集まっていく
最近不定期で申し訳ないです
11/5 391部分に、一話挿入しました。レイトンが自らの思想を語る話なので、人を選ぶと思いますが読んでなくて興味のあるかたどうぞ。
「その老人を離し、ゆっくりと下がれ」
ウェイトは腰を落とし、剣を握りながら僕へとそう命令する。
しかし、従う義理などない。
「……何か勘違いをなさっているようですが……」
スティーブンからは目を離せない。ここから抵抗されてしまえば、全てがひっくり返る恐れもある。
というか今まさに、接触しているだけでも危ないのだ。
この、スティーブンの腕を掴んだ僕の腕。剣を失い精彩を欠いた状態とはいえ、スティーブンであれば、わずかな身動きで折ることすら可能かもしれない。
「とりあえず……」
眠らせてしまうべきだ。今のところおとなしいが、スティーブンに抵抗の機会を与えるのは危ない。
「動くなと言っているだろう!!」
ウェイトが叫ぶ。冷たい空気を揺らし、風を強めた気さえした。
背嚢を探りながら、僕はウェイトにちらりと目を向ける。茶色く分厚いコートは、寒冷地用の装備だろうか。いや、背中は見えないが胸に紋章などが入っていない。それに、プロンデは身につけても持ってもいなかった。ウェイトの私物か。
「この国の寒さにあってもなお白く煙るほどの冷気。これが貴様の魔法か」
「そうですけど、それは後で……!」
スティーブンが身動きをする。
まずいか。
僕はその動きに対応できるよう、腕の関節を固めにかかる。顔だけこちらを向けたスティーブンの目は、先ほどと同じように僕を見据え……。
見据え……あれ?
「スティーブン殿?」
「いや、参った、参った」
いつの間にか、目に光が戻っている。虚ろな目ではなく、僕をしっかりと捉えている。
それを訝しみ呼びかけると、スティーブンは恥ずかしげに笑った。
魔法による冷却を止める。
冷えなくなった空気が、少し温かくなった気がした。明らかに気のせいだけど。
「は、離してくれんかのう。もう、襲いかかったりせんから」
「……次暴れたら、あそこの怖い聖騎士様が相手をしますからね」
様子を見ているウェイトを指し、僕はそう牽制する。その必要もなさそうだが、念のために。
魔法が解けたことを察知したのだろう、少しずつ、ウェイトはにじり寄ってきていた。
それを確認し、僕も警戒を解く。
まあ、今また僕に襲いかかってきても構うまい。
そうなればさすがにウェイトもスティーブンを止めに入る……と思う。
手を離す。
スティーブンは立ち上がり、雪を払い落とすように鎧を叩く。
「ぬわ!! 痛ううぅぅ!?」
それから、今思い出したのだろう。僕が砕いた手の甲を押さえて呻いていた。
「で、僕は離れればいいんですかね」
「……何をしていたか、説明してもらおうか」
僕の問いには答えず、ウェイトは静かに言葉を吐く。ウェイトの方の警戒は解けていないようで、未だ抜きかけの剣の柄がしっかりと握られていた。
「見たままです。……といっても、僕もよくわかっていないんですが」
僕は周囲の状況を指し示す。
荒れた石畳はほとんどスティーブンの仕業で、撒き散らされてへこんだ雪面も大体そうだ。
わけもわからず襲いかかってきたスティーブンに応戦した結果がこれだ。僕も事情を知りたい。
唯一事情を知っているであろうスティーブンに目を向ける。
……どうもこの様子では、途中から意識が戻っていたようだが、どういうつもりなのだろうか。
そして、やはり僕の回答には納得いかないらしい。
「我は、何をしていたか、と聞いている」
「僕は応戦しただけですね。自分の身を守るために」
ウェイトの怒気が強まる。だが、僕にだってよくわかっていない今、怒られても困る。
「下手な言い訳は通用しないと、わかっているだろう」
柄を握る指に力を込める。まだ刃を僕に振るわない。そういった節度はあるらしい。
しかし、困った。僕は何もやっていない、が、しかし僕が言ったところで信用はすまい。
「本当ですよ」
「老人への暴行、小さな罪とはいえ、もう言い逃れは出来んぞ」
「……貴方相手に言い逃れをしようとも、何の意味もないと思いますが」
一歩後ろに下がる。スティーブンと離れ、老人を境にウェイトと正反対の位置に立つように。
「殊勝な考えだな」
「いえ、そうではなく……」
ウェイトの言っている意味もわかるが、僕は違う意味で言ったのに。
「……はて、聖騎士様は何を仰っておられるんかのう」
突然、スティーブンが惚けた声を出す。
まだ手は痛いようで、この寒い中にもかかわらず脂汗を流しながら。
「何を? 貴殿の保護をするために、そこの凶悪犯を捕らえようとしているだけだが」
「申し訳ないが、それもおかしな話じゃ。聖騎士、というからにはエッセンの方でござりましょう? そんな聖騎士様に、この国における逮捕権はないはず」
「…………!」
助けようとした対象に痛いところを突かれたようで、ウェイトの笑みが翳る。というか、ウェイトも笑っているところからしておかしいのだ。
「貴殿も、いや、貴様も仲間だったか」
「……友人じゃよ。なぁ?」
スティーブンが振り返ってそう尋ねるが、僕は目を逸らした。
「つれないのう。じゃが、まあ、カラス殿は無実じゃよ。襲いかかったのは、儂。それもどうやら何者かに操られてじゃな」
「その男を庇い立てしようと、恩は売れないぞ」
「本当のことじゃ」
先ほどの錯乱した様子は消えて失せ、すっかり落ち着いた様子のスティーブン。
僕的にも、それは不自然な様子なのだが。
「……操られて?」
「おう。何者かに薬を含まされて拉致された。そして、錯乱の薬を使われたらしい。闘気を使ってようやく毒抜きできたわい」
「それは、誰が……」
突然明かされる告白。
いや、それも少しまずい話だ。
スティーブンを襲い、拉致する。それだけで相当な手練れだ。しかもそこから精神操作を行い、……行って、出た指示は?
「誰が、何をしろと」
「誰ぞしらんが、若い魔法使いを殺せ、とな。生憎その男の顔は見ておらん」
スティーブンは目と口を閉じ首を振る。
使えない……とは責められないか。突然拉致された状況で、慌てふためかない方がおかしい。
スティーブンの言葉を聞いて、ウェイトが僕の方を見る。
「ふははは、ならば、やはり貴様が遠因か。若い魔法使い、貴様はどこで何をした? 何の恨みを買ったと?」
「……正直、身に覚えがないですね」
僕がこの国で恨まれそうな相手。
一瞬あの花売りの少女が浮かんだが、彼女は死んだ。もう、僕を憎み何かをすることは出来ない。また、彼女の縁者という線もないだろう。
初めに入った街の町長は、僕を嫌っているかもしれないが殺すまではいかないだろう。多分。
まあ、一番怪しい線がまだ残っているのだが。
しかし、ほとんど全て消したはずだ。
レヴィンが関わる有力者。その十二人は、もう既に無力化されている。
「もういい。やはり、貴様はそこにいるだけで騒乱を起こす。なに、権限などどうにでもなる。貴様を引っ立てていけば余罪も山ほど出るだろう。まず、直近の採掘師殺しからだがな!」
力強くウェイトは歩を進める。その目には確信と喜びがあった。
僕との間にいるスティーブンなど、目に留めてもいないのだ。
その背後から、男が一人駆け寄ってくる。
息を切らしていないのは、それだけ鍛えているということだろう。その石像のような顔が苦痛に歪むのは、想像しづらいが。
「ウェイト」
「プロンデ、遅いぞ。だが、間に合ったようだな。見ろ、我らの悲願がついに叶う時がきているのだ」
「いや、違うらしいぞ」
立ち止まり、ウェイトの背後から言葉を投げ続けているのは相棒のプロンデだ。息を切らしてもいないのに、深く息を吐き出していた。
その背後には、誰も目を向けないらしい。
「違う?」
「向こうに、荒れた地面の形跡がある。その男よりも、よっぽど大物のな」
プロンデが指をさしているのは、先ほど僕やプリシラがいた道。
大物とは、多分レイトンのことだろう。
「……っ!」
察したのだろうウェイトが驚き振り返る。
レイトンのことは、本当にこの男にはよく効くらしい。
「で、その老人は?」
「あ、ああ。そこのカラスに暴行を受けていた、が、そうではないと主張している。一度確保してから……」
「んなこったろうと思った」
プロンデが諦めたように吐き捨てる。
まるで、小さい子供をあやしているかのようにも見えた。
「喧嘩とレイトンの痕跡、どっちを追いたい?」
「決まっている……しかしこちらも重要だろう。……っ、く、プロンデ、こちらの聴取を」
「喧嘩だろ? 必要あるのか?」
「そうではないらしい。その老人は、誰かに命令されたと……」
ウェイトの言葉に、プロンデは石像のように動きを止める。その視線に、ウェイトはたじろいでいた。
プロンデは次いで視線をスティーブンに向ける。
「水天流プロンデ・シーゲンターラーと申します」
「まじかー、応えんといけんかー……」
胸に手を当てぺこりと頭を下げたプロンデに、スティーブンは目を覆う。多分、名乗りたくなかったんだろう。
だが、スティーブンも咳払いをし、胸に手を当てた。こちらは目上だからだろうか、頭は下げない。
「……月野流のスティーブン・ラチャンスと申す」
「<不触銀>……!」
ウェイトが息を飲む。それがスティーブンの異名か。
プロンデの方は察していたのだろうか。驚く様子も見せず、スティーブンに対し続けた。
「その名にかけて、真実をお願いしたい。……命令されたというのは本当だろうか」
「本当じゃよ。意識を制限されて、魔法使いを殺せと命令を刷り込まれた。それが真実じゃ」
「なら……」
今回僕は普通に捉えられていた。
しかし、これだけの実力者達が誰も反応しなかったということは、やはりもう、僕にも初歩的な部分は解析できていたということだろうか。
本気で隠れられたら、また違うとは思うが。
「さて、選択の時間だね」
レイトンが、プロンデのすぐ後ろで声を上げる。
やけに明るい笑顔で、嘲笑うように。
ウェイトの殺気が、それを見て膨れあがった。
「キミはどちらを追う? ぼくらの残した戦場を? それとも、今の話を?」
「っ……!」
一歩踏み出し、白刃が中程まで抜かれる。
しかし、その手はプロンデにより押しとどめられた。
「言っておくけど、あちらはただの喧嘩の跡だよ。被害者なんていないし、相手はほぼ無傷で帰っていった」
「信用出来るものか!」
涼しい顔で、ウェイトの殺気をレイトンは受け流す。
「なら、あっちいけば? ぼくは止めないし、笑って見逃すよ。しばらくはこの辺うろつく予定だから、何かあったら声かけてくれ」
レイトンの態度に業を煮やしたのか、ウェイトは歩き出す。
「プロンデ、こちらは任せた。何か掴んだら報告しろ」
レイトンを見ないように、そしてその喧嘩の跡を見るために走り出す。
プロンデもレイトンも、それを残念そうに見ている気がした。
「で、ラチャンス翁。その男について詳しく教えてよ」
レイトンは、気を取り直して振り返りスティーブンへと迫る。
楽しそうなのは気のせいだろうか。
「儂に命令した男、か。いや、すまんが何も思いだせんのじゃ」
「大丈夫さ。人は大抵のことは覚えているものだよ。思い出せないだけで」
思い出せないというスティーブンの言葉を無視するように、レイトンは続ける。しかしそれを遮るように、プロンデが言葉を発した。
「……仕方ないだろうな。その男に拉致された場所は覚えているか?」
煙草を取り出しながらそう尋ねる。
二人に尋問されているようで、なんとなくスティーブンが不憫に見えた。
「そちらは、まあ……」
そのとき、不思議なことが起こる。
いや、不思議でもなんでもないのだが。
「……!」
煙草に火を点けようと、プロンデが懐の袋から出した炭の棒。それが勢いよく燃え上がる。
足下にはそこかしこにまだ液体酸素が残っている。
ちょうど、何かの拍子で酸素濃度が上がったのだろう。
勢いのよくなった火に驚いたようで、プロンデがそれを取り落としそうになる。
「……ああ!」
それを見て、スティーブンも声を上げる。
驚いたわけではない。何かに気がついたかのように。
それから、僕のほうを見て叫ぶ。
「そうじゃ、奴じゃ、儂に命令したの!」
老人特有の、名詞が出てこない発言。……奴、という代名詞だけでは誰だかわからない。
当然、わからないだろうレイトンもプロンデも、揃って僕を見た。
誰だ。
僕がじっと見つめ返すと、スティーブンは手足をじたばたとさせながら名前を思い出そうとする。
「どなたですか?」
「ほれ、あれじゃよ、ほら……、あの、あそこでグーゼル殿と一緒に戦っていた……」
「……アブラム?」
僕が名前を出すと、スティーブンは喜色満面の笑みを浮かべた。
「そう、あのおかっぱ頭!」
「……へえ……」
その笑顔の向こうの二人の顔を見て、僕は反応を窺う。
これは、やはり僕が説明しなければいけないのだろうか。
僕は、内心溜め息をついた。




