと思う男性もいる気がする。僕は嫌だし断るけど。死体でもいい、という話だったし。


 ひとしきり笑って気が済んだのか、唐突にフラムは哄笑をやめる。まだ張り付いたような笑みは口紅を塗られた唇に残っているが、目を少しだけ伏せて。

「ところで、ねえ。貴方はどう見える? 私綺麗?」

「突然ですね」

「私さっきからそこの小娘にいろいろ言われてすごく落ち込んでるの。答えてくれない? 答えによって、貴方の死体がどれだけ傷つくか変わるわ」

「別に人の美醜など気にしたことがないので……」


 一歩、一歩と僕はフラムに近づく。踏み越える必要もなく、毒虫たちが道を譲るように僕から一定の距離を取る。ちょうど今僕が展開している魔力圏を察しているように、そしてそこに留まった場合の自分の末路をわかっているように。

 今僕が展開しているのは片腕程度で、フラムは片肘に届かない程度だろうか。

 まだ触れあわない距離。数歩離れた距離だが、おそらく共に、既に何かしらの攻撃手段の間合いには入っているだろう。


「よくわかりませんが、お綺麗なんじゃないですか?」

 僕は一応フラムの顔や身体をじっと見る。別に貶めるようなところもない。

 寝不足やストレスの影響も少ない年相応の肌に、歯並びがおかしいわけでもなく鼻梁が曲がっているなどのマイナス点はない。茶色い瞳、その周囲を囲む白目にも不摂生を示すような色もない。

 ただまあ例えばルルとどちらが好みかと問われれば、圧倒的にルルに軍配は下るが。


「そう。ありがとう」


 フラムは僕の言葉ににっこりと微笑む。

 答えには満足したのだろうか。わからないが。



 自分に巻き付けるように腕を振りかぶったフラムが、僕に届かないところで振り払うように手を振る。同時に、僕の障壁に何かが鋭く当たるピシリという音と共に、僕の周囲を残して地面に鋭利で大きな傷が走った。


「貴方は若くてすごく綺麗よ! 苦しませずに殺してあげる!!」

「殺される気はないですね」

「アハハハ! じゃあどうするっていうの!? 報告にあった高熱の魔法かしら! それとも毒の魔法!?」


 どちらも効果はないだろう、とフラムは仁王立ちしたまま足を踏み鳴らす。

 後者はおそらく酸素遮断のことだろう。たしかに既に使い続けているそれは、何ら彼女に効果を及ぼしていないのだけれども。


 まあ多分、熱も。


「でもね、来るとわかっていれば……!!」



 フラムの言葉が止まる。僕が飛ばしたのは熱波、だがかなり弱い。

 フラムと僕の周囲にいた毒虫たちが、焼け焦げた皮膚に苦しみのたうち回る。その音が、あまり声などを出さない彼らの叫び声にも聞こえてきた。

 魔物使いであるフラムには、彼らの叫びも確かに聞こえているだろう。正直、僕の耳にも届いてきている。

 毒鳥が「熱い」と地面でバタバタと羽を動かしながら苦しむ声が。


「やはりこの街を傷つけない程度ならば無理ですね。消毒の意味も込めて、一度全て焼いてしまってもいいと思うんですが」


 フラムの魔法で変質した地面が、僕の魔法で更に焼かれて変化したのだろう。地面から黄色みを帯びた煙が巻き起こる。その吸い込めば咽せるような臭いに混じり、肉の焦げた臭いが周囲に漂う。

 それでもやはりフラムは無傷。周囲の建物に配慮し範囲を狭め、火がつかない程度に温度を下げてしまえばこの程度だ。


 僕も一応、このクラリセンには思い入れがある。

 オラヴを町長に据えたのは僕。そして未だに彼は生きており、ならばこの街は人間の街だ。あまり積極的に傷つけたくはない。



「…………私の……」

 いや、一応無傷ではないらしい。頬と額、あと鼻の頭か。顔の一部に第一度にもいかない軽い熱傷。おそらく少しひりひりする程度の軽い火傷に手を添えて、フラムが僕を睨む。

 憎々しげに、先ほどまでとは打って変わった鬼気迫る顔で。


「私の顔に……お前ええええぇぇぇ!!」

「ほぼ無傷。気にすることはないと思いますけど」

 というか、顔への傷ならさっきの膝蹴りの方がよほど重いと思う。既に治っているようだが、鼻も一度折れているようだし。

 ……顔よりも、肌を気にしている……のだろうか?

 その辺はわからないが、多分。


 それに。



 フラムの身体から凄まじい勢いで『嫌な空気』が放射されている。風というわけでもなく風圧も感じないし、臭いがあるというわけでもなく何かが放出されているわけでもない。けれども、何か嫌な感覚が体中を包み、……一瞬で、周囲の毒虫の焼死体が灰とも黴ともつかない何かに変じていった。

 魔力で身体を保護しつつ、僕はその中でまた一歩踏み出す。


 それに、彼女はもう肌の調子など気にしないで構わない。

 顔にこれ以上傷をつける気もない。


 フラムに近づいたからだろう、僕の髪の先も何か白く変じたように見えた。魔力で覆って保護しているはずの僕の身体に影響を及ぼす。まるでスヴェンだ。

 構わず僕はもう一歩踏み出し、拳を握る。


「私の美しさを、この、死になさい!!」

「嫌です」


 もう手を伸ばせば触れあえる距離。フラムの伸ばしてきた手を払いつつ、もう一歩踏み出す。思い切り力を込めて腹部に拳を打ち当てれば、引きちぎれるような感触と共に赤い血と臓物がフラムの後ろに向かって噴き出すように飛んでいった。





 僕は二歩ほど跳んで下がり、フラムが倒れるのを待つ。

 けれども。


「ゴ……プ……ェ……」


 フラムは倒れず、口から泡混じりの血を吐き出して僕を睨み付けていた。

 先ほどは勢いよく出してきた手が空中を泳ぐ。腹部の右半分は既になくなり、内臓の断端に加えて背骨まで見えているというのに、まだ。


 ちりちりと僕の袖から何かがこぼれる。先ほどフラムの攻撃を払ったときに、袖が朽ちたらしい。竜鱗の外套は無事なようだが、その下の木綿のシャツの肘から下が地面に落ちていった。


「な……で……しが……」

 フラムが僕を睨み付けつつ、何かを呟く。痰が絡む、というよりも損傷した肺からの血が気管を塞いでいるのだろうが、執念だけで何かを。

「朽ちて……のは、お前たちで……、私は、……わに、美……く咲く……のよ」



 なんとなく、痛々しくて僕は目を伏せたくなった。

 泣きそうな目には力が入り、血走っている。開いた口から止めどなく溢れる血で、歯の隙間は全て赤い線で彩られている。

 開かれている胸元には、滴る血が滑り落ちていく。

 僕がやったとはいえ、何というか、やはり痛々しい。


 恨みはない。だがこれが戦争だ。国のため誰かのために何者かが争い、互いに殺し合う。そして僕はルルのため、彼らを殺す。

 ……それもちょっと違う。ルルのために何かがしたかった僕のために、僕は僕の意思で彼らを殺すのだ。


 耳は塞がず、怨嗟の声を聞きながらもう一度僕はフラムに歩み寄る。

 巻き添えになるような近くにテトラたちがおらず、ここがクラリセンでなければ遠くから彼女を焼くことも出来ただろうに。


「…………」


 もう一度、と力なく執念のままに振られたフラムの手をパシと受け止め、僕は手に魔力を込める。

 内臓器官のほとんどを機能不全にしても、彼女は死んでない。再生は始まっていないようだが、以前聞いたスヴェンがそうだったように、彼女もその身体の大半を失おうとも死なないのだろうか。

 どこまでいけば死ぬかわからないが、一応は、まだまだ僕の攻撃は足りないのだろう。


 ならば、まだやる。

 首をはね飛ばすか、もしくは。


 ピシピシと甲高い音を立てて、フラムの身体が白く染まっていく。それと同時に、僕の周囲、既に灰に塗れた地面も、凝結した水分が黒く固まる。


 強く張った弦を弾くような音が周囲に響き渡る。

 ほんの僅かな時間のあと。フラムの胴体から血が流れなくなった頃には、彼女は苦悶の表情のまま硬直し、周囲と同じく、冷たく固い彫像のような物体へと変化していた。






「この! 糞ババア!!」

 フラムの彫像に、テトラが蹴りを入れる。地面ごと凍り付いているので倒れはしないが、蹴られた脛から下は木っ端微塵に砕けて散った。……これは溶けたときにそこそこ凄惨な光景になりそうだが。


「もう死んでますよ」

「死んでても……っ!」


 僕が止めると、フラムに向かうはずだった蹴りを曲げ、余った勢いでテトラは凍った地面にひびを入れる。以前の時は常人よりも少しだけ力持ち程度だった気がするが、今では大分『魔法使いらしく』なったと思う。


 泥濘みに沈むようにして倒れていたテトラは、固まった地面から掘り起こすように引き剥がして転がしておいた。それから既に近くに倒れていたオラヴの横に寝かせておこうと思ったところで、すぐに目を覚ましたわけだが……。


 テトラはおそらく魔力切れだったのだろう。簡単にいえば、疲れて眠っていただけ。腕や頬に若干の変質が見られるが、多分命には大事ない。

 僕が駆けつけたときにはまだ意識が消失する前だったので、眠っていたのは数分程度。しかしそれでも、動けるぐらいには回復したのだと思う。



 しかし、オラヴは。


 僕はしゃがみ込み、彼の首と口元に手をまた当てる。

 脈はある、しかし弱い。呼吸も弱く、喘鳴音もないのに息が細い。身体に見える傷口には、とりあえず毒虫の針や牙のものはない、と思う。本人に聞けていないし、服の中ということもあるかもしれないのでわからないが。


 こちらは衰弱。それもかなりの。呼吸器、おそらく肺に何らかの異常があり、その毒が全身に回っている。

 解毒薬、といっても何の毒か特定できない以上専用のものを作りようがない。この辺りで手に入る毒草でなんとかなるだろうか。


 おそらくフラムの毒だろうとは思うが、そうすると特効薬は存在しない。精々身体を養生させ、毒を排出させてあとは自然治癒に任せるしかない。


 生命力はある方だと思う。ならば、それでいけるとも思う、のだけれども……。

(時間がかかるかな)

 僕は内心呟き、周囲の音を探る。


 一応まだ街の中で戦闘は続いているらしい。戦闘というよりもエッセン軍の抵抗戦で、ムジカル軍の殲滅戦が。


 出来ているとも思えないが、避難は出来ているのだろうか。ここクラリセンには騎士に加え、大勢の一般人がまだ残っていたはず。

 森に逃げ込んだとしても……。



「ぎゃあああああ!!!」


 どこか遠くで叫び声が上がる。それを皮切りにして、僕の耳にも叫び声が届きはじめる。

 叫び声の種類が変わったのは、おそらく毒虫たちがムジカル兵を襲いはじめたからだろう。直属兵たちはまだしも、正規軍の中にはその程度でも凌げない人間たちが混ざっている。

 そして戦力として、一般人は彼ら以下だ。更に森の中に逃げ込んだとして、森は本来野生の動物の場所。毒虫たちに敵うわけもなく、一般の民間人は今やただの餌と化していることだろう。


 もちろん侵略に来たムジカル軍に手を貸す道理はない。

 ここにいたエッセンの騎士団や民間人に手を貸したいとも思えない。そもそも手を貸したところで手遅れだろう。生き残りはもはや今目の前にいる二人だけ、とも思える。


 仮に他の生き残りをどうにか残すため、戦闘を止めたければ、まずフラムが死んだことを戦場に示すこと。そしてエッセン側の統制を取れるだけの誰かが必要だ。



 そしてどちらも僕には出来ず。

 見上げた先にいた女性が、僕の視線に首を傾げた。



「……オラヴ、やっぱり悪いの?」

「強い毒に侵されています。自然にあるものではないようなので、……」


 養生が必要だろう。適当な毒消し数種に、点穴。それでどうにかなればいいのだが。

 その間オラヴの代わりをする誰かが必要、なのだが。


 思考の中で『だが』が続く。

 望ましいことがあり、それが何だかわかっているのに出来ない。もどかしさ。


「治療師のところに運ぶ必要があります」

 誰か生き残っていないだろうか。いないだろう。オトフシの話では、後方にいた治療師団をわざわざ狙いに来るほどの治療師嫌い。ならばおそらくフラムはまず、治療師の集団を襲ったはずだ。

 その上、治療師にどうにか出来るだろうか。たとえるなら、何らかの実証で肺が腐りつつある。残った毒素は今血中を周り、筋肉や他の内臓を壊し続けている。

 こっそりと肺を再生させてみたが、その後毒素ですぐまた壊れはじめた。これを治すのは、どちらかというと薬師の業だ。


 いやそれならばまず、やはり本人の回復力に頼った方が。

「気付けをします。闘気による賦活で、しばらくはどうにかしてもらわないと。テトラさんは、その後彼をどこかに撤退させて下さい……と、お願いしてもいいですか?」

「なんかあんたのほうが嫌そうな顔してるけど」

「…………」


 からかうようにテトラが言う。僕はその言葉に返せず、テトラの言葉の続きを待った。

「久しぶりだけど、やっぱりあんた見た目しか変わってないわね。やっぱり勝手なやつ」

 地面の滑り心地を靴で確かめて、それからテトラは一度大げさに震える。

「言わなかったところわかるわ。今もまだこの街には戦ってる人がいるけど、見捨てろってことでしょ? 私が、それにオラヴがそれを嫌がることをわかってて言ったのよ、あんたは」

「どうしますか」

「あの時と一緒ね。私がどうしたいかなんて聞かないんだから」


 僕とテトラの視線が交わる。ここまでに視線が交わっていたことは何度もあるはずだが、僕は何故だか今初めて目が合った気がした。


「あんたはどうするの?」

「目的だったフラム・ビスクローマの討伐は成功しました。救援は終わりです」

「そう」


 答えになっていない僕の答えに納得したようにテトラは頷いて、それからゆっくりと僕に手を伸ばす。

 それから勢いよく襟を掴まれ、引きずるように立ちあがらされた。


「助けてくれてありがとう。感謝のしようもないし、あんたが望むなら私は何でもする。あんたの頼みなら、私は今からオラヴを連れてライプニッツ領に撤退する」

「それはどうも」


 オラヴを挟んで、テトラに思い切り胸ぐらを掴まれて引っ張られている。

 口付けでもしそうな距離。敵意はなさそうだが、それでも怒られているような、そんな感覚。


「でも、じゃあ私からお願いするわ。このクラリセンにいるムジカル兵を、全員やっつけてちょうだい。悔しいけど、あんたは私には無理って思ってるらしいから」

 突き放すようにテトラは僕の襟から手を離す。そして、両肩に手を乗せ項垂れた。

 僕は内心腑に落ちた気がした。……無理、だとは思っていないが、たしかに僕はそう思っていたのだろう。オラヴは僕が運んでもいいわけだし、わざわざ彼女に運ばせようとしたということは。

 というかそもそも、魔力切れに近い彼女に戦えというのも無理な話だ。

「この街をこれ以上滅茶苦茶にされたくないの。フラムを殺したあんたなら大丈夫なんて言わない。あんたでも死ぬかもしれない。それでも、あんたが死のうが、私はこの街の方が大事なの」

「…………」

「頼める?」


 顔を見せないまま、テトラが尋ねる。僕はその旋毛を見下ろし、それから視線を逸らして溜息をついた。

 当面の危機は去った。残る五英将はイグアルとラルゴだが、ラルゴはそろそろスヴェンが当たっている頃だろう。イグアルは聖騎士たちが攻めるという、ならばほんの僅かならば。


「……善処はしましょう」

「そう。引き受けたってことね」


 とん、と僕の肩を僅かに押して、テトラは一歩下がる。それからようやく笑みを見せて、オラヴを担ぎ上げた。少女といえる彼女の体格で、大男を担ぎ上げるのはなんというか、重そうだ。子供が大きな草を担いでいるような微笑ましさすらある。

 抱えられている大男は、死にかけているのだが。

「気付けは魔術で道中私がやるわ。オラヴだって、きっと目を覚ませば戦うって言い出すに決まってるから」

「そうですか」


 それならば、なおのこと一刻も早くここから立ち去ってほしい。

 オラヴは一刻も早く毒素を体内から排出させなければならない。


 抱えたテトラが歩き出そうとして振り返る。

「久しぶりに会ってこれで別れるのもなんか変なもんだけど、……重ねて言うわ。ありがとう」

「どういたしまして」

 そしてテトラも早く立ち去るべきではないだろうか、僕を早く戦線に投入したいのであれば。

「生き残ったら、また会いましょう。お礼はする。あんたが望むなら何でもする。私の腕でも胸でも命でも、何でもあんたにあげるわ」

「いりませんけど」

「…………」


 じとっとした目でテトラが僕を見つめる。

 いや、わかってる。腕でも胸でも、という慣用句はそれなりに重大なものだ。それくらい感謝している、という。それをすげなく断るのも、なんとなく嫌なものなのだろう。

 しかし。


「……大きくなったわね。今じゃあたしが年下みたい」

「テトラさんはあの時のままで」


 だから、早く行かなければいけないのではないだろうか。

 僕はあまり気にしないが、今この時であっても彼女の大事なこの街が破壊されつつあるのだから。


「…………わかってると思うけど、これは戦争よ。死なないでね」

「わかってるので、急いで下さい」


 焦れてきた僕がそう言うと、テトラも察したのだろう。大の男一人を担いでいるとは思えない身軽さで駆け出す。

 魔力はまだほとんど回復できていないだろう。しかし、逃げるだけならばあれならば大丈夫そうだ、と僕はその小さくなってゆく影を見送った。





 振り返った先では、どこかから金属音が聞こえてくる。武器を打ち合わせる音、ということは戦いは続いている。それも、絶対にムジカル軍が優勢の戦いが。


 五英将は一人殺したが、それでもこの戦争は未だムジカルが優位。

 これからもまだまだ人は死ぬだろう。

 テトラに言われずともわかっている。これは戦争。人が死ぬ。


 オラヴとテトラが助かったのは運が良かったのだろう。僕が知っている人間が死なずに済んだ。それはたしかに僥倖だ。


 だが。



「誰も死なずに終わればいいんですけど」



 僕は呟き、悪い予想を打ち消すように首を横に振る。

 それから視界の中にいた毒鳥に声をかけ、この街での僕の仲間を募った。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 6年ぶりぐらいの登場だけど、やっぱりテトラはテトラでしたねw [一言] フラム瞬殺で格の違いを見せつけてくれましたな それでも今回周囲への被害を抑えてだったのでやっぱり全力ではないんですよ…
[良い点] 戦いの描写がカラスの強さを表していていいです 力の差があるならボスでもちゃんと苦戦せずに倒すところが、なろうだと珍しい気がします。 [気になる点] 相手が聖騎士団長でも、下位の人ならフラム…
[良い点] 瞬殺されるフラムおばさん。笑 [気になる点] オラヴとテトラ、ギリギリ・・・セーフ? (まだ確定してない) カラスも不穏な事言ってるし。 [一言] まあ、オラヴは助かっても寝たきりに…
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