石ころ屋の先達
「地までは行ってねえから、修理は出来るが……こんな早くぶっ壊すたあな……」
「すいません。本当に使い慣れていないんですよ」
狐騒動の次の日、僕は山刀の直しと、新しいローブを買うために五番街の鍛冶屋まで来ていた。
店主に山刀を見せ、修理を依頼すると呆れた顔でぼやかれた。
「まあ、魔術師なら本職じゃねえんだ。剣の扱いに慣れてないのは仕方ねえ。だが、もっと大事に使えよ」
「返す言葉も無いです」
修理と研ぎ直しが終わって、返ってきた刃を見つめながら、僕は店主の言葉を反芻する。
実際、一振りで刃を傷めてしまったのだ。いくら強い魔物だったからとはいえ、流石に反省すべきだろう。特に、闘気を篭めた上で破損するなど、そうそうある事では無いと思う。
二着目のローブは、快く売ってくれた。出来るだけ鎧を見せつけて歩くのが最近の流行らしく、実は外套はあまり売れていないそうだ。
昔は騎士団の者たちへ納入していたために、在庫が無くなることすらしばしばあったそうだ。しかし魔物も戦もない昨今では特に大量に必要になることも無く、たまに探索者が買っていくだけで在庫が余って仕方が無い。そう、店主は笑っていた。
店を出て、今日の予定を考える。
その日は装備の修理と、食糧の確保だけで終わった。
そろそろ外食をしてみてもいいだろう。最近はそう思いつつも、やはり慣れ親しんだ魚や虫を食べてそれで満足してしまう。
もうすぐ手持ちの調味料も無くなるし、それからまた考えればいいかな。
数日後。
ギルドへ向かう僕に、声をかけてきた男性がいた。
「やあ、カラス君。この前ぶりだね」
「ええと、レイトンさん、でしたか」
レイトンは道端の樽に座り、人通りを眺めていたようだ。僕に気付くと浮いた足をぷらぷらと振りながら挨拶をし、そして猫のように軽やかに跳ねて立ち上がった。
「覚えててくれて何よりだよ」
「この前はどうも」
僕がぺこりと頭を下げると、レイトンは柔和な笑みで、それを止めた。
「ぼくは何もしていないさ。それよりも、ギルドまで一緒に行こうよ。ぼくも今から行こうと思ってたからさ」
「構いませんけど、まさか、僕を待っていたんですか」
僕が気まぐれに出る時間を予測していたとは考えづらい。もしかして、ずっと待っていたのだろうか。
「そうだね。キミとは一度、話をしてみたかったんだ」
欠伸混じりにレイトンはそう答える。
「大したお話なんか出来ませんけど、それでよければ」
「よかった。じゃあ、いこうか」
そして連れだって、ギルドまで僕らは歩き出した。
「いやあ、キミのことは知っていたけど、グスタフの手前会えなかったからね。ようやく会える機会を持てたよ」
「グスタフさんを知っているんですか?」
驚き、レイトンの見た目を確認するが、僕は貧民街でレイトンを見た覚えが無い。貧民街の住人では無いだろう。ならば。
「ぼくもよくグスタフから仕事を受けているからね」
「それは探索者として、ですか」
「そうだね。改めて自己紹介しておこうか。ぼくはレイトン・ドルグワント。キミと同じく貧民街で育った、探索者の一人だよ。今はちょっとグスタフとは離れているけど、キミと同じく石ころ屋の支援で生活をしていた一人さ。今後ともよろしく」
軽く咳払いをしてから、胸を張ってレイトンはそう言った。
「えっと、はい。よろしくお願いします」
やはり。そういう意味でも先輩だったのか。
「だからさ、何かあったら遠慮無く言ってよ。きっと力になれるからさ」
「ありがとうございます」
グスタフさんから依頼を受けているというのが本当ならば、腕は信頼出来るだろう。
何かあったら、力を借りてみても良いかもしれない。信用するのは、まだ先だが。
「それで、彼女……ヘドロン嬢は、怪我しても構わないかな?」
しばらく道を歩いていると、レイトンは突然妙なことを言った。
「……? どういう意味でしょうか?」
一瞬、レイトンによるテトラ襲撃を示唆しているのかと思った。しかし、レイトンの視線を追った僕は、すぐにそうで無いことを理解する。
今歩いている通りを横切り走る通り。
その奥に、赤毛の少女の背中が見えた。
そしてその頭上から舞い降りる、一人の男の姿も。
「危ない!」
僕は思わず叫ぶ。
しかし、テトラはその言葉を聞く前に反応していた。
横に飛び退きながら、腕を振る。その動きに合わせて、炎の波が男の体を襲う。
男の体は炎に包まれたが、それは一瞬のことだ。男は着地し、何事も無いかのようにテトラに向かって跳びかかる。その動きで、炎は簡単に置き去りにされた。
男の短剣が、テトラに向かって突き出される。
その短剣がテトラの顔に届くそのとき、テトラは眉一つ動かさずに灼髪を薙ぐ。
灼髪が男の胴を直撃する。
崩れ落ちる男の体。その胴体は、焼けて黒く抉れていた。
もはや上下に分かれている。あれはきっと、即死だろう。
「ふう。今回も雑魚ね。……あれ? 今誰か何か言ったような……?」
呟くテトラの声が聞こえる。
その声を聞いて、僕とレイトンは目を合わせて笑いながら同時に肩をすくめた。
「結構強いんだね、彼女」
「魔法使いなんで、当然と言えば当然なんですが……」
森での彼女とは全然違っていたので、正直驚いた。強い。
「それで、本題に入ろうか」
「本題……ですか?」
裾を払うテトラを遠目に眺めながら、レイトンはまた妙なことを言う。ここまで歩いてきたのは、何かの布石だったとでもいうのか。
「うん。キミと一緒に、彼女の事情を聞きたいんだ。良いかな?」
「何か気になることでも?」
「彼女最近、結構派手に動いているからね。詳しい事情を把握しておきたいんだ」
「勝手にやって頂いて良いですが、それは僕必要ないですよね」
そこに僕がいる必要は無い。知りたいのであれば、勝手に本人に聞けば良いのだ。
いやしかし、これが本題だとレイトンは言った。
ならば、道端で僕を待っていたのはそのためだ。何か僕を連れて行かなければいけない理由がある? これは、拒否しても良いものだろうか。
「ぼく一人でもかまわないよ? でもグスタフの賛同者としては、人手はあったほうがいいからね」
「……グスタフさんに関係がある……んですか……?」
グスタフさんの関係者だったから誘っただけ。そういうことだろうか。
レイトンは答えない。だが、僕の答えを待って静かに佇んでいる。
真意はまだわからないが、しかし、誘いに乗ってみても良いかもしれない。
「……わかりました。お供します」
「ひひひ。じゃあ、同意も得られたことだし、早速聞いてみよう」
レイトンはテトラの方を向く。僕もつられてそちらを見ると、テトラは先程の死体を引きずって路地裏に入っていった。
路地裏で、テトラは死体の横にしゃがみ込む。そして手を当て何事かを唱えると、男の死体は綺麗な青い炎に包まれた。
僕は思わず後ろから声をかけた。
「死体、燃やしちゃうんですね」
「!! うわ! 何よあんた達!!?」
これは弔いのようなものではない。死体の端から灰になり、やがて崩れて散っていく。
埋葬するのであれば、何か形にある物を残さなければならないと思うが、これは、持ち物ごと消し去る勢いだ。ならばこれは。
「隠蔽ですか? でも、目撃者とかいるんじゃ?」
「いやいや、この暗殺者も一応考えてはいるからね。目撃者はぼくたち以外いないようだよ? だから、彼がここにいた痕跡を消せば、事件が明るみに出ることは無いさ」
即座にレイトンから反論があった。
そうか、この暗殺者は、もともと自分の仕事の証拠を残さないように動いているから、逆に暗殺者自身の仕掛けで証拠を消せるんだ。
「カラスさんに、レイトンさん? こんなところで何して……!?」
「なるほど。しかし、ならば誰か捨て駒を使って、わざと目撃者が出るように仕事をさせればテトラさんも拘束出来るんじゃあ」
「そうすると今度は、事件の動機や経緯を明るみに出す必要があるね。テトラ嬢が最近しきりに騒ぎを起こしているから、それが話題に上るようじゃ困るんだろう」
「いや、その上で拘束する衛兵達を買収して、拘束した後即座に口封じを行うとか」
ハマン辺りなら簡単に買収出来そうではあるし。
「一応この街も法に則って動いているから、それも難しいかなぁ。衛兵達に、処罰の権限は無いよ」
「衛兵達が情報を握りつぶせば、そもそも上に伝わらずにいけませんか?」
「ねえ、ちょっと……!?」
「テトラ嬢の反撃を考えなければそうなるかもね。でも、大捕物の被害を考えると、握りつぶしても事件を明るみに出さずに、というのはきっと難しい」
「ねえってば!!」
テトラが大きな声で叫ぶ。
いけない。レイトンとの話に夢中になっていたようだ。
「ああ、すいません。無視してました」
「ぼくはちょっと意図的だったけど、カラス君はマジだね、これ」
レイトンは楽しそうに笑っていた。
「……どこから見ていたのよ?」
「その、灰の元になった人に襲われた辺りからですかね」
「あ、さっきの声、あんただったの」
「ええ。役には立ちませんでしたが」
あの程度の雑魚は簡単に一蹴出来る。戦闘後に言っていたのは嘘じゃないだろう。
「しっかし、簡単に殺したね」
「……降りかかる火の粉を払っているだけよ。殺されるわけにはいかないの」
レイトンを見つめるその目は、決意に溢れている。
邪魔はさせない。邪魔立てするなら、僕らにも容赦しない。
そういった決意を示すように、テトラは半歩下がり、レイトンと僕を見据えた。
「勘違いしないでよ。別に咎めているわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
「その、殺されるわけにはいかない事情が聞きたいんだ。話によっては、ぼくとこのカラス君が役に立つかもしれないからね」
「グスタフの名代としてね」と付け加えたのは、僕にしか聞こえていないだろう。
レイトンの言葉に、テトラは雰囲気を和らげる。
「わかったわ。相談に乗って」
「ひひひ、了解。とりあえず、一緒にギルドに行こうか。そこでゆっくりと聞かせてもらうよ」
困っている彼女に差し伸べられた手。向けられた言葉。
そこに悪意は無いように思える。
しかし何故だかその言葉は、僕には悪魔の囁きのように聞こえた。




