またここに来る
昔あまり歩くことの出来なかった王都の内部。
だが、王城へ行く道は一度だけ通ったことがある。
副都からしても騒がしく、そして開拓村などからしたらまるでお祭りのような喧噪の中、僕とレイトンはゆっくりと歩を進めていった。
ガラスもなく、木戸すらない素通しの窓の向こうで、酒を飲む男女がいる。豊かな証拠なのだろう、昼間から赤ら顔で楽しそうに。
僕たちよりも大分背が高い上半身裸の男が、麦の袋を担いで横を急いで駆けてゆく。あばらも浮いているように細い体を存分に使うように、器用に人を避けていた。
少し歩いて、その間に食堂はと探しているが、中々見つからない。
先ほど見えた酒場以外に、飲食が出来るような店は今のところ見つかっていない。どこからか料理のような匂いは漂っているので、あるにはあるのだろうが。看板を出さずに営業でもしているのだろうか。
コンソメのような匂い。まだ夜でもないが、なんとなく豪勢だと思う。
そういえば宿も探さないと。
そんなことを考えながら歩くが、そちらも中々見つからない。
こちらは多分、僕のせいだとも思う。看板自体はあるが、それが宿のものか他の種のものか判別がつかない店が多い。
店構えから中々判別がつかない店が多いのに、この街で暮らす人間たちはそれで暮らせているのだろうか。
「とりあえず騎獣を預けておこうか」
レイトンがそう一言呟く。その視線の先を追えば、路地の奥に牛舎のようなものがちらりと見えた。
それが視界に入ったからだろうか。改めて、家畜の臭いが少しだけ僕の鼻に届いた。
「ここでいいんですか?」
見上げてみれば、確かにここは宿らしい。
それも、馬や他の動物を預けられるような。
……つまり、ちょっと上等な。
「うん。代金の心配ならいらないだろう? それに、ここに長居する気もないしね」
「定宿にはしないと」
「そうだね。ぼくがというよりも、きみが、だけどさ」
見返され、一瞬悩んでああと呟く。
「ここで一端解散ですか」
「もう王都まで来たからね。勇者召喚までは、きみが逃げることもない」
逃げると言われるとなんとなく違う気もするが、まあたしかにそうだ。
「きみにとっても久しぶりの王都だ。楽しんで来なよ。良いところをたくさん探すといい。……でもまあとりあえずは、下見には一緒に行こう」
ちょっと待ってて、と言い残し、レイトンは宿の中に入っていく。
少し待てば、今度は宿の中から出てきた使用人らしき男が、厩舎に天狗を預けるべく僕から手綱を受け取る。
騎獣に好まれるような薬草の匂いが少し漂う。
だからだろうか、僕の手から離れた騎獣は、おとなしく厩舎に入っていった。
ふと、僕の視界に影が差す。
次いでバサバサという滑空をやめた鳥の羽音。逆光になり真っ黒だったその体が、路地の真正面にある屋根に止まり、その柄を見せた。
探索ギルドの連絡用の鵲。その足に何か文章をくくりつけた。
「……?」
僕が手を差し出すと、そこに素直に乗ってくる。ぼんやりと僕を見た目は、改めてみればなんとなく自我が薄い。
といっても、話は出来そうだったが。
「何かご用事でしょうか?」
僕が問いかけると、「え? 喋れるの?」と首を傾げて小さく鳴く。それから慌てたように、「お届け物です!!」と自らの足を示した。
足にくくりつけられた銀の管。そこから小さく折りたたまれた文書を引き出し、広げる。
そこには、僕への問い合わせの文章がまた細かい文字で書かれていた。
『探索者オトフシから、居場所を問い合わせる相談があった。今の場所を教えてもよいか』
そんな短い文章。一応、了承と拒否を記す欄もあるか。
オトフシに……?
よくわからないが、これは頷いても良いものだろうか。
彼……鵲に事情はわからないだろうし、相談できる相手も……。
……まあ、いいか。
ペンを出すのが面倒だったので、返答欄に了承の文字を焼き付け、僕はまた丁寧に折りたたむ。
銀の管をまた足にくくりつけるときに、「もっと上」と鵲に指示を受けたのはなんとなくちょっと面白かった。
鵲がまた飛んでいくのを見送った頃。
宿からまた一人出てくる。まあ、見知った顔だけど。
「……何かもう楽しいことでもあったのかな?」
「いえ」
「そ」
深く追及することなく、レイトンは横を通り過ぎるように歩き出す。
僕はそれを追うように、また往来に足を踏み出した。
「で、どうします?」
王城。昔僕がルルの義理の叔父を殺すために、彼に付き添って入った門。
そこから少し遠巻きに僕らは立ち止まり、その様を眺めた。
一枚の布を置き、その布を複数箇所持ち上げて吊り上げたような形の城。
吊り上げられた箇所は円錐形の塔のようになっており、等高線のように点々と窓が見えた。
組まれた石の上から、漆喰……でもないな、まあ何か塗られており、どこかつるんとした質感が見える。
そういえば外壁には触れたことがないが、この王城には外敵への防衛機能はあるのだろうか。
「きみは魔法による隠行が出来るよね。面倒だし、一緒に隠してくれない?」
「構いませんが、あまり離れられませんよ」
「くっつくまではしなくていいんだろう? ならいいさ」
透明化魔法は、一応改良はしている。
僕以外を隠す場合、以前までは僕の周囲の光を歪ませてそこに人を巻き込むといった形だった。だが、今ならば、少し離れた人間を中心にもう一つの光が歪んだ場所を作るということが出来る。
使う魔力や受け取る光情報の関係で、やはり範囲は狭いし、僕以外に一人分しか作れないが、それでも一応以前よりは自由度は上がっている。
「僕から十歩ほど離れると効果ない……というか効果を出せませんので、気をつけてください」
「善処するよ」
まあ、それ以上離れたら自前でやってもらうんだけど。その方が確実だし、僕も楽だ。
僕らは少し離れた物陰で、二人揃って姿を隠す。
「音も光も隠しはしますが、歩くときの空気の流れとかは自分でお願いします」
「意地悪しなくていいのに」
「二人になると出来ないので」
レイトンも、本気で言い返したわけではあるまい。だが、弁解するように僕が言うと、静かに頷いた。
「正門から入れるなんて新鮮な感じだね」
少し離れた場所から、レイトンは門に立つ衛兵に手を振る。
当然のようにその姿は衛兵の目には捉えられず、衛兵はただどこかを見つめている。
僕も衛兵を見るが、やはりその装備は豪華だ。イラインの一番街にいる衛兵も似たようなものだったと思うが、それよりも少しだけ上に見える。
青い頭巾は多分耐熱性能がある。その下にちらりと見える兜は色からして鋼。フルプレートではないが、手足と胴を覆う鎧に、揺れる度に鳴る音は鎖帷子か。
槍も鉄や鋼ではないらしく、穂先は白っぽい金属面に見えるが、反射光は緑色に輝いて見えた。
そんな屈強な衛兵たちを横目に、僕らは正門から堂々と足を踏み入れる。
……隠れているのに、堂々とというのもおかしな話だが。
レイトンの足は迷いない。
正門から入り、右へ折れると階段を上り、そして奥へと続く廊下を歩く。
途中すれ違う幾人かの官吏に気をつけながらも、レイトンの後を追った。
「場所知っているんですか?」
「いいや? 王城は一度入ったことあるけど、召喚陣の場所までは知らない。でもまあ、何とかなるだろう」
レイトンは笑い、ツツと壁を指先で撫でる。埃一つない石壁は、ただレイトンの指に白い跡をつけていた。
「人の作ったものには、必ずいくつかの傾向がある。てんで出鱈目に作ることは、人が人である以上意識してもほぼ不可能だ」
二人共に立ち止まり、曲がり角から出てきた男性を避ける。重たそうな書類を前で抱えて息を切らしていた。
しかし、傾向。それだけで、遺跡よりも広いこの王城の中を探し回るとは。
「特に今回ぼくらが探している召喚陣は、魔力を使い勇者を召喚するという奇跡の産物。神器にも区別されるそれを、他の意図があるならばまだしも、考えなしに玄関先に置くなんて考えられない」
レイトンが手すりに手をつかぬように、階段を下りてゆく。窓のないここでは、方向感覚を見失いそうだ。
「簡単に言えば、立ち入り禁止区域を探せばいいと?」
「それは簡単すぎるかな。ここには王族の生活区域もある。官吏も貴族も立ち入り禁止になっている区域は、他にもきっと多くある」
踊り場で振り返り、レイトンは僕を見る。まるで楽しんでいるかのような目つきで。
「立ち入り禁止区域なのは間違いない。そしてもう一つ探すべきは、魔術師、もしくは魔法使いだ」
「召喚陣の起動に携わる人ということでしょうか」
「そうだね。それに加えて、歴史的に見ても王族に魔法使いはほぼいない。彼らが立ち入れる場所であり、なおかつ立ち入り禁止の場所。そこまでいけば大分場所は絞れるよね」
「……地図があれば簡単なんですけど」
「ない物ねだりはしないほうがいいよ。人の立ち入れる場所ならばまだしも、警備上必要な重要区域の地図は持っている者が限られる。そこら辺に簡単に置かれているものじゃない」
さきほど一度衛兵の詰め所のような場所の横を通ったが、中をちらりと見ても、その周辺の地図しか見つからなかった。
周辺にないということはわかったが、それでも収穫なしとほとんど同じだ。
「ま、手に入ったら楽だよね。もしくは誰かに聞けたらいいんだけど」
「知ってますかね?」
「前回の勇者召喚……もちろん伝聞だけど、そこでは勇者は大勢の兵士や姫の前で召喚されていた。書かれてはいなかったけど、兵士たちはおそらく勇者への警戒の意味もあったんだろう。それを踏襲するならば、今回も衆人環視の中行われる。今現在知っているかはわからないけれど、必ず周知はされるだろうね」
目の前で女性の官吏が書類の束を取り落とす。
慌ててそれを拾い上げようとする彼女と、通りかかり手を貸そうとする官吏の横を通り抜けて、レイトンは軽い足取りで床を叩く。もちろん音はしないが。
僕も紙を踏まないように通り抜ける。何の危険性もない紙の束だが、隠行中はこれだけでも罠のようなものだ。
廊下を歩き続けると、衛兵が両脇に控えた廊下がある。
その奥を覗けば、調度品が少しだけ豪華になっている気がした。
「こっちは多分違うかな。女性王族の誰かの住処だろう」
それを聞き、もう一度僕も奥を見れば、なるほど、根拠はないがなんとなくそんな気がする。
両脇にいる衛兵も配慮されているのか女性二人。……正直、他に根拠が何もないんだけど。でも、感覚的には多分。
「ひひひ、行ってみたい?」
「遠慮しておきます」
奥の方にまだ気配がある。しかも、衛兵のものではなく、冷たい雰囲気が少し。
「そうしようか。多分警備に聖騎士が一人いる。まだ他に可能性がある以上、薮を突くことはないさ」
いくつもの角を曲がり、階段を上ったり下がったりなどし、それでも闇雲に歩いているわけではないらしい。
もう少し歩くと、また気配が変わる。先ほどまでは疎らだった人の気配が、少しだけ密になってきた気がする。
会話も少なくなってきた中、またレイトンが口を開いた。
「さっきの女役人が持っていた書類、何だったか覚えてる?」
……さっきの……というと、書類を取り落としていた女性だろうか。ならば。
「西方への……副都ロズオンへの、募兵と兵糧供出に関する書類でしたか」
「へえ、ちゃんと見てたんだね。まあ、そういうこと」
何がそういうことなのかはわからないが、満足げにレイトンは振り返りまた前を向いた。
「でも今回見るべきはその下。連絡の書類は他にもあったけど、貴族たちへの王城への召集令に関する書類があった」
「開戦のためでは?」
「兵糧供出まで命令する段階だ。もう、開戦については連絡されているさ。それよりも、一同に会するように、という命令なのが重要なんだ」
「さっきの話ですか」
僕は眉を顰める。なんとなく、こじつけのようにも思えて。
「そう。その根拠も薄いけど、勇者のお披露目のため、という理由だとぼくは見たね」
勇者召喚。本当にそれが行われるのか、というのは置いておいても、その書類が本当にそれに関係するのかはわからない。
納得できないわけではないが、根拠は薄い。そのためだろうか、僕は素直に頷けなかった。
「…………」
ふとレイトンが立ち止まる。十字路のどちらに進もうか悩むように。
それからちらりと左側を見れば、上り階段の向こうから人が現れた。
二人揃ってそちらを見るが、レイトンは興味をなくしたように右側の廊下の奥を覗き込む。
「まあ、ではエーミール様も……」
「そうですな。彼は反対しているとかで……」
階段から歩いてきた男女。
五十代ほどの口の周りに髭を生やした男性は、緑の法服のような姿。こちらは治療師だろうか。黄色い髪が短く刈られている。法服の上にもう一枚、袈裟のようなものを纏っていた。なんとなく、偉そうだと感じる。
女性の方は二十……くらい? いやそれよりも幼い感じだろうか。薄い赤色のコートのような服に、同じ色の膨らんだ大きな帽子を被っていた。
だが、どこか変な感じがした。
どこがだろう。そう悩みながらも、僕のすぐ傍まで近づいてくる頃には気づいた。
男性の方は、なんというか普通だ。
けれど、女性の方が、おかしい。
いや、おかしいというのも変だろう。
しかし変わった仕草をしていた。
男性と話している女性は、ずっと目を瞑ったままなのだ。
前を見ていない? なのに、階段は先ほど普通に降りてきていた。
……まさか。
「こっちだね。ちょっと急いで」
「……え、ええ」
距離を取るためを兼ねて、歩き出したレイトンに合わせるように僕は小走りで駆けてゆく。
そんな僕の後ろで、床を叩くように足音が小さく響いた。
「あら」
女性の声が響く。そしてその足音の主を持ち上げたような音が聞こえた。
僕は振り返る。そこではちょうど、その足音の主だろう掌に乗るような小さな猫? ……でもない、猫のような半透明の透き通った動物のようなものを、頭に乗せて、その上から女性が帽子を被っていた。
そして、その彼女が、こちらを向く。
一瞬だ。帽子の中に正体不明の動物を入れて直した瞬間。
浮かべた蠱惑的な笑み。光のない目が、こちらを見ていた気がした。
「……いや、危ないところだった。魔法使い、だったね」
レイトンが楽しむような声音でそう呟く。
こちらを見ていなかったようだったが、見ていたのか。
「ええ。目を瞑っているところからしてまさかと思いましたけど」
「身体的な特徴から見て、多分〈欠片余り〉のクロエ・ゴーティエだろう。盲目の精霊使い……あれが……」
ようやく振り返り、既に通り過ぎた十字路の先をレイトンも見る。その左に曲がった先で、また男女の話し声が聞こえていた。
しかし、魔法使い。やはりか。
目を瞑っても行動できる人間は限られる。
一つは、それに慣れている人間。元々盲目だったり、何らかの事情で暗闇で長く過ごした人間。
二つ目に、レイトンや、多分スティーブンのような武術の達人もおそらくはそうだろう。
そしてもう一つ。僕のような魔法使い。
人にもよるだろうが、魔法使いは目が見えずとも、耳が聞こえずとも魔力でそれを補える。実際に視ているわけではないが、光情報を受け取り、周囲を把握することが出来る。
それかと思い、魔力圏がぶつからぬように距離を取ったが正解だったらしい。
それにしても。
「目が見えない魔法使い、ですか」
「生まれつきだそうだよ。誰も目を開いたところを見たことがない。なのに、全てを見ている。だから目が〈欠片余り〉と」
生まれつき、か。
まあ、だったら何も違和感なく過ごせるのだろうけれど。
…………。
少しだけ、レイトンの言葉で背筋に寒気が走った気がする。
これは検証すべきだろうか。いや、何も騒ぎにもなっていないのに。
「……気づかれましたかね」
「わからないな。でも、ここに衛兵を呼んだような気配はない。気にしないでいいと思うよ」
「そうですか」
レイトンは気づいていないのか。それとも気づいた上でそう言っているのかわからない。
だが、多分……彼女は気づいていた。僕らがここにいることに。
「でも、魔法使い。それに横にいたのは治療師かな? それなりに高位の」
「……そういえば」
「そして、おあつらえ向きに怪しい階段、と」
ひひ、と笑いながらレイトンは行く先を指し示す。そこには、地の底に降ってゆくような階段が一つ。
逃げ場はないだろうか。いや、今はまだ気にしないでもいい。
「行きましょう」
恐れを振り切るように、階段に一歩踏み出す。
レイトンも笑ってそれに続く。階段の奥から微かに聞こえてきていた唸るような呪文が、壁や床から滲み出してきているように感じた。
二つの扉をくぐり抜け、兵士たちが警戒している四つの階段を下った先に、僕らの望むものがあった。
厚い金属製の扉。その横には二人の兵士が立っている。
衛兵でもない。そこにいる人間は、そして階段から下で警備に当たっている人間たちは、槍ではなく剣を帯びている。
そして白いコートを着て、微動だにせず周囲を警戒していた。
「……ここまでですね」
「残念なことに、そうかな」
大きな扉。まるで王城の正門のような。
地下にあるのにどこからか光が差し込んできているようで、白い壁が殊更に光って見える。
中から聞こえてきているのは祝詞だろう。治療師の読み上げる経典の一節。
そっと魔力だけを扉に通そうかと思ったが、それも無理らしい。
横にいる聖騎士が、闘気を扉に通している。金属製なのはそのためもあるのだろうか。強化され、魔力で探査したところで気づかれてしまいそうだ。
石壁らしい横は通るようだったが、中も中々に厳しい。
魔術師や治療師が魔力波をずっと飛ばし続けている。何とか魔力を制御しそれに邪魔されないようにとしても、ノイズが入る。
気づかれても良いのならばもう少し鮮明に見えると思うが、気づかれないようにするならばこれで限界か。
中にいたのは、十数人の魔術師と治療師の混合。そして黒っぽい床に描かれて、今まさに発光している円を基本とした複雑な模様。多分直径五メートルくらいの中に、びっしりと細かい線が走っている。
あれが、魔法陣。
そして中の様子を見るまでもなくわかる。
今まさに、儀式の真っ最中ということか。
なるほど。エウリューケがさらっと使ってるから忘れがちだが、転移魔術の起動も本来ならば長い時間がかかる。勇者の召喚も同じということだろうか。
扉を開いて中を見てみたくもある。
儀式の完遂……つまり、勇者の召喚まではまだ間もあるようだし、まさか魔術師たちも不眠不休で頑張るわけではあるまい。……いや、魔術師ならば出来るかもしれないけど。
それでも多分、交代か休憩はあるだろう。そのときに扉がきっと開かれる。
しかし、見回してみても誰も歩く者はいない。交代の時間があったとしても、それはまだまだ先らしい。
「今度は堂々と見に来ようよ。姿なんて隠さずに」
「いつくらいでしょうかね」
「さっきの書類の日付を見る限り、おそらく今から九日後かな。まあ急ぐものでもないし」
床に手をつけて、レイトンも中を探っているようだ。中の動き的にはほとんどないから、あまりそれで何かわかるとも思えないが。
それから立ち上がり、微動だにしない聖騎士の目の前で軽く手を振って遊んでいた。
「じゃあ、階段でたら解散しようか。時間になったらまた会いにいく。それまできみは適当に時間潰しててくれ。王都にいてくれればいいよ」
「そうですね。場所はわかりましたし」
その時は、ここまで迷わずに来られる。
……と思うが、帰りしな一応道順を確認しておかなければ。
そこかしこに設置されている石像のような聖騎士たちの視線をくぐり抜けて、僕らはまた階段を上ってゆく。
振り返れば、まだまだ儀式は続いている。
下から響き続けている神聖な祝詞の声が、反響してどこかおどろおどろしいように僕には聞こえていた。




