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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
勇気の証明

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嫌いなにおい



 幾人かの悲鳴が響く。

 ゆっくりと堕ちてきたその影は滑るように僕の斜め前へと進み、そちらにいた数人が我先にと左右に散っていく。

「ぬおおお!!」

 そして、響き渡るもう一つの悲鳴……というか雄叫び。

 その翼のある影からそれが聞こえたと思うと、次の瞬間に衝撃音が響く。


 一軒家の壁が崩れる。泥で出来ているだけあって、やはり脆い。

 そしてそのお陰でもあるだろう。家の中に飛び込んだその影は大破して、それでもその()()は無事だったようだ。頭を押さえて立ち上がる。ふらつきながら、土塊を払いのけて転がるように家屋の外へと歩み出た。


 歩み出た男性が、頭に分厚く巻いた布を勢いよく取り払い、鞭のようにそれを振る。乾いた破片がパラパラと散った。

「くうう、失敗か!!」

 悔しそうに地団駄を踏み、割れた翼を見てそう嘆く。

 

 僕はその視線の先を見て、少し驚く。この世界、この時代にはないと思っていたものがそこにあったからだ。

「やはりまだ上昇機構の出力が足りん。もう少し効率化せねば……!」

 逃げた人たちが戻ってくるのも意に介さず、男性が破断した翼を持ち上げ眺めて、翼を手放しプロペラらしき破片を拾う。木製のそれらは、僕が見たことのあるものとは若干形が違うし、実用化されているものよりもかなり原始的ではあったものの、それはまさしく……。

「……飛行機……?」

 

「だが、この前よりは距離が長くなった! 今回は期待できるぞ!!」

 男性が乗っていたのは、プロペラも翼の品質も見ただけでわかるほど粗末ではあるが、しかし確かに飛行機だった。




「勘弁してくれよ、エネルジコさん!」

「はは、悪いな! きちんとあとで修繕の手配はしておくよ!」

 驚き見つめる僕のことなど誰も気にすることなく、群衆は物見高く大破した家に集まる。

 しかし家の持ち主らしき人物は文句は言うものの、慣れているのか乗っていた男性の言葉ですぐに矛を収めた。

 それにエネルジコという男性も事故には慣れているようで、しかも有名なのだろう。周囲の人間に一声頼むと、すぐに群衆は協力し大きな瓦礫と残骸を引っ張り出していた。

 本人はといえばそれには協力せず、懐から小さな紙の包みを取り出し、その端を鼻につけて吸う。

 そして片付けられていく様を、鼻をつまんで擦りながら微笑んで見ているだけだったが。


 やがて、一応飛行機らしきものの残骸は引っ張り出され、大破した家の前に積まれる。撤去作業の間にもいくらか壊れたようで、もはやそれは木材の塊といえばそうとしか見えないほど山となっていた。

 家の中に何もなくなったことを確認し、エネルジコは顎に一度手を当て、その手を放り投げるように水平に振る。

「すまないな。今日中に職人はここに来る」

「はいはい、わかりやした」

 どうやらその大仰な仕草は、敬礼のようなものだったらしい。家の主もそれを軽く返すと、満足げにエネルジコは頷いた。

 まあ、見てみても、被害としては壁が壊れた程度で中の家財にもほとんど影響はない。壁の修繕さえしてもらえばいいというのは少しわかる。けれど、その程度で済むものなのだろうか。


 力強く足を踏み出したエネルジコは、鼻歌を歌いながらその場を去っていく。

 その歩みを止めないように、群衆は割れる。まるで近づきがたい人物のように。


 やがて、彼の姿が見えなくなると、見ていた人々も興味をなくして散っていった。



 もちろん、興味が失せようともそこを立ち去れない者もいるのだが。

「……ああ、くそ……」

 残骸と、穴の開いた家とで視線を往復させ、家の主が溜め息をつく。気持ちはわかる。突然家が壊れて、謝罪もそこそこにその犯人は去っていった。

 だが、何故彼を強く咎めないのだろう。そして、この街にもいる衛兵が、彼を捕まえないのも何故だろうか。


 何故? と僕の頭上で疑問符が飛ぶ。

 だがしかし、それよりも気になっているのがその残骸だ。


 僕は歩み寄り、もはやぽつんと一人立っていた家の主に声をかけた。

「あの、失礼します」

「……ん? ああ、なんだ?」

 力なく、男性が振り返る。覆面はないが、頭に巻いた布も体に巻かれている布も他の人と変わりない。自分の家が壊れても問題ないほどの金持ちかとも思ったが、そうでもないらしい。

 むしろ、さっきのエネルジコという男の方がいい生地を使っていた気もする。


「その積まれている山、見せてもらっても?」

「構わないよ。焚き付けにでも使うか?」

「いえ。ただ、それがなんなのか気になりまして」

 要るのかはわからないが、それでも一応男性の許可を得て、僕はその残骸の山の裾でしゃがみ込む。拾い上げてみれば、やはりあまり上等ともいえない造りだ。

 翼の形にするために削ったのだろう木材には削り跡が多数残り、本物の飛行機であれば空気抵抗などの問題も出てくるのではないだろうか。空気力学はさっぱり覚えていないからわからないけれど。

 接続部分には金具が使われ、鋲などで補強されている。一応問題ない強度なのだろうが、衝撃が加わると今目の前にあるように簡単に破断してしまうのだろう。

 

 木と金属、その材質はいい。おそらく木材は街路樹のように使われていた木を貼り合わせたものだ。金属の加工技術は多分エッセンと変わらないだろう。

 そんな材質や加工技術などはどうでもいい。

 それよりも、まずはこの形だ。


 コクピットのような人の座る場所がある。屈葬するための棺桶のような狭い場所に椅子のように座れる段差がついていた。その足下にはペダルのようなものがついており、大きなヒトデ型の木製部品がそこからいくつかこぼれている。おそらく、歯車だろう。

 そのほぼ同じ大きさの歯車は連なり向きを変え、コクピットから突き出すように前後についているプロペラの軸に接続されていた。プロペラ自体は割れて外れているが、多分本来はそのペダルを踏むとプロペラが回る。


 そして、コクピットから左右に大きく突き出た平べったい部品。

 滑らかでもなく、揚力を大きくするためのテーパーすらない。

 だが、たしかにこれは、飛行機の……。


「あんちゃん、この街の人じゃねえな?」

「……はい。先ほどこの街に着いたばかりですが……」

 後ろからかけられた声に、振り返りながら応える。家を破壊された男性は、苦笑いしながら僕の顔を見つめた。

「なら、仕方ねえな。初めて見るだろ。これは、木鳥(もくちょう)ってんだと」

「木鳥……ですか」

 木の鳥。言い得て妙だけれど。

「つまり、これは空を飛ぶものなんですか?」

「おおよ。さっきのエネルジコって奴が何回も作ってんだけどよ……」

 男性も僕の横にしゃがみ込み、そして大きな木の欠片を手に持つ。

 そして立ち上がり、その欠片をまた瓦礫に放り投げた。

「出来るわきゃあねえよな。魔力もない人間が空を飛ぶなんて」


 嘲笑でもないが、無感情な笑みを浮かべて男性はそう言い放つ。

 まあ、この世界でも人間単体ではそうだけれど。


「そんなわけだ。あいつ、金だけは腐るほどあるからな。あんちゃんも、欲しいならこんなゴミは好きなだけ持ってけよ。どうせ捨てるもんだし」

「ありがたいですけれど、僕も別に要りません」

「ハハ、ああ、だろうな!」


 僕との会話で改めて作られたその笑顔で、大体わかった。

 先ほどの笑みは、子供を見る笑みだ。それも、自分のでもない無関係な子供を。

 エネルジコに関しては、怒る気にもなれない、どうせ修理されるから問題ない。強く怒らなかった彼の内心はそんなところなのだろう。


 それに、きっとこの壁の構造もそれに拍車をかけている。

 大破した断面を見れば、やはり簡単な構造だ。木で枠を造り、泥でそれを覆っている。ただそれだけの。時間と材料があれば僕にも作れそうなその簡単な構造は、修理も簡単なことを意味している。

 さすがに、僕がやるとしても規模からして手でやるのは面倒くさいし、仕上がりも職人の方が綺麗ではあるだろうけれど。



 しかし、やはり飛行機が気になる。

 僕はこの世界で飛行機など見たことがない。空を飛べるのは魔力使いの専売特許だったはずだ。それも、浮遊はそれなりに高度な魔術だったと思う。

 そんな世界で初めて見た航空機が、既に飛行機とわかる形だった。……いや、名前からすると、多分鳥を模したのだろうからその形は理解できる。

 では単なる偶然だろうか?

 ……さきほどのエネルジコという男、どんな人物なのだろうか。



「……それで、この街に初めて来たあんちゃん?」

「はい?」

 僕が聞き返すと、男性は満面の笑みを作る。その笑顔は、また新しいものだ。

「今日泊まってくところ、決まってねえならここにしねえか? 一晩銅貨三枚でどうだ?」

 指し示されたのは、先ほど大破した部屋。これ、宿だったのか。

 どうやら、小さな建物ごと貸すタイプの宿だったらしい。といっても、その建物の内部は一室しかなく、細い蔓を編んで作られたような簡素なベッドがあるだけだが。


 そしてその上、示された宿の部屋は今壊れていて……。

 僕がそれを指摘しようとしたことに気がついたのだろう。男性は大仰に首を振り、右手を大きく開いて僕の前に突き出した。

「いいや、あの部屋も夕方には形になっからさ。そうだ、その分引いて銅貨二枚、どうだ?」

「……まあ、そうですね。お願いします」

「へへ、どうも! ではこちらに!」

 揉み手をして、男性は僕を迎える。この泥の家、藁の家よりはマシな程度だろうけれど、素泊まりの寝床と考えればまあいいか。セキュリティなどは、この街であればどの建物でも大差ないし。


 食事は屋台村になるし、そもそも野外でも凍えることなどない温暖な空気。貴重品などを置いておくことは出来ず、仮に何かに襲われようとも頼りにならない泥の壁。

 鍵などもない、単なる寝床。そんな粗末な宿ではあるが、何事も経験だろう。

 僕は一応、宿の客という証明となる木の札を受け取り、探索ギルドへと向かう。



 探索ギルドに出されている依頼を見れば、その街の雰囲気は掴めるだろう。

 一応、そんな目的はあった。


 だけれども、もう一つ目的が出来た。探索ギルド以外に。


 先ほど、宿の主人に教えてもらった。先ほどのエネルジコの実験室の位置。

 その指し示された位置に立っている、他の建物よりも高い木造の建物。探索ギルドの位置から延長線上にあるその建物から、エネルジコは飛び立ってきたという。


 少し気になる。あの、飛行機について。

 高い塔を目指すのはいつ以来だろうか。探索ギルドを見たついでに、あの塔も見てこよう。

 飛行機。仮にその製造に、もしもエネルジコではない『あの男』が関わっているのならば。

 僕がとる態度ははっきりしている。それを、見極めなければ。

 



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