はたらかざるもの
ウェイトは公務中ではないらしく、聖騎士のコートは着ていない。黒いズボンに身体の線が出る赤いシャツ、それと手袋をしていた。
「噂は知っているぞ。昨日この街に戻ってきたらしいな。そしてその日のうちに諍いを起こし、怪我人まで出したとか」
不自然なまでの愛想笑いを消さずに、ウェイトが僕へと歩み寄ってくる。
……初対面のときも、こんな感じだった気がする。
「……単なる噂でしょう」
「ところがそうでもない。やられた、という奴から直接話を聞いているからな」
愛想笑いが、嬉しそう、という雰囲気を帯びる。嬉しいだろう、僕を悪いと思える根拠が出来て。
だがそう思った瞬間、愛想笑いが苦々しい顔に変わる。
「しかし惜しい。奴が嘘をついていないのであれば、お前を捕縛出来る絶好の機会だったんだが」
「何か嘘を?」
「お前が詐欺を働こうとしているとな。王女殿下の名前を借用し、戦場で目立とうと考えていると。まさかそんなことが出来ると思っているわけもないと思ったが」
ウェイトが、僕の拳が届かない位置で立ち止まる。
「明日にはベルレアン団長も到着される。聖騎士団長は皆ミルラ王女とも顔見知り。その他の聖騎士団が九つも集結するこの地で、そのような嘘が通用するわけがない」
「それには同感です」
たしかに、と僕も思う。仮に僕が本当にミルラ王女の名を騙り何事かをしようとしているとしても、クロードやその他の聖騎士団長ならばその真偽の確認は容易い。
仮にやるとしても、もっとこそこそとやるだろう。詐欺の中でもそういう詐欺は、目立たなければいけないものだとも思うが。
「馬鹿な連中だ。そして、畏れ多くも王女殿下から賜れた旗を奪おうとするなど、極刑もあり得るというのに。それを伝えれば、全て勘違いだったと撤回されてしまった」
短く乱れない髪の毛を掻き上げて、ウェイトは意地悪く笑った。
「聖騎士様!!」
失礼な話だが、声と共に何となく饐えたような臭いが近づいてくる。
この声は先ほどの、衛兵に突き飛ばされた男。
ウェイトは鼻を鳴らすようにしてから笑みを消し、縋り付くように足下に這いつくばった男を見下ろした。
男は媚びを売るように上目遣いに、打ち壊されつつある家を指さす。
「あんた、聖騎士なんて偉い人なんだろう!? あれをやめさせてくれよ! 俺の! 俺の家が!!」
「…………」
「家……誰のだと?」
そして冷たい声で聞き返す。男はもう一歩ウェイトに近づこうとしたが、その視線にたじろいだように四つん這いで留まった。
「…………お、俺の……」
「出来んな。我の管轄外だ。それに不法に街の領域を占拠している者どもの穴蔵を撤去することは、そもそも衛兵の正常な業務の範囲内だろう」
「だって、俺の」
「お前は税金を払っているか?」
ウェイトが腰を折り、楽しげに男に顔を近付ける。垢じみた男の顔と対照的に、綺麗な顔を。
「家屋を購入し、街の登記簿に載ればそこはたしかにお前の家だ。定期的な納税の義務さえ怠らなければ、たしかにお前の権利は守られる。もしくはお前がそういったものから借りているのならば。我も、今すぐあいつらを止めてやろう。既に大分破壊されてしまっているが、建て替えまではさせてやろう。管轄外だが、そこは請け負おう。誇りにかけても」
「難しくて、よく……」
「もう一度聞くが、そこは本当にお前の家か?」
びく、と男が肩を震わせ顔を引く。諂いに似た笑みを一瞬浮かべたが、それもすぐに怯えに切り替わった。
「俺が、住んで……」
「お前が不法に占拠していた家屋、の間違いだろう? いいや、家屋どころではない、占拠していた土地だろう?」
「借りてたんだ、……借りて」
「ほう、誰にだ? あの壁から外側は一部を除き、所有者のいない街が管理する土地だったはずだ。お前が街から借用しているとでも?」
「いや、あの、違うんだ」
借りていた、という言い訳が通用しないとみるや、男が先ほどの言を撤回する。そして一瞬悩むような様子を見せた後、わざとらしい笑みを浮かべた。
「その『一部』ってのが、俺の、あの場所で……」
「嘘を言うな」
ウェイトが男の手を思い切り踏みつける。
石畳の外。ドンという土を潰す音と同時に、ボリボリという固いものが砕ける音がした。
「ぎゃああああああぁぁっ!!!」
男が手を押さえて転げ回る。血こそ流れていないが、気の毒に。
注目が集まる。
貧民街の人間たちの、それに家屋を解体していた衛兵たちの。
そしてウェイトは、涼しい顔で男を見ていた。
「持ち主がいたのは石ころ屋の敷地ただ一つのみ。後継者もおらずそこも接収されてしまった以上、ここ貧民街と呼ばれている不法占拠区の全ての持ち主はイラインの議会、ひいてはダルウッド公爵だ。お前の家と呼べる根拠はどこにもない」
「…………」
淡々と述べるウェイト。男はその声を耳に入れることも出来ていなかったが。
僕が黙って見ていることに気が付いたウェイトは、嘲るように僕を見た。
「何も言わんのだな」
「反論の根拠も見当たらなかったので」
たしかに正しい、と僕は思う。
ここ貧民街は不法占拠区。ただ黙認されていただけで。いつ官憲が踏み込んできて、接収されてもおかしくなかった土地。そして今、衛兵の手で破壊されていても何も止めようがない場所。
きっと今までそうならなかったのは、あの雑貨屋が。
……雑貨屋が、と考えてそれ以上は僕は思考を止める。何故だかわからなかったが。
「ただ」
「ただ?」
そして、一つだけ苦言を呈する場所がある。僕が個人的に不満に思っているわけでもないし、きっとこれが『良識として』という風なものなのだろうが。
「怪我をさせるのはやり過ぎでは? 僕はそういう法に明るくはありませんが、異議申し立ても認められないとでも」
「異議申し立て自体は認められている。だが、今のは無礼打ちだ。貴族法にも認められた正当な、な」
「……ああ……」
そうだ、と僕は納得する。
忘れがちだが、ウェイトたち聖騎士は騎士爵を持つ貴族。平民にとっては、口答えも出来ない身分差がある。
もちろん、僕とも。
「な、何しや、がる……くそぉ!!」
痛みがようやく落ち着いてきたのか、それとも麻痺してきたのか、転げ回っていた男が手を押さえつついきり立つように下からウェイトを睨む。
涙が滲んだ目。紅潮した頬。先ほど口の中を切ったことといい、踏んだり蹴ったりだ。
「何が、聖騎士だ! 貴族様だか何だか知らねえけどよぉ! いつか痛い目みるぞこの……」
「恫喝か?」
「っ…………!」
剣幕の中、ウェイトがぽつりと叱るように言う。それだけで男も黙るということは、それなりの何かを言おうとしていたのだろう。苦し紛れに、何か。
しかし本当に気の毒だ。
家を奪われ、衛兵には殴られ、ウェイトには手を砕かれる。
彼がそこまでの仕打ちを受けるようなことをしているのか、そこまではわからないけれども。
僕がそんなふうに見ていると、男がこちらを向いて目が合う。
ウェイトに向けた憎しみが、そのままこちらに向かっているような。
「おま、お前ぇ!! お前も知ってるぞ! グスタフのお気に入りだろぉ!!」
「お世話になっていました」
「聖騎士の仲間かよぉ! ふざけやがって!! グスタフが泣くぞてめえ!!」
男は、折れていない手を地面にぶつけて抗議の意を示す。
怒りはわからなくもないが、僕の方へとぶつけないでほしい。
「……勝手に」
それに。
「勝手にグスタフさんの代弁をしようとしないでください」
僕が言うと、男の顔が青ざめたように固まった。
怒らないようにと努めたが、僕の苛つきも出てしまったらしい。
ウェイトがククと笑う。
その笑いにまた怒りを奮い立たせたように、男は僕を睨み付けてきた。
「う裏切り者!! グスタフに育てられたくせに!! 俺たちを裏切って聖騎士なんかの仲間に……!!」
「聖騎士の仲間になった覚えもありませんが、そもそも貴方の仲間にもなった覚えがないですね」
僕はしゃがみ込み、男と目線を合わせる。
手に触れた土に、砂利が混ざっていた。
「貴方とは話した覚えもありません。たしかに僕は昔ここに住んでいましたが、今は……」
今は街に家があります、と言いかけて僕は言葉を止める。
もう、そんなものはないのに。
「今はこの街とは何の関係もない。貴方に助けられた覚えもないのに」
そもそも何を以てこの男は僕を裏切ったと表現しているのだろうか。
裏切った、というのならば仲間だった時期があるはずだ。
たしかに先ほどまでは、僕は心のどこかで仲間意識があった気がする。ウェイトに痛めつけられた姿を見て、僕としては珍しい苦言を呈したのはそのためだろうと思う。
だが今はもうない。
考えてみれば、この街の住人たち同士すら、隙を見せれば盗み集りに強盗の餌食になる街だ。信用など、出来るはずもない。ましてや仲間など。
いるとするならば、今はもう『元』がつく二人のみ。……それも、もう一人になってしまったが。
「もう、自分は何にも関係がないってのかよ!? お前だって、お前だって……!」
男が口の端から血の混じった唾を飛ばす。
「……魔法使い、だってな! クソが、いいよなぁ! 街に出てさぞかしいい目を見てんだろ!? そうだよな! 俺たちの気持ちなんてわかんねえんだろうな!!」
「…………」
僕は黙って男の顔を見つめる。
『俺たちの気持ちなんてわからないだろう』という趣旨の言葉。今まで生きてきて何度も投げかけられてきた気がする。そして僕はその度に答えてきた。『言われてないからわからない』と。
だが、今もまだ喚く男の顔を見つめて僕は思う。
言われてもわからない。そんな気がする。
「何とか言えよっ! 俺たちを見て楽しんでんだろ!? 俺たちがこんな酷い目に遭ってるのを聖騎士様の横で見てさぁ!!」
「先ほどまでは、そんなつもりもなかったんですけど」
そもそも、衛兵が建物を打ち壊しているところに遭遇するとも思わなかった。
この街に僕はニクスキーさんを探しに来た。既に手がかりのとっかかりは掴んでいるし、面倒な人間とも会ったし早々に立ち去りたい、くらいに思っているのだけれども。
でも。
たしかに僕は恵まれていた。
魔法使いという才能。呪いに似たこの力に助けられて僕はこの街の外でも生きられるようになった。
闘気を扱う術も小さいうちに開眼出来た。鍛錬の結果だし、これも才能と呼べるのかはわからないが。
その二つ、探索者になれたのも、森で一人で生活出来たのもその二つの力あってこそだろう。おそらくそれはたしかに僕が彼よりも恵まれていたところだ。
それでも、僕と同様のチャンスは、彼にもあったはずなのに。
「貴方の生業はなんです?」
「あぁ!?」
「霞を食べて生きているわけではないでしょう。食料を手に入れる術があるはずです。もしくは、食料を手に入れるために得る、賃金。……何を?」
通常、養われているわけでもない人間は、その生活の一部を食糧の確保にあてる。
仕事をして賃金を得て、その金を食料に替える。または食料を直接手に入れる。食料以外のものを食料に替えることもあるだろう。
なら、彼は?
「……そりゃあ……」
痛みでだろうか、息が荒くなっていた男だが、深呼吸をしながら僕の言葉には言いよどむ。
言えないのであれば、この話もここで終わりだ。
ウェイトをちらりと見た男の視線が、きっと答えだろうが。
「賃金を得ているのならば、どうぞそのお金で街で宿を借りればいいでしょう。もしくは蓄えがあるならば、購入してもいいのでは」
「……あるわけねえだろうが」
「では、森で何かを得ているのでしょうか? もしくは畑を持っているのであれば」
「あるわけねえだろぉ!! ふざけんな! 俺たちがそんな普通の生活なんざ出来るわけがねえんだよ!!」
「そうでしょうか? 僕は、この貧民街出身で、普通の生活をしている人間を少なくとも二人知っていますが」
「そんな恵まれた連中の話……!」
僕が男の目をじっと見つめると、男は怯えたように黙る。
恵まれた連中、だろうか? ハイロとリコは。
「……少なくとも、そうしようと思えば応えてくれたと思いますよ。グスタフさんは」
僕は、僕も勝手にグスタフさんの代弁をする。グスタフさんが聞いたら怒りそうなものだけれども。
けれども、僕への本草学の手解き、モスクの支援、ハイロやリコの就職先の斡旋など。死の前日、僕に訴えかけてくれた何かは、きっとそういうことだったのだと思う。
風切り音。少しだけ遅れて、僕の頭の辺りに何かが飛んでくる。
視界の外。よく見ずにそれを摘まみ取れば、何の変哲のない小石。
見れば、貧民街と街を分かつ壁際に集まっていた貧民街の住民たち。その誰かが投げたのかはわからないが、数人がいきり立つようにこちらを憎々しげに見ていた。
「出てけ!! 俺たちの街に入ってくるな!!!」
その中の一人、僕と同じくらいの女性が叫ぶ。ウェイトに向けて、そして僕に向けて。
ウェイトが溜息をつく。それから多分、僕をちらりと見た。
「やれやれ、お前たちの街ではないというに」
そしてそう呟くと、「拘束しろ」と部下らしき二人に命令する。蜘蛛の子を散らすように逃げようとする十数人の住民たち。
叫んだ女と、彼女に味方し抵抗しようとした年配の男女が、悪態をつきながら拘束されていく。
助ける義理など元からない。それを含めて何となく、僕はその様をぼんやりと見つめていた。
手を砕かれた男も、僕の足下に唾を吐いてから逃げるように走っていく。
その背中を見ていると、ウェイトが衛兵に対し『続けろ』というような事を呟いていたのが耳に入った。
ウェイトの部下たちが、捕縛した住民たちを連れていく。それを見送り、ウェイトは僕を讃えるように笑みを向けてきた。
「見事な弁舌だったな。開拓村制度も利用せず、定職にも就かずにここにいる貧民街の住民たちには抵抗出来ぬ。まさにお前だから言えることだが」
「今更、何故今になって、貧民街の区画整理などを?」
僕はウェイトの言葉を無視して口を開く。
今するべき事ではないと思う。
戦争前夜。明日には戦争が始まろうという非常時だ。更に、今更と僕は何度でも付け加えてしまう。
「行政の担当者によると、ここが戦場になったときの備えだそうだ。火をつけられては堪らないし、敵の潜む拠点となり得る」
「嘘ですね」
ならば打ち壊す順序が違う。
貧民街の中央を貫くような、曲がりくねってはいるがそこそこ広い道。現状はその道を広げるように街を削っている。
本当ならばこんな疎らな削り方はしない。端から丁寧にやっていくと思う。どちらかというと、現在の印象的には『手当たり次第に』という言葉が似合うと思う。
僕の反対意見に、ウェイトは笑う。
「さあどうだろうな。我もそうとしか聞いていない以上、真実は知らん。言葉通りに受け取っても、我には止める理由もない」
横を、台車に瓦礫を積んだ人夫が通り過ぎていく。彼らも僕たちを見ると、愛想笑いを浮かべて会釈をしていった。
「……しかし、どうせ察しはついているだろう。お前とも、我とも同じ理由だ」
「つまり」
「同じ理由というのも少し違うな。我とは違う。奴らが求めているのは、ニクスキーの隠し持っている石ころ屋の遺産だ。この貧民街に隠したのだろうと、ない知恵を絞ってこの街を打ち壊しにかかったのだ。とうとう、な」
この貧民街の建物を壊している理由。その命令を出した人物は、石ころ屋の隠し財産目当て。
まあ、そうだろうとも思う。でなければ、今更この街に手を出す理由もない。
しかしウェイトは違う、ということは。
「ウェイトさんもニクスキーさんを?」
「我はそうだ。もっとも、財宝にも興味はあるが、……戦争には間に合うかわからん」
「戦争に何の関係が……」
「お前は、この戦争、勝てると思うか?」
質問を重ねようとすると、それを遮りウェイトが聞き返してくる。
真剣な顔で、愛想笑いもなく。
僕は首を横に振った。
「どうでしょうか。私の仕事は勝敗の予測ではないので」
「本音でいい。お前とは無関係な架空の戦の話でも」
「…………」
はぐらかすな、と何となく雰囲気で叱られる。僕は何となくバツが悪くなり、視線を逸らした。
「……負けるでしょう。王城で、その空気を感じました」
ムジカル側の意図は置いておいても、エッセン側の士気が低い。
ジグの死に絡めて王が無理矢理上げた士気も、戦場ではあまり効果がない。
カンパネラの言葉を信じれば、これが約束試合だと承知しているからだろう。戦力の充当もいつも通りだ。約半数の聖騎士団が東側に集結する。隣国との戦、本来は最低限の守りだけを残し従軍させるのが望ましいのだろうに。
「〈日輪〉の伝を使い、我もムジカル側の物資の流れを探らせた。敵国故に不明瞭ではあるが、たとえば兵糧の数は前回の戦の倍以上の量で、そこから類推出来る従軍する敵兵も前回の比ではないだろう。敵は今回、本腰を入れている。理由はわからないが」
「ならばウェイトさんも、ここにいるべきではないでしょう」
「報告なら上げている。もっとも、ダルウッド公爵に届いたとも思えんがな」
手振りを加えながらウェイトはまた溜息をつく。
「我一人叫んだところで、事態は大きく変わらないだろう。団長にも報告はしたが、返答は帰還命令のみ。ということは団長でもどうにもならなかったというべきだ」
「いや、帰りましょうよ」
僕はウェイトに呆れて答える。
帰還命令が出ている。ならば期限はわからないが、すぐにミールマンに帰るべきだろう。
「黙っていることなど出来ん。ならば、我一人でもどうにかせねばなるまい」
だが僕の言葉を無視してウェイトが呟く。自分の世界に入らないでほしい。
「……それがニクスキーさんの財宝だと?」
「もちろん、それはおまけだ。だが、奴の隠し持っている宝の中には、魔道具や数々の神器まであると聞く。ニクスキーを捕縛し吐かせ、なんとしても供出させなければならん」
「…………まあ」
そこまで聞けば、何となく頷ける理由にもなった。
神器は一つで国を守れる兵器。今は紛失した〈運命の輪〉も含め、このエッセンも複数所有していると聞くが、王城内部の〈勇者召喚陣〉と絶対に外れない予言を示す〈聖仙の葉〉以外はろくな情報がない。というか、僕が興味なくて聞いたことがない。それに関しては、情報統制されているのだろうが。
僕も考えたことだ。石ころ屋の遺産を使えたら、と。
「捕まえられそうですか?」
「まあな」
自信ありげにウェイトは言う。僕以上に長くこの街にいて、長く捜索し続けていたのならばそうでもおかしくはないけれども。
「では、我からも質問だ」
ウェイトがまた僕に一歩歩み寄り、僕の右肩に左手を置く。
だがそこに込められた迫力は、どうみても親愛の挨拶などではない。
空気が変わる。張り詰めたように。
僕を真正面から見つめるウェイトの無表情に、影が差した。
「ニクスキーの居場所を知っているのなら吐け」
ミシリと僕の肩が鳴る。地面に貼り付けにされたように、圧力が足へと集まった。
「残念ながら、僕もここに探しに来たところです。同じく戦争のために。僕は、ニクスキーさん本人の力目当てに」
「犯罪者の力を使おうとは、呆れたものだ」
「犯罪者の遺品を目当てにしているウェイトさんに言われたくはないですね」
僕の肩に乗せられていた手が僅かに動く。僕ならば、その姿勢から首を捻転させることも出来るけれども。
だがそれ以上は手を動かさず、ウェイトの手がパタリと落とされる。
「物に罪はない、……と言いたいところだが、その通りだな」
「ウェイトさんが見つけた場合、どうにかして、ニクスキーさんを働かせられませんかね。懲罰としての従軍なんかあるんじゃないでしょうか」
「出来ないな。奴を捕らえたら、場所を吐かせた後即座にその場で首を刎ねてやる。石ころ屋の幹部。この貧民街の人間たちを悪へと導き守ってきた罪。その重さはもはや命以外では贖いきれん」
「仮に見つけたとして、捕らえるのも一苦労でしょうに。ウェイトさんに出来ますか?」
目を細めていたウェイトが僕の軽口に顔を上げる。
そして、愛想笑いではなく、目を開いた威嚇の笑みを作った。
「出来ないと思うか?」
「さて、どうでしょうか」
ウェイトと喧嘩をする意味はない。別に今日は、喧嘩を売られた気はしない。
けれど、なんとなく。本当に何となく、今日も仲良くする気にはなれなかった。きっと軽口を叩いたのはそれが原因だろう。口にしてから形にした理由だけれども。
見つめ合う。だがその空気を緩め、ウェイトは振り返った。その手に入っている緊張は、きっと空気が緩んではいないことを示しているのだろう。
「……しかし、お前がニクスキーの居場所を知らぬなら興味はない。こちらは滞りなく、ニクスキーの影はない。ならば我もすることがあるのでな、失礼する」
「ええ。ごきげんよう」
わざとらしく僕は頭を下げる。それをウェイトは肩越しに笑った。
「悪いことはするなよ」
「…………」
僕の返答がないことは予測していたようだ。
僕は黙っていたが、ウェイトは特に気にする様子もなく、街の中へと消えていった。
一人になった僕は、周囲を見回す。
そこかしこの廃墟の中で気配はするが、皆息を潜めて衛兵たちが去るのを待っている様子だった。この分では、衛兵たちが来なくなることはないと思うが。
ウェイトや僕との諍いで、壁際にたむろしていた住民たちもいなくなった。衛兵たちに住居を追われた彼らだが、気を取り直せばまだまだ空き家もあることに気が付いたのだろう。ほぼ全員が戻ってこない。一人は戻ってきたようだが、その年寄りは物陰から僕の姿を覗いてそのまままた逃げていった。
さて、予定通りニクスキーさんを探さなければ。ウェイトを隠れて追うべきか、それとも別の方法を探るか。
……悩むまでもない。僕も僕なりに、先ほど手がかりを得た。先ほどの乱闘で荒れてしまっていなければいいけれども。
僕は近くにいた椋鳥に声をかける。おやつを見せて誘えば、すぐに僕の肩まで取りに来た。
「これをあげるかわりに、探してほしい人間がいるんですけど」
まずは先ほどの子供から。
小麦を焼いた小さな粒を何度か取り損ねながらも、ようやく飲み込み椋鳥が僕の方をじっと見る。
それから彼は、「もうちょっとくれるならいいよ」と一声鳴いた。
次回、あの人が久しぶりに




