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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
一歩ずつ

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閑話:嵐模様




 寒い雪の日。

 どんよりと重たい雲が王城の空を覆う。


 ちらつく雪はこれから本降りとなるだろう。中に星のように混ざる赤い斑点からすれば、これから命が危険な雪が降ることも考えられる。

 鼻先に落ちた雪に空を見上げた門番は、そう感じた。


 浄華雲の赤い雪が降るのは珍しいことだ。

 温かな光を放つ蛍火雲が出るのは七日に一度ほど。去年は少なかったが、およそそれくらい。それに対し、浄華雲から雪が降るのは二十日に一度あるかないか。国のどこかには降るものの、城には全く降らない年も珍しくない。

 

 だが、これはいい。

 もしも赤い雪が降れば、警報が発せられ、外に出ることが出来なくなる。屋根の下、温かな場所に入ることが出来る。

 今日はいつもよりも少し寒い。


 早く温かい場所に入りたい。少しでも早く仕事を終わらせ、酒精の強い蒸留酒で喉を焼きたい。

 リドニックの王城を守る門番の一人は、そんな甘い考えを抱いていた。



 そんな門番が、傾いていた槍を握り立て直す。

 同じように門の反対側に立つ同僚を見ても、同じように。そして二人で頷き合うと、門に近づいてくるその『来客』の様子を観察し始めた。


 体の線から見るに、女性二人組。

 厚手の白い外套を羽織り、耳まで被るように帽子を被る。片方は女性にしては長身で、細身なのも相まって門番はそれが男性ではないかと何度も確認した。

 背の低い……それでも女性としては平均的な程度の女性は何度も立ち止まりそうになるが、それでも目的地はこの門の向こう側らしい。

 馬車などが通るための門ではなく、人のための通用門を迷わず目指してくる。その二人の青い目が、雪景色の中で強く光って見えた。


「もし」

 長身の女性が門番に声をかける。

「なんだ? なんかの嘆願か?」

「いや、お目通り願いたい者がいるのだ。この城にまだいると聞いている」

「誰だ?」

 下手に出ているようで、その態度は下手に出ていない。鋭い眼光にそう感じた門番は問う。

 もちろん、明確な理由がある者が正当な手続きを踏めば、この城の中に入ることは出来る。だが目の前の女性に、門番は何かを感じた。

 まるで、通してはいけない誰かだと思えた。


 指名手配をされているものではない。

 門番も自信があるわけではないが、このスニッグで出回っている手配書の人相書きは粗方覚えている。だがその中に当てはまるような者はいない。

 

 そして、威圧されているように感じる。目の前の女性が何をしているわけでもないのに。

 だがまあ、その程度の印象は人によるものだ。とりあえず、誰に何の用事があるかを確認し、明確な不許可事由がない限りは上へと上げよう。いつものように。

 そう門番が決めた次の瞬間、目の前の女性の口から名前が発せられる。

「マリーヤ・アシモフ。階級はわからない」

「マリーヤ様、か」

 マリーヤ・アシモフといえば、この城でも知らない者はいない。革命前からこの城に仕え、そして革命後の今でも官職すら持たずとも国を支え続ける才人。そしてそれでいて、目を引くような佳人。

 お目通りを願いたいという者は少なくない。だが一応、官職がない以上扱いは下働きと同様で、本人もそれを望んでいる。本人が望まず、断ることがわかっているいくつかの相手を除き、確認が必要だろう。

 門番は頷く。

「わかった。だが簡単に頷くことは出来ない。一応確認を取ってみる。そちらの名前は?」

「…………」

 誰何をするが、女性のその口は一瞬閉じた。

 言いたくないのか、それとも言えないのか、それはわからないが、門番の目の前の女性たちへの不信感が強くなる。

 不審な女性二人組。これは訪問ではなく、不審人物への対応に切り替えた方がいいだろうか。そう判断しようとした。


「……ソーニャ・ロゴシュキンと伝えていただければ」

「ソーニャ……?」

 その名前を聞いて、門番が眉を顰める。

 どこかで聞いたことがある名前だ。しかし、この城でではない。


 どこで聞いたかは思い出せない。だが、確実にわかることがある。

「……承った」

 この胸に渦巻く感情は、けっして好意的なものではない。


 それでも、この感情は自分だけのものだ。まだ事情もわからない以上、外に出すのは憚られる。そう考えた門番は、深呼吸をして精神を落ち着ける。その心が何に対してささくれ立っているかはわからないまま。

「だが、あの方は多忙な身だ。期待はしないでほしい」

「わかっている……ならばここで待たせてもらってもいいだろうか」

「ああ」

「お待ちくださいまし」


 頷くソーニャを押しとどめるように、門番の動きを制するように、背の低い女性がソーニャの隣で声を上げる。

 その声が震えていたのが門番には気になった。


「こう、言い添えてくださいませ。……ここを訪ねてきたのは、ソーニャではなく……私だと」

「……はぁ……?」

 怪訝な声を発する門番の目の前で、背の低い女性が外套についた頭巾をはぎ取り、その下に被っていた帽子を脱ぎ去る。

 湿っていてもなお、金の髪の毛がふわりと舞った。


「メルティ・アレクペロフが来たと。過去の清算に来たと、伝えてくださいまし」


 その震える唇と、うっすらと涙を浮かべた目。

 この次の瞬間から、門番を務める衛兵は、平静にはいられなかった。






 登城して間もなく。それでもマリーヤの動きは止まらない。

 カツカツと床を踵が叩く音が響く。そしてそれを追うように、いくつもの足音が乱れ鳴る。

 そして、足音とともに、艶のある美しい声が諸官からの報告を切り落とし続けた。


「キルケ司農から塩の供給に関して嘆願があると……」

「午後の一番に回してください」

「……エンリケ司馬から昼食のお誘いが」

「却下」

「……廷尉から苦情が……」

「ヴォロディア様に直接出すように」

「……尚書の……」


 まだ自らに与えられた執務室に辿り着く前のことである。

 それでもなお、自らに持ち込まれる数々の諸問題にマリーヤは辟易していた。

 朝整えたはずの髪が乱れた気がして、頬の一房を耳にかける。それだけで、男たちを虜にする芳香がふわりと舞った。


 いくつもの書類を抱えた秘書代わりの侍女がため息をつく。

 マリーヤを頼りに集まり、そして用を果たして散っていく官僚たちを見ながら。

「……たまにはお休みになられては?」

「そうはいきません。まだまだ休めるような状態ではないでしょう」

 侍女に合わせたように、静かにマリーヤもため息をつく。たしかにそろそろ休んだ方がいいのかもしれない。疲労は確実に溜まっている。そうは思いつつも、この国がきちんと軌道に乗るまでは休めない。そう自分を律していた。


「少師のほうから何か報告は?」

「今のところ、なにも」

「そうですか」


 その、軌道に乗らない原因の一つ。そのことについて侍女に尋ねたマリーヤは、何もないことに対してまたほっと息を吐いた。

 少師は王城における軍事を担当する文官である。レヴィンはその役職をマリーヤに尋ね、『防衛大臣』と理解していた。

 もちろん、マリーヤがこの侍女に『少師のほう』という場合は、その人物そのものの言動を尋ねているわけではない。


 


 問題があれば、そこからも報告が来るようになっていた。

 問題とは、反民主制の王党派。彼ら自体と、そして彼らがたびたび起こす騒ぎのことである。


 革命が終わり、そしてアブラムの起こした白波事件が終わったしばらくの後。

 彼らの運動はポツポツと広がり始めた。


 今のところ、大きな中心となる人物はいない。それ故に小さな規模で終わっているが、今後更に広まっていくだろうとマリーヤは考えていた。

 彼らの主張は簡単だ。

 その大綱は、『自分たちを政治に巻き込まないでほしい』というもの。 

 曰く、『王を()()()倒した現政府は責任を取れ』『王による強力な統治を取り戻せ』と。そんな標語を抱えて、たまに広場で集まり騒ぎ、何度かは鎮圧されている。

 大きな集まりではない。だが、小さな集会は何度も行われていた。

 これが大きくなったら、と想像して微かにマリーヤは身震いした。


 今のところ同じなのだ。自分たちと。

 小さな集まりから大きな集団となり、そして王の首を切り落とした自分たちと。



 もちろん、その意図は違う。

 マリーヤたち革命軍は、王の『悪政』を憂えて立ち上がった。

 だが、彼ら王党派が生まれたのは、何か特別な原因があったわけではない。


 ただ、気づいてしまった者が多いのだ。

 大きな事件が終わり、民主制としての各制度の整備に手間取っている間に。

 気づいてしまった。民主制は、民に大きな権利が与えられる。その反面、生まれる責任を。


 マリーヤたちの用意しつつある民主制は、議会政治。

 国民たちがそれぞれに自分の声を代弁する者を選んで、選ばれた数十人に国政に携わらせるというもの。


 だが、王制に慣れきっている者たちにとっては、それは不信感を招く制度に他ならない。


 今までの王制であれば、国民たちはある意味『他人事』でいられたのだ。

 吹雪や地雪崩などの天変地異に対応するのも王で、王が指示を出し官吏が対応する。法を布告するのは王で、整備されたそれを官吏が運用し国民に適用する。

 それでよかった。

 良いことは王の功績だ。それはもちろん。しかし、悪いことも全て王の責任に出来た。

 悪政は全て王の責任。人が死に世が乱れても、悪いのは王で、国民たちはそれに踊らされるかわいそうな存在。そんな存在でいられた。


 綺麗でいられたのだ。政治の悪い部分に関わることがなかったから。


 しかしこれからはそうではない。そう気づく者が出てしまった。

 特定の議員による悪政があれば、もちろんそれは選ばれた議員の責任だ。だが、それを選んでしまった自分の手はどうなる。

 もしも、自分たちが選んだ議員が悪い存在だったら。自分たちが悪い存在を見抜けなかったら。


 ヴォロディアは既に演説で発表した。

 『国民ひとりひとりの一票が、とても重要な話となる』と。


 それに、怯える国民が出てしまった。

 もちろん、皆はある程度考える。善政を行える者が議会に入り、悪政を行う者が議会から除かれるよう。

 しかし、もしも悪政を行う者を議会に入れてしまえば。そしてもしも自分の一票が、その決め手となってしまっていたら。


 棚に上げてしまう者もいるだろう。誰がどうなろうとも、自分は何の関係もないと言える者ももちろんいるだろう。

 それでも、自分の一票が、誰かを殺める結果となるかもしれない。

 そう、国民の一部が気づき始めた。

 『手を汚したくない国民』たちが。




 マリーヤの胸中は複雑だった。


 ふざけるな、と思う。

 国民は、この国で暮らす民だから国民という。なのに、全てを任せて、自分たちの生殺与奪まで今更投げ捨てようというのだろうか。

 王への怒りを持っていたのではなかったのだろうか。王が憎いと国民たちが怨嗟の声を上げたからこそ、王は倒れたのだ。

 それを、今更取り返そうなどと。


 民主化は抗えない流れだ。王は死に、王族も革命軍がほぼ絶やした。もしも王制を復古するならば、革命後に仮に王を名乗っていたヴォロディアを王と定めるか、もしくは王族唯一の生き残りメルティ・アレクペロフを女王に据えるか、だ。

 だが、どちらもマリーヤは認められない。


 ここまで旗印として使ってきた。

 知名度的にも皆の信用的にもヴォロディアは申し分ないだろう。代表として、国政を放り出さないのは評価できる。議会の王としてならば。

 けれど、彼が有効なのは『旗印まで』だ。

 仮に王制の王とした場合は、ヴォロディアでは力不足だ。革命直後から既にその兆候はあったが、いずれは単なるお飾りとなり、船頭のいない船としてこの国は漂うことだろう。

 

 そして、後者は論外だ。

 誰が、メルティ・アレクペロフを王と仰ぐだろう。

 他の誰が許しても、マリーヤは許さない。仮にどれだけの善政を行おうが、後世に長く語り継がれる仁の世を作る能力があろうが、マリーヤは許さない。

 

 もはやこの国に王はいない。

 王制への復帰はもはや出来ない。


 それでも、とマリーヤは思う。


 このまま民主化に進んでも、この国の未来は暗く険しい。

 決して最善策ではない、最大公約数的な『良い政策』を掲げる議会を舵取りとして、内に王党派という大きな火種を抱えたままこの国は漕ぎ出さなければいけない。

 

 法整備も不十分で、制度としての形を整えるので精一杯だ。

 これから後、問題はいくらでも噴き出してくるだろう。


 

 問題はある。もしかしたら、王がいたほうがマシだったのかもしれない。あのイラインの貧民街の老店主の言ったとおり。

 だがそれは後の歴史が決めることだ。


 現実問題、自分は今政権側にいる。王党派に勝たせるわけにはいかない。

 王党派とは戦わなければいけない。それが、一度は王の首を切り落とした自分の責任だ。

 

 どちらが良い未来に行き着くのか、未だにマリーヤには結論が出せていなかった。

 


「……マリーヤ様!!」

 とりあえず、切り替えて今日の雑務をこなさなければ。ヴォロディア王へ決裁を求めなければいけない書類の精査と、その補足資料を作成する。

 諸官からの声をまとめて、ヴォロディア王への嘆願状を作成する。あとはその利害調整や、不満の慰撫などに奔走しなければいけない。

 やることは山ほどある。

 そう決意したマリーヤの耳に、走り込む誰かの声が響いた。


 振り返り、息せき切って駆け寄ってくる衛兵の顔を確認する。以前から勤めている古株だったか。

「何でしょうか」

 どう見てもただ事ではない。今度は何の問題だろうか、この国に燻る諸問題、そのどれにまた火がついてしまったのだろうか。そう慌てながらも、平静を装いマリーヤは尋ねる。

 立場上は衛兵の方が上でも、慣例上、上に立っている人間が慌ててもいけない。

 そう平静を保ちながらの応対だったが、その努力はむなしく終わる。


 息も整えず、衛兵は顔を上げる。その顔に、戸惑いが見えた。

「……ルティ、ア、……ペロフ、が、……!」

「……申し訳ありません、落ち着いてお願いします」

 聞き取れず、マリーヤはもう一度、と促す。

 衛兵は大きく頷き、唾を飲む。それから大きく息を吸った。


「メルティ・アレクペロフが、城に現れました!!」


「…………!!」

 マリーヤの元々白い顔が青ざめる。その名前を耳にした瞬間、全身の毛が逆立った気がした。




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― 新着の感想 ―
[一言] (゜_゜ )城まで、来れたんだ………………
[一言] 国の窮地への対応策(国として根本的に生産力が足りない所に押し込められているのがそうだと思うのですが...)は無く、前体制へのルサンチマンと理想、思想でまとめている国が前体制の処刑に手を出す.…
[一言] これはおいしいw マリーヤのツキは神がかり的だな、困難に際しては向こうから解決策が現れる。 圧政時の農家しかり、白波時のカラスしかり。
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