銃か剣か
250話にサーロの閑話挿入しました。
予告を果たせず申し訳ありません。そろそろ作者の仕事も落ち着くので……多分……
「あん? 銃?」
グーゼルもそちらを身体ごと見た。首だけなら支え切れたが、身体ごとではちょっと無理だ。重心を崩し、そちらに倒れそうになる。慌てて、グーゼルの足を下ろし起こしてみる。立てるとは言っていたから大丈夫だろう。
やはり立てるようで、先ほどまでの恥ずかしそうな顔も消え、力なく立ちウェイトの方を睨んだ。
片目だけ細め、眉を顰めているその顔は、なんというか柄が悪い。
「つーか、誰だあれ」
視線の先には、列になり並ぶ騎士たち、それと見覚えのある男。
気合いが入っているのか、妙に凜々しいその姿に何故か腹が立つ。
「ウェイト……さんですね。そちらにいるプロンデさんの連れの」
「知り合いか?」
「ええ。不本意ですが」
つきまとわれ、罵倒され続けている。思えば、あれも不当な弾圧だ。それも思い返せば少しだけ腹立たしいが、それよりも、それすらも鈍磨していたということが悲しい。
「つーことは部外者だよな。何でうちの騎士たち相手に調練じみたことしてんの?」
「……さて、僕も何がなにやら」
わからない。
察するに、レイトンの言葉に従い、プロンデたちと一緒に城まで行ったのだろうか。そうして、北壁の膨張への対策を始めた騎士団と共に行動している、と。
そこまではわかる。多分間違えていないし、その意図もわかる。奴は仮にも聖騎士。騎士の上に立つ存在だ。力としては充分すぎるし、グーゼルも戦えない今、戦力としてかなり期待も出来るかもしれない。
だが、銃? 何故、あの男が。
グーゼルから離れようと一歩踏み出すが、まだ立ち続けることは出来ないようでグーゼルはふらついた。危なく倒れそうになるその身体を、肩を貸して支える。
「悪い」
「いえ」
頭二つくらいの身長差があるため、支えるというよりもたれ掛かられている感じだが、倒れるよりもいいだろう。だが、これでは……。
「無事で何よりだ。だが、そちらの女性は無事ではないようだな」
「プロンデさんも、まだ無事でよかったです。戦闘はありましたか」
「ああ。小さい群れが逃げてきたからの小競り合いだがな。だが、皆よくやってくれている。今のところ大きな負傷者もいない」
歩み寄ってきていたプロンデの言葉に応えて、僕は見返す。
小競り合い、とはいうがやはりプロンデのコートには血飛沫が付いている。対して、僕らが立っている付近ではまだ雪が真っ白のままだというのに。ここはまだ戦闘が起きていないというだけで、他の場所ではすでに魔物が死んでいるのか。
……いや、少し離れたところに血の染みがあった。流された血の量と雪の荒れかたからして、死体が既に撤去されたのか。
「そちらがグーゼル殿、か。して、どうなされた? 負傷しているようにも見受けられないが、動けないという話だが」
「混沌湯の蒸気を吸わされ、魔力が尽きています。僕ら魔力使いは、それだけで身体が動かせなくなるので」
「混沌湯……名前だけは聞いたことがあるが」
プロンデは口元を覆うようにして、そう言う。詳細は知らないのか。
「まあ、なので、混沌湯が抜けるまではグーゼル殿は戦力外です」
「仕方ないな。……お前も魔法使いだけど、平気なのか」
「ええ。今魔法は使えませんけど」
まだ毒を抜くのに時間がかかる。闘気が使える分、グーゼルよりも早いけれど。
「……ならば、お前も戦力外か。持たせたいが、どうなることか」
プロンデは、戦場を見回しそうぼやく。まだこの辺りは戦場になっていないようだが、そうだ、それを聞きたいのに。
「僕はまだ戦えます。それよりも、あれはなんでしょうか」
「あれ?」
プロンデは、僕が指し示した先を見て聞き返す。だが、すぐに合点がいったようで頷きこちらに目を戻した。
「ああ、銃だ。ウェイトが使わせようとしてさ。とりあえずの訓練中だよ。列を作り、号令に合わせて撃つ程度だが」
「訓練……、こんな大事が起きているときにですか」
意味がわからない。
訓練自体はたしかに大事だ。いざというときに備え、躊躇なく淀みなく動けるように身体に動きを刻みつける。部隊で動くこともある騎士たちには、とてもとても重要なものだろう。
だが、しかし。今は訓練の時ではない。
「聖騎士様にこんなことを言ってはなんですが、今まさに国の危機にある今、そんなことをしている余裕はないでしょう。愚昧という誹りも免れない」
「……けれど、奴らは今のところよくやっているよ。もちろん、魔物を仕留めてはいないが……」
振り返りながら、プロンデはそう口にする。三十歩ほど離れた視線の先には、既に息絶えたであろうウサギのようなものが倒れていた。
「んなもん仕留めたところでどうにもならねえだろ。何で、あんなもん使ってんだよ」
敵愾心を剥き出しにして、グーゼルは口を挟む。力が入っていないのに、鬼気迫る表情だった。
空気がぴりと震えた気がした。これは、グーゼルの醸し出す雰囲気か。よほど銃が嫌いと見える。……まあグーゼルにとっては、守るべき民を戦場に引きずり出す悪魔の兵器なんだろうけれど。
僕ならば少しだけ目を逸らしてしまいそうなほどの圧迫力。それを受け流すように、石像のような無表情のままプロンデも口を開く。
「それは……」
否、開こうとした。
「決まっている。戦える人間を少しでも増やしておきたいからだ」
プロンデの言葉を継ぐようにウェイトが答える。部下のような銃兵たちは、みな火薬を樽から取り出し、銃口から流し込んで棒で突き固めていた。
装填の時間か。
「奴らは騎士だろ。戦えねえわけねえし」
「それが、戦えんのだ。我らにとっても唾棄すべき事態だとは思うが」
ウェイトはちらりと銃兵たちを見た。装填に時間がかかりすぎている気もする。
「グーゼル・オパーリン殿とお見受けする。ご高名はかねがね」
「そりゃどーも。あんたは?」
「私はウェイト・エゼルレッド。所属などは故あって控えさせていただきたい」
ウェイトはぺこりと頭を下げる。こういうところはプロンデと似ている気がする。やはり、礼儀作法なども習得しなければいけないのだろう。
その立場ならではの立ち居振る舞い。僕に欠けているものの一つだ。
グーゼルは鼻で笑いながら応える。
「わかってら。あたしが知らなくて、こいつの知り合いだってんだから、この国の人間じゃねえんだろ」
そうとは限らないとは思うが、まあそうなので否定はしない。知り合いというところは少し否定したいがそこも否定できない。
「で? そんな玩具を使わせて、何しようってんだ? そんな馬鹿に付き合っているのは、どこの部隊だよ」
「……銃がお嫌いか」
「ああ、嫌いだね! その武器を持てば、誰でも戦えるようになる? 戦力になる? そんな、だれでも戦えるようなことにならないように、あたしらがいるんだし」
「それには同意したい。なるべく多くの者たちが暴力とは無縁の生活を送る。私たちはそのための暴力装置だ。だが、ならば」
背後の銃兵を、ウェイトは親指で指し示す。ウェイト自身、彼らを下に見ている態度だ。
「戦わなければいけないのに戦わない者たちを戦わせるのには、ちょうどよい玩具だろう」
「だから、そいつらだって……」
「この者たちは脱走兵だ。この国家の存亡の危機に皆を見捨てて、助ける側から助けられる側に舞い戻ろうとした者たちだ」
その言葉を聞いて、ギロリとグーゼルが兵たちを見る。ウェイトが視線を外しているだけで気が抜けたようで、銃を担いで談笑している彼らを。
「おそらく貴方とは違う理由で、我もこの兵器を民衆に渡らせるべきものではないと考えている。そう、銃は戦えない者に力を与える。操作方法さえ理解できれば、小さな子供でも屈強な大人を殺せる。この兵器は軍のものとしておくべきだろうな」
「だったら……」
「だが、繰り返すがこの者たちは騎士なのだ。戦わなければいけないものに使わせる分には、グーゼル殿も反対はすまい」
これを使っているのは民じゃなく、騎士だからいいだろう。……たしかに、グーゼルの言い分からならばこれは反論できまい。
しかし、他にも問題はある。
「その銃で、今日事故が起こりましたが」
職人の手を吹き飛ばした暴発事故。記憶に新しいどころではない。ついさっきの話だ。
安全性の問題が解決していない以上、誰であろうと使わせるべきではないはずだ。
「知っている。そのために、作った職人にもう一度検品を行わせた。結果、六十丁ほどあった銃が二十丁ほどまで減ってしまったが。まあ、十八名しか使わせないのだ。問題なかったがな」
「それだけでは……」
「安全対策として、銃身というらしい部品を主に、握り部分まで革で覆って補強させてある。先ほど一つわざと暴発させて試してみたが、大きな怪我にはならないようにはした」
僕も、銃兵たちが持っている銃を見る。たしかに、茶色い革が覆っている。見た目少し変わって見えたのはそのせいか。
……いいだろう。一応考えてはいたか。充分なものとは言えないとは思うが、考えているのならばいい。
だが、根本的な問題が残っている。
「静音性でも速射性でも弓に負ける銃に、今訓練してまで使うほどの価値があると?」
「貴様もそれか。プロンデのようなことを言うな」
クク、とウェイトは笑う。
「たしかに、速射性に難はあるな。これが例えば即座に装填できて、しかも連発できるのであれば話は違うが、今のところそれは克服できていない。紙で火薬と弾を一緒に包み、一度に入れることが出来るようにと考えてはみたが、この急場ではさすがに実用化も出来なかった」
「……紙薬莢……」
僕は思わず呟く。いや、雷管もないから早合……だっけ、あれのほうが近いんだけど。
しかし、まさか。既にそこまで考えていたか。
「そんな名称があるのか。よくわからんが、それはまだ克服できん。しかし、静音性においては今のところ問題ない」
ウェイトは自信満々にそう言い切る。その言葉に、続きが予想できた。
「この戦場では、隠す意味がないからでしょうか」
「惜しいな。この音が重要なのだ。撃てば鳴る。それはこの場において、弓にはない重要な機能なのだ」
楽しげにウェイトはそう言った。なんだろうか。少しだけ、生き生きしている気がする。まるで、靴について話し始めたリコのような……。
ウェイトは火薬を詰め終えた銃を手に談笑している騎士に歩み寄る。
「貸せ」
「は、はい」
そしてそれを奪い取るように持つと僕らの方に戻ってきて、挟んである火縄を手に取り、銃口を先ほどのウサギの死体に向けた。
「撃つと音が鳴る。それがどういうことかわかるか?」
「敵に自分の位置を知らせる。撃ったことを知らせる。情報を敵に渡してしまうということでは」
「そう、だが今回は渡らせたいのだ。是非とも、な」
ウェイトが火縄を火薬の入っている場所に押しつける。それから数秒後、破裂音と共にウサギの死体が千切れて飛んだ。
僕は表情に出さぬように驚く。三十歩は離れたこの距離で、拳銃の弾を当てるとは。それに、未発達な火縄銃。精密性も低いだろうに。
「今回、敵の動きを誘導するのにうってつけなのだ。撃てば音が鳴る。正体不明の攻撃で、手近な生き物が死ぬ。となれば、少しばかりの警戒が生まれる。その音で、魔物たちの進路をある程度操作できるのだ」
「その程度で……」
「その程度? この穴だらけの防壁を見て、それをもう一度言えるのか貴様は」
ウェイトが指し示したのは、今もなお騎士たちの手で拡張を続けている塹壕と雪の山。
たしかに、直線上に並んではいるけれど途切れ途切れだ。当然、来てほしい場所や来てほしくない場所はあるだろう。
ウェイトの言葉に反論できず頷くと、それを見て勝ち誇ったかのようにウェイトは胸を張る。
「適切な距離から、適切な瞬間に適切な角度に撃たせる。そうして誘導した場所にいるのは魔物を相手取れる強者たちだ。もちろん、そこにプロンデもスティーブン殿も含まれてはいるがな」
「その指揮を、貴方が」
「無論だ。我にしか出来ん。無論リドニックの騎士にもそういった指揮が出来る者はいるだろうが、指揮系統から外れ、その能力があるのは我だけだ」
結構な自信だ。僕がそう皮肉を言おうとしたのを察したのだろう。プロンデが一歩進み出て口を挟む。
「俺たちの所属しているとこの中では、実際に騎士たちで組まれた小隊を率いて実戦を行う、指揮演習というものがあるんだが……」
「我はその最短決着記録及び最多撃破数記録保持者だ。文句はなかろう」
プロンデの言葉も遮り、ウェイトはそう言い放つ。その自信の根拠はよくわかった。その指揮演習とやらがどんなものかは知らないけれど。
実戦と演習では違う、という反論も無意味だろう。この分ならばきっと、ウェイトは実績も残している。
戦争などは最近起きていないので、賊の鎮圧などではあるだろうが。
「以上だ。問題はなかろう? わかったら、貴様もグーゼル殿を連れてはやくスニッグまで避難することだな。先ほどの話を聞くに、貴様も今や非戦闘員だろう」
「……まだあるぞ」
僕らを追い払い、振り返り調練に戻ろうとしたウェイトが動きを止める。
グーゼルの言葉に、めんどくさそうに向き直った。
「何か」
「あたしは知らんけど、事故が起きてんだろ。革を巻き付けて、それで済む話じゃねえだろ」
僕の肩に掛かる力が強くなる。無意識に身体に力を入れているのだろう。
「命までは奪わないようにしております」
「……そんな対策が必要な時点で使うべきじゃねえだろ、そんなもん。剣や槍なら、……」
反論しようとするグーゼルにバレないよう、ゆっくりと頷きながらウェイトは溜め息を吐く。
「私は先ほど申し上げた。この者たちは、戦えない。剣や槍で戦えるのであれば、どうして逃げたりしたのでしょう」
「んな意気地無しなら、その銃が事故を起こすもんだって知って使うとは思えねえし」
「伝えておりません。事故が起きてから気付くでしょう。自分たちが、どういうものを使っていたのか」
「なっ……!!」
グーゼルが声を上げて驚く。僕も驚いた。何を言っているのだこの男は。
「怪我をしても構わない、と仰っているように聞こえますが」
「その通りだ。ここは戦場、怪我などいくらでもするだろう。本来ならば」
ちらりとウェイトは兵士たちを見る。その目には、憤りがあった。
兵士たちに聞かせたくない話だからだろう。また完全にこちらを向いて、ウェイトは続けた。
「しかし、この者たちはそれを拒んだ。虫のいい話だ。自ら志願して騎士団に所属しながら、命の危機とあればすぐに逃げ出すなど」
「怖いのは、誰だって一緒だろ」
グーゼルが悔しそうに息を吐く。多分、アブラムのことを思い出しながら。
彼は、逃げ出したがっていた。けれど、逃げられなかった。だからこんな事態を起こしてまで、逃げ出したというのに。
「そう、怖いでしょう。当たり前です。戦うのですから。けれど、それを押し殺して戦うのが我らのはず。それが出来ないのであれば、ただの一般人です」
それをウェイトは切り捨てるのか。
「……銃は、離れた位置から動物を殺せる。使い方を覚えれば、そんな者たちにも。こいつらに、戦場に慣れさせるには最適でしょう」
こいつら、ときたか。
僕もこの逃亡兵たちを擁護する気はないが、ウェイトがどれだけこの兵士たちを嫌っているかはわかってきた気がする。
「銃による事故が起きれば、まるで戦場のように怪我をするものが出る。その時に改めて、剣や槍を使うことを選ばせる。そのために、今はこれを使わせなければ」
黒光りする銃を手に、ウェイトは冷たい目で銃兵たちを見る。
それからまた、グーゼルを見た。大真面目らしい、その顔に嘲りなどは一切なかった。
「銃による不確定な危険か、剣による鍛錬で限りなく小さく出来る危険か。選ばせるために、必要だと進言します。ご理解下さい」
「剣を選ぶとは思えませんが」
上手くまとまりそうだ。だが、そうしたくない。なので僕は茶々を入れるように反論する。
だが、それも無意味だ。多分、ウェイトはそれについての回答も持っている。僕すらもすぐに思いつくほどなのだから。
「戦場にいる限り危険はつきまとう。ならばその危険を出来る限り減らそうとするのは人の性だ。逆らえんほどのな」
「そして戦場には、勝利の味を覚えさせて残すと」
「そうだ。精々事故が起きるまでは、銃によりいい思いをさせてやろう。引き金を引けば戦闘に参加できる。勝利できる。あたかも自分の力で生き残っていると、そんな甘い考えで脳が満ちるまで」
そして銃が使えなくなったとき、戦場に残るために彼らは剣を取る、と。
嫌な考えだ。まるで、沼に引きずり込むような。
しかし、今は猫の手も借りたいほどの時。
人手を増やせるのであれば、それはそのほうがいい。
銃を使わせるべきなのだろうか。きっとそうするべきなのだろう。
「……わかりました。おそらく、使わなければいけないときなんでしょう」
けれど。
「個人的には大反対ですけどね」
「あたしもだ!!」
使わなければいけないものまで妨害する気はない。けれど、その銃はレヴィンが使ったものだ。効能にかかわらず、僕は大嫌いだ。その意見は表明しなければ。
「貴様に許可を取る必要はないな」
「そうですね。ですので邪魔はしません。グーゼル殿はスニッグまで戻らなければいけないので、指揮権もないですしね」
先ほどの慕われようでは、それなりに発言権もあっただろうが。戦えるならばまだしも、今の身体が動かない状態では難しいだろう。
ウェイトは鼻を鳴らし、また隊列に戻っていった。
僕らはそれを見送り、そして揃って溜め息を吐く。
「では、グーゼル殿は誰かに連れていってもらうとして、僕も戦闘に参加を……」
「悪いことは言わない。お前が連れていった方がいい」
戦闘に参加をしようとした僕を、プロンデが止める。
何故だろう? 見返したときに思わず睨んでしまったが、慌てて目元の力を抜いて戻す。
「今は非常事態だ。不測の事態と不幸な事故は出来るだけ避けたい。……特に、グーゼル殿はあれほど慕われているのだからな」
なんだろうか、プロンデの言葉に含みがある。彼女を失えば士気が大幅に落ちるとかそういうことだろうか。それをさせないために、スニッグに戻そうとしているのだが。
説明しようとして、困ったような顔でそれを止めたプロンデの顔が、少しだけ表情が見えたようで面白かったが。
「……深く考えるなよ。俺も、気にしすぎかもしれないからな。だが、身体が動けぬ女性の移動だ。信用できるものがついていた方がいいだろう」
「いいこというじゃん、あんた。そうだよな、うら若き乙女だし、付き添いは必要だし」
うら若いは違うと思うが、何が問題なのだろう。まあ僕が連れていっても別にいいけど。
「……では、すぐに戻ってきます」
「頼んだ。戦力がほしいのも本当だからな」
頷き応え、僕らはスニッグの方へと向き直る。
だが、何かを感じ一度北壁の方を見た。なんだろうか。嫌な感じがする。
……気にしすぎだろう。けれど、大変なことが今起きているのも間違っていない。
早く、また戦場へと戻らなければ。
僕はまたグーゼルを抱えて走り出す。と、その前に。
「そうだ」
「ん?」
プロンデを呼び止める。それから僕は背嚢の中から一冊の本を取り出す。
「僕もまだ読んでいませんが、預けておきます。アブラムさんが作成した北壁に関する資料ですが、参考になれば」
後で僕にも読ませてほしい。そんなニュアンスを込めて渡すが、その意図が読み取られたかはわからない。けれどプロンデは深く頷いて恭しく受け取った。
「わかった。目を通して、総隊長にも目を通すように進言しておく。それと、ウェイトにも」
「……きっと、役立ててくれるんでしょうね」
「ああ。もちろんだ。あいつはこういうところは間違えない」
プロンデは少しだけ微笑みながらそう答える。たしかな信頼が見えた。僕は、皮肉で言ったのに。
親友とはそういうものなのか。僕にはまだよくわからないけれど。
だが、僕にも信頼しているものはある。
僕は改めて走り出す。
この分ならば、日没までには到着する。そうすれば、一応レイトンに言われた期限には間に合う。その期限に意味があるとは到底思えないが、しかし悪くもなるまい。
とりあえず今の方針としては、グーゼルを置いてとんぼ返りか。
そして、銃についても問題ない。銃など必要ないほどに、僕が働けばいい話なのだ。
嫌な予感はする。笑えない事態の真っ最中だ。
けれど、何故だろう。少しだけ、楽しくなってきた気がした。




