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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
私の物語

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試練

五英将本編。




 古今東西世界を問わず、盤上遊戯(ボードゲーム)の上級者はある特殊な技能を持つことが多い。二人、もしくはそれ以上の複数人で行われる目隠しによる対戦である。

 棋譜を読み上げ、互いの頭の中だけで駒を動かす。

 完全情報であり運の要素を持たないものに限られるが、盤上の動きを目を閉じた暗闇の中で想像のみで再現出来る者たちの戦いは、時に口頭で完結するものだ。



 木の幹に背をつけ、ラルゴ・グリッサンドは目を閉じる。腕を組み、眉を寄せるその姿は不機嫌にも見えるが、そうではない。

 ただ彼は今、頭の中で戦場を再現しているのだ。

 大きい場所では半径三百里(約150km)以上にもなるこのネルグの森で現在行われている戦闘、その全てを。


「報告いたします! 現在イグアル様動き出した模様!」

「第八十七開拓村より南東二里六十二十の戦闘あり! 負傷四!」

「四十八から三十九! 五部隊が三里!!」


 暗号混じりに符丁を交え、簡潔にした報告を部下たちがラルゴの前で読み上げる。

 その度にラルゴの脳内で情報が更新され、戦場の姿が鮮明になっていく。


 

 くっきりとした大きな目をぱちりと開き、ラルゴは重々しく口を開く。

「イグアル隊の戦力が足らない。後詰めとして十二番隊を補充させろ。……いや、魔法部隊がいい、十三番も加えて。負傷者は南西へ、サンゴ隊へ吸収。以後騎爬編成」

 一息に指示を出し、部下たちはそれに応じる。

 部下たちは全員魔法使い。ただし、それぞれが索敵や諜報、移動などに秀でた彼の持つ『通信兵』である。


 返答もそこそこに、影のように部下たちが散る。それを見つつ、ラルゴは隣にいた直属兵の一人を見た。

怪鳥(ジズ)の手配は」

「既に発ちました」

「いいだろう」

 ラルゴは悟られぬよう安堵の息を吐く。手は打てた。これで大凡戦場の趨勢は決することが出来たのだろう、と。


 戦場における戦術の基本は、分断と各個撃破。ラルゴは今回それを忠実にこなして見せた。

 五英将二人で叩くことにより、聖騎士団が落とされた緊急性を悟られないことに成功した。更に無防備な聖騎士団を電撃的に落とすことで混乱させることに成功した。

 結果、現在聖騎士団は残り六つ。だがクロード・ベルレアンの指示で、聖騎士団はまとまり始めた。

 ならばそれは手強くもなるが、動きに柔軟性のない三つの群れになるということだ。そこまではラルゴの狙い通りに。


 更に、孤立した第七位聖騎士団と第八位聖騎士団は今日潰えるだろう。

 夕暮れまでにはフラムは前線基地を建設し、残った残存勢力を南から圧迫、包囲する。明日を境に、ネルグ内に残存するエッセン兵は北にネルグ、南にムジカル兵という包囲網の元殲滅されていくだろう。……というのがラルゴの予測だ。


 後の不確定要素、〈赭顔〉または〈静寂〉のカラス。

 その対応も間違ってはいない、とラルゴは信じる。如何に強大とはいえ、彼は所詮個。足手まといの聖騎士団を連れたまま、聖獣と戦うことは難しいだろう。

 彼も狙い通り、ネルグ端に既に到達したという。彼らの予定よりも早く、そしてこちらの予定通りに。


 勇者は第九位聖騎士団に保護されたまま。こちらはカンパネラに任せておけばいい。

 あと手こずるとすればクロード率いる第二位聖騎士団だが、トリステを使った攪乱で混乱の最中、……のはず。


 

 ラルゴは森の奥を見つめて考える。

 これでよいのだろうか。手は打った。敵勢力の半分以上は今日壊滅し、ネルグ内でのエッセン対ムジカルは決着がついたも同然だろう。

 明日以降始まるのはおそらく簡単な追撃戦。そして続くのはエッセン内地への侵攻戦。トリステが第三位聖騎士団エーミール・マグナに対しどれだけ善戦できているかにもよるが、簡単な。


 流れはこれでいい。流れは作った。

 だがこれでいいのだろうか。まだ出来ることがあるはずなのではないだろうか。

 まだ警戒すべき何かがあるはずなのではないだろうか。有能な部下たちや、自身の予測をすり抜けこの首元に迫る刃が、何か。



 そうラルゴの考えが及んだのは偶然だった。

 しかし、ちょうど、部下の叫び声が聞こえたのは、ラルゴには偶然とは思えなかった。



「敵しゅ……!!」



 ザシュ、と大きな刃で肉を切った音がする。それで途絶えた部下の声に、ラルゴはそこに目を向けるまでもなく、その部下の結末を悟った。


 濃厚な血の臭いがラルゴの鼻に届く。青臭いネルグの臭いに麻痺していたかのような嗅覚が、瞬時に復活した気すらした。


 森の奥、暗がりから一人の男が歩み出てくる。

 長身、銀髪、武器はなくただその手の先にいくつもの球状の物体をつり下げている。

 その手の先にあるのがどれもが部下たちの頭部だということに気付いたラルゴは、警戒に目を細めた。


「探すのが簡単とは言ってくれるな。中々骨が折れる作業ではないか」

「……お前は?」

「やっと見つけたぞ、ラルゴ・グリッサンド。我が輩はスヴェン・ベンディクス・ニールグラント。恨みはないが、貴様を殺しに来た」


 スヴェンが放り投げた死体の頭部が地面を転がる。それを両者とも見ることもなく、二人は視線を交わして静止した。


「スヴェン……〈鉄食み〉スヴェンか」


 納得したようにラルゴは頷き、木の幹から背を剥がす。

 そして次の瞬間、その木の幹が一刀両断にされたのを見て身を翻して跳んだ。



「失敗!」

 その木の幹の向こうにいたのは金髪の男。その手に持つ大剣は、ラルゴの部下が持っていたもの。

 その現れた男、レシッドの悔しがる姿を見て、スヴェンが大きく溜息をつく。

「だから貴様の稚拙な策など通用しないと」

「やってみる分にはただだろーが」

 呆れたスヴェンの言葉に文句を言いつつ大剣を放り、レシッドは即座に後ろに跳んで距離を取る。たしかに、とも内心同意しながら。

 完璧な奇襲だったはず。スヴェンに気を取られ、こちらには一切の注意を向けていない中で。それを目の前の男は回避した。……さすが五英将、と賛美の言葉までもがレシッドの中で吐き出された。


 スヴェンがラルゴにふらりと飛びかかる。その手はただ握られているだけだったが、その鉄槌のような拳がラルゴには恐怖の徴に見える。

 瞬間、ラルゴの足が沈む。地面に張り巡らされたネルグの根の隙間を踏んだその分だけラルゴの頭が下がり、その上をスヴェンの拳が通り過ぎる。


 パン、という衝撃波を受けてラルゴの顔が歪む。

 背後で派手な音を立てて、衝撃波で崩れていく木々の姿を想像したのも合わせて。


 黒髪が乱れるのも気にせず、転がるようにラルゴは地面を進む。

 だが、そこには。


「……っ!」


 レシッドが短剣を振る。その軌跡を避け、更にラルゴが転がった先には木の幹があった。

 激突を誤魔化すように背中を幹に叩きつけ、ラルゴは止まる。一息をつく、という風にずりずりと背中を擦りながら立ち上がれば、殺気を帯びた二人が数歩離れた場所で待っていた。


「恐ろしいな」

「仮にも五英将というものだろう? この程度で」


 ケラケラとスヴェンは笑う。まだ目に見える魔法も使っておらず、ただの人間にしか見えない目の前の男を嘲笑うように。

 だが、この程度ではないはずだ。そうスヴェンは信じている。五英将、ムジカルで最も畏れられる五人の一人、その筆頭。この程度ならば期待外れというほかない。


 一方、レシッドは何かに危機感を覚えていた。

 遊びに掛かっているスヴェンとは違い、自分は殺す気だった。殺すつもりで奇襲をし、更に攻撃を加えたはずなのに。

 目の前の男は、単なる町人の雰囲気しかない。手加減をしても殺せるような、そんな弱々しい雰囲気しかない。


 なのに、自分の攻撃を、更には遊び半分とはいえスヴェンの攻撃を避けて未だに無傷。

 何故。



 ラルゴがレシッドに向けて腕を振る。

 動きに合わせ巻き起こるは突風。それも塵埃を含んだ。


 反射的に目を庇い、レシッドはラルゴから一瞬視線を切る。そしてラルゴは、振りきった腕を戻すような動きのままにスヴェンへと飛びかかる。


 スヴェンももちろん身構える。

 ラルゴの軽い突き。武術をわずかに修めている程度の素人のような動き。僅かに半歩下がれば当たらず、そもそもその速度からして常人と大差ない動き。払うようにすれば簡単に捌くことが出来る。

 にもかかわらず。


 スヴェンの胸に大きな衝撃が走る。

 もともと逃げる気のなかったスヴェンだったが、その衝撃に顔を顰め、そして次の瞬間には。


「ぅ……!」


 凍り付いたかのように胸から冷たさが広がる。

 そしてその上、四肢にまで冷たさが広がっていく。まるで遙か昔に無用になった心臓の動きを止められたかのように。


 胸に何かを差し込まれたような痛みに動きが止まった次の瞬間、スヴェンは何かに弾き飛ばされたのを感じた。背中に感じる衝撃は、木々をへし折り進むもの。転がる地面はネルグの根の凹凸。茂みに突っ込んだザリザリとした感触。


「んのっ!」


 スヴェンがやられた。

 そう判断したレシッドは、即座にその無防備に見える背中に切り込む。


 しかし。


(は?)


 レシッドの胸中に驚愕が満ちる。

 踏み込んだ足が何かに引っ掛かり躓く。一瞬遅れた反応に、ラルゴが振り向くだけの隙が出来る。

 そしてその奥から覗き込むような眼光に、先ほどまでの違和感の原因を悟った。


(擬態か!!)


 レシッドの短剣が空を切る。黒々流の基礎を修めた彼の神速の剣を、ラルゴは全て躱して見せた。全く下がらずに、踏み出しもせずに。

 明らかな武術の素養。これが話に聞く円武とやらだろうか、などとレシッドが考え始めた頃には。


 レシッドの身体に影が差す。それが何かしら自分に迫るものだとわかってはいたが、それを避ける間もなく、背後と左右から何かがぶつかったのがわかった。

 押し潰すようなそれは、近くに生えていた胴よりも太い木の幹が折れたもの。それに、先ほどレシッドが切り飛ばした木も含めて。


 闘気を帯びたレシッドには、その程度危険なものではない。

 だがその意表を突いた攻撃に一瞬手が止まる。その隙に、ラルゴは飛び退き茂みの中に身体を半分埋めた。



「強者二人相手に二対一は、賢いとはいえないな」

「……逃げんのかよ」

「逃走ではない。一度態勢を整えるだけだ。追ってくるか?」


 レシッドの挑発に乗らずラルゴは笑う。レシッドが追ってこられないことを確認し、茂みの奥に駆けだしていく。

 やはり自分だけでは無理だ。いつの間にか受けていた腹の痛みが蘇ったレシッドはそう感じ、スヴェンに目を向ける。

 大した怪我でもないスヴェンは、服についた葉や柴を払いながらレシッドに歩み寄ってきていた。


「逃げられたな」

「あんたは大事なさそうだな」

「心臓を止められただけだ。我が輩にはそう効果もない」


 スヴェンは茂みの奥を見遣ってにやりと笑う。

 心臓を、という言葉に顔を引きつらせたレシッドは無視し、打たれた胸をすりすりと撫でて、スヴェンはその痛みを反芻した。

 弾き飛ばされた力は、魔法使いが共通して使える単なる念動力だった。しかし、単なる念動力で動くスヴェンではない。魔力は魔力への抵抗力。小物の念動力ならば、簡単にかき消すにもかかわらず。


(まるでカラスの念動力ではないか。あの日、我が輩を止めた)

 

 スヴェンの目が笑みで歪む。

 あれを克服できれば。あれを克服しなければ。

「追うぞ。あの様子では仲間を集めるだろう。その前に狩る」

「俺やっぱ帰っていいか?」

「行こうか」


 レシッドの言葉を無視し、スヴェンがレシッドの頭を撫でるように掴む。

 引きずられ「あー」と小さく意味のない言葉を発するレシッドと楽しげな笑みを浮かべるスヴェンは、茂みの奥へと分け入っていった。





(戦闘組をもう少し残しておけばよかったな。この分では、残っている分は全滅だろう)

 二人から少しだけ離れた開けた場所で、ラルゴは一息ついて立ち止まる。

 招かれざる客が来た。ならば計画を少し変更すべきだろうか、などと考えつつ。


 計略や軍略が、その予定通りに行くことなどまずない。そうラルゴは知っている。必ずどこかで誰かの邪魔が入り、時には中止にせざるを得なくなる。計略とはそういうものだ。


 つまり今、試練が来た。計略を立てて、それを実行する。その際に必ず訪れる障害が。


 思い通りにいくはずがない。だからこそ軍略家たる自分は思考を止めてはならないのだ。そう信じ、今までもいつでも実行してきた。

 それが全てを成功へと導く、〈成功者〉という自分を作り上げてきた。


 試練は訪れる。トリステは既に挑戦し、イグアルにも、フラムにもこれから。

 戦争だ。必ず戦闘は起こり、そして相手は無力な者たちではない。五英将にも予期せぬ事態はある。必ず。

 

 そしてそれは、自分の下にも訪れた。


 勝てるだろうか。俺は。

 勝てるだろうか、イグアルは、フラムは。

 勝っているのだろうか、トリステは。


 そんな弱気な思考が現れたのを感じ、ラルゴは無理に笑みを浮かべた。

 大丈夫だ、私は〈成功者〉ラルゴ・グリッサンド。必ず最後には成功する。あの二人の襲撃者にも勝利できる。勝てる勝てないではない。勝つのだ。


「さて、どうやって勝とうか」


 あの二人にも、この戦争にも。



 つまらない戦争に訪れた楽しい時間。

 どうか簡単に終わってくれるな、とラルゴは祈るように目を瞑った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦争編のシナリオムジカルの顔ぶれ紹介みたいな感じでエッセン側に甚大な被害出てるしカラス君組居なかったらボロ負け感が凄いですね 激動の展開が多くて見てて楽しみが尽きないです
[一言] 魔力圏で得られる情報を全て脳内で演算して行動してるのか? やっぱ範囲攻撃で蒸発させるのが1番楽かね
[一言] さらっと出てるけど、怪鳥って焦熱鬼さんの同僚じゃないですかやだー カラス一行と別々になったオセロットさんどうするんだ 聖騎士団長二人でも無理そう 魔王軍関連ならママンが来てくれるか?
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