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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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見えない誰か

牛歩の歩み。本当に申し訳ありません。

 


 完全に二つに折れたアザラシが宙を舞う。

 蹴り上げた足にかかる反動はほとんどない。力を入れすぎたか。

 内臓が、二つ折りの頂点から漏れて飛んだ。


 しかし、危なかった。防衛線沿いに、適当に魔物を蹴散らしながら進んでいた僕。その目の前にいた騎士に、魔物が角を突き立てようとしていたのだ。

 運がよかっただろう。彼はもとより、僕も。目の前でそんな凄惨な死など見たくもない。


 ついでとばかりに近くにいた氷獅子の頭を蹴り飛ばし、跳ね上がった前足を丁寧に折ってから騎士のもとに駆け寄る。

 死ぬ直前だったその騎士は、目を丸くして僕を迎えた。


 周囲の騎士よりも若干豪華な鎧に見える。どこが、とははっきりいえないが主な要因は多分兜についた羽根飾りだろう。白い二枚の羽根が、白く塗られた鎧に色を添えていた。

「か、かたじけない……」

「いえ。無事……とはいえないと思いますが命が助かってよかったです」

 助かってよかった。それは、僕の感情の問題だけではない。

 現在は、魔物の一団が到着している最中だ。今のこの状況では騎士一人の命すら惜しい。それに、装いを見るに隊長格だろう。騎士団として、多分そういった調練もしているのだろうが、それでも指揮をする人間が一人でも欠けてしまえば、周囲の騎士たち統制は一瞬乱れてしまう。

 彼一人の命ではないのだ。


 さて、助かったことだし、僕はまたこのまま防衛線沿いに魔物を片付けていこう。そう思い、足を一歩踏み出そうとしたところで、騎士隊長が僕に話しかけてくる。

 今のところ魔物は至近距離にはいないが、こんなところでお話をする暇もあるまいに。

「……もし。貴殿がカラス殿か」

「その通りですけれど、どうかなさいましたか」

 そう返した僕に、ふと騎士隊長が微笑む。素朴だが、その態度の奥に強気なものが見える。

「いや。こんな風に出来たらいいのか、と思ってな。見習わせてもらいたいものだ」

「海豹をあしらうくらいなら、簡単でしょうに」

 別に、本来はアザラシ相手に手間取るような腕でもあるまい。おそらく、仲間に気を取られていたのだ。そういうふうに周囲に気を配らなければいけない以上、僕とは別の大変な仕事をしているはずなのに。

「……そうだな。貴殿に負けぬよう、この戦いを生き残るとするよ」

「頑張ってください」

 そうは返したが、この状況は勝ち負けを決める場ではないだろうに。むしろ、生き残れば全員勝ちだ。


 だが、一つ気がつく。

 騎士隊長の動きがおかしい。いや、動きだけでは何も変わったことはないが、だが左腕を動かす度に……違うな。これは、左手を動かす度に痛みに顔をしかめている。周囲に気を遣ってか、隠しているようでほんのわずかなサインだけれど。

 それに、動きとは関係ないが鎧もおかしい。左腕の部分の金属に穴が開き、抉れたように歪んでいた。


「もうすぐ雪が降る。白雪だろうが、日も沈んでからは視界も格段に悪くなる。お互い、気をつけよう」

 歩き出そうと背を向けた騎士隊長の左腕を掴み、……闘気が邪魔だ。

「なんだ?」

「ちょっと魔法を使いますので、左腕だけ闘気を緩めてもらっていいですか」

 顔だけこちらを向け、首を傾げた騎士隊長の腕に魔力を通す。今まさに戦闘をしている最中ではないからか、込められている闘気は薄い。けれど、やはりやりづらい。

「魔法とは……」

「面倒なので、ちょっと強めにやりますね」

 答えるのはちょっと面倒くさい。治療師でもない僕が治療をするのは変なことだし、言っても初めは信じてもらえないだろう。

 ただ、敵性な行動ではないことが伝わればいい。


 流石国家の騎士隊長、込められた闘気の密度が、薄くとも凄まじい。

 だが、僕は治すと決めた。そう思うだけで、何となく力が湧いた気がした。


 やはり。

 大きな血管は損傷していないが、左腕の筋肉は断裂し、指屈筋は動かしづらそうだ。闘気により自然治癒しつつあるようには見えるが、それでも小指側の腱には力が入らないだろう。

 すぐに修復する。闘気により精密な動作を邪魔されながらも、それを中和しつつ筋繊維を繋ぎ直し、神経繊維を再生させて裂けた皮膚を縫い合わせる。二つか三つ呼吸をするまでにそれを終わらせ、僕は手を離した。

 肉はくっついている。もう闘気を通しても、魔法が解けることはない。


「お大事に。それでは」

 一度頭を下げて、それから騎士隊長の顔を見る。何故か少しだけ、気恥ずかしかった。

 騎士隊長が口を開こうとする。しかし、聞く気はない。

 僕は足に力を込めて、近くにいた狐を蹴り飛ばし、その流れで走り出す。


 僕の役目は、少しでもこの場にいる騎士たちの負担を減らすこと。

 それから、脇目もふらずに大物を処理し続けた。




 僕が狩っているのは大物だけではない。

 魔力を使う魔物は、再生能力を持つものがいる。

 というよりも、他の能力値を再生能力に回しているというほうが適切なのかもしれないが、以前の<鉄食み>スヴェンのように、まさしく化け物じみた再生を見せるものがこの場にも多々いた。


 一頭の白い犬。その犬の足を蹴り砕き、胴を蹴り飛ばして北に移動させたところ、そういう仕草を見せたのだ。

 呻き声を上げて空中を舞うその犬は、空中でくるりと体勢を整えると、その足で着地した。砕かれた足や肋骨を瞬時に再生したのだ。

 その分、他の動作は鈍いのか動き自体は脅威ではない。普通の犬に毛が生えた程度、……毛はどっちも生えているけれど。

 まあ、普通の犬なのだ。運動能力は高いのだろう。魔力を使うのだから、持久力も筋力も普通以上だろう。けれど、普通の犬。その犬が、凄まじい再生能力を持っている。


 そういう犬などは、騎士たちでも相手取ることが出来るものが少ないようだった。

 対策はあるのだ。けれど、取れるものは少ない。

 対策も、簡単なもの。内傷を与えて、傷の治癒を阻害するというだけの。

 問題としては、闘気を使わなければ出来ないことだ。騎士たちの中にも闘気が使える者は多くない。いるにはいるが、体感的に半分といったところだろうか。

 そして内傷を与えるには鍛えられた闘気が必要で、そういうことが出来るのは更にその半分ほどだと思う。

 他の者は、怪我をさせて追い払うしかない。被害が出るわけでもないが、殺すことも難しく逃がすわけにもいかない。そんなしぶとい犬たちだった。


 そういったしぶとい犬たちに、騎士たちの手間を取らせるのも損失だろう。

 僕は、そんな犬たちの足先も踏みつぶしながら内傷を与えていく。魔法では出来ないことだが、僕にはそれが出来るのだ。だから、やる。

 走りながらなので少しだけ漏れが出るが、それは流石に勘弁してほしい。


 ふと振り返れば、血飛沫が直線状に点々と見える気がする。

 まさしく、血の道だ。僕が通ってきた、僕が作った血塗られた道。それを見て、僕は少しだけ笑った。




 ウェイトたちは、防衛線から少しだけ北に位置するところで戦っているらしい。

 彼らが自分たちで定めた役目は、魔物たちの位置の制御だ。なるほど、遠目だがよくやっている。

 ウェイトの号令に合わせて響くまばらな轟音。一斉に、というのはまだ難しいのか、散発的な音ではあるが集団行動は出来ている。

 魔物たちに痛みを与えて方向を少しだけ変える。ついでに魔物に紛れてきている動物を殺し、魔物たちに異変を感じさせる。挑発されたとでも勘違いしたのか、銃兵自体に近づく魔物たちはウェイトが処理している。それで幾分か魔物が減るのだ、いて困るものではない。

 もっとも、ウェイト一人で戦っても変わらないと思うが。


 その中にプロンデはいないので、防衛線の僕がまだ行っていないところにいるのだろう。北壁以外で、彼らに敵はないのだ。まあ、心配せずともいい。

 だが、プロンデはどこだ。というより、彼に渡した資料を読みたい。

 先ほどの騎士隊長に聞けばよかったか。それとも、読んでから渡せばよかったか。そうは思っても、もう後の祭りだ。



 群れから離れた場所……というか今回群れが来ていない場所にプロンデはいた。

 塹壕の中で待機している騎士たちには混じらず、剣を杖にして北を睨んでいた。まだ魔物がいない以上、休憩しているべきだとも思うが、それでも彼には何か見えている。多分。

 僕はそこで立ち止まり、プロンデに話しかけようとする。だが、その口が開く前にプロンデのほうから僕に話しかけてきた。

「……戻ってきたか。意図がわからないお前じゃないだろ」

「正直わかりませんでしたね。グーゼル殿の言葉で気付きました」

 仕方ない、というふうに溜め息をつく。プロンデは僕を一度見て、それから北に目を戻した。

「グーゼル殿も一緒なのか?」

「いいえ。グーゼル殿はスニッグで待機です。もう逃げているかもしれませんが、それを選ぶ女性ではないでしょう」

「……だろうな」

 ふと、僕とプロンデは揃って空を見上げる。茜色に染まりつつある空に、白い粒が舞っていた。

 見れば、北の方から雲が広がってきている。まだここに降ってはいないが、その雪が風でこちらまで飛ばされてきているのだろう。

「じゃあ、お前の体調は? 心配ないとは思うけど」

「ええ。万全ではありませんが、戦うことは出来ます」

 僕は指先に火を灯し、そう示した。プロンデも横目でそれを確認して頷いた。

 そして、何かを思い出したかのようにまた僕の方を向く。

「ああそうだ。アブラムの資料だが」

「はい」

「先ほど、騎士総隊長のほうに届けておいた。今精査中らしい。俺もちゃんと読みたいから、落ち着いたら一緒に……」

 そこまで言って、パタリと口が閉じられた。

 不満や何かではない。何かに気がついたようで、急ぎ北の方へ向けて振り返った。


 だが、その視線の先には僕は何も見えない。


「? 何か?」

 そう尋ねても、プロンデは眉を顰めるだけだ。それよりも、少しだけ怯えが見えた。

 プロンデが一歩下がる。杖にしていた剣を引き抜いて。

「……嘘だろ」

「どうしましたか」

 重ねて尋ねる。しかし、プロンデはこちらの方を見なかった。

 雪がプロンデの頬に落ちる。

 剣を構え、前を見据えている。だが、やはり何に警戒しているのか僕にはわからない。


 塹壕のほうでも、少しだけ声が上がっている気がする。そちらでも何か見えているのか。

 いや、しかし僕は目を凝らしても耳を澄ましても何も見えない。

 いったい何が。


 そう不可解に思い固まる僕を無視して、プロンデは一歩踏み出す。力なく、迷っているような足取りで。

「嘘だ、これは……」

 立ち止まり、何度も瞬きをする。まるで、僕には見えない何かが見えているように。

 そして、言い聞かせるように口に出す。見えない誰かに、そして自分に。


「父上」

 震える声に、困惑と恐怖。そして、わずかな喜びが見えた。

「貴方は死んだはずだ。迷ったか、こんなときに……!」

 手が震えている。


 だが、やはりその視線の先には僕は何も見えなかった。




風呂敷広げているようで、実は

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