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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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406/937

閑話:そのとき現場では

SIDE:グーゼル

投稿間隔開いて申し訳ありません。一話が長かったので(言い訳)

で、長くなったので分割します。



 グーゼル・オパーリンがスティーブン・ラチャンスを連れて北壁を訪れた次の日の午後。

 リドニックの北に並ぶ砦で、事件は起こっていた。


「負傷者はいったん下がれ! 治療師の治療を受けて、班が揃ってから出ろ!!」

 グーゼルが叫ぶ。自らの頬には血飛沫が飛び、その服は魔物の血液が凍り付いて染まっている。

 先ほどまでの騒がしさも失せた今は小康状態。魔物の波が、いったん途切れた状態だった。


 

 何が起きたか。

 それは簡単だ。数百匹の小さい魔物や動物たちが列をなし、北の砦に押し寄せてきた。ただそれだけの事態。

 だが、重大な事態だった。

 グーゼルは、急ぎ体勢を整える部下達を背に、北を見る。

 常人には見えないほど小さいが、たしかに見える北にある山の稜線。そこを透かして、その向こうを睨む。


 何が起きてやがる。グーゼルはそう内心唸る。

 今までこんなことはなかった。

 縄張り争いに負けて手傷を負った魔物が、砦近くまで来たことはあった。

 餌が手に入らず、食物を砦の兵達に求めて空腹の魔物が来ることもあった。

 しかし、今回はそうではない。

 ただ、押し寄せてきている。

 犬や雪海豚、鼠や小さな鼬など、本来共に行動することなどない魔物たちまで。

 それも、こちらにすら目をくれず、ただ逃げるように。


 当然、そんなものを無視するわけにはいかない。

 野生動物ならばある程度仕方なく素通りさせるが、魔物たちは通すわけにはいかない。

 だがその魔物たちも普段とは違う。

 必死に、抵抗する。そして手強い。

 闘気も魔力も持たずとも、武装した兵であれば対処は出来るはずの小さな鼠すら、手こずる有様だった。


 おかしい。明らかにおかしい。

 はぐれたのか、一匹だけ雪面を跳ねるようにきた角海豹(ツノアザラシ)。グーゼルはその顔に蹴りを入れて破裂させる。雪面に飛び散る内臓と血。また少しグーゼルの服が汚れた。

 

 その血や内臓はそれだけではない。

 ここではそれなりに魔物が死んでいるのだ。なのに、何故こちらに逃げてきているのだろう。

 少量の血と騒乱の音ならばわかる。

 けれど、大量の血と静かさならば話は別だ。ここは魔物達にとっての死地、そういう場所のはずだ。


 しかし魔物は来る。自分を殺しうる怖い存在を恐れぬように。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 地平線の先に、また魔物の群れが見える。

 先ほど走ってきていた小粒な魔物よりもやや大きめの魔物たち。

 まさか、こいつらが?

 一瞬、グーゼルはそう考え込む。しかし、次の瞬間顔を上げた。

 そうだ、今は悩むときではない。


「総員! 第二波が来た! 備えろ!!」

 グーゼルの声に応えるよう、砦の上部で鐘が鳴る。緊急警報。間を開け、立ち並ぶ全ての砦に向けて、鐘の音が厳戒態勢を整えるよう伝えていく。

 鐘の音に、兵士達の顔が引き締まる。治療師により全快しているとはいえ、先ほどの小さな波でも負傷者が出たのだ。それに、グーゼルの厳しい表情。

 遠くを見れない兵士達も、その二つをたしかに見た。それは、危機を感じ取るのには充分なものだ。



 グーゼルは拳を握りしめる。

(クソ、バカ王が。どう考えても手も矢も足りねえ。これじゃ、何人か覚悟しなけりゃいけねえじゃねえか)

 内心思うのは、王への愚痴。しかし、それを口に出すことは出来ない。弱音を吐けない。それが、今背にいる兵士たちの士気を落としてしまうことをわかっているから。

 その代わりに、叫ぶ。鬨の声のように、手を掲げ。


「てめえら気張れ! 魔物たちをこっから通すな!!」

 

 振り返ったグーゼルの視線の先には、砦の上で弓を準備する兵士たち。

 そして、砦の前で槍を手に立ち塞がる兵士たち。

 真面目なその顔が心強い。


「あたしらがここを通したら、魔物が国に、お前らの家族に牙を剥く! ここにいる一人一人がこの国の防壁だ!!」


 誰も声を上げて応えない。

 たしかに感じた熱気に頷きで返す。

 熱気など、感じられるわけがない。けれど、グーゼルにはこの寒い国にあっても、たしかにそれが感じられた。



 顔を上げ、砦の上に呼びかける。

「弓隊! 矢の消費は気にすんな!! 五十歩の距離まで近づいたら斉射しろ!!」

 その声は遠く隣の砦まで届き、複数の砦の共通認識となっていく。

「槍隊! 三十歩の距離まで待機! 抜けてきた魔物をあたしらで叩く!」

 グーゼルが指示を出し、それに応えて隊長が頷く。その動作の繰り返し、緊張感に、誰しもが唾を飲み込んだ。


 魔物たちが六十歩の距離まで近づく。もう、次の瞬間には戦いが始まる。


「忘れんな! あたしらの背中に、あたしらの大事な奴がいる!! やるぞ!!」


 応、と応える声がそこかしこで上がる。それに満足したかのように、グーゼルは手を下ろす。

 同時に、矢が乱れ飛ぶ。当たれば死。死なずとも、深手を負う矢の雨。

 しかし、やはり魔物たちに怯む気配は一切なかった。



 魔物たちに悲鳴が上がる。

 それでも無傷で抜けてくる、闘気を持つ魔物。その豹に似た牙の長い魔物にグーゼルは躍りかかる。

「フッ!!」

 吐き出す息とともに、その掌底が腹を叩く。その力を受けて、豹は回転しながら戻っていく。口から血を大量に吐き出しながら。

 

 その拳足は止まらない。

 槍兵たちが対応を始め、魔物たちが討ち取られていく。

 しかし、それと同程度に兵士たちも負傷していく。


 大きな犬の牙が肩に引っかかり、咥えられたまま宙をブラブラと舞う兵士。

 雪海豚の突進をまともに受け、砦の壁に激突し崩れ落ちる兵士。

 

 すぐに救援が入り、砦の中に引き込まれていく。治療師の治療を受け、しばらくすれば戦線復帰できるだろう。

 けれど、治療師の魔力も無限ではない。このまま何人も負傷していけば、その法術に使う魔力が尽きてしまうのは明らかだった。


 

(あたしだけじゃ手が足んねえ……!)

 手近な魔物の頭を砕き鮮血を撒き散らしながら、グーゼルは焦る。

 いつもの魔物は散発的だった。日に何度も現れはするが、ほとんどが単独で、多く現れても十数頭の群れ。だから、兵士たちでも対応できていた。

 紅血隊が雪原を移動しながら魔物の数を減らし、砦まで現れてきた魔物を兵士たちが殺す。そういう役割分担が出来ていたのに。


 なのに、今はその兵士たちの数自体が少ない。装備もいいものとは言い難い。

 弱められた戦力に、何故か強まっている魔物たちの侵攻。

 限界は近づきつつあった。

 


 失敗は出来ない。防備など、過剰なくらいでちょうどいいのだ。それをあの王は……。

 行き場のない怒りが内心で王へと向けられる。


 一度くらい、視察に来ればいいのだ。そして、この惨状を見て対策を考えれば。

 まだ、新王が国を守ると信じていた頃。革命後、その新体制を受け入れつつあった頃。防備を減らそうとする国王に視察をマリーヤも勧め、グーゼルも奏上したことがある。


 なのに王は来なかった。

 今思えばそれからだ。グーゼルが王を信じられなくなったのは。



 

 小さな悲鳴が上がる。

 出所は魔物でもグーゼルでもない。横にいた兵士が、喉を押さえて倒れた。

 慌てて思考を戻し、そちらを見ると、兵士の首には大きな蛭が食いついていた。

「ヒィィィ……!?」

「慌てんなって!」

 その蛭の頭を横から指で弾く。食いついた蛭は潰すと瘴気を身体に送り込む。無理に引っ張ると傷が広がる。故に、頭を指でずらすように外してから殺すのが()()()()()()()常識だった。


 兵士の慌てように、あ、とグーゼルは気付く。

 何故、この蛭がここにいるのだろうか。この蛭は、北の山脈の向こうにしかいないはずだ。

 礼を言い立ち上がる兵士に手だけで応えると、グーゼルは近くにいる魔物の死体を見る。

 大きな狐。その身体に食い込んでいる蜚蛭(ひしつ)と呼ばれている蛭。

 それを見て、グーゼルは弾かれるようにまた北を見る。


 どういうことだ。

 この狐は蜚蛭の生息場所から来たということで、つまり、北壁の方から……。


 嫌な想像が頭を駆け巡る。

 まさか、スティーブンが。そう一瞬だけ考えてしまったのは悪いことではあるまい。

 だが、あの老人とて馬鹿ではない。意図的に、グーゼルはその考えを打ち切った。

 


「グーゼル様!」

 そんなグーゼルの横を、弾かれた犬が飛んでいく。空中で既に絶命しているその腕前を、グーゼルは見覚えがあった。


 息も切らさずそこに立っているのは、腹心に近い部下、アブラム。

 急いだためにかいた汗で、おかっぱ頭の前髪が少しだけ額に張り付いていた。

「アブラム、遅えな」

「申し訳ありません、少しばかり、周囲の魔物を掃討してきたため……」

「んなことどうだっていいや、ここら辺の魔物も撃退するから手を貸せ」

「……了解しました」


 休暇中なのに、何故ここにいるのか。

 急ぎ来たアブラムが、何故南からではなく北から来たのか。

 

 不可解な点は多いはずだ。

 しかし、グーゼルは気にしない。

 気にしても、何か事情があるのだろうと好意的な解釈をする。本当に、信用していた。


 その、いつもと比べて少しばかり硬い表情は、戦場にいるからだろうと、そう思って。




 紅血隊が二人。

 この国における魔物退治の専門家が二人いる。それはそれだけで、戦場の様相を一変させる。


 弓と槍、合わせて二十の兵士で受け持っていた魔物を、アブラムが一人で受け持てる。

 三十の兵士が受け持っていた魔物を、グーゼルが一撃で殺す。

 

 そうすれば、二十の兵士で受け持っていた魔物は四十で受け持てるし、三十は六十と倍になる。実際は戦力をある程度散らすし、増えた人数がそのまま戦力になるということはない。

 けれど、本当にそうなったかのような変わりように、必死の兵士たちは安堵の息をついた。




 第二波。

 大きな魔物百頭以上の群れ。それも、アブラムの登場で終わった。

 だが、やはり死屍累々の有様だ。


 グーゼルが駐屯していた砦にいる二百余の兵士のうち、無傷な者は少ない。弓兵は魔物の魔法で負傷した者もいるし、槍兵には十七名の死者すらいた。

 今彼らを弔うことは出来ない。波ではないが、それでも魔物はまだ度々訪れている。

 事態が収束するまで、この砦の兵を減らすことは出来ない。


 故に、空いた一室に彼らは寝かされていた。

 筵の上に、布を巻いた遺体が並ぶ。

 部屋は暗い。彼らは、腐敗が瘴気によって起きると思っている。ものを腐敗させる微生物を、実際彼らは知らない。けれど、灯りをつけるなどして温かい場所に放置すると腐ってしまうということを経験的に知っていた。

 もっとも、肌を凍らせる寒さと、それに伴う空気の乾燥。長時間放置した死体は、動かし続けでもしない限り、腐る前に往々にして干からびてしまうのだが。



 その遺体を前に、グーゼルは項垂れる。

 ここにいる兵士たちは、死力を尽くし戦った。いつもであれば、無傷ではなくとも軽傷で済んだはずだ。いや、自らにもっと力があれば、こんな犠牲は出なかったかもしれなかった。

 もう既に終わったこと。

 後悔しても何も変わらない。けれど、後悔は尽きない。


 首に力を入れ、冷たい空気を吸い込む。

 頬を何度か張り、気合いを入れ直す。


 今考えるべきは、死者たちのことではない。生きている人間たちのことだ。

 この砦を守る兵士たち。王都に暮らす民たち。

 これ以上、一人も死なせないためにはどうしたらいいだろうか。そう考える。


 すぐに思いついた手。それは簡単で、きっと効果的だろう。

 今防備に加わっている紅血隊の他、王都にいる休暇中の紅血隊を集合させて、各砦に配置する。そうすればそれなりに防ぐことは出来る。

 しかし、それでは解決はしない。

 この、魔物たちの波がどうして起こっているのか。それを調べなければ、いつまで続くか、これからどれくらいの規模で起こるかわからない。


 ……ならば、今調べに行くべきか。

 グーゼルはそう決意する。

 幸いにも、今は小康状態。数匹の魔物であれば充分今の兵士たちでも防げるし、それにアブラムに任せてもいい。

 自分が斥候に出て、魔物を殺しながらその原因を調べてくる。それがいい。それが確実だ。

 ならば、早いほうがいい。

 アブラムを呼び、砦隊長に話をつけ、すぐに向かう。

 

 そう考え、部屋を飛び出そうとしたその時、けたたましい鐘が鳴り響いた。



 バタバタと、兵士たちが走り回る音。

 資材をかき回し、檻から犬を引きずり出す音。

 慌てる声、怒号。

 突然の喧噪だった。



 遺体安置所から、外を窺うようにグーゼルは顔を出す。

 その警報の意味に一瞬思い至らなかった。

 けれど、すぐに気付く。これは、自分は聞いたことはない。けれど、知識として知ってはいる。当然、皆も知っているはずだ。聞いたことはなくとも。


「おい、何が起きてる!?」

 手近な兵士を捕まえ、グーゼルは尋ねる。その兵士も、慌てて逃げ出したい気持ちを抑え、グーゼルに応えた。

「ほ、北壁が……!」

「北壁!? ちょ、まじかこれ、いったい誰から……」

 兵は答えまでは口にしていない。しかし、その単語だけで充分だった。その知識と齟齬はない。それを確認し、グーゼルは次の質問をする。

「……もう、肉眼で見える位置にあるってか!?」

「い、いえ、アブラム様からの報告です!! そして確認した結果、何名か、北の山の稜線を越える北壁の白い波を観測しており……」

 逃げ出したい。しかし、質問しているのが紅血隊の隊長とあれば無碍にも出来ない。兵士は葛藤した様子で周囲を見回す。

 その視線には誰も応えず、ただ皆慌てて逃げ出す準備をしている様子だったが。


「っ……! すまないけど、各班ごとに点呼をとって逃げ出すように、それだけ隊長に伝えてきてくれ、それから、皆最低限の荷物だけ持って出発だ!」

「グーゼル様は……」

「あたしは……」

 グーゼルの心にも迷いが生じる。

 正直に言えば、逃げ出したい。ここで聞かれなければ、即座にその選択をしていたかもしれない。

 しかし、その質問で自覚してしまった。自らの責務を。本当はこの砦全員が負うはずの責務を。


「あたしは、ここにくる魔物を出来る限り掃討してから逃げる! ここからの指揮権は、アブラムに委譲する!! そう伝えて……」

「私も残ります」

 早歩きで、グーゼルの近くに来ていたアブラム。その声に、グーゼルは振り返った。

「逃げてくだけでも指揮する奴は必要だ、いいから、お前も……!」

「いいえ。指揮は砦隊長が執れば良いでしょう。本来、そうなるべきなのです」

 真摯な目がグーゼルを射貫く。その選択を邪魔するのは、グーゼルには出来なかった。

「わあった。んじゃ、頼む、お前も……!」

 頷き合い、そして捕まえた兵士に伝令を頼む。

 そうだ。自らが手塩にかけて育てた紅血隊。こういう時に踏ん張らなければ。


 他の砦にいる紅血隊に関しては、そこに任せていいだろう。

 逃げてもいい。自らと同じように、踏ん張ってくれてもいい。とにかく、生き残ってくれれば。

 そうグーゼルは納得し、階段を駆け上がる。

 今どれほど近づいているのか。どれほどの魔物が逃げてくるのか。確認をするために。



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