もし貴方が子供であるならば
驚き唾を飲む僕から視線を外して、エウリューケは手の先で髪飾りを弄ぶ。
「あたしはこれを無作為に配った。男女や年代が出来る限りばらけるように、出来る限り多く」
「名目は?」
「くじみたいなもんですよ。色が変わるか、変わったものを持ってくれば良いものを上げるって事で」
へっへっへ、とエウリューケは笑う。
「触れただけで色が変わった人は皆無だよ。当たり前だよね、そんなん臨戦状態の魔法使いか魔術師にしかありえないもん」
そして気が済んだように弄んでいた髪留めを手に収めて、握りしめるように隠した。
「そんで、『着用してると色が変わるかも』って口添えしてしばらく放流すれば、色が変わった潜在的な魔力使いもいるにはいた。標本も少ないしはっきりとはわからないけれど、大体十五人に一人くらい」
「それは……多いんですか?」
「少ないね。魔術ギルドでは、暗数も含めて一割くらいは魔力使いだろうと言われてたけど……、名乗り出ていないだけなのか、それとも実際にはそれくらいなのか」
耳の外縁についていたイヤーカフスの方も取り外し、エウリューケはポンと宙に放る。右から左、今度は左から右、と何度も何度も往復させていた。
「商品目当てに青い塗料を塗ってきた輩も何人かいたよ。ちょっとだけ痛い思いをさせて返してやったけど、私の目は誤魔化せぬ」
今度は、ふははーとエウリューケは笑う。本当にころころと表情が変わる女性だ。それも、笑顔の種類も豊富で、明るい。
そして突然、エウリューケの手が止まる。弄んでいた耳飾りも、髪留めも両手に保持したまま、その手をだらりと下げた。
「そんな中に、一人いた」
髪留めと耳飾りを麻袋に戻すと、軽い金属音が響く。何人くらいに配ったのかはわからないが、それでもまだまだ在庫はありそうだ。
「不正をした中に?」
「うん。小さな子供なんだけど、年の離れたガキ大将に唆されてやらされたらしい。それも、ほとんどそのガキ大将が細工したらしくて、藍椿の花を煮出して作った汁で色をつけてた。糞ガキなりに頭を使ったんでしょーね、ばーか」
「その子はどうでもいいです」
「あたしもー」
合いの手を入れるように僕が先を促すと、エウリューケもパタパタと足を鳴らして同意する。脱線させたのは彼女なのに。
「その子供たちが持ってきた中に、本当に色が変わっているものがあった。そんでその子を精査したら、確かに闘気を持っている子供だったというわけ」
「…………」
やはり、俄には信じがたい話だ。
エウリューケが『見つけた』と言った以上、見つけたのだろう。僕が口にするような穴も、全て塞いであるとは思うけれど。
塞いであるとは思うけれど、一応。
「……細工の際に、持ち主が入れ替わってるということは?」
「ないとは思う。怪しまれないよーにだろうけれども、子供たちは一人一つずつ、あたしが渡した髪飾りか耳飾りを持ってきた。小さな子供は自分のものを手放すのを嫌うし、その子本人も、これは自分のものだと胸を張って言っていた。三歳の子供だし、まだ嘘はつけないよ」
エウリューケは確信を持って言う。だが、その表情はすぐに緩み、溜息をつくように続ける。
「もしかしたら取り違えもあるかもしれないけれど、それはこの際考えなくてもいいね。その時持ってきた子供は、全員闘気使いの種があったから」
よっこいしょ、とエウリューケが立ち上がる。零れていたのか、売り物の粉が裾についているのを払い落としながら。
「今、その子の追証実験中なんよ。今度は細工できないように、あたしにしか印はわからんように、服の裏にこっそり魔法陣紙を貼ってきとる。朝貼って、今変わってるといいんだけど」
筵から出て、地面に軽く触るようにその筵にエウリューケが触ると、音もなく商品たちが消える。
どこかへ転移させたのか。……昔、こんなような光景を他の奴で見たことがある気がするが。
それから僕へと手を伸ばした彼女は、凜々しい顔で笑った。
「いくかい?」
「……行きましょう」
僕が頷きその手を取ると、次の瞬間には景色が変わる。
そこは明らかな街外れ。畑が視界の中にポツポツと見える、王都周辺の農地地区だった。
王都を囲う、城壁のような少しだけ高めの壁。そんな壁を背に、僕らは立つ。
件の子はどこだろうか、と見回しながら、エウリューケは呟くように僕に尋ねてきた。
「カラス君さー、……魔力通りづらかったんだけど、右腕どした?」
「少々怪我をしまして。……そうだ、僕はこの実験の結果を聞きに来たわけではないんです。興味深いんですけれども」
「……んじゃ、どういう?」
「これを治してもらおうと思ってエウリューケさんに会いに来たんですよね」
忘れているわけではないが、後回しにしていたらしい。話題が続いている間に、言ってしまったほうがいいだろう。
エウリューケは、眉を寄せて僕に顔を向けると、不思議そうに首を傾げた。
「カラス君にも治せんて?」
「はい。後でついでに見てもらえば助かります」
「早く言えよー。今見ちゃうよー。ほれ、ちゃっちゃと綺麗なお姉ちゃんに腕見せてみ」
エウリューケに促されるがままに、僕は袖を捲る。
若干腫れは引いた気もするが、それでも肌は何となく変色したままだ。当然骨折の方は何の変化もなくそこにあり、支えなければ腕自体が激痛とともに曲がってすら見える。
エウリューケは僕の脇に回ると、その腕をしげしげと見つめた。
「うぇ、内傷かよ」
「みたいです。内傷自体は随分と軽減したんですが、それでもまだ僕の力では治せないようで」
「肘から切り落として再生させちゃえば? 出来るっしょ?」
「出来るかもしれませんが、最後の手段にしたいです」
僕はスヴェンや魔物ではないし、そこまではやる気はない。出来なくもないかもしれず、出来ないとは言いがたい現在、何故やらないのかといわれると返答に困るが。
もう、片輪になることはないと知っていても、なお。
エウリューケはそれ以上言わず、ふうんとただ納得したように返した。
しかし何かに気が付いたようで、手足をバタバタと落ち着きなく動かし始める。
「それで、誰がこんなことやったの? 勇者? それとも復活した魔王!? 無理っぽい人ならお姉ちゃん逃げるよ!!?」
「僕です。怪我自体はその前に折られたんですが、その後無理矢理石に闘気を通したら内傷になっちゃったようで」
「馬鹿じゃん?」
僕の言葉に一転して冷静になったかのように、捨て台詞のように呆れの言葉を吐く。
傾げた首には、僕への心配も同情も何も見えなかった。
エウリューケは、ペシッと僕の腕を叩く。衝撃が骨に響いた。
「ま、でもあたしのところにきたのは大正解よね!! こんなん、上等以上じゃねえと歯が立たんし!!」
「痛いので丁寧に扱ってくれます?」
「丁寧に扱わなかったカラス君がそれ言う??」
「…………」
返す言葉もない。半分わかっててやったことだし、言い訳も出来ないだろう。
僕の腕に手を添えて、一言二言エウリューケは呟く。
やがて温かい光がじんわりと僕の腕を覆ったかと思うと、痛みが引いていった。
「あんまり力込めないようにね。今カラス君の自己再生中だから」
言われたとおりに力を抜いて、魔力も込めずにその光景を僕は見守る。
スウッと微かな光が肌を往復する度に、僕の肌の色自体が変わる。まるで新鮮な川烏賊の表面のように。
しかし、エウリューケの法術もすごいものだ。
考えてみれば、これもこの世界の技術の粋なのだ。不可思議な力で傷を癒やす法術と、何かに装填して魔術を溜めておいて詠唱なく使用する装填魔術の複合技。
そういえば。
世間話をするように、僕は口を開く。
「そういえば、ご存じですか? 勇者が魔術の修行を開始したの」
「知らんねん。なに? 英雄譚の読み合わせでも始めた?」
「教育を担当している魔術師長曰く、それは文字が読めないのでほぼ無理だそうですが、まずは魔力操作の訓練だとか。今日の昼頃から、瞑想を始めたそうです」
「遠回し!!」
噴き出すようにエウリューケは笑う。ゲラゲラと、口を開けて。
「え? 誰? 今時そんな古い修行法なんて紹介してんの。あたし知ってる人かしら!?」
「ええと……」
魔術師長の名前を僕は思い出そうとする。
誰だっけ。勇者に一度名乗っていたのだが。ええと……。
「ワグナー……じゃなくて、たしかヴァグネルとか……」
「ヴァグネル・ラルスナー!」
エウリューケが笑うのを止めて、それでも笑顔のままその名前を口にする。楽しそう。
「たしか、そんなような名前でした」
「え? あいつ? やめさせたほうがいいよ? あんな英雄譚原理主義の授業くっそつまんないっしょ」
「お知り合いですか?」
随分と親しげ……なのは誰に対してもか。だがそれでも、面識がないような感じではない。
僕が尋ねると、エウリューケは笑みを少しだけ苦笑いに変え、僕から視線を逸らした。
「あたしが魔術ギルドに登録したばっかの頃、昇進のために何度か勉強会を聞きにいったんよ。あの糞つまんない授業」
何度も『くそつまんない』とエウリューケは繰り返す。彼女の『つまらない』の閾値は人と違うとは思うが、それでもそこまで言うならば相当だったのだろう。
「どうせ、『英雄譚を暗記しろー』だとか、『大魔術師になるには英雄譚を読めー』だとか、そういう適当なこと言ってんでしょ?」
「言ってましたね」
たしかにそういったことは言っていた。勇者にはそれが出来ないから、という代替案も出してはいたが。
「はーん、あいつ今王宮魔術師長なんてやってんだ。あひゃー、さっすが特等魔術師様、精が出ます喃」
「偉いんですね」
特等魔術師、というと魔術師の位階としてはたしか一番上だ。もちろんエウリューケよりも上。人数は知らないが、一番上ということはまあ数は少ないだろう。
エウリューケは上等魔術師だったっけ。二つか三つ下の位階の。
「そうさ、無駄に偉いのさ! あいつ、あたしがやってた古来魔術の研究全部潰しやがって、本当、無駄に、偉いのさ!!」
先ほどの笑みから一転して、エウリューケが牙を剥くように見えない誰かを威嚇する。というか握りしめられている右腕が痛い。
まだ治療は終わらないのか。
「勇者君も可哀想にね。あいつの教える魔術になんて発展性はなかろうにさ」
「そうなんですか?」
「たりめーだろ。応用をするにしたって、短縮詠唱が精々だもん。あたしがいたときに開発が進んでた代用詠唱や組み込み詠唱だって懐疑的とかいってずっと腐してたもん」
「はあ……?」
よくわからないが、そういう応用技があるのだろうか。短縮詠唱は何となくわかるが、他はどういうものか本当にわからない。
「『魔術は思い込みの力』、カラス君はそういったけど、それを踏まえても代用詠唱とかだって発展してけば面白そうなんだよね」
エウリューケは僕の腕から手を離す。
動かしてもいいだろうか。そう悩みつつ、恐る恐る手を筋力で開閉させる。
それだけで、なんとなくわかる。内傷が、ほとんど癒えている。骨折も完治はしていないがほとんど復元できているくらいだ。
久しぶりに腕を動かすという爽快感。それを味わいながら、僕はエウリューケの話の続きを促す。
「どういったものなんですか?」
「本当にそのままだよ。今現在使われている詠唱の文章の一部を、別の単語に置き換えるの。短縮詠唱の先に進んだものといわれていたんだ」
いいながら人差し指を立てたエウリューケは、その先をくるくると回した。
「風、緑の花、大地の豊穣、破壊」
そう口にすると、指先で風の動きが起きたのがわかる。偶然そこに舞ってきたごく小さな草の葉が、かなりの勢いでくるくると回って舞い上がっていった。
「同じ効果を出すとしたら、『天を駆け 巡る疾風よ我が手に宿れ つむじを巻く風 吹きすさべ』かな? 短縮詠唱なら『風、我が手に宿りて渦を成せ』。使われている呪文が全然違うでしょ?」
「そうですね」
僕は何となくわかったようなわからないようなよくわからない心持ちで頷く。他の例とか全く知らないので、正直わからない。
そしてやっぱり、想像力の問題かと思えば詠唱自体正直馬鹿らしくも思えてくるし。
「概念的な文章になる感じでしょうか?」
「そうさ。英雄譚を参考に呪文を導き出すんじゃなくて、現在使われている魔術の傾向を元に分析した単語によって、また新しい魔術を作るんだ。まあまあ面白かったんだ、これが」
魔術に対するメタ分析のようなものだろうか。やはりまだよくわからないけれど。
「カラス君の言葉で閃いたんだけど、『想像』というのは大事なんだと思うよ。あたしたちには、何らかの単語で共通して何かを想像する機能がある。風は緑色なんかじゃないのに、風の色はと問われるとかなりの人間が『緑』と答える。『色』を聞いてるのに、透明っていうひねくれもんもいるだろうけどな」
聞きながら肘を曲げて確認すれば、腕がわずかに疼くように痛む。まだ骨折自体は完全に癒えていないらしい。治りつつある途中、というところか。
「同じように、水は青に火は赤。水は潜れば青いし、普通の火は大体橙かそこら。なんで、この辺はなんとなくわかるかや」
いいながらエウリューケは、ポンポンと火薬を炸裂させるように、広げた腕の周囲に小さな水の玉や火球を作り出す。どれもごく短時間で、溶けるように姿を消してしまうが。
「生まれたときから目が見えねえ奴なんかはどんな想像するのかね。あたし気になって眠くないときに眠れない!」
「それは当然ですよね」
……それにしても、どうしていちいち話にオチをつけようとするのか。いやまあ、僕が勝手にそこをオチだと思っているだけなんだけど。
話が脱線してしまったが。ならば、一つ聞きたいことがある。
「なら、エウリューケさんなら」
「あん?」
「勇者に魔術を教えたいなら、最初に何をさせますか? 彼はまだ、魔力波を飛ばすことすら出来ていませんが」
「魔力が扱えない……ってこと?」
「ええ」
ミルラは、『投射は出来る』と言っていたか。投射が僕たちが感じた魔力の放出のことならば、無意識下では出来るようだが。
黒眼鏡の両端を両手で掴み、位置を直しながらエウリューケは空を見上げる。
「んー……」と、唇を結んで悩みながら。
それから僕の方を向いて、せっかく直した黒眼鏡をまた下げるようにずらした。
「あたしなら、目隠ししたまま放っとくかな。魔力操作なんざ、魔術を使ってけば自然と覚えるもんだし。とりあえず様子見で」
「目隠しですか?」
「自分の魔力を感じられないならそれまでだし、そうなるまではどうにもできんからね。せめてもの補助としてさ」
言い切ってから、「ああ」とエウリューケは呟く。
「そういう意味じゃあ、瞑想もいいのかもね。話を聞く限りじゃあ、勇者にとって魔力ってのは未知のもんだ。五感や手足の動きに囚われずに、それ以外の何かを動かす感覚を掴む。そうしないとまず何も出来ないし」
言いながら、エウリューケは両腕を上に伸ばして背筋を伸ばす。「んー!」っと、かけ声までかけながら。
「腕は治ったでしょ? 件の子はこの辺りに住んでるはずだし、見えないから探しに行こうよ。ぼちぼちと」
腰を回して、エウリューケが手を振り回す。横から僕の腰辺りに向けて張り手が飛ぶ。
その軽い衝撃に押し出されるように僕は一歩踏みだし、それを見てエウリューケはケラケラと笑った。
街から外れた農地地区。
栄えた王都といっても、やはり貧富の差は存在する。
そしてその貧富の差は畑の場所にあまり関係ない。幾人もの小作人を雇う豪農に、一家で食べる分を賄うのにやっとな貧農の家族まで。肥料や水路はある程度共用のために集まってはいるが、その中で貧富の差に関係なく農民は皆混在して存在しているという感じか。
そんな中でも、今僕たちがいる地区はどうやら自営している農民たちが主なようで、畑と家がセットでいくつも点在していた。
植えられている植物は麦などの主食となる穀物がほとんど。中には他の野菜もあるが、そういった嗜好品寄りの作物は多分豪農に任せているのだろう。
まだまだ黄色みもおびておらず、ともすれば雑草のようにも見える麦畑だ。品種の違いか時折僕の身長よりも丈が高い草むらもあったが、やはりそれも麦のようだった。
そんな麦が視界を遮る曲がり角を何度か越えて、ようやくエウリューケは立ち止まる。
それから僕の肩を強く叩くと、背後に回って僕の背に隠れるようにしながら「あれ、あれ」と一人の男の子を指さした。
「あの子、ですか」
「それだよ。あー、あいつがやったんじゃなくてもイライラしてきた!!」
「そこまで怒ってましたか……?」
苛つきの原因は、多分先ほど聞いた不正の件だろう。そこまで怒っていたようにも見えなかったが、それでもエウリューケはまた牙を剥いて威嚇していた。
僕は、しゃがみ込んで友達らしき男子と一緒に土をいじっている彼に目をこらす。
年の頃は三歳と聞いた。
茶色っぽい黒髪に、やせてはいるが他に特徴のない体型。育てばそれなりの容姿になりそうな見た目だが、まだまだ中性的に近い未成熟な容貌。
……どう見ても、普通の子供だ。
まだ親の手伝いが出来るような歳でもなく、家の近くの空き地で同年代の友達と駆け回るくらいしかやることがないような。
「家族構成とかは調べましたか?」
「ウィンク・バラキルト。五人兄弟の末っ子。兄が二人に姉も二人。両親は健在で、今あっちの畑にいるのがそう」
エウリューケが指さした先には、たしかに両親らしき男女がいた。畑の中にはまだ数人いるし、それに両親らしき男女とほぼ同年代の大人たちも数人いるので、一瞬迷ったが。
そこは共有されてる畑なのだろうか。それとも、ただ近所の人が手伝いに来ているだけなのだろうか。まあ、どうでもいいけど。
「下の兄貴があの子と一緒に来た悪ガキたちの一人。そんで、他の兄弟含めても、両親に至っても、体には闘気が流れてる。あの子も一緒だけどね」
「全員が闘気持ち……」
そうすると、やはり普通に考えれば彼にも魔力は受け継がれていない。
魔力使いの子供は魔力使いになりやすく、闘気使いの子供は闘気使いがほとんど。遺伝の法則は詳しく知られていないこの世界でも、そう経験則的には知られていることのはずだ。
「とりあえず、エウリューケさんの描いた魔法陣がどうなってるかだけでも確かめますか」
「そうしよ、そうしよ」
僕とエウリューケは、姿を隠したままその男の子に歩み寄る。
近づいても何しても、やはり普通の子供にしか見えないのだが。
「服の内側でしたよね。どうやって確認します?」
触ればわかるとかあるのかな。
「考えてなかったわ。水ぶっかけて着替えさせるとかするかい?」
「そういうのはやめましょうよ」
というか、それこそ魔力を通せばわかるんじゃないだろうか、とは思うのだが。
どうやら、泥と小石を使ったごっこ遊びの最中だったようだ。
「これが麺麭ってことね!」と、子供特有の冗長で舌っ足らずの言葉が響く。
盛られた土の商品棚に並べられた、子供の拳程度の石。ウィンクといったか、僕らが注目している子供が客役で、もう一人が店員役。
パン屋にパンを買いに来た場面。お金も商品も小石だけれど。
「これください!」
「はいわかりました。一個鉄貨一枚です!」
元気よく声が響き、売買が成立する。
そしてウィンクはその石のパンを手に取ると、豪快にかぶりつく。
「こらっ!!」
そんな姿を見たのだろう。近くに寄ってきた女性がウィンクを叱りつける声が響く。
驚き固まる子供たち。寄ってきたのは、ウィンクの母親か。
「何でも口にいれるなって言ってんでしょ!! それ石! 食べられない!!!」
駆け寄るように母親がウィンクの側に寄り、結構な剣幕で言い聞かせる。僕は、そこまで怒ることはないのにな、などと考えつつその姿を見守っていた。
驚き固まっていたウィンクはその言葉に石を口から離し、隠すように体の後ろに落とす。
「……ごめんなさい」
「ああもう! ほら、家に戻るからあんたたちもこっちに来なさい!」
ヒステリーでもあるのだろうか。母親はそう告げると、さっさと歩き出して他の人間と合流を始める。その背中を見て、それから子供たちは視線を合わせて頷き合った。
「行こ」
「うん」
それからどちらともなく促しあい、その背中を追って駆けだしていく。
既に興味をなくしたのか、泥の商品棚は踏みつぶされ、一部崩れて放置されていた。
「あたしたちも追うかや。これから着替えもあるかもしんない」
「そう……で……」
そうですね、と言おうとした。
しかし、僕の目が違うものを捉えて、思わず頷くのをやめる。
「どうしたん?」
エウリューケがそう僕に尋ねるが、僕はその少しの驚きのままに、返答が出来なかった。
崩れている商品棚。その脇に放置されたパン。
僕はその、先ほどウィンクが食べかけたパンを拾い上げる。
「……魔力があることは、確定らしいですね」
闘気が流れているのは確かなのだろう。エウリューケが確認済みだ。
しかしあのような子供が闘気使いだとは思えない。まだまだ未発達な体で、鍛錬もなしに使えるものではないだろう。
ならば、これは。
「……どうして?」
「闘気を使わずに、そして魔力なしに出来ることではないと思います」
もう一度尋ねてくるエウリューケに、僕は拾い上げたパンを渡して示す。
それを受け取ったエウリューケは、「うほ!」と声を上げて目を輝かせた。
その硬いはずの石にはくっきりと、深々と子供の歯形がついていた。




