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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
悪徳の街クラリセン

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悪人は手を差し伸べる

ちょっと小難しい、レイトンによる説明回

 



 僕らはギルドの一角、区切られた休憩スペースに座っていた。

 申請すれば小さい個室なども借りられるそうだが、耳目を憚る話ではないと、テトラがそれを断ったのだ。


「どこから話せばいいかな……」

「そうだね。まずは、キミがクラリセンを飛び出してきた理由を聞こうか」

 そうレイトンが言うと、テトラは黙り、俯いて考え始めた。

 やがて考えが整理されたのだろう。ゆっくりと口を開く。


「私がクラリセンを出たのは、あの街を告発するためよ」

「何か悪いことでもしているのかな?」

 レイトンは、楽しそうに笑っている。

「魔物使い……ってわかるわよね?」

「魔物を使役する魔法使い、ですか。勇者の物語に出てきた……」


 たしか、勇者のパーティの一人が遭難したときに、それを助け勇者のもとへ送り届けるという役回りだった。


「いやいや、魔物使いは実在するよ。このエッセンにも、二人……いや、精霊使いも入れて三人だったっけ」

「ええ。それが、今あの街にも一人いるの」

「へえ。確か全員王都かその近くにしか居なかったはずだけど……知られていないのかな?」

「私の、幼馴染みよ」

 沈痛な面持ちでテトラは呟く。握られた拳が白くなっていた。


「クラリセンから、魔物の討伐依頼が出ているのは……」

「ああ。それは知ってるよ。ちょっと待っててね」

 レイトンは立ち上がり、討伐依頼の貼り付けられた掲示板へと向かう。そして、一つの紙を剥がして、ヒラヒラと振りながら戻ってきた。


 テーブルに置かれた紙を、三人で覗き込む。

「これでしょ? クラリセン近くの森に出没しているトレンチワームの討伐。報酬は……」

 レイトンが読み上げようとした文字を見て、驚く。思わず大きな声が出てしまう。

「銅貨五枚!?」


 森の中に住むトレンチワーム。竜から翼と手を無くした、大きな蛇のような魔物だ。

 岩盤を噛み砕いて地中を進み、突然地上に現れては獲物に食らいつく。

 竜のように強大な魔物ではないが、それでも一般人には厄介な魔物だ。

 それを銅貨五枚で狩る。明らかに安すぎる。これならば、薬草採取の方がよっぽど安全で儲かる仕事だ。


「明らかな暴利行為だね」

 頷きながら、テトラは続ける。

「このトレンチワームを使役しているのが、私の幼馴染みの魔物使いよ」

「その幼馴染みの方が、街を脅かしているということでしょうか?」

 言ってからそれは違うと気付く。テトラが告発しようとしているのは魔物使いではなく街の方だ。

 そしてその考えを裏付けるように、テトラは首を横に振った。

「違うの。あの子は、そんなこと望んでいない。あの子の意思じゃないの」

()()()()()()()()()()。……ああ。それで、街の」

 レイトンは静かに呟き、頷く。

 そして次に口から出た言葉は、意外な物だった。



「わかった。思ったよりつまらない話だった」

「え?」

 その言葉にテトラは固まり、そして力なく聞き返した。

「解決は簡単だ。その子と魔物を始末するのに加えて、ヘドロン嬢が自分で、適正価格の討伐依頼を出せばいい。それで解決だ」

 レイトンは一息にそう言うと、僕に向き直って言う。

「さて、カラス君はどうする? ぼくはこれから、貸し……」


「あの、ちょっと。話が見えないんですが……」

 話を打ち切ろうとするレイトンに、堪らず僕は声を上げる。

 まだ僕にはわかっていない。にもかかわらず、レイトンは事件を把握したように解決策を提案した。今の話で、何がわかったのだというのだろうか。



「ああ。そういえば、キミには縁遠い話だったね。もっとも、探索者にとってはみんな縁が薄いんだけど」

 ふう、と溜め息交じりにレイトンは言う。

「そうだね。グスタフの代わりに、その辺を教えておこうか。時間はいいよね?」

「え、ええ、大丈夫ですが……」

 テトラの方をチラリと確認すると、激高するでもなく、納得出来ない顔で震えていた。


「テトラさんは……」

 レイトンは、善意しか見えないような笑顔をテトラに向ける。そして、また先程と同じ事を繰り返した。

「ああ。今言ったように、依頼を出した上でキミの幼馴染みを始末すれば……」

「……どういうことですか?」

 怒りを堪えるように、テトラは静かに疑問の声を上げた。


 意味がわからない。という風に首を傾げ、レイトンは逆に聞き返す。

「魔物がいるという口実のもと、街が不当な利益……というのもおかしな話か。街の住民が私腹を肥やしている。そういうことだろう?」

「そう……ですけど」

「だったら、簡単な話だよ。その魔物がいなければ、もっと言えば、魔物を安全に運用する手段を奪ってしまえばもうそれは続けられない。幼馴染みちゃんと魔物を街から除去して、さらに第三者による安全の確認が取れればそれで解決する」

 テトラが唾を飲み込んだ。

「そんなわけで、解決法はそんなところだね。疑問はそれだけかな?」

「言ってる意味はわかります……、でも……」


 まだ何か反論しようとするテトラ。しかし、言葉が出ない。

 黙り込んでしまったテトラにレイトンはもう興味を示さず、僕に()()をし始めるのだった。




「キミは、この国の税金制度がどんなものかは知っているかな?」

「……いいえ。不勉強ですいません」

 いきなり税金の話? この流れで言うからには何か関係があるんだろうが、まだ僕には何も見えない。そういえば、僕は納税などしているのだろうか。

「まあ、仕方ないさ。貧民街や開拓村の住民が関わる物じゃないからね」


「細かい話をすればキリが無いんだけど。簡単に言うと、この国で生活する住民は、生活している街と国へ納税をしている。キミやぼくのようにギルドを通して払うか、自分で申告するかは人によるけどね」

「僕の分は、ギルドが代行してくれているんですね」

 意外なことに、僕も納税者だった。

「それがギルドの役割の一つだからね。依頼達成や素材売却をする度に、実は引かれているんだよ。まあ、それは今は重要じゃない。重要なのは、街が国へ納める分だ」

「開拓村とかが、ですか?」

「そう、それが重要だ。答えは、否。開拓村は、税を国へ納める必要は無いと法で定められている。街になってから。具体的に言うと、聖領の中へ、一定以上の住民がいる村が開拓されてから二十年経つと街に昇格する。それから払うことになる」


「それまでは、払う必要が無いと。そうすると、昇格しないほうが良い気がしますが」

 優遇措置を投げ出してまで、街に昇格するメリットなどあるのだろうか。

「昇格すれば、騎士団への出動要請の権利が発生したり、衛兵が駐留するようになったりする。それも国の金でね。他にもまあ、ギルドの支部が置かれたり色々良いことがあるのさ」

「ああ……国が守ってくれるようになるわけですね」

 正式に国の一部と認められ、国からの保護が受けられるようになる。


「クラリセンは、何年か前からその恩恵を受けれるようになったわけだ」

 勿論恩恵はそれだけじゃないけど、とレイトンは付け足した。



「それで、彼女の幼馴染みの魔物使いと、これが何か関係が?」

「この税制には、免税制度もあるんだよ」


 免税制度。言葉だけ考えれば、税金を払わなくて良い条件があるという感じだが……。

 それが魔物使いに何か関係がある?

 いや、先程「魔物がいるという口実」と言っていた。それはもしや。


「近くに魔物がいると、税金を払わなくて良い……?」

 レイトンはその言葉に、手を叩いてニイと笑った。

正解(せいかーい)! そう、より正確に言えば、付近の森に厄介な魔物が住み着き防備が必要な場合や、戦時下など、特殊な条件下で税から逃れられるわけだ。……これで、クラリセンの状況がわかっただろう?」


 やはり。ようやく、僕にも状況が掴めてきた。

「……はい。鈍くてすいませんでした」

「そんなことはないさ。キミとぼくでは、事前の情報量が違う。察せなくても仕方がないよ」


 微笑みながら僕をフォローするレイトンは、やはり善人にしか見えなかった。




 レイトンの説明でより複雑になった気もするが、簡単に言えばクラリセンで大規模な脱税が行われているという話だった。

 テトラの幼馴染みが魔物を街近くに出没させ、それをクラリセンがイラインへ報告。それを口実に、納税を逃れている。

 その納税されるはずだった分を、街の誰か……話を聞くに相当な人数が着服しているのだろう。


 そしてテトラがそれをこの街に告発しに来ている以上、それはクラリセンの内部で解決出来なくなっている。自浄作用が働かなくなっているほど酷いということか。



 しかし、ならば国へ助けを求めれば。

「……でしたら、税金を集める立場の役人がいるはずですが、そちらに事の次第を伝えればいいのでは?」

 僕の提案を、レイトンは教師の笑みを崩さずに蹴った。

「徴税官はいるけれど……ヘドロン嬢は、もうそこに行ったんじゃないかな?」

「……ええ。イラインに着いた次の日には、もう……」

 黙ってきていたテトラは、悔しそうに呟く。

「そりゃあ大金なんだけど、大きな都側にとってみれば、小さな街の税金くらい端金だからね。少しの努力で握りつぶせる。徴税官の小金稼ぎに利用されているのさ」

「買収されている……ってことですか」

「そう、ぼくらに見逃されてるくらいのほんの少額だけどね」

 レイトンは顎に手を当て、一転してつまらなそうな顔でそう呟いた。


「徴税官だけじゃない。探索ギルドや衛兵達も、それぞれ隠蔽に一役買っている。それぞれが行っている小さな犯罪の上に、クラリセンは成り立っているのさ」

 レイトンは机の上の討伐依頼の紙を手に取り、またヒラヒラと振った。


「そんな、じゃあ、どうやって」

 解決すればいいのだろう。と、そう言いかけたところで気がついた。

 レイトンはさっきから、解決法をキチンと示している。


「だから言ったろう? この犯罪は、吹けば飛ぶような小さな犯罪の元に成り立っている。魔物がいなくなったと確かな証明が出来れば、それでもう済む話なのさ。だから、()()()()()んだ」



 そう言い切ったその顔は、グスタフさんに似て悪い顔をしていた。




「だからまあ、ヘドロン嬢は今日中に、いやもう今でいいや。その森のトレンチワームの討伐依頼を出しておいてよ。明日にでも行って殺してくるからさ」

「え?」

「へ?」

 僕とテトラの声が揃う。驚きに、僕らは固まった。

「ん? ああ、そういえばカラス君はどうする? ぼく一人で良さそうだから、付いてこなくても」

「い、いや、……え? その仕事、受けるんですか?」

 話を遮り聞き返す。

 先程までの流れならば、レイトンはテトラに助言をした上での丸投げ……だと思ったのだが、違うらしい。


「受けないなんて、ぼくがいつ言ったのさ」

「言って……ません」

 言われてみれば、確かに手を貸さないなどとは一言も言っていなかった。


 そしてレイトンは目を細め、僕に諭すように言った。

「石ころ屋が、こういう小悪党に動かないなんてことはありえない。すぐに動くか、あとで動くか、それだけだよ」

「ああ……そういうことですか……」



 石ころ屋として、レイトンは動く。

 つまらない悪人を裁くために。まるで正義の味方のように。

 ならば、グスタフさんに世話になった僕も、きっとここで動かなければ駄目だろう。


「僕も行きます」


 僕にも何か出来ることはある。

 微力ながら、グスタフさんの手伝いをするとしよう。




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― 新着の感想 ―
グスタフさん、自分の信念に生涯をかけているんですね。かっけぇ!
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