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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
勇気の証明

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岩の上



 山に分け入る。

 まずは、大人数人が普通に通れる道。

 崖を登るわけでもなく、ただ岩山の割れ目に入っていく。だがそれからすぐに折れ曲がり、すぐに右に登るようになっていた。

 

 上を見上げれば、ミールマンほどではないが、やはり同じく狭く細い空。亀裂のような形にしか見えない空から、間接光が入ってくるだけなのでやや暗い。

 地面は普通の岩だ。舗装されているようでもなく、削られているようでもない。自然と出来た道。それが、登ってからまた降りて、と上下左右に曲がりくねって伸びている。


 時折横に伸びるように分岐しているが、大体は途中で途切れている。延びている道が細くなり詰まっていった。

 

 そんな、歩きやすいわけでもないが特段危険でもない道を歩いていく。

 しばらく歩いても、やはり危険はない。

 隠れられる場所もあるにはあるが、大人数が隠れるのは難しそうだし盗賊などの不意打ちの警戒はせずとも良さそうだ。


 


 枝分かれした道もほとんどなく、仮にしていても地面を見れば大体正解の道はわかる。

 それなりに長い年月の末、人が歩いて削れたのだろう、獣道ならぬ人道が見えた。


 ……未だ、危険はなさそうだが。

 これはこのまま進んでしまっていいだろうか。魔物が出るとさっきの両替商は言っていたが、それに気をつければ……。


「……ん……?」

 そんな事を考えている僕の頭上、障壁に何かが当たり砕け散る。

 その砕けた破片を見れば、それは岩石。尖った小さな礫が、地面に散ってほとんど見えなくなってしまった。


 降ってきた上を見ても、何もいない。

 一瞬誰かが落としたのだと思ったが、そうでもないらしい。そういえば、さっきの両替商は魔物の他に石の警戒も伝えていたか。

 地面をよく見てみれば、今いる辺りは砕けた破片が大量に落ちている。指先より小さなその破片を拾い上げてみれば、それはやはり今両側を塞いでいる崖と同じ材質だった。へき開も関係しているのか、ほとんど全てが三角錐の底面をあわせて上下を尖らせた六面体の形をしていた。

 

 ……すると、もしかして。


 僕は軽く崖を叩く。

 トン、という響く音。その音が伝わった先を見るように上を見上げれば、ちょうど視界のど真ん中に石が落ちてきた。

 割らないように受け止めると、それは僕の頭よりやや小さい六面体で、そして尖った部分が下を向いていた。

 それを見て、僕は頷く。

 当たればひとたまりもないだろう。たしかにこれは、注意が必要だ。

 軽く叩いただけで落石が起きるほど脆い岩。それがおそらく数十メートル上から落ちてくる。落石注意にもほどがある。

 崖にある適当な突起に指をかけても、少し引っ張れば割れて外れてしまう。建材としては全く使い物にならないほどの脆さだ。


 そして、軽い。

 僕の頭ほどある石でも、多分同じ大きさの軽石と同じようなくらいの重さしかない。それにしては空気を含有しているような凹凸もなく、中身が詰まっていないということもないようだが。



 なるほど、気をつけなければ、

 だが、やはりこれはガイドをつけなければいけないほどの危険ではない。魔物に関しては目にしていないからわからないが、それでも聖領から離れている以上、竜ほどは強くあるまい。そして、落石に関しても問題ない。落下物は全て、障壁で防ぐことが出来る。


 ならばやはり、このまま進んでしまおう。

 そう思った僕は普通に歩を進める。風が吹く度に落ちてくる岩を蹴散らしながら、順調に。




 途中にいくつかあった開けた場所。といっても上は少しだけ広がっただけなので、テーパーがついたような空間ではあるが、そんな中にもいくつか村のような場所はあった。

 

 住んでいる人たちはやはりこの岩の迷路に入る前にいた人たちと同じような服装で、同じような刺青をしている。

 男女関係なく施している刺青だが、例外なく子供は施していない。

 商人向けだろう食料品店で聞いてみれば、その刺青はサンギエでいう成人済みの証らしい。

 僕よりも少し上くらい、同じような年齢でもしている者としていない者がいるのは不思議だが。『年をまたいで全員一斉に成人する』などそういう方式ではないのだろう。その成人の儀式については、食料品店の老いた店主は笑って教えてくれなかった。

 


 歩き続け、一昼夜かけて曲がりくねった道を進み続けた。

 そして、やはり思う。そうなるだろうと危惧していたこと。開けた場所ならばまだいいが、いやそれでもそういった場所でも起きてきたこと。常にほとんど風景が変わらず、見えるものも変わらず、特に変わった事が起きなければ僕にとってすぐに起きること。


 端的に言えば。

 飽きた。


 


 風景に変化がない。

 たまに会う人間と言葉を交わしづらい。

 ただそれだけで飽きるとは。リドニックの時もそうだった。

 森も街も、僕にはそれなりにあっていたようだ。森の場合は、何年も人と会話せずに過ごせたというのに。 


 もういいだろう。

 もう充分堪能しただろう。そう思い、僕は周囲に人がいないことを確認してから飛び上がった。割れ目から飛び出し大空を舞う。

 面積が足一つ分もない岩山の頂点に立てば、壊れかけた蜘蛛の巣のような割れ目が下に縦横無尽に走って見えた。


 風の音が聞こえなくなる。というよりも、やはり割れ目の中しか大きく音は響いていないのだろう。上部へと出れば、むしろ音がない。

 普通の風の音はする。だが、生き物の声や草や木の靡く音などはほとんどせず、唯一遠くで響いた鳥の鳴き声がやたらと大きく聞こえた。


 青空の下、続く岩山。

 これも地平線の向こうまで続いているように見えるのだから、きっと広大な地形なのだろう。だがその地形も、今の僕には少しだけ忌々しい。

 

 大きな街がない。自然の緑や水がない。

 谷を気にしなければ荒涼とした荒れ地のような地形。その下にはいくらか人は住んでいるのだろうけれど、それでも何となく寂しい風景は、もう沢山だ。


 

 僕は岩山を飛び移りながら走り出す。

 どこでもいい。この岩山地帯から抜けてしまおう。そうは思ったが、跳ねる度に何度か感じた足裏の振動に、数歩でその足が止まった。


 後方、たしかに感じた振動。

 見なくてもわかる。

 今明らかに落石が起きた。僕のせいで。


 

 確認してみても誰も巻き込まれてはいない。それを感じて一息吐く。

 飛んでいくしかないか。この岩山は衝撃を与えてはまずい。下に人がいれば大惨事になってもおかしくはない。

 改めて、僕は立ち止まり浮遊する。が、一歩遅かったらしい。


 僕が浮遊した代わりに、ずしんと足音が響く。

 いるとは思っていたが、手出しをされるとは思わなかった。崩れた音が僕の耳にいくつも届いた。

「ケーーーーー!」

 ハヤブサのような鳥。それが僕の前に舞い降りる。僕がもう一歩進んでいればきっと食いつくつもりでいたのだろう。だが、奇襲は失敗。地面に爪を食い込ませながら、着地する。


「ケ……」

 足に力を溜めて飛びかかろうとするハヤブサ。着地したときの重量感や、この仕草からして、実際にはハヤブサではないのだろうが。

 だがその頭を前蹴りでくちばしごと砕く。食われるつもりはないし、ちょうど僕も、お腹が空いていた。





 ……しかし、どうしたものだろう。

 頭を潰し、力加減を誤り首から上がなくなったハヤブサ。そのばたつく足をまとめて持って僕は溜め息をつく。

 よく考えれば、捌く水場がない。魔法で水を作ってもいいが、それでも流れ出す血はそのままだ。今流れている血だけでも、鳥たちを刺激しているらしい。上空が少しだけ騒がしくなった気がする。


 サンギエの住民たちの水を得る方法は独特だった。

 僕が訪ねた村には最低一カ所岩山に湿っている場所があり、そこに穴を開けて詰めた砕いた砂を畑に雨瓢箪とやらを栽培していた。成長しきった瓢箪は小さめの枕ほどの大きさで、食事などの水分はそれ一つで七日分を賄っているらしい。

 人間が一日に必要な水分は成人で約二リットル。だとすれば、七日で一四リットル。絶対にその瓢箪では足りないと思うのだけれど。


 それに加えて、生活用水を手に入れる設備もあった。

 この乾燥した国も、夜間には霧が出る。昨日も出ていた。

 その霧を、村の上部に設置した網と綿のようなものの集合体で捕集しているらしい。朝の『収穫時』には、その網の根元から大きな瓶がいくつも一杯になるほどの水が採れていた。

 

 どうやらこの国は、水分に関してはカツカツらしい。それでも耐えられるのは、皆生まれたときから()()で、きっと長い年月の間に人種として()()()()体質が出来ているからなのだろうが。

 肉などは、外部で捌いたものを干して持ち込んでいる。もしくは大量に水が必要な血抜きなどはせずに食べている。野菜なども同様だ。

 

 商人とのやりとりでなんとか国民全員が凌いでいる国。

 僕が通ってきた中では、そんな印象を受けた。



 とりあえず、谷底で逆さ吊りして血抜きだけしようか。

 細い横道ならば鳥たちもなかなか入ってはこれないだろうし。

 

 そうして、カラカラに乾燥しているためだろう、なかなか血を吸わない地面に辟易しながら、僕はハヤブサを調理し食べた。水も湯も全て魔法で賄ったため少し面倒で、羽を毟るのも大変だが、その努力に見合わない固い肉だった。



 腹ごしらえをしてから改めて上空へと上がる。

 早くこの国を超えたい。そう思いながら飛行して急ぐ。


 そこで初めて気が付いた。たまに岩の上に水たまりがある。

 水たまりと言っても、薄い水の膜が岩の上に張り付いているだけという感じで、それで何かをすることはあまり考えられない程度の量だけれど。


 そしてしばらく飛んだ僕。そこで、新たな光景を目にして立ち止まる。

 厄介事か、それともなにか楽しいことか。それはわからない。

 その目に飛び込んできたのは、いくつもの大きめの割れ目から立ち上がる、大規模な白い煙だった。




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