プロローグ・ぷくぷくお池
素で投稿を忘れてた(したつもりになってた)話ですが、本編の流れに影響はないです。
真っ白な服を纏った二人の子供が、共に白い部屋を歩く。
その服が『ワンピース』と呼ばれる服ということは、彼らと仲のよい『れでぃ』に聞いた話だ。
二人の子供は瓜二つ。まだ男女の性別もわからないほど幼い顔貌は整っており、どんな子供に彼らの印象を尋ねようとも否定的な感想は返ってこないだろう。
大きな目、小さな鼻、唇は薄い桜色。肌は白く、それでも不健康という印象も与えない。
同じ日に生まれ、同じ身長、同じ名前を持つ。
ただ、彼らに一つ異なることがあるとすればその髪の毛。
片方は長く、片方は短い。
彼らエインセルは、パタパタと背中の昆虫の羽を揺らしながら、一枚の手紙を二人で持って歩いていた。
「おはよう」
「こんにちは」
扉をくぐれば白い部屋から緑の部屋へ。床と壁、それに調度品まで全て緑で染められた部屋には、誰もいない。
ただし、その中央に置かれた小さな机には、一輪の薔薇が生けられていた。
「こんばんは」と薔薇が囁く。
それから薔薇は、エインセルたちが二人で運んでいる手紙を見つけて首を傾げた。その『首』は、ほとんどの大人は見えなくなってしまったもの。
「そうなんだ」
「そう、お手紙」
エインセルは薔薇の疑問に答える。その答えにも、珍しいね、と薔薇は返した。
エインセルはうんと頷いた。
珍しいことだ。ここ妖精の世界、月には物が持ち込まれることは少ない。人間エインセルのように地上世界の各所に仕掛けられた扉から迷い込んでくる動物はいるものの、それ以外を持ち込もうとする発想自体が妖精にはない。
少なくとも妖精エインセルにはない。
あるとするならば、ここ月の世界で、ただ一人だけ肉の身体を持つ彼女。
「じゃあ、エインセルは、アリエル様の所に急いでいるから」
「急ぐから」
まだいくつも部屋を超えなければならない。
エインセルは薔薇に挨拶をし、部屋を出る。薔薇はそれを、手を振って見送った。
月の部屋の数は限りなく、妖精たちは今はもう数少なくなってしまった。
そのため妖精たちはこの月の部屋のどこでも好き好きに使うことが出来る。
その中でもアリエルの部屋は、『満月の間』と呼ばれている。そこは、満月の日の地上が見下ろせる唯一の場所。また、満月の日に地上から見上げられる場所。
「アリエル様ー」
「アリエル様ー」
エインセルが、その扉の前で呼びかける。それから扉を叩く。『れでぃ』の部屋には、そうやって入るのが礼儀だとはこの部屋の主から聞いたことだ。
そして返事を待つのが礼儀だとは、エインセルたちは聞いていたが忘れていることだ。
開いた扉が水をかき分けて飛沫を上げる。
波が扉の枠を越えようとして、そこで蒸発するように消えていった。
「あー、また」
「また泣いているんだね、アリエル様」
エインセルは顔を見合わせる。いつものことだ、という半分諦め、そして理解できない、という不可思議さに。
エインセルが見た先には、広い部屋だった場所がある。駆け回ることが出来る程度に広く、そしていつもは平坦だった部屋。周囲は丸く、壁は垂直ではなく坂のように天井につながっていた。
天井は透き通っており、そこから光る点がいくつも見える。それは天にある星ではなく、地上にある星。
平坦だった部屋。しかし今は、そこはピチャピチャと僅かに波を立てる水面が覆っており、その中央には覗き込めば引きずり込まれそうなほど深い穴が開いていた。
パタパタと羽を揺らし、エインセルが宙を舞う。
部屋の中央に向かい、そこから立ち上る泡を見て、二人で叫んだ。
「おーい! アリエル様ー!」
「アリエル様ー! カラスからお手紙きたよー!」
叫び声が部屋に響くが、水中、穴の中から返事はない。
ただその代わりに、ぷくぷくと泡が湧き続けていた。
エインセルは顔を見合わせる。
「あとにしましょうか」
「そうするしかないね」
たまにあることだ。この満月の部屋が、アリエルの涙で埋まることは。
とある夜、ふと勇者三島直光を想い、部屋ごと枕を濡らすのは。
「今度はどれくらいかかるかな?」
「前回は七日くらいだったから、今回は三日くらいじゃない?」
「三日? そんなに待てないよ」
エインセルの片割れが、ぷくと頬を膨らませる。
子供の三日。それは、永遠とも呼べる遠い先の話。
エインセルにもそれはわかる。じゃあ、と予測を変更し、
「じゃあ三百年くらいにしとこうか」
「それならすぐだね。そうしよう」
頷きあったエインセルは、揃って小さな帆船を想像し、その上でじっとアリエルを待つことに決めた。




