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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
人外の世

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請い求め




 夜。捕虜だった者たちも含め、ほとんどの者にとっては大事な休息の時間。

 僕たちは聖騎士団の半分ほどや騎士団有志たち二百程度と共にムジカル軍の元陣地近くに残り、その警護に参加することになった。

 参加するといっても実務上も理由上も積極的なものではない。陣地から少し離れたところで寝泊まりし、そちらから魔物や人間が来たら迎撃する、という程度の加勢。そしてその理由としては、ソラリックが日暮れ過ぎまで捕虜たちの治療に携わっていたから、というものだが。


 ソラリックたち治療師は、今日は治療師団の使う陣での泊まりだ。多くの場合後方で治療を担当する彼らがここ前線に来るというのは本来危険で避けたいことだが、僕としては今回はありがたい。彼女ら向けの寝場所を探す必要がないという一点で。

 今日に関してはつきあう必要はないし、彼の要望もありレシッドも騎士団たちの陣幕での寝泊まりだ。ろくな戦闘をしていないとはいえ野外活動は人間の体に疲労をためるし、屋根があるだけでも少しは体は休まるのだろう。活用してほしい。

 ちなみにスヴェンは森でいいという。僕と同じく。




 城の跡地近くにいくつも立てられた陣幕。そこは今静まりかえり、周囲にちょこんちょこんと立てられた松明の明かりで緩く照らされている。

 このネルグの中では本来、日も落ちた時間帯にはすぐに食事を済ませて寝るべきだと思うしそうしてきたが、今日は皆そうしない。遠目に陣幕自体が光って見えるほど中は明るくされ、そこから聞こえる音からもおそらくまだ皆起きているのだろうことがわかる。



 城に一部残っている見張り台や、複数人による付近の警邏。そして聖騎士団員十人ほど。八人ほどの治療師には三人の僧兵もついているし、一応僕も治療師二人の身を案じ残ってはいるが、それだけいれば本来安全上も僕の出番はないと思うのだが。


「……で、何の用です?」


 夕食を取り始末を終え、陣を見守れる木の上で休息を取ろうと枝を集めてベッドを作っていた僕に向けて呼びかける声があった。

 大人三人分ほどの高さの枝から覗き込めば、ソラリックの目がしっかりとこちらを見ている。魔術師の魔術と同じく治療師の法術にも感覚を強化するものがあったと思うので、おそらくそれを使っているのだろう。


「ちょっとお願いが。来てもらえますか」

「可否に関してはここでお答えできると思うので、簡潔に用件をどうぞ」


 言いつつも、さすがに上から見ているのは無礼だろうと思い直し、僕は飛び降りる。服の端が引っ掛かってしまって枝を組んだだけのベッドが少し壊れたが、また後で直せばいいや。

 僕は促すが、ソラリックは緊張したように動かない。その喉が一度動いたのだけは見えたが、決意したような瞳が何を考えているのかはわからない。

 それでも既に決意しているのだろう。その逡巡は、言うか言うまいか、ではなく、おそらくどう切り出そうか、だろう。


 そして一度森の奥の梟の鳴き声を聞いてから、ソラリックは口を開いた。

「治してほしい方がいるんです」

「お断りします」

 ソラリックの言葉を聞いて、僕は即答する。もちろん次の瞬間に『言い方がまずかった』とは思ったが、その答えはきっと変わらない。

 苛ついたのだろうか目を細めたソラリックに向けて、今度は僕から口を開く。

「私は一介の薬師です。治療師様方がいらっしゃる以上、私に出る幕はない」

 治療の業は薬師よりもやはり治療師だ。怪我はもちろん大抵の病にも彼らは精通している。予防医療として消毒や虫払いなどは行えるとしても、戦場においては薬師の業は大抵役立たずといっていい。

「でも、カラスさんは法術を扱えますよね」

「残念ながら、私は聖教徒でもありませんし、学んだことはありません」

「扱えますよね」


 念を押すように、ソラリックが繰り返す。

 何だろうか。先ほどまで治療に従事していたから疲れている、などという感じではなく、何というか気が立っている感じ。

「本当ですよ」

 だがつきあう気もない。残念ながら僕も大きな魔法の使いすぎで本調子ではない。やはり《山徹し》は使い慣れなければ扱いづらい。万全な状態から手加減しても、十発も放てないだろうか。

「治療のことならば、わかっているとは思いますがパタラ様にご相談ください。野草採取程度なら私も協力させていただきますが」

 今すぐに必要なものがあるとするならば、傷薬や栄養剤だろうが。しかしそれも治療師は持ってきているだろう。特に要請されてここへきた治療師団がそういったものを持っていないはずがない。

 そして彼らの位階は知らないが、おそらく治療師としてはパタラの方が格上。仮にソラリックにどうにも出来ないものがあっても、彼ならばどうにかなるだろう。


 ソラリックは僕の言葉に首を横に振る。どちらにだろうか。

「法術が必要なんです。私には使えない位階の……」

「ならそれこそパタラ様にまずお願いするべきですね。もしくは治療師団の他の方に」

 僕は出来る限りにこやかに応える。

 冗談ではない。法術の使用を求めるならば僕は尚更適格ではない。



 魔術を学ぶ機関が魔術ギルドに限定されているように、法術という技術は聖教会に独占されている。

 その技術を扱える者は名簿や何かで管理されており、逆に言えば管理されていない者は扱ってはならない。

 そして法術を扱えるとされる者は、必ず聖教会で修行した治療師だ。

 治療師ではない人間が法術を使う。もちろん僕がムジカルで人を治療したようなことや、ミーティアで独自に発達したというドゥミたちの使う治療術のように聖教会の目の届かないところであれば問題はないが、聖教会の目の届くところであれば大問題だ。

 法術を使える。なのに、治療師ではない。


 それはつまり昔に法術を学んだのに破門され治療師ではなくなった。もしくは秘匿されている技術が流出し、その人物はそれを学んだ、ということ。

 前者は破門から明確に異端の烙印を押されているはずであり、聖教会にとっては追放の対象だ。後者はその技術を流出させた戒律違反の人物がいるはずであり、異端尋問の対象でその者自体も聖教会にとっては異端の対象だ。


 一宗教に異端者とされる。本来その程度は取るに足らないことのはずだ。

 それこそムジカルやミーティアのような場所であれば何ら問題はない。だから僕もムジカルでは薬師といいながらも魔法を使い人の治療を気にせず行えた。


 だがこの国では別。

 聖教を国教とし、王城へ招き高い地位を与えているこのエッセンでは、異端という烙印はそれなりに重い。治療師の戒律は法的根拠こそないものの、異端者ともなれば村八分というようなことも平気で起こる。治療師に暴行を働いた者などが私刑の対象になっても誰も気にしない程度には。

 王都で露店を営み子供たちに親しまれていたエウリューケなども、その素性が知れ渡れば本来誰も近づかなかっただろう。

 ……エッセンよりも西の方には、聖教会の聖地とも呼べる総本山がある国があるという。そこならば、もっとその迫害は厳しいものになるだろうと思うけれど。



「『お願い』の詳細はわかりませんがお断りします。そもそも私は治療師でもなく、法術など使えませんので」

 本当のことだ。法術の根拠となる聖典には事実も書いてあると思うが、信じることは僕には出来ない。僕が使っているのは法術ではなく魔法。似たような事象を起こすことは出来るが、彼女らと同じ、とは中々いかないだろう。

「ご足労いただき申し訳ありませんが、お戻りください。出来れば今日も早めにお休みになられますよう」



「…………っ!!」

 遠くから、悲鳴にならない悲鳴が小さく聞こえた。

 陣幕のほう。そこに僕がなんとなしに目をやれば、ソラリックもそれを目で追った。


 小用か何かだろうか。陣幕を出た女性が近くにいた騎士に鉢合わせし、驚き躓き尻餅を打った。簡素な衣服から、元捕虜だろう。そして騎士は男性。

 騎士は手をさしのべるが、怯えるようにして女性はその手を取らない。多分、彼女が無礼というわけでもないだろう。理由はわからなくもない。


 ソラリックはその様を遠目に見て、下げた拳を握りしめる。

 それから僕の方を振り返り、涙を堪えているような表情で睨むように見た。


「一等の私にも、上等のパタラさんにも、《再生》は使えません。でも、貴方なら……」

「ですから、使えないと申しております」

「だってあの時は……!!」

 いきり立つように大きな声を上げかけて、ソラリックは言葉を止める。夜のこの森では大きな声を出してはいけない、というのは覚えておいてくれたらしい。

「…………何でですか」

 だが小声になっても話題は変わらない。その話題も、正直僕には見当がつかないのだが。

 僕はわからず首を傾げる。

「あの時、というのは?」

「二年前リドニックで……!!」


 ……。

 リドニック。それに《再生》。

 …………。


 あれか。


 単語を並べ、少しだけ考えて、僕は思い出す。《再生》を使ったというのは、多分。

 マリーヤとグーゼル。それにヴィロディアの前で。

「職人の指のことでしたら勘違いでしょう。噂などを信じませんよう」

 リドニックで治療したものといったらそれだろう。銃の開発中実験中に指を飛ばした職人の姿が哀れで、そして僕に先はないと思っていたから思わず治してしまったあれ。噂が流れたともどこかで聞いた気がするが、今思えば迷惑なことだ。

 しかしソラリックもあの場にいたということか。奇遇な。

 

「私は! 本人から直接聞いたんです!!」

「…………それ以上その言葉を口になさらないでいただきたいです。私は今回、聖教会に睨まれたくはないので」

 僕は口元を押さえて思考を続ける。

 それが単なる噂でもないと彼女が確認しているのであれば、僕の立場はまた危うくなる。そもそも彼女自身が、僕の弾圧に荷担してもおかしくないものなのに。

 ……いや、この分ならばそれ以上にまずいだろうか。横の連絡がないのかエッセンではその類いの弾圧を受けたことはないが、仮にリドニックで事実として広まっているのであれば、あの国も僕にとっては住みづらい国になっている気がする。マリーヤなどにその気はなくとも。


 ソラリックは僕の様子に怒ったように続ける。

「この国に戻ってきてから追放名簿をいくら探しても、貴方の名前はなかった。だから、……」

 一歩僕に近づいて、襟を掴もうとわずかに手を上げる。しかしその手はそのままだらりと下げられた。

「先ほどパタラさんに聞いたら、貴方は治療師じゃない、なんて言うし。むしろ異端者として疑われているって」

「僕が治療師だと思っていたんですか」

 異端とされる術を使ったが、異端者として扱われておらず、むしろ今異端者と疑われているという。ならば今現在、もしくは過去にその術を学ぶことを許されていた治療師ではないかと。

 探す順番が逆ではないだろうか。ならばはじめに、治療師の名簿を探すべきだと思う。この分だと、国や街単位での名簿しかなさそうだとも思えるけれども。


「治療の御業を使えるのに、協力、していただけないんですか」

「すれば聖教会の方々はこれ幸いと私を異端者認定する。その累がミルラ王女殿下まで及ぶとも思えば、頷くわけにはいきませんね」

「私がパタラさんに証言する、としてもですか?」

「…………」

 

 脅しか、と僕は驚嘆する。それもこの戦場に出て初めての、彼女の無意味な喚きでもない、確かに効果があるもの。

 確かに効果はある。今の僕はミルラ王女の麾下であり、そして未だにザブロック家の雇われ者だ。ミルラに累が及ぶのは正直どうでもいいが、後者は心情的に。


「正直、言いたくありませんでした。こんな言い方も、こんなことも。でも、どうしてもというなら」

「仮に僕が禁じられた《再生》を使えるとして、そしておそらくそれが必要な方もいるんでしょう。その方を治したとして、それが僕の仕業だと思われれば同じことですね」

「自分のことばかりじゃないですか」

「それはお互い様ではないかと」

「…………」

 ソラリックは言葉に詰まるようだが、言い分はあるだろうし正直僕の言葉を理解できまい。

 逆に彼女の考えそうなことならば僕にもかろうじてわかる。そしてその考えに何故僕は頷けないのか、僕はそれを自分で知っている。これは思い違いだろうか。

「…………もっと……」

 そして彼女が言い返さないのは、何かを堪えているのだろう。

「……いい人だと思っていました……」

「あれから、お前は人ではないと何度も罵られてきたもので」


 たしかに、あのときのリドニックであれば。同じように請われれば、きっと協力しただろう。

 もうその後に死ぬと思っていたし、それにあの時の少女に償うため、その程度あの国のために尽くさなければという気概もあった。

 いい人だったのかもしれない。そう思えるだけの片鱗が何かあるかもしれない。それが今では。


 しかし、彼女が期待していた『カラス』とはそういうことか。

 イラインを出てからいくつも僕の指示に不満の声を上げていた彼女は、それを期待して。

 僕の目から見ても、彼女は善人だと思う。後先や周りのことを考えないが、それでも目の前の困っている名も知らぬ人のために声を上げられる『いい人』。それを僕にも求めていたと。


 日が沈んで暗くなった空。羽音が響く。何の鳥だろう。

「……来てください」

「?」

 ソラリックが俯き僕に呼びかける。

「私の力では無理なんです。お願いします――助けてください」

 淡々と言って僕を見つめるその姿。……いいだろう、絆されたわけではないが。


「僕のことは黙っていること。それが条件です」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] カラス君は終始、異端認定されるからと断ってて 山徹しをうって本調子じゃないからとかは理由にしていない つまり、今でも治療すること自体には否はない? 根元の部分は変わってなくて 「どう…
[良い点] 職人の指再生の話は416話、カラスが扉を破壊し、ウォロディア王と会話をした後、側にいた職人に再生を使ってますよ〜。 気になる方はご一読を。 [気になる点] 「奇跡」がどのような形で名付け…
[気になる点] 2年前のリドニックの話って出てきてましたっけ? 402話の「罅は広がり」の鉄砲職人は止血したものの、再生させる前に治療師が来てゴム鞠みたいな手にされてそのまま リドニック出た後は3年…
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